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代表の頭に神がおりるとき

代表は悩んでいた。
ひとの駅がある高田島地区への、この入口看板がわかりにくくて通りすぎてしまうという。
ほかに看板があるわけでなし、こんなに目立っているのに、まだ迷う方がいらっしゃるとは・・・。

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看板の問題ではないんじゃないだろうか?なんて失礼なことをおもいつつも、「代表は埼玉にいっからいいべ。オラにはちょくせつ苦情くんだがら!」と事務局の昭蔵さんにいわれると動かざるをえない。だが、これ以上目立つ看板も、また設置方法も、どうすればいいのか???ずっとアイディアがわかなかった。
代表は難題を抱えることが好きだ。解決方法が閃いたときの快感がたまらないからだ。難しければ難しいほど答えを出すのは苦労だが、苦労が大きければ大きいほど閃いたときの達成感も大きい。このインスピレーションが閃いた瞬間をさして「天啓」といったりするが、インスピレーションとはそれほどに神がかり的な不思議な不思議な現象なのである。

たとえば、酸素が発見されたのはわずか250年前のことだが、発見者であるイギリスのプリ-ストリーが、たまたまロウソクの火のとなりで酸化水銀を熱していたまったくの偶然がきっかけだった。固体から発生する気体の正体が知りたい一心で、おびただしい数の実験をくりかえしていたときだったといわれている。
また、天然痘の画期的な治療法として考え出されたワクチン接種法は、ジェンナーが「乳しぼりは天然痘にならない」というわずかなヒントに反応した結果だったし、グッドイヤーが実用性の高いゴムの開発に苦難を重ねていたときには、あてずっぽうに硫黄と生ゴムを混ぜたものをストーブにくっつけて焦がしてしまったことが、ゴムを加硫して安定させる方法の発見につながった。

このように発見や発明は、まず、必ず難題が解決できない苦悩がつづく時期があって、そこへ偶然が重なった一瞬の閃きによって起こる。その閃きを「天啓」とか「神がおりる」といったりするのは、その様が神秘的で神様の力を借りたような気がするからだろう。

自慢じゃないが代表も、この閃きのメカニズムによって数多の難題をクリヤーしてきた。看板でいえばDanonyさんの看板への抱きつき案や、他の標識への寄生案、土地や建物をおかりするちゃっかり案など、つぎつぎに考案したのだ。そして今、一年の長い苦悩の末に、またまた代表の頭頂部に神様がおりてきちゃったのだった。思い立ったら吉日。さっそく高田島入口看板の加工を始めたのだった。が・・・

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あれれ!?つじつまが合わない。神様が代表の頭からスベリ落ちちゃったみたいだ(笑)。
このつづきはまた改めて。

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