卒業

 3月。卒業のシーズンが巡ってきた。代表も卒業しようと思う。学校とか会社とかではなく晩酌を卒業しようと思う。

 思い返せば酒とは長い付き合いだった。記憶が芽生えたときには身近にあった。代表の家から歩いて2分のおフクロの本家が旅館で、博労たちが泊まって酒を呑んで騒いでいるところに自分の家のように出入りしていた代表は、博労たちが吐く焼酎の息を嗅いで育った。

 はじめて酒を呑んだのは小学校3年か4年のときだったかな。親父もおフクロも弱かったから酒が家にあることは少なかったが、親父は酒呑みに対してコンプレックスがあり、酒呑みになりたいと時折り口にし、赤玉ポートワインや麒麟麦酒を買ってきてチャレンジすることがあった。暑い夏のある夕方に、親父は瓶ビールを一本買ってきて呑んだ。そのときに「お前も飲んでみろ」といってコップに半分くれた。苦かった。

 それから代表は酒の味見をするようになった。博労たちの宴会の後の焼酎やウイスキーのビンに指を突っ込んで舐めたり、また、酒の利用法なんかについても考えるようになって、たとえば雑誌で「酒に浸した米を撒いておくとスズメが来てついばみ、酔っ払って飛べなくなるので簡単に捕まえられる」というような記事を見つければ自分でも試してみたりした。その次は自分で酒を作ろうともした。猿が木の洞にブドウを入れておいて猿酒をつくるというのをやはり雑誌で読んで、たくさんの山ブドウを採って樽に仕込んだ。梅干のように酸っぱい汁ができただけだったが。

 高校生になってから寮で毎晩のようにコンパがあり、コークハイの味と酔いを覚えた。もちろん飲酒禁止だったが、見つかっても「コーラです」で許してもらえた。おおらかだった。川内村に帰ったときはよく同級生で集まって飲んだし、寮を出てアパートに住んでからは大家さんの酒と麻雀の相手をした。徐々にビールや日本酒の味も覚えて二日酔いも経験した。社会人になってからは宴会も多くなって、その頃から晩酌が習慣になった。痛飲して天井が回ることもあったし、酒の臭いをさせたまま出勤するなんてこともあった。酒が原因の失敗は数え切れない。

 そんな呑み方を続けてすでに40数年である。飽きたというわけではないんだが、最近酒を呑むと酔いの回りが早くすぐに眠くなってしまう。夕食のときに一杯やったりするともう書き物とか読書とかができない。頭が働かなくなる。寝るだけだ。

 晩酌ってのはそういうものだろう。酔って寝てすべて忘れて一日分リセットする。しかし、もう十分だ。今は晩酌の効用よりも飲んだ後何もできない時間の惜しさの方が勝る。だから晩酌は卒業したいと思う。酒を止めるということではないよ。飲みたいときとや誘われたときには思いっきり楽しむ。
 ところで・・・
・・・川内村へ帰ったときに、「湯本のさはこ酒店にこの時期限定の一歩己のうすにごりが入荷したから、川内村に帰っているなら買って飲むように」と、いわきのバイク仲間から連絡があった。ちょうど長女から「また一歩己が飲みたい」とせがまれていたこともあり急遽予定を早めて日帰りすることにし、湯本ICで降りて閉店間際のさはこ酒店に飛び込んだ。

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 一歩己一升と残り二本だけになっていたうすにごり四合瓶を手に入れることができた。

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 長女が休みになるのを待って一緒に晩酌したい(笑)。
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コメント

えらいなぁ オイラも晩酌やめなければならないんだろうが、意志が弱い以前にやめようとすらしない。

晩酌をやめる理由が書を読むためとは頭が下がります。

自分がくだらない人間に思えてきます。
いやーえらそうなこといってごめん。早速晩酌やっちゃったよ。娘と家内と3人でうすにごりを飲みますた。フルーティでとっても美味しかったです。

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