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美大生のフリーマガジン PARTNER

 絵が上手な人が羨ましいと思う。風景や頭に浮かぶイメージを、そのままスラスラ絵にできたら気持ちがいいだろうなぁと思う。それは文章や音楽の才能についても言える。

 じつは代表も子供時代は「絵がうまい」と言われていた。記憶がないときから描くことが好きだったらしく、祖母の実家の旅館の白い壁に木炭で落書きした大きな自動車の絵は、旅館が建て替えられるまでずいぶん長い間そのまま残されていた。上手だったからではなくて、あまりに大きすぎて消すのが面倒なだけだったのかもしれないけどね(笑)。

 美大生のフリーマガジン PARTNER のNO.023号が届いた。

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 このマガジンがあることは東京芸大の先生に教えてもらった。興味を感じた代表は、不躾にも編集長に連絡し、編集部を訪ねた。そのときに、新しいPARTNERが発刊されたら送っていただけるようにとお願いしてきたのだった。

 今号の特集は「きれい」についてだ。途中の飾りは通り越して、ストレートに的を突いたテーマ設定がまたいい。

 PARTNERにはいつも代表が美術で知りたいこととか疑問に思っていることで溢れているので、手にするたびに宝物が見つかったみたいに感激するのだが、最新号もまた広告まで含めた全部がセンス良くデザインされて素晴らしかった。その中で、絵が描くのが好きだったけれどもエンジニアになった代表のような人間にビッタリの、写実画家の諏訪敦氏へのインタビュー記事があった。作家の思考の深部切りこみながら、画を志す者との分かれ道がどの辺りにあったかのヒントが示されている。

 さわりのところを少しだけ紹介させていただきます。
『-初めに、諏訪さんが写実絵画に行き着いた経緯を聞かせてください。-

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諏訪敦氏
 それは探し求めて行き着いた、あるいはいろんなオプションを横に並べて選択したというよりは、ただ絵画を描くことだけが手に残った、という印象です。
 今回、話を聴きに来てくれたみんなにも思い出してほしいけれど、画家やデザイナーを志してしまった同期は、小さい頃に周囲の子供よりもお絵描きが上手くこなせるということがちょっとした自信になっていたというような、ささやかなものだったのではないでしょうか。でも、「お絵描きが得意」というもっともナイーヴな意味での写実力を、ほとんどの人が次第に放棄していってしまう。上手くなりたくて、そして上手く描くとみんなが喜んでくれて、という記憶は画を描く動機としてはもっとも濁りのないもののはずなのに、日本の美術教育の中で技術的早熟は「子供らしくない」、また、大学教育にあって写実は「今日的な芸術の価値とは一致しない」などの理由で、必ずしも奨励されません。観察から描写力を鍛錬すること自体、時代錯誤で愚かしい行為と見なす向きもあって、時流に敏感でなくてはならない美大生には、具象絵画ひいては写実絵画が魅力的に映らない状況の時期さえもあったわけです。
 そうして「技術を捨てる」というヒロイックなセリフを口にし、中途半端なながらも手に宿りつつあった技術を、さっさとゴミ箱に捨てた方が美大生の態度としてはカッコよかったのでしょうね(笑)。そうして裏付けの乏しい衝動だけを抱えながら制作自体を諦めてしまうことも少なくないですし、別の表現手段に転じる場合がほとんどです。私の仕事は、例外無くみんなが過去に持ちながらも手放した、別の可能性の残骸のようなものかもsれませんし、写実絵画はプリミティブを辿った先にある敗北なのです。私がここまで続けてこられたのは、執念深かったためでしょう(笑)。また、画家という古風な響きや佇まいに愛着を持っていたせいでもあります。

-つまり一番好きだったものが残ったということですか?-

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諏訪敦氏
 油絵を専攻してきたのに “絵を描くこと”自体に誇りを持てないような状況を呪っていた、と言った方が当たっているのかもしれません。写実的な表現言語でも同時代において通用することは可能だと信じてはいたけれど、いろんな場面で見下されましたね。
 断っておくけど、現在の私の仕事には厳密な写実の定義を敢えて踏み外した制作も含まれます。なので、私は写実の有効性を代弁するには値しないかもしれません。でも唯美的な商用美術や鑑賞絵画としての写実が溢れる中、「諏訪敦は何か違う」っていう認識を、やっと得られてきたようです。それだからこそ、PARTNERのみなさんも取材に来てくれたのでしょう?(笑)

-諏訪さんの作品には生死を感じるものがあるのですが、意図しているものはあるのですか?-

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諏訪敦氏
 私は何も特別な体験をたくさん経て来たわけではありません。例えば父親の死を扱った連作がありますが、それも自然な日常の出来事に過ぎない。ただ自らの職能に応じた態度で接するようにしようって、腹を括っただけです。つまり「見る」ことをやめないと決めた、絵を描くことにした、これだけのことです。』


 緊迫したインタビューはまだまだ続く。PARTNERは、いろんなところに見どころがちりばめられたマガジンで、これがフリーとは信じ難いんだが、それについてはまた改めて書きたいと思います。

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