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代表の日記の中だけの『鶴田松盛展』

1日に双葉郡美術協会会長の鶴田松盛さんと川越市のギャラリー呼友館へ行ったときに、少しの時間だったがコーヒーを飲みながらお話をうかがうことができた。

「震災の直後は花ばかりを描いておった」と、鶴田さんはおっしゃった。それがどうしてなのかは、ご自身でもよくわからないということだった。そして、避難中に描かれた画の何枚かの写真をくださった。それらを拝見して代表はちょっと驚いた。震災以前とまったく違うイメージの作品が写っていたからだ。みなさんはどのように感じるだろうか?

【慟哭(2011年自画像) F30号】
鶴田松盛震災後作品 1
震災以前の鶴田さんの画から受けたイメージは、詩で言えば抒情詩だと思う。題材が何であれ、豊かな抒情性を感じた。

【あの日あの頃(傘がない) F30号】
鶴田松盛震災後作品 2

しかし、鶴田さんの作品の抒情性というのは、内向きな閉じたものではなく、子どもが遊び相手をさがして笑いながら手を差し伸べているような、明るさと優しさの象形だった。

【震災の記憶 F6号】
鶴田松盛震災後作品 3
色は、鮮やかなオレンジ色や赤色のイメージが印象に残っている。もちろん暗色も使われてはいるのだが、それはオレンジや赤の明るさをひきだすために使われる暗さであって、絵全体としては、そのことでかえって明るくなっていた気がする。鶴田さんの心象そのままだったと思う。

【夏休みの思い出 F6号】
鶴田松盛震災後作品 4
だが、震災以降の作品には、翳りと不安とが見える。

【何処か遠くへ行きたい F30号】
鶴田松盛震災後作品 5
使っている色は同じだが、明色と暗色の面積が逆転して、オレンジ色や赤色の中に暗色が浸食しているように思えた。また、画中に鶴田さんの不安が投影され、それが具象やパターンにならないまま、人物はまるでピンで固定された標本のように、背景は絵具を流したように、キャンバスに押しつけられている感じがした。画の世界もまた避難しているようだった。

【何処か遠くへ行きたい(Ⅰ) F30号】
鶴田松盛震災後作品 6
だが、その変化によって、画の中に鶴田さんの意識が、より強く感じられるようになったと思う。

【望郷 F4号】
鶴田松盛震災後作品 7
代表はこれらの作品が好きだ。みなさんはいかがでしたか?

鶴田さんは、避難生活が終わるときに避難中に製作された作品の展覧会を埼玉で開催しようと考えておられるそうです。決定したら案内しますのでどうぞお楽しみに!

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