昨日と同じことを今日もしている代表に? 

 机の中の資料を整理していたら、いつ誰にもらったのか忘れたが、こんなメモが出てきた。

『 昨日と同じ仕事を今日もしているきみへ 昭和33年2月 作者不明

うちの子どもがこういうことをいったんだよ。
「お父さんはね、会社の社長になって、偉いかもしれないけど、お父さんの若かった時代は野蛮人の時代だったから、考えることがたくさんあってよかった」と。
そして「俺なんかお父さんにみんなやられちゃったから、考える余地がないしお父さんみたいになれないよ」。そういうことをいうんだ。
ところが、それは大きな間違いなんだ。俺だって子供のころに親父に向かってやっぱり同じことをいったよ。
しかし人間はどんどん進化するんだから、これでいいなんてことはありえないよ。
そういう感じをもっているときが一番怖いんだって思うよ。やる仕事はいくらでもあるんだ。ただ自分が気がつかないだけ。
たしかに前は、なんでも整備せにゃならんかったから、整備する仕事は余計にあったんだが、これからは整備する仕事じゃなくて、それを発見するための仕事がなきゃいけないんだ。これ以上ないということは足踏みしていることなんだね。世の中は進んでいるんだから、それは足踏みでなくて後退だよ。俺が一番恐れているのはそれなんだ。考えても考えても足らんというのが、人間の常識でなくちゃならんのにね。
人間というものは死ぬまで用事があるもんだよ。年寄りは年寄りなりの考えを出すものなんだよ。俺なんかやりっぱなしでさ、ホトトギスのようなもんかしらんけどな。卵を産みっぱなしでほうぼう飛んで廻っているから。そいつをまあみんなが整理してくれたわけだが。
結局は育てたものも、産んでしまったホトトギスも死んでいくんだからな。今後はきみたちがホトトギスにならんきゃならんのだ。新しい時代がきて、新陳代謝してゆくんだからな。
だから、仕事だって一つ終わってもまた次に増えているはずなんだ。みんな仕事は手に一杯もっているはずなんだな。どんな場合でも。もたない人が多かったときには会社はつぶれるっていうこと。手にいっぱい仕事をもって頭を悩ましている人間がいる会社は安泰だよ。だいじょうぶだ。
ただ会社に仕事がないんじゃなくて、その人が仕事を考えないんだよ。それがぼくは恐いんだ。死ぬまで抜けきらんから。気の毒に。
どんなものでも固定化してしまったときがいちばん恐いと思うね、りっぱな会社になった。これでいいというときがね。そのときにはみんなの知恵が止まってしまうことだから。
昔の百年はいまの一年くらいだな。猛烈に早くなってきてますよ。だからいままでより以上にみんなの頭を使ってくれなきゃダメってことだね。』

これが昭和33年に書かれたものだというのにちっとも古くない。現在でも立派に通用するし、今の代表の事を言われてるみたいな気がした。
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