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もうひとつのひとの駅

代表が川内村へ帰るときに、切ない思い出がつまった、どうしても通らなければならない場所がある。
初恋の場所ではないよ(笑)。
それは、工事中の川内村立第一小学校跡地のこと。
ここには、つい最近まで小学校が建っていた。もしかしたら、この小学校が、ひとの駅になるかも知れなかったのだった。

一小跡
ひとの駅プロジェクトがスタートしたのは、2005年3月。バイク仲間が地元イベントに参加したことに始まる。
しかし、それからほんとうにいろいろなこと、紆余曲折があって、たくさんの方たちの想いと、行政や消防の規制や判断やらが奇跡的にうまくシンクロして偶然的にひとの駅ができ、実際その間に、いつ何時プロジェクトがご破算になってもまったく不思議ではなかった。
そんなだから、いまだに代表の気持ちの中で整理しきれていないこともたくさんある。
この一小のことも、そんな内のひとつだ。

2005年7月。ひとの駅美術スタッフうーたんと仲間たちは、この場所に立っていた。

2005年7月30日一小

最初代表たちは、一小の見取り図に「芸術」「バイク」「グリーンツーリズム」その他たくさんの楽しいデザインを描いた企画書をつくった。同時に、美術仲間と一緒に、川内村の子供たちを対象に絵画教室を開催したり、地元の方々に説明して理解を得たりして、しばらくの間一小に通いつめたのだった。

2006年絵画教室 002

思いがけなく、突然に破局は訪れた。
その方向でうまく進み始めたときに、建築基準法上で大きな懸案があることがわかったのだった。それはセットバックの問題。つまり、学校の裏山が崩れた場合の安全上、校舎を利用するためには、山と建物との間を広げる必要があることが判明したのだ。対策としては建物を移動するか山を削るかしかなく、それはどちらも不可能だった。代表たちの企画は、片思いに終わってしまった。そんな過去と、廃校を無くしてしまった責任とで、この場所を通るたびに辛いのだった。

その後、傷心の代表たちに、今のひとの駅になる三小を利用してはどうかと、仲立ちをしてくれたのが役場の方々だったが、それからのことはまた次の機会にお話ししたいと思う。

ところで、今年、一小跡地は公園に生まれ変わることになった。
これから地域の方々が散歩やイベントに利用するだろう。旅の途中の人たちも、ひと時足を止めて疲れを癒す場になるだろうと思う。ここから見える、かつて児童たちが窓から眺めた、田園風景と夕日が反射する木戸側の川面の情景はまことに美しい。

最も田んぼに近いところには、子供たちの遊具が用意された。

公園遊具

今はまだコンクリートの肌そのままで無骨だが、やがてひとの駅のデザインで彩られることになっている。うーたんがディレクションして、スタッフとボランティアが総力で取り組む予定。

一小をひとの駅として残すことはできなかった。
でも、人と人とが出会う場、体と心を休める場としての役割は、公園も同じ。そのお手伝いができる役割が巡ってきたことに、不思議な縁を感じている。きっとこのデザインが完成した時、代表がいつも感じる切なさは、歓喜の気持ちに切り替わってくれるのではないかと思う。

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