ひとの駅完全撤収計画②

 昨日のつづき。

 2日目。11日。雨が降り続いていた。朝の早い時間にNTTが来て、ひとの駅と代表の家のインターネットのルーターを回収して行った。

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 もうひとの駅でインターネットを使うこともない。代表の川内村パソコンもWindows8にしてからインターネットが使えなくなっていた。なんとかしようと思いつつ料金を払い続けてきたが、なんとかする方まで気が回らなかった。もったいないのでひとまず解約した。

 この日は昭蔵さんのコレクション搬出の日だったが、雨のため12日に延期すると連絡があった。天気に文句を言ってもしかたがないので、家のことを片付ける日にした。
 家内が乗っているエリシオンのスタッドレスタイヤを装着したスペアホイールを洗ったり。

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 4シーズン履き続けたもんでほとんどツルツル。次の冬は新しくしないといけない。

 それから年中行事の虫退治。いつもこんななんだよ。信じられる?(笑)

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 暖かくなり外が明るくなると、外に出ようとする虫とそれを食おうとする虫たちが、いずこからともなく湧いてきて窓に集まる。窓を開けて出て行くのを待つが、出ていかないのは掃除機で吸ったりもする。なのにいくらやっても数が減らない。ほぼ一年中いる。出たり入ったりしているのかもしれない。茅葺だった昔は、家の中で火を炊いてその煙で寄せ付けないようにした(虫は焦げた臭いがキライなんだね。火事の臭いだから。)んだが、ならば木酢液を軒下に吹き付けておけば効くのかもしれない。試してみるか。

 屋根裏部屋に畳3枚を敷いて長女の寝床スペースをつくる。

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 ここは客人が雑魚寝する場所だったんだが、長女に占領されることになった。

 さらに長女は家のあちこちにさりげなく自分の色を出して縄張りを主張。

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 それもよかろう。元を辿ればこの家は長女のために造ったのだ。長女は埼玉で、虫を見てきゃーきゃー悲鳴を上げる、サンマとイワシの区別がわからない母親から生まれた。そのうえ、可愛くてしょうがなくてかまい過ぎたもので、神経質で自己チューな子どもになった。それで、少しは大らかな性格に変えてやりたいと思って、そのためには川内村の自然の中で遊ばせるのがいいだろうと思って、そうするためには家内も川内村で居やすい方がいいだろうと思って、別荘的に造ったのがこの家。長女が幼稚園のときだ。だから彼女が自分のものだと主張しても間違いではない。むしろそうなるのが自然というものだろう。

 生まれてくれてありがとう、か。

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 今も長女の性格も代表の気持ちも同じ。

  夕方、打合せの少し前にトオルさんのところへ行って、トオルさんの山を案内してもらう。トオルさんと幹夫さんが桃源郷を目指して協力して開拓してきた場所だ。蕗の薹が芽を出し、山葵の葉が清々しい光を反射して、山桜が開花の時期を迎えていた。

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 自然は放っておいただけでは桃源郷にならない。競争して潰し合って枯れてしまう。自然がうまく共存できるような姿を桃源郷と言うなら、それには人の手と知恵を必要とする。そうして人間も生かしてもらう。

 トオルさんは、自然天然自生を活かして、食材を得ながら美と遊びと安らぎの場をつくろうとしている。美と遊びと安らぎというのは、その反対のものがあって始めて輝きを増すので、そういうことも大切にしたいと考えている。それは創造でありアートであろう。その構想は奥深く広大で代表もまだ全容がつかめない。これから折々の経過を代表のブログで紹介しながら自分も理解を深めていきたいと思う。

 そして、今回の川内行きでいちばん大事な用件。これからひとの駅をどうするのかの話し合い。基本的な方向性のイメージについてはこれまでの話し合いで確かめていたが、今回はより具体的なところを決めた。結論から言うとひとの駅は続きます。やっぱり拠点が必要だ。コンセプトはこれまでと同じ。『グリーンツーリズム』『芸術』『旅』『ブランディング』の4つを柱に川内村と都市部とを結んで交流を図ります。


 事務所は代表の家に置いて、以前の実行委員会とスタッフ組織は解散します。当面は代表が事務局長を兼ね、トオルさんと幹夫さんが協力者という体制で、ひとの駅の資産と預かっている作品はすべて新しいひとの駅で活用させていただきます。

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 代表に残された時間はあと10年から15年だろう。その間に、若い人たちにつないでいけるようにしたい。詳しい内容についてはまた改めて報告します。

 3日目。12日。朝方霧がかかっていたが、8時にはなくなって快晴。搬出日和だった。8時30分にひとの駅に着くと、既に昭蔵さんたちは1回目の積み込みを終えたところだった。

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 久しぶりの再会だった。昭蔵さんもここに戻らないと腹を括った顔をしていた。早速代表も中村亨司さんの作品を確認。剥落やひび割れがある。行方がわからなくなってしまったのもあった。中村さんに報告するために写真を撮りながらリストを作り、親父に手伝ってもらってKトラに積んだ。

 今の体育館の内部。

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 代表たちがここでひとの駅を始めようとしたとき、バイクの倉庫にされてしまうと言って反対した人たちがいたが、今まさに倉庫になっている。異常時だからしょうがないにしても皮肉というほかない。

 ひとの駅もいよいよ最後ということで、広野町から鶴田松盛さんが訪ねて見えた。

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 どういうことをおっしゃったのか、代表も何を話したのか、あまり憶えていない。お互い発したのは、言葉と言うよりため息のようなものだったと思う。失うものの大きさは失う前にわからない。失ってはじめて気づくものなのだ。

 中村亨司さんの作品が代表の家に到着。

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 しばらくの間代表の家で預かることになった。

 鶴田さんに代表の家に寄っていただく。

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 実は長女が鶴田さんに油絵を教えていただくことになっているので、そのことで長女がいろいろなお話を伺った。わがままな長女が鶴田さんに迷惑をかけるんじゃないだろうかと、そればかり気がかりだ。ちょっとでも迷惑をかけたら長女も撤収させないといけない。

 用事がすべて片付いて、川内村から買い物に行く時の道や場所を教えながら郡山へ向かった。ザ・ラヂオカセッツのライブ開始時刻の10分前にまねきの湯に到着。まねきの湯での2度目のライブを楽しんだ。

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 半年の間に安定感がでてきたザ・ラヂオカセッツ。ずいぶんうまくなった。まねきの湯のサービスとホスピタリティの充実振りも素晴らしい。そうすると3回目も行きたくなるが、今はどうなるかわからない。

 郡山から埼玉への道は眠くて遠かった。仕事と団地の総会の準備のこととひとの駅の撤収のこと。一体どうすればいいのか。代表の頭は痺れていた。ただ、ひとの駅が続くことははっきりした。それだけが救いだった。
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コメント

始発駅
人の駅がこれからも続くというのは嬉しいですね。
終了という話が出た後もブログが続いていたんで不思議に思っていましたが、これで謎が解けました。
26日の完全撤収は人の駅の終着駅ということではなく、新しい旅の始発駅と理解できます。
9時出発に間に合うようにいきたいと思います。
田中さん、ありがとうございます。闘病中の田中さんが動いてくれたこと何よりの元気玉です。よろしくお願いします。

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