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ホリロのこと

ひとの駅のスタッフをやりながら、絵を描き、農業をやる夢を抱いて、2008年1月厳寒の川内村に、ホリロはやって来たのだった。

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ホリロは、イラストレーター堀口洋子のことで、ホリロ(ほりろ)とは仲間内で呼び合うあだ名なのであったが、それにしても、ホリロと川内村の出会いは不幸続きだった。

そのときホリロは、旅先のチベットから帰ったばかりで、チベットの食物にあたって体調が最悪だった。それを我慢して、代表の車に同乗して川内村へ向かった。途中で車を止めて何度か吐き、川内村へ到着したのは夜中だった。ところがその夜、ひとの駅の近くの民家が火事になって全焼し、不幸なことに小学生の女の子が亡くなった。代表とホリロはそのことを知らずに、次の日の朝、ひとの駅に向かったが、当然、地元の人たちとホリロの顔合わせは中止になった。
しかたなく、まだ廃校然とした学校に案内して、幾人かのスタッフを訪ねて、住居の候補の廃屋などを見て東京に戻った。そこからずっと、ホリロとひとの駅の歯車は噛み合っていなかったと思う。

ホリロは車の免許を持っていなかったので、川内村で暮らすのには免許が必須とすすめられて、教習所に通うことになった。でもホリロは運動神経が鈍かった。教習所に通いはじめたものの、ホリロの運動神経は、絶望的な神経だったらしい。「AT免許ならやるけど、運転しちゃいけないよ」と教官に言われたと、後にホリロから聞いた。ホリロが川内村へ来る日は、どんどん延びていった。

ホリロがそうしている間に、川内村のスタッフの方も、ホリロの住む場所をどうするかとか、車をどうするとかが、準備の雑多なことと絡まりあって収拾がつかなくなっていた。「代表は何を考えているんだ!」という批判が渦巻き、それらの対応に追われている間に、嫌気がさしたホリロは、別のところへ行くことになってしまったのだった。

そんなこんなで、ホリロに関しては辛い思い出ばかりで、その後ホリロからも連絡はなかったのだが・・・。昨年のお盆のこと。川内村の若者が主催する夏祭り「BON DANCE」で、代表の背中をたたく者があったので振り返ると・・・ナントそこにホリロが立っていた。ハンサムでやさしそうな彼氏と一緒に。

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「あんだよーこいつー、心配かけやがって」と思ったら、腹立たしさよりも懐かしさがこみ上げてきて目から汗がでた。その汗をホリロが拭いてくれた。たぶんこの物語は終わっていない。ハッピーエンドになるまで続くに違いないと、代表は思っている。

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