近所の大学が優勝?

 東都大学野球の春のリーグ戦は、明日の一勝一敗で迎えた亜細亜大対国学院大戦で、亜細亜大が勝てば近所の大学の優勝が決まる。国学院大が勝利した場合は、次の東洋大対日本大の試合で東洋大が勝ち点を上げれば優勝。勝ち点が上げられなかったら国学院代の優勝となる。

 大事な一戦を控え、近所の大学ではさぞかし熱の入った練習をしているだろうと思って、会社の帰りにグランドに寄ってみたが、すでに午後の練習は終わってしまっていて、自主練習のふたりのボールを打つ音だけピシーピシーと響いていた。

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 そのうちに、ライトフェンスを越えて代表の足元に硬球が転がってきた。練習用のボールは傷だらけ。

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 こんな凸凹球をここまで飛ばすのかと驚いた。

 強い者のプレーは美しい。プレーだけでなく強い者は立ち居振る舞いが美しい。無駄のない合理的な動きが美しく、そういうふうに体を動かせる者が強いのである。野球はチームプレーだから、プレーが美しい者が多いところが強い。これはアマもプロも同じだ。

 近所の大学のプレーはリーグ中で最も美しいと思う。監督やコーチが厳しく指導するからだが、明日そのことが証明されると思う。

今日の収穫

 春菊、レタス、縮み菜、ほうれん草、小松菜、チンゲン菜。

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 でかすぎたり育たなかったりでなかなかうまくいかない。

田んぼは合理的

 代表が住む街川越市は、中心部は都会的だが、少し中心を離れればそこには田畑が広がっている。各地にある地方都市の風景とまったく一緒だ。

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 川越の田んぼでも一斉に田植えが始まった。自分で畑をいじるまではわからなかったが、この稲作のやり方というのは実にうまくできていると思う。生物と自然を熟知し巧みに利用している。 まず、この田植えという方法。水を張ったところに苗を植えるところが驚きの知恵だ。いったい誰が考えたんだろう。

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阪神が優勝

 去年、阪神が優勝するといったとき、あり得ないとみんなに笑われた。

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 代表は阪神ファンでもないし本気でそう思っていたわけじゃない。けれども、一度だらけてしまった組織の体質を変えることの難しさを知っているだけに、あえて困難に挑戦しようという金本と掛布の心意気を感じて応援したくなった。阪神が優勝したら、いちばんびっくりするのは代表だ。

いわな とはゆわない

 代表が子どものとき、川内村では「いわな」を「ゆわな」といった。

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 ひと口に福島弁と括られるが、福島県内でも場所によって言葉が全然ちがう。とても奥行きが深くて簡単には語れない。小さな川内村の中でさえ、北の高田島地区は郡山弁、役場を中心とするあたりからは相馬弁の影響が見られる。

 ちなみに、加藤茶や西田敏行が使っているズーズー弁は、標準語を訛らせただけの福島弁風にアレンジした言葉で、福島弁とは別ものである。山形弁が売りのダニエル・カールとか、青森の伊奈かっぺいなども同じだろう。本物の東北弁で話されたら標準語地域の人には半分もわからないと思う。

 川内村に話をもどすが、たとえば、「そうだよね?」というのを、高田島の人たちは「んだばい?」といい、南側では「んだが?」となる。これがいわき市平辺りになるとまた変わって「そうげ?」になる。

 さらに人や相手、場面などによっても微妙に変化し、たとえば「んだばい?」は「ほだばい?」とか「んだべ?」「ほだべ?」「んだがい?」「ほだがい?」「んだっぺ?」「ほだっぺ?」等、ここに書き切れないくらいのバージョンが存在する。福島の言葉というものはとっても豊かなのである。

 代表が話す川内村言葉は相馬弁が最も近い。ほとんど重なる。その相馬弁を整理記録した、えもすずさんの「相馬弁保存会」というサイトがあるんだが、都会の喧騒に飲み込まれて故郷の情景を忘れそうになったとき、代表はここを訪れて懐かしむということをする。Webの中のサライだ。

 そのとき、バージョン違いを思い出して楽しんだりもする。たとえば、「たっぺ」という相馬弁があるが・・・。

たっぺ [tappe] 名 C凍って滑りやすくなっている路面
「たっぺんなってっから気ぃつけでんげ(凍って道路がツルツルになっているから気をつけて行きなさい)」

てな具合で、もちろん川内村でも使うが、バージョン違いとしては、「たっぺ」を2回続けて「たっぺたっぺ」にすれば、ものすごくツルンツルンな状態を表す言葉になって、「道がたっぺたっぺであるがんにぇ(道がツルッツルで歩けない)」といった使い方をする。また、「たっぺらこい」になれば、平たくて滑りやすいものを指す意味になる。全てにこういったバージョンが加わるから、誇張ではなく、世界で最も語彙が多いといわれるイタリア語にも負けていないと代表は思う。


 「いわな」は川内村では「ゆわな」といった。 これは「相馬弁保存会」では取り上げられていない。相馬ではそうはいっていなかったのか。あるいは、まだ記録されていないだけなのか。わからないが、あと、代表が知っているものでは、「たらけづ(むき出しの尻)」とか「ほろすけ(馬鹿者)」とか「ずんむぐり(野糞をすると尻の穴から入り込んで内臓を食べてしまう伝説の蛇)」、「うっちゃばる(ほったらかす、突き放す)」なんてのがあるんだが、これも相馬弁にもあるのかは不明。今度同級生が集まったときに話題にしたいと思う。

畑仕事もスポーツ

 畑仕事はスポーツだ。畑仕事の後は筋肉痛でスポーツクラブに行く気にさえならない。本日も畑で残業だったためスポーツクラブは休みにした。

 ところで、代表が昼飯を食べながら練習風景を眺める近所の大学が、春のリーグ戦で首位に躍り出た。緒戦のカードで二連敗したからダメかと思ったが、それから連勝して、競合も勝ちを伸ばせなかったラッキーも重なった。あとは苦手の日大戦に連勝すれば優勝だが、今年のチームは実力的にはリーグ一だと思うので勝ってくれると思う。

 息子さんを見つめるお父さん。四国から夜行バスで10時間かけて来たとのこと。

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 誇らしいだろう。

祝いと感謝

 今月は長女の誕生日。そのお祝いと、息子の就職が決まったお祝い。それから母の日を前に家内への慰労とを兼ねて、家族5人でブラジル料理を楽しんだ。

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 代表は幸せだ。家族全員健康。家内は家事をよくやってくれる。子どもたちも素直でかつ前向きに育った。不満がないわけではない。家内は美人じゃないし、子どもには秀でたところが少しもない。代表も頼りないだろう。しかし、この5人が家族でいられることの喜びはそれを上回る。それが幸せの感じ方というものだろうと思う。

いろいろあった

 9日(火)。早朝会社に向かう途中のこと。川越橋を過ぎたところで車の単独事故場面に遭遇した。

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 車はひっくり返って激しく壊れ、ウィンドウもひしゃげたような状態ながら、幸いドライバーは無事。這い出して自分で電話していた。

 ちょうど川内村の同級生のせっちゃんから届いた「小さい頃に遊んだいとこが亡くなった。自分が元気でいられるだけで幸せだよね。」というメールを見たばかりで、最近そういう出来事が多くなったこともあって、それらと代表の考えをからめてブログにしたためようかなと思っていたが、次女が就活でパソコンを使うために書けなかった。

 10日(水)。東京は墨田方面のスカイツリーの近くの会社を訪問。

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 面白いネタを仕入れることができたのでブログにしたためようと考えていたのだが、打合せ後に酒が入って盛り上がって帰宅が遅くなった。こういうネタはタイミングを逃すと使えない。

 11日(木)は特別用事はなかった。火事で焼けた菓子屋横丁の、次々に新店舗が建てられる中で最後になった店舗(右側)がようやくできて開店したため、ブログにしたためようと思っていた。

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 ところが、スポーツクラブ(5月から近くのクラブに変えた)へ行って帰ったら23時近くになった。そこから文章を考えて頭を使ったら、冴えてしまって眠れなくなるので断念したものの、結局、気になって熟睡できなかった。

 毎日毎日いろいろあって予定通りいかない。

ゆっくりした

ゴールデンウィークは自分のために時間をつかうと決めた。9日間一度もパソコンを開かなかった。そのためにブログを放置してしまうことになってしまいすみませんでした。

 4月29日、30日は川越で畑仕事。1日には川内村へ行く予定だったが、雨が降って荷物の積み込みができなかったため一日延期。2日から4日までの3日間は川内村に行った。親父の畑に植える葱や里芋、農作業の為の道具や肥料などをKトラに積み、助手席には次女を乗せて。

 親父と代表と次女と3人で畑仕事をしたりした。

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 4日から7日まで再び川越で畑仕事。朝6時から11時半まで畑にいて、そのあと近所の大学で昼飯を食いながら野球の練習を13時くらいまでみて、また畑にもどって16時くらいまでなんだかんだやってから夕方スポーツクラブで汗を流し、そんなだったから夕飯後疲れてぼーっとなってしまい21時過ぎたら眠ってしまった。おかげでゆっくりできました。 いいゴールデンウィークだった。

昨日と同じことを今日もしている代表に? 

 机の中の資料を整理していたら、いつ誰にもらったのか忘れたが、こんなメモが出てきた。

『 昨日と同じ仕事を今日もしているきみへ 昭和33年2月 作者不明

うちの子どもがこういうことをいったんだよ。
「お父さんはね、会社の社長になって、偉いかもしれないけど、お父さんの若かった時代は野蛮人の時代だったから、考えることがたくさんあってよかった」と。
そして「俺なんかお父さんにみんなやられちゃったから、考える余地がないしお父さんみたいになれないよ」。そういうことをいうんだ。
ところが、それは大きな間違いなんだ。俺だって子供のころに親父に向かってやっぱり同じことをいったよ。
しかし人間はどんどん進化するんだから、これでいいなんてことはありえないよ。
そういう感じをもっているときが一番怖いんだって思うよ。やる仕事はいくらでもあるんだ。ただ自分が気がつかないだけ。
たしかに前は、なんでも整備せにゃならんかったから、整備する仕事は余計にあったんだが、これからは整備する仕事じゃなくて、それを発見するための仕事がなきゃいけないんだ。これ以上ないということは足踏みしていることなんだね。世の中は進んでいるんだから、それは足踏みでなくて後退だよ。俺が一番恐れているのはそれなんだ。考えても考えても足らんというのが、人間の常識でなくちゃならんのにね。
人間というものは死ぬまで用事があるもんだよ。年寄りは年寄りなりの考えを出すものなんだよ。俺なんかやりっぱなしでさ、ホトトギスのようなもんかしらんけどな。卵を産みっぱなしでほうぼう飛んで廻っているから。そいつをまあみんなが整理してくれたわけだが。
結局は育てたものも、産んでしまったホトトギスも死んでいくんだからな。今後はきみたちがホトトギスにならんきゃならんのだ。新しい時代がきて、新陳代謝してゆくんだからな。
だから、仕事だって一つ終わってもまた次に増えているはずなんだ。みんな仕事は手に一杯もっているはずなんだな。どんな場合でも。もたない人が多かったときには会社はつぶれるっていうこと。手にいっぱい仕事をもって頭を悩ましている人間がいる会社は安泰だよ。だいじょうぶだ。
ただ会社に仕事がないんじゃなくて、その人が仕事を考えないんだよ。それがぼくは恐いんだ。死ぬまで抜けきらんから。気の毒に。
どんなものでも固定化してしまったときがいちばん恐いと思うね、りっぱな会社になった。これでいいというときがね。そのときにはみんなの知恵が止まってしまうことだから。
昔の百年はいまの一年くらいだな。猛烈に早くなってきてますよ。だからいままでより以上にみんなの頭を使ってくれなきゃダメってことだね。』

これが昭和33年に書かれたものだというのにちっとも古くない。現在でも立派に通用するし、今の代表の事を言われてるみたいな気がした。