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代表がアンチ読売になったわけ

連休中にタイヤの交換をしてくれるカーショップへ行った。どのカーショップでもガソリンスタンドでもタイヤ交換をしてくれる。しかし、タイヤを持ち込んで交換してもらうと、なぜか料金が2倍になるので、その弱みにつけこんだあこぎなやりかたに納得できない代表は、ちょっと遠いけど、タイヤ交換だけでもきちんと受けてくれるカーショップに頼んでいる。
渋滞する道なので、早朝に家を出てカーショップの近くまで行って、ファミリーレストランで朝食をとりながらショップが開くまで待つことにした。

すると、そのファミリーレストランのテーブルに読売新聞の朝刊がおいてあった。まわりのテーブルを見ると、すべてのテーブルに一部ずつおいてある。

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それは購読者を増やそうとした読売新聞のサービスらしかった。ここまでやらなければならなくなるくらい売れ行きが落ちてきたのだろうか。読売新聞含め、アンチ読売グループの代表はミョーに納得した。
代表が小学生のころは、ふつうに巨人軍が好きなソフトボール少年だった。同級生に比べて運動能力が劣っていたのと、貧乏で運動着や道具もそろえられなかったのと、家の手伝いもしなければならなかったのとで、仲間の練習についていくこともできないへたくそだったが、補欠にはなれた。

昭和48年に、現在原発事故のために避難している双葉町の双葉高校が、第55回夏の甲子園大会に福島県代表として出場したときのバッテリーは、そのときのソフトボール仲間である。捕手は、以前にも紹介した川内村役場職員のブルケン。投手は、小さいときから強肩で受けるのが怖いくらい速く強いボールを投げていたションベンジローだ。小便が近かったためにそう呼ばれたていた。ションベンジローは、後に大洋ホエールズのエースとして活躍した学法石川高校の遠藤一彦選手に福島県大会の決勝戦で投げ勝った、野球センス抜群のすごいやつだった。

代表はこの決勝戦をいわき市営球場で観戦していた。学法石川高校の選手はションベンジローのボールをバットに当てたが、ことごとく野手の正面にいったりファールになったりした。そうしてカウントを稼いでアウトを取った。そのうちの一球はバックネットを越えてスタンドに落下して「コーン!」と高く跳ねた。そのときボールが落ちたあたりで頭頂部を両手で抑えてもだえている人が見えたが、あの人は大丈夫だっただろうか。

下馬評で「打たせて捕るピッチャー」という評価をもらったションベンジロー擁する双葉高校は、甲子園の一回戦で広島商校と対戦した。だが、打たせることはできたが捕ることができなかった。残念ながら12-0で敗退。結局広島商校がそのまま勝ち上がって優勝校になった。この年は、先の遠藤一彦投手はじめ、後に大学野球やプロ野球で活躍した天理高校の佐藤清、丸子実業の堀場秀孝、東邦高校の山倉和博、広島商校の金光興二などの錚々たる選手たちがいて、2回戦で敗退したが作新学院には、あの50年にひとりの逸材といわれた超高校級の投手江川卓がいた。
代表はブルケンやションベンジローのおかげで自分も甲子園に出場したように高校野球を疑似体験し、楽しむことができたのだった。

前ふりが長くなってしまったが、読売グループがきらいになったのは、1978年のドラフト会議でこの江川卓が野球協約の抜け穴を利用して読売ジャイアンツと抜け駆け入団契約したことがきっかけだ。

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あの年のドラフト会議前日に、読売ジャイアンツは法政大学出身の投手江川卓と入団契約してドラフト会議を欠席した。そんなことができるならドラフト会議の意味などなく許されることではないのだが、野球協約を自分たちに都合のいいように解釈したスポーツマンシップに反するはずかしい行為だった。突然読売ジャイアンツが抜け駆けしたために、ドラフト会議は読売ジャイアンツ欠席のまま行われ、江川との新しい交渉権は阪神が獲得することになった。それにしてもどこまで読売ジャイアンツは自分勝手なのか、ドラフト会議を欠席しておきながら「12球団が参加しないドラフト会議は無効だ」と主張したのであった。これに対して日本野球機構コミッショナーは、読売ジャイアンツに対して「勝手に行ったこと」とし、ドラフト会議の結果はそのまま有効として、その上で「江川と読売ジャイアンツによる入団契約は認めない」ことと「阪神の江川に対する交渉権獲得を認める」ことを正式に決定した。当然だ。
じつはここに至るまでも複雑な経緯があって詳しく書くと読売ジャイアンツ側の屁理屈で何がなんだかわからなくなるのだが、ここから先もまた理解できない事態が続いて、結局、江川卓は読売ジャイアンツに入団できてしまうのだった。

つまり、読売ジャイアンツは、なんだかんだとごねたあげくファンや世論の批判が強まったことを受けて一旦江川との契約を解除した。が、なんと、間髪を入れずに江川を阪神と入団契約させ、その後で巨人の投手だった小林繁と交換トレードするというウルトラCを行った。

この出来事以来、代表は、自分さえ良ければそれでいいという経営哲学の読売というグループと、読売ジャイアンツという球団が大キライになってしまった。また、観るたびにその不快な出来事をを思い出させられるプロ野球というスポーツにもまったく興味を失った。読売ジャイアンツはその後もルールを捻じ曲げながら選手の補強を続け、プロ野球界をシラケさせていく。そして、読売グループは偏った報道で世論を誘導していった。

そんな会社の新聞だから、良識ある読者が離れるのもいたしかたないんじゃないだろうか。お客や読者のことを考えて報道すれば、ファンはまたもどると思う。

ションベンジローは保育園時代から体力と運動能力にものをいわせて横柄で暴力的な奴だった。しかし、甲子園で負けてからはやさしくてとってもいい奴になった。双葉高校卒業後は特待生として私大へ進んだが、最初から甲子園出場組とそれ以外、甲子園出場組でも一回戦敗退組と二回戦進出組とに分けられて練習さえ満足にさせてもらえないやり方に反発して早々にドロップアウトした。

代表は、あれだけ速いボールを投げて小中学校ではヒーローだったションベンジローが、甲子園では「打たせて捕るピッチャー」になり、大学では落ちこぼれ扱いだったことを目の当たりにして「プロの選手と言うのはどんだけすごい人たちなのだろうか!だからお金が稼げるんだ。」と学ばせてもらった。そしてなによりも、ションベンジローがやさしいやつになってよかったと思った。真人間になったションベンジローは、今一流ホテルの板長をしている(笑)。

コメント

新聞の読み方
お早うございます。
一篇の小説になりそうな面白い話ですね。
登場するキャラクターがユニーク。
それにしても現代人の活字離れってのは由々しい問題せすね。
大新聞の体質や発想にも問題があるのでしょうか。
どんなにネットが発達しても新聞には捨てがたい魅力があると思うんですが。
今朝も4時に起きてコーヒーを飲みながら産経新聞を読んだところです。
活字離れ
ションベンジローが小便が近いのは筋肉疲労が回復しにくい体質だったので、甲子園にマッサージ師が一緒について行ったりとか、板長やっているホテルは東電役員の常宿だったりと、おもしろいネタはたくさんあるのですが、文才と時間が・・・(笑)。
活字離れはどうしてなんでしょうね。読むに値するものが少なくなっているとは感じます。わたしも古いものをひっぱりだして読むことが多いです。

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