川内村報告 その4(終わり)

 川内村報告が終わらないのに一週間が過ぎてしまった。これで終わりにします。

 今回の用事のひとつは、ひとの駅関係の金銭の清算だった。撤収含めた2014年度の費用というのはとりあえず代表が立替えていたわけだが、ようやく決済が下りたと役場から連絡があった。本来自分の金だから返ってきて当然なんだが、これまで返ってこなかったのもけっこうな額になる。だが、それはもうくれてやったことにしてあきらめる。代表的にはすっきりした。

 あと、代表が昔からお世話になっている近所の水道屋さんに頼まれていた鍵のコピーを届けた。

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 鍵のコピーくらいやれるところが川内村の近くにもあるだろうと思うんだが、今はないらしいね。もちろん郡山やいわきのホームセンターまで行けばいくらでもある。が、そこまで行って加工してもらう時間が個人営業の水道屋さんにはないくらい忙しいらしい。川内村周辺は建設ラッシュだ。富岡あたりなんて今まで見たことがないくらいの数の車両が行き交っている。歴史上最も活況を呈しているかもしれない。

 それはいいとして、ついでに、震災後の軽トラが弾不足のときに代表が埼玉の販売店を紹介したアクティトラックの、エアクリーナーエレメントをチェックしてあげた。3年目の車検を取ったばかりなんだが、どうせチェックしていないだろうと思って。予想通り真っ黒だった。

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 こんなんでもエンジンはボコつかずに回るし車検も通る。現在の自動車技術はすばらしい。が、汚れなくする方が技術というものじゃないかと思う。スクーターのエアクリーナーなんてのはアクティよりもっと不利な場所にあるが、ほとんど汚れない。

 代表が用意した新しいエアクリーナーエレメントと交換。エンジンオイルとエアクリーナーエレメントとタイヤの空気圧。これさえ適性にしておけば走れなくなるようなトラブルはまず起きない。

 それから、となりのトミちゃんに乳酸菌液の作り方のコピーを渡したり、東北電力に電話したり、プロパンガス代半年分の支払いを済ませたり、川内村の水を持ち帰るのにポリタンクに入れたり、親父の顔を見にきてくださった鶴田松盛さんに娘の絵をみていただいたりと、充実した川内村だった。

 鶴田松盛さんに申し訳ないが、娘はまだ一枚の絵も完成していない。川内村に来てから絵に集中できないくらい様々な出来事があったこともあるようだが、結局、絵を描かなくても済んでいるのかもしれない。川内村に来る前、仕事を辞めて川内村でゆっくりしたいと思ったあたりは、絵を描くことで自分を見つめ直す必要性というのを感じていたように思う。いろんな自分、例えば親孝行な娘だとか、仕事に打ち込む女性だとか、友だちの中でリーダー的存在だとかのイメージをつくり、その役を演じていた。本当の自分を見失いかけていたのではないかと思う。

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 しかし、田舎ではそういう飾りや誤魔化しは通用しない。簡単に見抜かれてしまう。それで、開き直ったというか、落ち着いたというか、演技という上辺の化粧が落ちてすっぴんの地が出た感じがする。親父の生き様を見たことも良かったのかもしれないな。親父の姿を通して自分に流れる原点というようなものが意識できたのではないだろうかと思ったりする。絵を描くことで得られたはずのものが、絵を描かないでもある程度知ることができたということはあると思う。絵でしか表現できないだろうと考えていたことができるようになった。娘の中で絵を描く意味が変化したのでは、と思う。

 夜は通さんのところで幹夫さんや横溝森子さんとバーベキュー。娘も一緒。

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 娘は幸せだ。若いうちにたくさんの魅力的な人たちに出会うことができて。
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コメント

絵を描くのは、描きたいから、ただそれだけなのです。
食べるのは命を繋ぐ為ではなく、お腹が空いたので食べるのと同じことなのです。だから絵は無理に書くものではなく、描きたくなったら描けばいいし、描きたくなければ描く必要はない。本当にやりたいものは、本当に好きな事であって、私も本当に好きな事を知ったのは、35歳頃でした。時間しか解決できないことが沢山あるのですから、さくらちゃんんいはまだまだたくさんの時間があるのですから、自然の流れを見守りたいと思います。

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