ひとの駅かわうち撤収報告・・・後編の続編

 遅くなりました。後編の続編です。

 ひとの駅からいちばん遠い、山の幸直売所の案内板から撤収開始した。

15050325.jpg

  この案内板を立てたのは隆之さんと代表の二人だった。ほんとうはもうひとり手伝うと約束をしていた人がいたんだが、どこぞの宴会に呼ばれたとかで、そっちを優先して来なかった。あのときの隆之さんの寂しそうな顔。思い出してしまった。

 この一本の看板にもそれこそ映画一本ができるくらいの物語がある。
 川内村のメインストリート国道399号線を走って次の案内板の場所に向かった。

15050300.jpg

 この場所は、上川内の町分とひとの駅とのだいたい中間の地点。同級生のブルケンの土地に置かせてもらっていた。

15050303.jpg

 ブルケンにもずいぶん世話になった。ひとの駅の入口にも案内柱があるが、残してほしいということになったため、それだけは撤去しなかった。

 ひとの駅に到着。

15050340.jpg

 応援メンバーに作業内容を伝える。


 そして、いよいよ作品の搬出。

15050304.jpg

 この日の作業は一括業者に委託したので、基本的に業者主体で作業を進める形だった。だが、扱うものが美術品なので双葉郡美術協会の皆さんと東京藝大OBの田村光太郎さんの応援があったのでとても助かった。特別な技術と配慮を必要とする。

15050305.jpg

 前夜連絡があって急遽駆けつけてくれたバイク仲間とか。川内村の方たち。申し訳なくも応援をお断りさせていただいた遠方の方などほんとうにありがたかった。

15050306.jpg

 手際良く作業が進んだ。

15050307.jpg

 このメンバーなら美術品運送会社ができるかもしれないと思った。

15050309.jpg

 これ以上は望めない良い天気。

15050310.jpg

 その木彫りの鯉は昭蔵さんのコレクションだ(笑)。

15050326.jpg

 とうとうこの瞬間が来た。入口の看板も下ろした。ぜんぜん朽ちた感じがなくてまるで昨日かけたくらいの感じがした。代表が活動する間はこのまま使えると思う。

15050350.jpg

 撤収作業が終わったら代表の家に掲げる予定。

 全員で記念撮影。

15050313.jpg

 舞台は変わって代表の家。
 
15050314.jpg

 家の中に入らない案内板や作品は庭に置いた。

15050315.jpg

 中内安起徳さんの作品『宿る家』は・・・

15050316.jpg

 リビングに。

 同じく中内安起徳さんの作品『出土』は、高さがある玄関の右奥の階段下スペースに。

15050317.jpg

 西山大基さんの『深化』は、上下二分割した上側を、向井はるかさんの作品と一緒に代表の部屋に。

15050318.jpg

 できるだけ早く展示できるようにしたいと思っている。

15050321.jpg

 『深化』の下部は、大きくて家の中に入れることができなかったため軒下にシートを被せて置いた。熊谷貴明さんの『Sofa』の近く。

15050320.jpg

 予定していた撤収が終了。怪我やトラブルもなく無事に終わった。このときの気持ちというは言葉では表わすことはできない。「終わったー」という開放感。それだけで一杯になった。良かった良かった。

 みなさん、どうもありがとうございました。

 その後、反省会。

15050322.jpg

 田村光太郎さんの日本画を前にして、鶴田松盛さんが田村さんに問いながら技術的なこと心理的なことを分析しつつ、作家一般の創作動機の話に移っていったと思うのだが、やはり絵の見方というのは、そういう情報があった方が多様で面白くなる。理屈は要らない、ただ感じればいい、といわれるが、それでは自分の枠から出られない。代表は、こうして話を聞いて、新しい知識が増えるほどに作品が好きになっていくのを感じる。

 聞き足りなく名残惜しかったが、夕方、みなさんはそれぞれ引き揚げていった。

 夜、同級生のシンイチくんと反省会の続きをやった。

15050323.jpg

 二人共疲れていたからかビール350ml缶3本で満足してしまった。年を取ったということもあると思う。『宿る器』が以前からそこにあったかのようにして二人の話を聞いていた。
スポンサーサイト

コメント

ひとの力・ひとの駅
やっぱり人の力ってのは無限ですね。
絵画は基本的に孤独な作業ですから、こういう風に集まるってことはありません。
しかしこうやって皆で何かをやると、また自分の知らない新しい世界が見えてくるような気がします。
貴重な経験をさせて頂いて感謝しております。
有難うございました。
わたしも不思議に思っていました。作家さんたちは、共同で作業しているとき、みんなで食事したり話をしている中でも、ふっと寂しい顔とか険しい表情をされることがありました。あれは孤独の世界に入ったときだったんでしょうか?
もしそうだとしたら、孤独を好むから絵の世界に行くのか、絵が好きだから孤独になるのか、どっちなんでしょうか?

管理者のみに表示

トラックバック