小保方晴子著「あの日」

 今年の始めに小保方晴子さんの手記「あの日」が本屋に並んだ。最近は新刊なんて買うことがなかった代表も、これは気になったのですぐに買って読んだ。今さらいうまでもないが小保方晴子さんはSTAP細胞騒動の中心人物。「あの日」は彼女からみたSTAP細胞騒動録だ。

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■STAP細胞騒動のおさらい
 STAP細胞騒動とはどういうものだったのか。もう一度おさらいしてみよう。
 そもそもSTAP細胞とはどういうものだったのか。

 STAP細胞とは英語でStimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cellというらしい。直訳すると「刺激惹起性多能性獲得細胞」で、そこにこめられた意味は、特殊な培養液に体細胞を浸して刺激を与えて初期化し多能性を獲得した細胞、となるということ。多能性があるということは様々な細胞に変化させられるため、これまで治らなかった病気や怪我の治療に使える可能性が高い。ES細胞やips細胞のような拒絶反応や倫理上の問題もないので、事実なら病気の治療を根本から変える画期的な大発見だった。

 一方STAP細胞周辺の人間模様とはどんなだったか。

 米ハーバード大のバカンティ教授が、哺乳類の体細胞に酸などの刺激を与えることで多能性幹細胞にできるのではないか、というアイディアを持っていた。ちょうど小保方晴子さんがハーバード大に留学してきたため、バカンティ教授の指導で実証実験を行なうことになった。失敗を繰り返したが、ついに小保方晴子さんは手がかりを見つける。帰国してからも理化学研究所で研究を続けることになり、再生科学総合研究センター副センター長の笹井芳樹氏の下で、共同研究者で培養を担当した若山照彦氏(のちに山梨大学に移動)とSTAP細胞のつくり方をまとめてNature論文発表。しかし、この論文にまちがいや改ざんがあったとされ、若山氏と理研がマスメディアをつかい糾弾側に回って笹井や小保方晴子さんを追い込んだ。

 調査委員会が組織され、STAP細胞は99.9%ES細胞であると結論づけた。もしそうだとするなら、ES細胞が偶然混入したか、誰かが意図的に故意に混入させたかのどちらかしかあり得ない。実験用マウスが最初からES細胞だったとすれば若山氏の責任だろうし、すり替えたとすれば小保方晴子さんさん(か、研究室に入れるスタッフの誰か)しかないが、関係者全員ES細胞を混入させた事実はないと否定し、それらについて調査委員会でははっきりしないままにされた。

 調査委員会としてはNature論文を不正だったとして撤回するよう提言。結局、論文執筆陣はそれを受け入れ、小保方さんは、理研の不正認定に対して不服を申し立てをせず失職(退職)。理化学界から追放状態となった。その間に、笹井氏が自律神経失調状態に陥って自殺したというのが騒動の概略である。

■STAP細胞騒動に対する世論
 こういった出来事に対するマスメディアの報道と踊らされる世間の構図はいつも同じである。マスコミはそのときに一番旬な話題を取り上げ、新しい事件事故が起きるまでしつこくしゃぶる。最初は持ち上げておいて、あら探しをして叩く。STAP細胞ニュースはそれを絵に描いたようなわかりやすい展開だったが、そうすることが彼らの仕事で、それをつくり出すのが現在の人間社会というものなので、そういうものだとして見るしかない。

■STAP細胞問題への特殊な反応
 そういったことで、こういった事件があると様々な人たち、それこそ街角のおばさんおじさんのコメントまで集められるのだが、代表がこの騒動で特徴的だと思ったのは、専門家とか研究者とか技術屋とかの専門知識を持っているらしい人たちが、インターネットを通して見解を闘わしたことであった。それぞれの立場から理論的に「STAP細胞は存在する」と「STAP細胞は存在しない」ときれいに二つに分かれた議論があったことだった。詳しい内容についてはひじょうに専門的で難解なため、正直な話代表はついていけなかった。

 だが、STAP細胞くらいのことはあったっておかしくはないだろうと直感として思っていた。前にも書いたけど、人間なんてこの世で起きている現象の真実について何もわかっていない。現象はあるが証明ができないのである。

 たとえば、編んだ糸がなぜほつれないのか?体液はどうして皮膚から漏れないのか?あるいは風で木が倒されるとき、どういった力学で倒れるのか?また、その木がなぜそこにありその風がなぜそこに吹いたのか?など、それらのことをパーフェクトに理論化できる人はいない。まして予測することなど不可能。

 人間がやっていることというのは、すべてが結果に対する追認で、不完全な辻褄合わせをしているに過ぎない。生物が進化してきた無限の奇跡を見れば、人知以前にSTAP細胞レベルの現実があるとしてもぜーんぜん不思議でない。そんなもの浜の真砂の数ほどある。

 もうひとつの特徴としては、研究開発のプロセス上で不正を行なえるかどうかとか、不正によってだれがどんなメリットを得るのかという視点の熱のこもった議論で、研究者や技術屋のそれぞれの良心と照らした部分で、いわば自分自身の経験や良心に重ねて見た現場の声、現場の本音であり、その書き込みが他の事件よりもやや多い気がした。それは小保方晴子さん(あるいは若山氏)と同じジレンマを抱えている研究者や技術屋が多かったということじゃないだろうか。つまり、研究者や技術屋の良心がないがしろにされる時代性の反映といったもので、社会正義よりも個人の利益が優先される世界的な傾向がその背景にある感じがした。STAP細胞騒動は起こるべくして起きた象徴的出来事であり、ジレンマを抱えている研究者や技術屋が自分のことのように感じて発言したのだと思う(代表もそのひとりだった)。

 したがって、最終目的が金や名誉の場合、不確実で時間がかかって苦労も多い研究開発の道は選ばないだろうという意見が多かったと思うが、代表もそういう考えだったが、学術的名誉とか個人的利害に異常に執着する人間も増えているらしく、異常な虚言や捏造の事例が紹介され、反論も少なくなかった。

 たしかにそういうタイプも存在するだろうし、最初は正義感で研究しているうちにだんだんと欲が出てくるということはあるのかもしれない。小保方晴子さんは名誉欲のために嘘をつくような女だという見方と、嘘を付いているのは若山氏側だという意見の中で、代表は自身の技術開発に対するスタンスから、「小保方晴子さんは不正をしていない」「STAP細胞は存在する」と信じた側で、それは今も変わっていない。

■興味深かった精神科医のブログ
 様々な見解の中に、ある精神科医が心理学的に推察したものがあった。それは、精神疾患について偏りなく様々な事例や情報が紹介されている『場末P科病院の精神科医のblog』で、代表は以前からファンだったのだが、そこで、小保方晴子さんを不正行為も平気でする虚言癖の虚偽性障害とし、心理学的な実験で、人は一般に、提示されたものを何でも真実であると思うようなバイアス(偏見)がかかることが示されているため、若山氏は小保方晴子さんから渡された細胞はSTAP細胞なのだと思い込んで騙されてしまったことは間違いないだろう、と書かれていた。代表の小保方晴子さんのイメージとは真反対だったが、精神医療現場の最前線にいるらしい精神科医による具体的事例を示しての考察なので、たいへんに説得力があった。いろんな見方があるものだ。

 長文で全部紹介することはできないので、興味がある方は『場末P科病院の精神科医のblog』の『STAP細胞は存在したのか(嘘についての考察)』を探して読んでみてください。ただ、このブログはSTAP細胞について書かれた一ヵ月後から更新されなくなってしまった。政治的なことにも触れていたため精神科医に圧力がかかったのかもしれない。心配だ。当事者はもちろんだが、多少なりとも人生に影響が及んだ人は多かったのではないだろうか。

■代表の読後感
「あの日」を読んで、ああやっぱりそうだったのかというところと、代表のもっていた小保方晴子さんのイメージとずれる部分とがあった。

 つづく(すみません。またまとまった時間ができたら書きますんで。。。)
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コメント

ずーっと不思議に思っていました。
嘘なら、どうしても直ぐにバレるような発表をしたのか。 ずさんな研究をしていたのなら、どうして上司や同僚は発表前に検証しなかったのか。 どうして、チームでなく一人で研究していたのか。
続きを楽しみにしています。
No title
了解しました!

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