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Re:代表へ

新年明けましておめでとうございます。

旧年中は心温まるご声援をいただき本当にありがとうございました。
震災以降たくさんのみなさんからご連絡をいただきました。そのほとんどが「代表を信じてひとの駅かわうちの再開を待ちます」というものでした。代表の気持ちを慮って、強く静かに見守ってくださったみなさんに心から感謝申し上げます。代表はいつもみなさんの想いを感じていました。

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新年を迎えてもなお、つらく厳しい日々を過ごしている方々もいらっしゃると思います。微力ながらこの活動がわずかでも日常を取り戻していただくお手伝いができることを願い、今年も川内村とひとの駅かわうちの情報を伝えて参りたいと思います。
今日の川内村はほとんど人通りがありません。
シーンと静まった家に一人こもってこのエントリーを書いています。風が吹くたびに木漏れ日が揺れ、風の音とストーブの中で薪が爆ぜる音だけが聞こえます。

繰り返しになりますが、昨年3月11日に東日本大震災が発生しました。直後の福島第一原発事故により、川内村は全村避難を決め、それに伴いひとの駅の活動も休止しました。

あの時、原発は冷却機能を喪失して、原爆投下以上の危機的な状況に陥りました。しかしながら各関係の方々と東京消防庁ハイパーレスキュー隊隊員の命がけの対応によって、まさに間一髪で地球レベルの悲劇を回避しました。

そして川内村は、原発の至近距離に位置したにも関わらず、奇跡的に深刻な放射能汚染を免れました。不運で不幸な震災においても幸運に救われました。何かに守られたとしか言いようがありません。

その当時、こうして川内村でブログを書ける日が来るとは思いもしませんでした。たとえ今「ここは天国なんだよ。あのときに日本は消滅したんだよ。」と言われても代表は疑わないでしょう。

それからも危機的な状況は続きましたが、昨年末には原発が核暴走の危険がないところまで落ち着き、川内村は2011年度中の帰村を目標に始動しました。

川内村は着実に復活しています。そしてひとの駅かわうちは、帰村が完了し次第活動再開します。それがいつになるか、残念ながら現段階ではお伝えできません。理由は、復興事業は未知の領域のためにかなりの困難が予測されるからです。しかし、今は川内村を信じて待ちたいと思います。その時はいずれ巡って来ますから。

不謹慎を承知の上で、代表は今度の震災があって良かったと思うことがひとつあります。それは人間の勝手な幻想を幻想として自覚させる機会になったことです。

何かの犠牲の上にしか成り立たない際限無い欲望の、その行きつく先の結果がどういうものなのかがはっきりわかりました。人間の生存における根源的な問題をわからせてくれました。払った犠牲は小さくなかったけれども、おそらくこういう形でしかわたしたちは理解できようがなかったと思います。

これまでも書いてきたことですが、わたしたちはエネルギーを新しく産み出すことはできません。宇宙誕生の時に発生したエネルギーを利用し、消費しているだけです。人間自体が熱や位置のエントロピー差で物理運動する粒子の集合体に過ぎません。思考さえもです。

このエネルギーがゼロになり、すべての物質の性状が均一になったときが宇宙全体の「死」です。その時は必ず訪れます。地球も地球上の生物もその原則に従ってエネルギーを減衰させている物体で、この量子力学的運動を止めることは不可能です。

「死」に向かって超高速で膨張する宇宙に地球は浮いています。その地球には年間22トンもの隕石が降り、5トンが地表に届いています。確率的には、いつ巨大隕石が衝突して全人類が滅亡してもおかしくはありません。

地球本体はと言うと、1400度に沸騰したマグマの上に厚さ5~60キロメートルの地面がある丸い流体の固まりに過ぎません。半径6378.1キロメートルの中のほとんどがマグマで、それがいつどこから噴き出すかわかりません。生物は火薬の上に立っているようなものです。

そして、大気圏の厚さはわずか10キロメートル。人間が住める大気の厚さは頑張っても皮膚より薄い5キロメートルまでです。吹けば飛ぶような空気の薄膜です。

さらに、人類の歴史5千年で起こした戦争は1万4千回以上。それによる死者数は50億人に達します。過去3400年の内、戦争のない平和な時代はたったの250年に過ぎません。

宇宙に浮かぶ惑星としての運命。地球自体が爆発する危険性。加えて人間同士の殺戮のリスク。それらを考えれば誰が一秒先に命を落としても何の不思議もありません。実際、昨年の3月11日にそれが起きました。今日現在生きている人は、よっぽど強く、運も良かったのです。

生命が危険に晒される中で、人類は代表が生まれてからたったの50年間で人口が2倍以上増え、今や70億人を超えました。

それが可能になったのは、限られた資源を奪い合って生存数が限られた時代から、科学や技術の力で資源を生産し、分け合えるようになったからです。

野生動物を家畜化し、野生植物を選んで栽培し、全宇宙にわずか100種類に満たない元素を組み合わせて様々な物質を合成して、道具を発明して食糧の生産力を上げ、保存を可能にし、供給量を増やしました。科学技術が人類の繁栄を可能にしたわけです。

一方で、動物を家畜化して食用にすることの生物学的倫理的な問題。年間25億トンの化学肥料を生産し消費した結果の地下水や河川や海の汚染。車の保有台数が10億台、バイクは2億台に増えて毎年100万人以上が事故死している現実。原発問題然り、戦争然り。新たに作りだした試練も際限がありません。しかし人間はそういう生物であるとしか言いようがないでしょう。誰もがこういった問題をどう解決していくのかの決断を迫られる時が来ました。

代表が好きなニーチェの言葉にそのヒントがあると思います。

『科学で滅びないために芸術がある』

科学技術によって幸福を追求することは人類の宿命であって、科学技術のない時代に逆行することはできません。科学技術を間違えずに正しく使うために人間性を磨くことが必須であり、そのためには真善美の象徴である音楽や絵画や文学が有効だ、とニーチェは言っているのです。

ひとの駅かわうちのコンセプトは「美術館をベースとした交流の場」です。ニーチェの言葉が正しいとすれば、震災以降の新しい社会ではひとの駅かわうちのような施設や空間が砂漠の中のオアシスのように機能するようになるはずです。代表はひとの駅かわうちでそのことを証明していきたいと考えています。また代表と一緒にやりましょう!

本年もどうぞよろしくお願い致します。
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