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井出正人著『満天星』より その6 -山村川内の幕末史 雨情哀情-

 13日に代表が裏磐梯で同級生と会っていたころ、天皇皇后両陛下が川内村をご訪問されていた。

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 福島第一原発から至近距離にある川内村に、わたしたちと同じお姿で立たれたわけだから、村人たちは驚いただろう。同時に、大きな自信にもなっただろうと思う。役場職員の皆さんも苦労が報われたことだろう。お二人がそのようにされただけで、村の人たちの顔がとても穏やかになっていた。代表は夜、ホテルのテレビでこの様子を見てジ~ンときた。これで潮目が変わったと感じた。

 今日はお待ちかね井出正人著『満天星』から、逃避行で落命した安藤正信公の姫の碑建立の経緯について、井出正人氏の語りをどうぞ。
『 井出正人著『満天星』より その6 -山村川内の幕末史 雨情哀情-

 福島県川内村。詩人草野心平ゆかりの天山文庫より左三〇〇米ほどの山腹、鬱蒼と茂った樹林の中にこけし形の墓碑が一基ひっそりと立っている。

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[墓碑正面]
 慶応四年七月十六日、羽貫立にて歿す
 平安藤源一滴善童女   昭和三十八年 平市長 諸橋久太郎書

[墓碑後面]
 聖徳太子曰く人生は虚假なりと、落城の悲運の下、逃避の途上に落命し百年世説のみなりし童女こそ虚假子なるべし井出正信氏憐れみて初願し自ら塔を刻み冥福に資す
         俊晃識(長福寺第二十五代住職 矢内俊晃)

[墓碑側面]
  祈 御冥福    川内村長 河原 武

 百年を隔てて塚に露光る        芋 炎(中野直人 当時総務課長後収入役助役)
 
 百年も苔むす墓も陽をあびて      俊晃(長福寺住職)

 一滴も露葎なすも露           梧逸(俳人 遠藤梧逸)

 みほとけがいとしく花の咲かんとす  君仙子(俳人 豊田君仙子)

 あらたまのしづくこいしきほとけかな  あひだつなお(詩人 会田綱雄)

[石燈籠]
 一基(平市諸橋元三郎寄進)

 慶応四年七月十三日。平城総攻撃をうける前、老人、婦女子達は赤井獄に難を避ける、奥方、姫もお供の者達と赤井獄薬師に入る。
 巳の刻前(九時前)より鉄砲の音が赤井獄まで響き亘りお城の方で激戦が展開されていることが分り身の縮む思いでいるところへ、この地も危険だから下永井から川前村へ避難するようにとの通報をうけ昼近く奥方一行は伴の者に姫を背負はせて赤井薬師を出る。案内の猟師を先頭に赤井獄より水石山に至り獣道を通り下永井に向ふ。

 当日はむし暑く虻や蜂のうなりに肌を刺され十歩擧じては一息つき二十歩しては汗をぬぐい、喘ぎ喘ぎ、一行は老人、婦女子とて遅々として進まず、その内山中にて雷鳴あり轟然と大つぶの雨がふりそそぐ、夕暮れ時濡れた岩はだにすべり女中の一人が谷底に転落する。
 「助けて!」絹を裂くような声に一行は愕然とする。幸い谷はあまり深くなく樹木が茂っていたので一命はとりとめる。猟師ら数名で助けあげる、傷だらけの身もなんとか伴の肩をかりて歩むほどに、早や夜となり、ぞろぞろと蟻の歩みの如く、深夜下永井村にたどりつき農家に泊る。
信正公も下永井村名主柴崎へ泊る。

 明けて十四日、信正公一行は未明川前村に向ふ。その跡を追ふようにして川前村に向ふが一両日の強行軍で一人遅れ、二人遅れ、足をひきづりながらやっとのことで川前村に至るが、早や夕暮れ、信正公は上川内村に向かったとのことでがっくりと膝を落としもう一歩も歩けなくなり川前村に泊る。

 十五日、身体が痛み憔悴しきった一行に、川内は絶対安全地帯の山又山奥にある幕領で昔から避難した落人は必ず助かり隠し終へたとの言伝いがあるからと励まされ、出発するが岩だらけの渓谷道、這うようにしてずるりずるりと進む。

 途中下桶売村高部へたどり着いた時は夕暮れとなっていた。ここに泊ろうと言ふ時、後から来た負傷者を交えた藩士達数名がたどり着き行を共にする。三春藩が降伏し後から西軍が追ってくるからと、夜を徹して上川内村に向い、萩の山中に入る、峠を越えた山中にて夜を明かす。

 十六日、坂を下れば上川内村とてほっと一息、一行に生気がよみがいる。霧の深い朝だった。伴の者に背負わせた姫がむかつくのでおろして乳母に渡すと、「あっ!姫が姫が」と騒ぐ。火のような高熱を発している。驚く一行、伴の者達谷の水を汲んで頭を冷し、冷し冷し道をいそぐ。

 当日は暑い陽射しが燃えるよう。濡れた衣類はむされて汗ばみ一行を苦しめる。喘ぎ喘ぎ歩むうち上川内村の集落も間近羽貫立というところで姫は息たいだいとなり、驚き日影に姫を寝かせ介抱するがついに落命する。

 呼べど呼べど帰らざりし姫。哀しさに奥方と乳母は泣き伏し、伴の一行は滂沱と涙を流す。
 「ああなんたることか」
 世が世なれば蝶よ花よと御殿で育てられし身が、落城の悲運に翻弄され、暑さにむされ、雨にたたられ、病となっても医師にも見てもらへず、人里離れた山中にて幼き命を落す、世の無情、天を怨み、地に慟哭するも今は詮無し。

 しばし呆然とした一行もやがて亡き姫を背負い泣く泣く早渡の惣兵衛方へたどりつく。 』

 次回は再び惣兵衛の口伝。そして、その孫正信に語り継がれた交情。さらに、惣兵衛の子武八から正人氏へと託された遺言。山村川内の幕末史の核心へと迫って参ります。

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