歩く親父

 親父のリハビリの進み具合を報告しないといけない。ゆっくりだったら杖を使わないで歩けるまでになった。

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 経過の確認のために、長女が6日に、入院していた郡山の病院に連れて行ったのだそうだが、「けっこうな重症だったんですよ。」と医者が言って、回復の早さに驚いていたということだった。経過観察のための定期的な通院も断ってきたそうだ。何度も書いたが、そういう気の強さが骨をくっつける力になったことは間違いないだろうと思う。気持ちが姿形をつくる。

 じつは、親父の立っている右手方角の、諏訪神社のある場所の近くに、みんなが「特養」と呼ぶ特別養護老人ホームが建設さえようとしている。詳しいことは知らないが、建物はえらくでかい。

 代表の長女は、川越の超でかい老人ホームチェーンで働いていたが、そのブラックぶりが嫌になって3年働いて辞めた。二度と老人介護の仕事はしたくないと話している。若い人が自分の営みを犠牲にして老人の面倒をみるという特養ないし有料老人ホームのシステムは、社会のために貢献してきてついに動けなくなった老人を養い最後を看取るといういかにも人間的な理由付けがされているが、姥捨山の商業化というだけのことで、既に破綻している。真剣に考える人たちはその矛盾と欺瞞に気づいているだろう。

 もう何十年も前に、90歳を過ぎても大きな乾物の荷物を背負って行商をしている北海道のお婆さんを紹介していたのをテレビで見たことがあったが、そのお婆さんは「歩けなくなったら人間終わり」と話していた。その言葉の意味がようやくわかる。生きることは歩くこと。歩けなくなったら終わり。そのことがわかっているから親父は歩く。
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