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川内村遠藤雄幸村長の胸中を思う

昨日の川内村内の警戒区域に住んでいた人たちが一時帰宅したことを伝えるテレビのニュースで、遠藤雄幸村長が声をつまらせながら「自分の家に防護服を着て帰らなければならない。異常な光景だ。こんな状況に誰がしたのか。政府は、すべての責任を現地の市町村に押し付けてくる。村民がかわいそうだ。一日も早く、元の生活に戻りたい」等、コメントしている映像をみて、ひとつはっきりわかったことがあった。

【悔しさをにじませる川内村の遠藤雄幸村長
                (共同通信より)】
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それは、政府、東電、マスメディア、その他震災を材料に飯の種にしている人たちにとって川内村はただの対象だが、遠藤雄幸村長と川内村民にとっては自分の体の一部だということだ。これはもう決定的に違うと思った。
川内村の土地や自然が体の一部という無意識の意識は田舎の人間の生理のようなもので、この感覚を都市部の人が理解するのは難しいと思う。土地と一体化している人間は「土地とはなにか?」とか「田舎とはなにか?自然とどう向き合って暮らすか?」なんてことは考えない。すでに体が知っているからだ。都会の人たちだけが、たとえば「田舎とは何か?」と考える。つまり田舎を知らなくて対象として概念として相対しているからに他ならない。地元の人間にとって今回の原発事故は、放射能で土が汚染されたというよりも、体を汚された感覚に近い。

遠藤雄幸村長は、自分の体(川内村)が蹂躙され傷つけられた痛みに耐えて呻き、慟哭している。それに対して、人災の当事者である政府、東電が「すみませんでした。傷は治します。」と謝罪し、マスメディアやその他、震災を材料に飯を食っている人たちが「痛いでしょう?苦しいでしょう?」となぐさめを言っている構図なわけだが、それが自分の体かどこかの土地のひとつかの認識の差は大きくて、地元の人たちが怒り遠藤雄幸村長が憤るのは「もっと苦しんでくれたらパフォーマンスに使える」とか「もっと泣いてくれたら良い映像がとれる」という本音と打算が透けて見えてしまうからだと思う。

そういう前提で考えれば、官邸、東電がいくら頭を下げて謝っても「誠意がない」と感じる川内村やその他の市町村の感情と、「これだけ謝っているのにどうしてわかってもらえないのか」という政府、東電の態度のギャップがなぜ生じるのかがわかる。

川内村は、原発事故の前まで内臓がどこにあるか意識したこともないくらいの健康体だった。それなのに、健康診断でCTスキャンを受けたせいで病気にさせられて、押しつけがましく「治療してやるから金を払え」「仕事を休んで入院しろ」と言われ、あげくに「治療に失敗しても文句は言うな」と脅されているようなものだ。これを不条理と言わずになんと言うのか。

そんな悪徳医者のような政府ばかりか、川内村のためと言いながら、それをネタに飯の種にしたり、不幸につけこんで宗教まがいの偏ったイデオロギーに勧誘しようとしたり、詐欺を働いたり、火事場泥棒をしたり、復興利権のおこぼれにあずかろうとする輩の、またなんと多いことか。

この状況で何を信じるか。
代表は、痛みと悔しさに耐えている遠藤雄幸村長と川内村民の言葉にならない呻きを思う。

コメント

花門
昨日花門に行ってきました。
にこやかに迎えてくれたマンスールさんは居酒屋のマスターになりきっています。
一芸に秀づれば諸芸に通ずとはこのことですね。
彼も作品の一部を人の駅に残してきたそうです。
作品が放射能を浴びて希少価値が出るなんて、笑えないジョークをいってましたっけ。
(笑)
代表もお付き合いしたかった
田中さんがいらっしゃるならぜひお付き合いしたかったなぁ(笑)。今度いらっしゃるときにはご連絡をお願いします。作家さんには多才な方、魅力的な方が多いですね。でもなぜかお酒が飲めない方が多いように思えるんですがどうですか?
木村隆一さんもひとの駅に作品を置いて行ってくださいました。放射能で芸術的価値がアップするかどうかわかりませんが(笑)震災の試練をくぐったという伝説ができることは確かですね。
宴会計画
私は食事療法をやっているので飲めません。
連れの漫画家が代わりに飲んでくれました。
同じプロの作家同士ということで、話が合うのではないかと思って連れて行ったんです。
私はウーロン茶を頂きました。
マスターの話術に酔っちゃいましたね。
代表とはまたそのうち人の駅で!

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