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ほんとうの空2

 先週末。代表は、ワンボックスカーで裏磐梯に向かった。今回の足がバイクやS2000じゃなかったのは、日曜日にミニ同級生の女子(といっても当然57才)たちを乗せて移動するためだ。

 午後一時前後に裏磐梯に着いていればよかったので、渋滞の遅れ分なんかを大雑把に考えて、朝8時に川越を出発した。急ぐ旅でもなし、ゆっくりしたペースで車を走らせた。河川敷のゴルフ場の緑や川のさざなみを眺めるともなく眺めたり、追い越して行くバイクの車種やナンバーを見て行先を想像してみたり、東京駅からバスで向かう女子たちと携帯メールを交わしたりしながら。

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 東北自動車道路は予想した通りの大渋滞で、岩槻ICに入る手前から羽生を抜けるまで2時間もかかった。佐野SAから先は順調に流れたが、女子たちが乗ったバスはまだ久喜で渋滞にはまっていた。午後一時の到着予定が大幅に遅れるとみた代表は、さらにペースを落として景色を見、バックミラーに映る車やバイクの車種を当てて遊びながら目的地を目指した。稀に見る秋晴れ。遠い山並がサファイヤのように美しかった。

 ここで何度か書いたように、大震災以降、代表は自分の人生を悔いなく生きると決めた。死に急いでいるように、結果を求めて先ばかり急いでいたそれまでの人生にピリオドを打ち、とにかく、一瞬一瞬を全身全霊で感じ、全感覚で反応し、全細胞に記憶することにした。とくに人との出会いにおいて、いつでもそれが最後と覚悟して心残りがないように。もちろん、時間の都合やその他の理由で限界はあるが、可能な限りそうしたいと思った。この同級会と呼ぶにはごくささやかな集まりにも、そのような思いで参加させてもらったのだったし、参加したみんなが同じ思いだったと思う。

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 そうしてきたにもかかわらず、代表が少しためらったために、ひとつ苦い悔いが残ってしまったことがあった。代表が会おうとしていた矢先に、同級生のひとりが事故死してしまったのだ。
 真面目な勉強家で頑張り屋のソフトボール部のキャッチャーだったT子が、今年5月に自宅マンションの階段から転落して亡くなった。


 昨年12月の同級会のときに、参加できなかったT子の話になって、はじめて代表の近所に住んでいることがわかった。彼女も代表の家が近いのを知っていて、家の前まで来て、インターフォンを押そうとしたこともあったらしい。代表はちょっと気になった。

 家に帰ってから家内にそのことを話すとすぐにT子の苗字に反応して、茶飲み友だちが一緒にPTAの役員をしたことがあったはずだと言った。議事録や資料を几帳面に手書きでまとめるような、生真面目すぎてみんなの輪に入れなかった人みたいだったということだった。代表はもっと心配になった。

 はやく連絡したいと思ったのだが、躊躇もあった。それぞれの人にそれぞれの家庭、それぞれの事情というものがある。病気とか精神的なこととかの、この歳になって出てくる難しいことだってある。もしも、代表の連絡がT子に波風をたてるようなことになっては申し訳ないなとも思ったのだった。今となっては考えすぎだったと思うけれども、実際余裕もなかった。あのときはマンスールさんのチャリティ展の応援でとても忙しかったのだ。

 チャリティ展が終わってからは、ひとの駅かわうちの新年度の展開打ち合わせや、大工のシゲルさんから通さんへ譲られることになったバイクの整備などが続いた。多忙な日々が続くようになったことに充実を感じ、再び日常に埋没してしまっていた。

 ふと振り返ったとき、そのままでは震災前と一緒だと気がついた。そして、意を決しT子に電話をした。もし何かあったとしても、すぐに気持ちが晴れるように、6月上旬の、晴れた日の夕方を選んだ。今思い返しても不思議なんだが、あの予感は何だったんだろうか。それで、はじめての電話でT子のご主人から告げられたのが、わずか2週間前に遠くへ旅立ってしまったという悲しい知らせだった。

 あれから「会いたかった。なぜ死ななければならなかったのか?」という思いと、もしも、代表がもっと早く電話していたら運命が変わっていたかもしれないという後悔がずっと頭を離れなくなっていた。

 ところで、毎回の同級会は幹事任せで、どんなところで何をするのか予算はいくらなのかなど、代表は一切関知しない。今回は、日曜日の帰り道に三春町のギャラリー木楽に寄って双葉郡美術協会展を観て、協会長の鶴田松盛さんと会員で中学時代の恩師に会うというところだけ代表の希望を反映してもらって、それ以外はぜんぶ女子たちに委ねた。女子たちも、フリーハンドの場当たり的ハプニング展開を楽しんでいるみたいで、顔を合わせてからわーわーと話して決めていた。なので、日曜日には紅葉が始まった安達太良山に登ろうと決まったのは、地元から参加した女子の提案からだったみたいだ。もちろん代表は、女子たちの話を聞いたり姿を見ている時間が長ければそれだけで嬉しいだけで、異論のあるはずがなかった。

 日曜日の朝。みんなでホテル前に集合して記念写真を撮ってから、男子がひとり別れて、代表たちは途中道を間違えたりしながら安達太良山に向かった。天気が良かったので、駐車場はすでに満車状態。登山服が似合う人たちがたくさん歩き出していた。代表たちも登山口のロープウェイ乗り場まで15分ほど歩き、乗車待ちの行列に1時間ほど並んでからロープウェイに乗った。

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 標高1350メートルの薬師岳までの景色はじつに素晴らしかった。

 山頂駅から、ドウダンやシャクナゲやツゲ、ササなど低木の林の中を木道を伝って展望台に着くと、急に視界が拓け、空と安達太良連峰と市街地と一本の碑が同時に目に入った。碑には「この上の空がほんとうの空です」という、有名な高村光太郎の詩『智恵子抄』の一節が書いてあった。 その時に、代表たちがなぜこの日にここへ来たのか、その意味がわかった気がした。亡くなった同級生の名前が、同じチエコといったのだった。

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 きっとチエコちゃんは同級生にこんなに素敵なプレゼントをしてくれて、代表のわだかまりまで浄化してくれようとしたのではなかったか。寡黙な君は、こんな形でみんなにさよならを言いに来た。そうとしか思えないくらいに、安達太良の空は青く澄んでいた。

 ありがとうチエコちゃん。どうか安らかに眠ってください。代表は心の中で呟いた。

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