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セローとSL230 つづき

 代表が買ったばかりのバイク、ヤマハセローが生産終了になるらしい。

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 新しい環境規制に対処できないからみたいだが、その他の空冷エンジンのモデルや、水冷でも高い動力性能を誇ったWRシリーズなんかについても生産を終了すると発表された。

 ヤマハという会社は、商品に毎年ちょっとずつちょっとずつ改良を加え、長~く大切に育てる風土があったんだが、よっぽどの事情、万事手を尽くして解決する手だてがないというような結論になったのだろう。代表も技術屋だからその辛さがわかる。しかし、もうちょっと足掻いてほしかったね。
 
 もっとも、ホンダの方はとっくにあきらめてたんだから(10年も前。XR230を最後に撤退)、ヤマハはここまでよく頑張ったともいえる。

 ヤマハにしろホンダにしろ、あるいは、ジャンルは違うがアップルとかにしろ、昔のように、大きな夢とか異常な執念を持った人というのはいなくなったんだろうという感じがするね。こういった決定だとか、出てくる商品を見るとそれが伝わってくる。

   厳しい規制に対して「なにくそ」と反発して風穴を開けようとするような気概を持った経営者はまず見なくなった。市場が想像すらできない画期的な商品というのがまったく登場しなくなった。強烈な個性を持った人間を育てられなくなった社会の投影なんだろうと思う。

代表は予言する。ハードであれソフトであれ、これからの新価値商品は先進国からは生まれない。途上国から生まれる。新価値を発想し商品化するためには爆発的なエネルギーとパッションと財力を必要とする。その源泉となる激しい渇きや欲望を持った人はもう先進国には生存していないし、妄想に投資なんてしやしない。小利口な人間が増えすぎた社会というのは案外つまらないのだ。

 さて、一転して細かい話をば。
 代表が前に乗っていたバイクSL230とセローとは、同じバイクでありながら、いろんなところがちがっていて面白い。そのことはすなわちメーカー間の考え方がちがうということだ。形の差はわずかだが、形を産む思想の部分は根本的にちがう。

 例えば...排気管のプロテクターの形と取り付け構造を比較してみる。

 排気管はエンジンの中で燃焼したガソリンと空気の混合気を排気する管のことで、当然、エンジンが回っているときは熱くなる。触ったら火傷してしまう。同じ空冷250ccエンジンの中で、ガソリンと空気を混ぜて燃やしたときの温度は同じだ。だから排気の温度、それが通る排気管の温度なんてほとんど変わらない。なので、両マシンのプロテクターの役割は、輻射熱で熱くなったり火傷したりしないようにガードすることなのである。

 セローのプロテクターは、穴が開けられ、固定するためのネジが見える。

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 方やSL230のプロテクターは、穴が無く固定用のネジが見えない。

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 この差は、ただデザインがちがうだけなのか?そうではない。それぞれ理由があるのである。

 おそらくだが、セローの場合、形はどうでも火傷しなければOKという考え方で設計されたと思う。プロテクター取り付けのネジなんていうのは、直接排気管に接しているために高温になりやすいのに、ちょっと奥まったところに引っ込ませているにしても、セローがそういう部分を露出させることができたのは、そういった理由からだ。

 そういう目でSL230を見てみると、熱気が漏れそうな穴はひとつもなくて、前後のプロテクター同士も重ねて、徹底して排気管の熱が直接放射しない配慮をしていることがうかがえる。プロテクター取り付けのネジもわざわざ表面から見えない位置に設けている。有害な熱を外側に出さないためのプロテクターなんだから、穴なんて開けてはいけないという考えが伝わってくる。

 おおざっぱなイメージは、ヤマハは大らかでホンダは細かい。あるいは、ヤマハは楽観的でホンダは合理的。そんな風に見える。

 たまたまだと思われるかも知れないので、もうひとつ例をあげてみる。

 この方向指示器のボディとレンズを固定するネジ。

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 セローはライダーの目線から見えるところにあるが、近くにあったらホンダのバイクを見てほしい。絶対この位置には設定していないので。必ず見えないところ、見えないやり方で処理している。「裏方的な部品が見えるのはかっこ悪い」とホンダは考えているからだろうと思う。ヤマハは、「そんなところだれも気にしてないよ」と考えていると思う。両社のすべての商品に悉くこのちがいが現れている。

 機会があればマシン全体のボルトやナットなんてのも細かくチェックしてもらいたいが、ヤマハが割りと気にせずに機能的に設定している(そのためたくさん見えている)のに対して、ホンダではパッと見のボルトやナットの数は少ない。ホンダは目立たなない色にしたりして見えない工夫をしている。芸術作品は作家そのもの、と書いたことがあったが、工業製品もまた人そのものだといってまちがいないだろう。

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 そこまでやって、どっちのデザインが良いかという話になると、好みも作られた時代の違いもあるのではっきり言えないんだが、決定的な差にならない。SL230に偏執的に神経を使った有り難味はなく、割り切ったセローだが雑な感じはしない。セローはユーザーが感じるツボを見事に押さえた、上手くつくられたバイクだなーと感心する。

 セローを走らせてみると、カチッカチッとシフトが確実に決まる。SL230にこの節度感はなかった。しかし、走り出してスピードが60kmに到達する間に、2回ほど、ごくわずかだが谷がある。また、ガーとかゴーとかいうエンジンのベアリングか何かが擦れたようなけっこう豪勢な音も耳に届いた。この点SL230はよく調教されていた。

 しかし、それらも味のうち。気難しさすら楽しいのである。機械と一体となって風を切り、右に左に体を傾けながら移動する快感。ほどほどの緊張と健康的なエクスタシー。たしかに考え方も形もちがう。でも、この気持ち良さはホンダのバイクもヤマハも変わらない。それは、ホンダの人もヤマハの人も、バイクを作っている人たちがバイク好きだからだと思う。

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