聞いてねえよ!

 代表が学んだ学校の教授は、一度企業で活躍して教育現場に戻った人もいたが、ほとんどは大学を卒業してそのまま研究者や教育者になった、一歩も学校から出ていない人たちだった。頭脳は優秀だがいわゆる世間知らず。先輩はことあるごとに「教授たちのような専門バカにはなるなよ」と諭してくれて、やわらかいジャンルの本もくれたりしたが、当時は、学問エリートである教授という立場をうらやましいと思いこそすれバカには見えなかった。「勉強時間を捻出するために日曜日に一週間分の料理を作っておいて一週間同じものを食べる。一週間の終わり頃には腐り始めて酸っぱくなることもある。」なんて話を教授から聞かされると、「かっこいいなー」なんて思ったりしていたものだった。代表にもそのケがあったのかもしれない。

 時は過ぎて代表は働くようになった。乗り物メーカーの会社で、その中でも代表の職場というのは趣味的なものの開発をする部門だったから、そこにいる人間は基本的に趣味的なものにハマった連中ばかりであった。バカであることに気づけない趣味バカの集団というひじょうに特殊な空間。創業者は「企業人である前に一人前の社会人であれ」という言葉を残したが、社会人の前に趣味人ばっかりなのでそういわざるを得なかった。創業者自身怒りに任せて芸者を二階の窓から放り投げたような奇人であった。

 そういう代表の職場でよく使われる言葉が「聞いてねえよ!」というもの。使い方としては、たとえば空港で乗るべきはずの便が台風で遅れたりしてそのことをカウンターで告げられたときに「そんなことは聞いてねえよ!」といって困らせる。相手は航空会社じゃなくて自然現象なんだからどうしようもないだろうに。しかし、そんな常識は自分の世界しか見えていない人間には通用しない。ちなみにこれは実際にあった話で、当該人物は航空会社のブラックリストに載った。

 前置きが長くなったが代表はこの前乃木坂の新国立美術館で開催されていた白日会展に行った。開催期間は3月16日から28日まであったが、いろいろあって最終日になってしまった。マンスールさんから届いた案内状には最終日は16時入場ストップで17時閉館となっていた。無理やり仕事を昼過ぎで切り上げて会場入り口に到着したのが14時になっていた。3時間あればゆっくり見られるだろう。それ以上長く見ようと思っても続かない。芸術作品の鑑賞は意外と体力を消耗するのである。急いで入館手続きをすると「本日は15時で終了でございます」といわれた。えっ!?17時じゃないですか?と聞き直した。案内状にもちゃんと17時と書いてある。「いえ15時でございます。」という返事だった。

聞いてねえよ!

16040101.jpg
【写真:2016年白日会作品より】
やっぱり代表もわがままな趣味バカだ。思わず口から出そうになったが、ここで揉めても閉館時間は変わらないだろうし、揉めている時間が惜しいと考えて止めた。白日会展のブラックリストに載ったりしたらマンスールさんにも迷惑がかかってしまうし。

 「そうですか。わかりました。」代表は走るように会場を廻って、まずマンスールさんの作品の場所を確かめておいてから、30分かけて全部の作品を見直して、最後の15分をマンスールさんの作品の鑑賞に充てた。

 代表には不思議な感じがする絵だった。

16040102.jpg

 黄金色を侵食するような感じの暗い背景の中に、桃色のチャドルで身を包んだ女性が立っている。モデルはマンスールさんの娘さんみたいだ。マンスールさんには二人の娘さんがいるが描かれているのはひとり。マンスールさんはずっと娘さんを描き続けているが、たしか去年の作品までは姉妹ふたりだった。今年はひとり。その娘さんも向こうの地平に遠ざかりつつあるように見える。モデルと作者双方の孤独を感じる。

 代表にもマンスールさんのところと年頃も同じくらいの娘がふたりいるんだが、最近煙たがられるようになってしまった。話も合わないし言うこともきいてくれない。せめて家内が代表が頑張っているくらいのことをいってくれたら慰めにもなるんだが、いまや自分のことばっかりで親父のことなんてまったく眼中にない。代表はずーっと家族を見つめてきたのに。

 マンスールさんの絵から受けた孤独感は自分の孤独だった。チャドルの桃色にマンスールさんの片思いの愛情を感じました。
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

トラックバック