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中村受司さん作品返却

 代表は、いわき市湯本の中村受司さんの作品20点程を川内村の自宅で預かっていた。今回の川内行の目的のひとつは、その作品を中村受司さんに返却することだった。昨秋にそのご依頼があったのだったが、時間が取れなくて農大を卒業するまで待ってもらっていた。

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 預かってから9年間。この時を迎えるまでに「引き取りたい」「置いてほしい」というお話しの繰り返しが何回かあった。もちろん中村受司さんご本人はいつも引き取って側に置きたいとい気持ちだっただろう。やはりご家族の反対が大きかったようだ。作品が被爆して放射能汚染されていると思われていたからだ。今現在でも双葉郡の全ての物(人間も含め)が汚染されていると考えて恐れている方は少なくない。それがどう解決されたか代表には知る由もないが、中村受司さんももう90近いお歳なので、判断できるうちに何とかしておきたいという気持ちが強くなって引き取りを決断させたのだろうと想像する。代表としても良かったと思う。

 川内村は風が強くて、大きな作品が煽られてしまって、Kトラへの積み込みが大変だったがなんとかやれた。

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 中村受司さんと内郷のいわき市総合保健福祉センターで待ち合わせて、確認のために放射線量を測定してもらった後、無地ご自宅に届け終えた。保管中の割れや剥離もほとんど無かったということで、代表もホッとした。ひとつ肩の荷が降りた。

 そこで富岡町から避難中の田中隆さんに会った。
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 田中隆さんはひとの駅かわうちの始まりからの協力者の一人で、運営に関わるほど近くでは無く、また全くの知らん顔ということでもない程々の距離感で、困ったときには必ず駆けつけてくれた作家さんであった。代表には少なからぬ恩義がある。詳しい理由はわからないが、田中隆さんも避難者としての事情でこれまで描いてきた作品を廃却するかどうかの瀬戸際にあるというお話だった。

 避難中の方々の個々の事情というのは切ない話ばかりで、代表は同じ重さで受け止めることができない。そのひとつひとつに対し同調していては正常な自分を保つことは不可能だとわかっているので、なるべく視線を逸らすようにしている。代表は本当は弱くて脆い人間なのだ。

 今の代表にできることは、中村受司さんの作品があった場所に同量の田中隆さんの作品を預かることだけだった。それで、田中隆さんと富岡町のご自宅に行って、選んでもらった作品を一度空になったKトラの荷台にまた積んで帰った。

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 こういう成り行きについて、場当たり的と言ってしまえば確かに場当たり的だが、何がしかの意味があるのだろうと代表は思う。この先どういう結果になるかわからないが、偶然的に残された作品は、その運命によって、またその大きなエネルギーによっていずれ何処かに何らかの作用を及ぼすはずであると代表は思うのである。

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