田んぼは合理的

 代表が住む街川越市は、中心部は都会的だが、少し中心を離れればそこには田畑が広がっている。各地にある地方都市の風景とまったく一緒だ。

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 川越の田んぼでも一斉に田植えが始まった。自分で畑をいじるまではわからなかったが、この稲作のやり方というのは実にうまくできていると思う。生物と自然を熟知し巧みに利用している。 まず、この田植えという方法。水を張ったところに苗を植えるところが驚きの知恵だ。いったい誰が考えたんだろう。

 作物は苗が小さいときがいちばんむずかしい。土の温度が低かったり水が不足したりすると育たない。弱い風であってもねじ切れたり倒されたりもしてしまうけど、まだ細いために支柱などで支えることもできない。さらに根元に近い部分は虫にアタックされやすく、畑においてはこれらとの対策は「戦い」といってもいいレベルだ。たいへんな苦労なんである。

 ところが、田植えという方法はそれらの問題を一気に解決できてしまう。水は常にあるために水不足になることはないし、田の水は温度を一定に保って低温や風から苗を守ってくれる。また、水がガードして虫が根元に行くこともできない。肥料が水の中に均等に溶けているためどの場所の苗にも公平に栄養が届く。文句なしだ。

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 その上収穫まで短期間で5ヶ月足らず。水が温む頃に田植えして台風が来る前に収穫する賢さ。その後半年は休ませるが、そうしている間にも畦を利用して枝豆などの作物を作ったりして、田の肥料を補うとかあるいは養分を無駄なく利用するとかいった細かい調整までやっている。100点満点。稲作は食物生産形態の完成形といえるんじゃないだろうか。

 ただ、稲作にも弱点はあるらしい。それは、田んぼで食糧を生産した分の肥料をどこから補うのか?という問題。どうしたって生産分に対して補充分が足りなくなる。

 昔は、田んぼを休ませている間に植物や動物の排泄物などを利用して肥料を作ったみたいなんだが、それでも足りなくて、江戸時代頃には田んぼの面積が急激に増えたことによって社会問題にまでなったらしい。美しい田園風景も人間が山林を開発した結果のことだから、ほんとうの自然の状態ではなかったってことだね。人間が手を加えたことには必ず矛盾が伴う感じだ。

 川越で植物とか動物の排泄物などを使って肥料を作っている場所はほとんど見ないので、田んぼの肥料は外から調達するのだろうと思う。田んぼで食糧を生産する以上は肥料を入れ続けなければならない。土壌汚染も残るだろうし。食糧の生産はそういった意味でもむずかしい。
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