ブログ再開します

 まあほんとうにいろいろある。大きいのから小さいの。重いのから軽いの。深刻なのから軽薄なの。暗いのから明るいの。可笑しいのからつまらないの。不思議なの。面倒なの。複雑なの。いろいろありすぎて書ききれない。自分の力ではどうしようもないことゴミみたいな瑣末なことまでが次々に代表に降りかかってくる。いろいろあると言う以外にどうしようもない。

 ブログは、予定通りに22日から再開するつもりだったんだが、川内村から帰って来れなかった。なんでこのタイミングで?なんでこんなことが?という珍しいトラブルがあったからだ(別途報告予定)。昨日は昨日で団地の仕事が入って、メールでややこしいのやりとりをしないといけなかったし。人生にはいろいろあるのだね。

 ところで、代表は昔、屋根から落ちる人間を地上で受け止めたことがある。ホントの話だ。代表が中学校の1年か2年くらいのときで、落ちてきたのは隣家のH君。彼は小学の3年とか4年生だった。

 隣家の庭で子供5,6人でゴムボールを投げ合って遊んでいるうちに、ボールが茅葺屋根の突端の排煙口のところにのっかってしまった。しかたなく他の遊びを始めたのだったが、上の方から「オーイ」という声がするので屋根の方を見上げると、いつの間にかH君がボールの近くにいた。取りに昇ったらしかった。天井裏は蚕部屋になっていたから、その明り取りの窓から屋根に出ることができた。

 ところが、H君がボールの方に手を伸ばしたときに足を滑らせた。代表は急いで落ちてきそうなところへ走ってドンピシャで受け止め、抱きかかえたまま後ろに転がった。幸いどちらもケガはなかったが、頭をぶつけ合っていたら二人とも死んでいただろう。H君は恐怖で口をパクパクさせ、鼻の頭からびっしょり汗が吹き出していた。そんなことをよく憶えている。

 もしも今、代表の親父が屋根から落ちてきたら代表はどうするだろうか?いや、そもそも親父が屋根から落ちてきたら・・・という仮定がおかしい。親父はすでに84。有り得ない。ところが、その有り得ないことが起きてしまったのだった。

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 先週の日曜日。親父が屋根から落ちて腰の骨が何ヶ所も折れる重症を負った。救急車で郡山市の病院に運ばれて即刻入院。長女から連絡を受けた代表は葬式のことまで考えたよ。

 今週の日曜日、家族以外面会謝絶の病室に親父を見舞うと、救急隊や病院の対応に文句を並べて、とっさにトタンをつかんだからスピードが落ちたとか頭から落ちなくてすんだとか、自分の失敗談を反省も無く自慢げに得々と語り続ける84歳の子供の姿があった。

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 まったくこの親父は心配させやがって。ケガが多いのは昔っからだったが、震災直後は家に篭っていて背中を痛めて動けなくなっていたところを助け出されて入院。ようやく良くなって川内村に戻ったと思ったら、次は植木の剪定中に梯子から落ちて肩を痛め、今でも痛いと愚痴っていたが、また今度。いい加減にしてもらいたい。

 ご心配いただいた皆様。どうもお騒がせしました。親父は元気でした。今は動けませんが、もう少しは生きそうです。

 人生というのはまことに不可解。様々なことが複雑に絡み合って結果に至る。当事者もコントロール不可能。あれが無ければとか0.1秒ずれていたらということで、災難に遭ったり助かったりする。今回の親父のケガも絶妙な因果で起こり、その中での幸運もあって命拾いしたみたいだ。

 親父が昇ったのは代表の家の屋根なんだが、なぜそんなところに昇ったかというと、はがれた天窓の枠のトタンを付けようとしたからなんだという。では、なぜトタンがはがれたのかというと、その数日前に、家が揺れて中の戸が外れるくらいの強風が吹いてどっかに吹っ飛んでしまったらしい。それがそのままだったらあきらめて修理しようとは考えなかった、と親父はいう。

 ところが、飛んでいっちゃったはずのトタンが見つかっちまったらしい。敷地のどっかに転がっていたらしいのだ。本人の言葉をそのまま記せば「ほれが、たまたまあったんだもの。めっかっちゃったんだもの。」というわけで、これで修理できる!と短絡というか条件反射してしまった。

 親父にとっての屋根から落ちた理由というのは、まず大風が吹いたこと。そして、一度トタンが飛ばされたが、それが偶然見つかっちゃったこと。年甲斐も無く屋根に昇ったこととか、命綱を結んでいなかったことなんかではなく、その前の自分の力の及ぶところではない天然自然偶然に責任がある。だから、屋根に昇って落ちたことなどはまったく反省の理由にならないのであった。空があんなに青いのも郵便ポストが赤いのもみーんな偶然が悪い。この思考パターンは親父の持病である。

 いかなる病気も治すにはその病気を自覚するところから始めないといけない。だが、親父の場合は、雪が降ったとか風が吹いたとか、とにかく事件事故の原因は全部自分以外の自然偶然天然によるものなので、自分が行為しなければ起きなかったという自覚が持てない。もう自然の一部なのかもしれない。だから生涯治ることはないのである。必ずまた同じようなことをやると思う。命があって退院できればだが。

 それにしても、不幸中の幸いだったのは、ちょうど長女がいたことだ。ドーンという音を聞いてすぐに親父のところに行って「恥ずかしいから人を呼ぶな!」という親父に逆らって救急車を呼んだ。よくやった。もし親父一人だったら、這ってでもして家に入って、そのまま転がって自力で治そうとして我慢して、重症化するか死んだかしただろうと思う。長女のおかげで親父は今も自慢話をすることができる。

 もし代表がその場に居合わせたとしたら・・・などと考えてみる。H君のときと同じように、親父が落ちてくるのが目に入ったとしたなら、代表は一体どうしただろうか。見ないふりしたかも。
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コメント

お大事に
ご心配でしたね。
早期のご回復を祈念いたします。
どうもありがとうございます。悔いが残らないように、好きなようにさせたいと思います。

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