いい顔になりたい

 幸せは人それぞれだ。水が飲めるだけで幸せを感じる人もいれば、使いきれないほど資産を持って何不自由の無い暮らしをしていても不幸だと思う人もいる。生きて呼吸ができるだけで幸せを実感する人もいれば、だれもが羨むような美しいスタイルと運動能力を授かっていても不幸だと思っている人もいる。人というのは、欠けて初めて足るを知るものなのだろうか。

 幸せかそうでないかは表情に表れる。幸せな人の顔は穏やかで、そうでない人は悲しかったり苦しかったり怒りだったりの表情になる。無理に笑顔をつくってもどこかに影ができるものだ。

 この顔はどっちかな?

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 ラジオFMいわきのPR誌『みみたす』の表紙を飾った、ここで何度か紹介したことがある、代表の中学時代の恩師勝子先生。

 先生は、代表の記憶では中学時代はほとんど笑わなかった。元気爆発、スポーツ万能の体育の担当だったが、いつも腕組をして、ムスっと上目の白目で睨んでいた。 代表は「やぎさわー!」って呼ばれていた。

 笑う先生に会ったのは卒業後40年経ってからだ。すでに教師を引退して押し花作家になっていた。昔の先生とちがっていたところは、脳梗塞を患って左半身が不自由になっていたこと。それからこの別人のような笑顔。笑顔は苦難を乗り越えた人に与えられる勲章みたいなのなんだろうかね。今は「かついち君」と呼ばれている。

 今度の金曜日に中学時代の同級生が何人か上野に集まって一杯やることになっているんだが、まだ自分たちの顔は野暮ったい。先生の足下にも及ばない。代表は『みみたす』を人数分コピーして持って行こうと思う。
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