役場打合せなど

 昨夜は、一杯ひっかけて写真の整理などをやっていたら眠くなってサボってしまった。今宵は呑まないで頑張ります。

 代表と役場とで決めた計画では、今年度末できっちりひとの駅を終わらせる予定だったんだが、ここに来て役場内で話が通っていなかったり検討の遅れなんかというのが出てきて、最後の肝心な詰めのところなのに、進めることができなくなっていた。

 重々わかっていてもついつい愚痴ってしまうが、役所という組織は、決められたことはやれるが、前例が無いことに取り組むのがほんとうに苦手だ。法律や条例、前例に基づかない判断とか決定というのが基本的にできない構造だし、公正性を求められる立場上、本来一番に考慮してほしい個人の感情とか都合というもの、それらを外して事案を処理するようになっている。どんだけやんちゃな人間でも長く役人として勤めれば役人タイプにならざるを得ないし、役人として優秀な人ほど堅物なのである。代表の職場にも、役人だったら出世しただろうなー、と思うのが何人かいる。

 それは理解するが、代表としての立場上、硬直化した見解をそのまま「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。それで、復興課長と一緒に村長のところに行って、直接現状報告をして、「ひとの駅が築いてきた人のつながりが必ず将来川内村の財産になる。そのために、このことで関係者に迷惑がかかるような終わり方をしてはならない。」と訴えてきた。

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 代表の気持ちは伝わったと思う。そのまま進めるようにとのことだったので、代表はまたちょっと元気がでた。

 ついでといっては何なんだが、最近あまり村人の消息とか川内村の状況について書かなかったが、書かなかったというか、書けなくなったというか、書きたくなくなったというのか、自分の気持ちが定まらないのだが、他に書く人もいないみたいだし、みんなが川内村に帰ってあまりの変化にびっくりしても気の毒だから、代表の感想なども混ぜてちょっとだけその辺のことを紹介しておこう。

 まず、美味しいカレーを食べさせてくれたあのカフェ・ダノニーさんのこと。山の幸直売所とならんで川内村のムードメーカー的な存在だったが・・・
 ・・・ダノニーさんの看板がご近所のお宅の物置に使われていたのを発見。

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 ダノニーさんは、震災で裏の土手が崩れて店舗が押しつぶされてしまうという信じられない出来事があって閉店を余儀なくされてしまったが、いつかひょっこり店長さんが現れて「再開することになりましたー」なんてことになってくれないかという淡い期待もあった。いい加減にその期待を一回断ち切れ、ということだろう。

 しかし、悲しんではいけない。ここは微笑む場面だ。とってもセンスよく出来ているじゃないかい?看板を制作したサトー校長もきっと笑ってくれるだろうと思う。ダノニーさんの看板に居候させていただいているひとの駅の看板もそろそろ撤収しないといけない。

 日雇いの親方家族が住んでいた代表ん家のすぐ近所の廃墟は、ついに撤去された。家財の残骸だけが残されている。

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 ここはしょっちゅう通るからよく見る景色なんだが、いつからこうなったんだかその境目がわからない。気がついたらこうだったということで、まあ、いつも川内村に居るわけではないので、次に来るまでの間に変わるんだよという見本だろう。そうやってどんどん変化していく非日常が、今この地域では日常なのである。

 建設中のまま放置された、Iターンの人たちを中心にしたグループの活動拠点はいつの間にか無くなって、その隣にあった小屋がリフォームの最中だった。今度はここが前の人たちとちがうグループの拠点になるような噂を聞いた。

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 ここを捨て去ったIターンの人たちは「この地域には素晴らしい歴史と文化と自然がある。なんで大事にしないんだ!」というようなことを熱っぽく語っていた気がする。代表たちバイク仲間は、歴史と文化と自然を破壊する悪者の象徴みたいに見られて、ずいぶんと敬遠されたものだった。

 あれだけ言ったんだから、震災以降も残って、歴史と文化を取り戻す戦いを挑んでくれるのかと期待したが、思いのほかあっさりと去ったので拍子抜けした。行った先でまた素晴らしい歴史と文化と自然がある的な活動をされているのだろうと想像するが、結局、Iターンの人たちと言うのは、歴史と文化を創る側でなくて、利用するだけの人たちなのだと思う。遊びの延長なのだろうと思う。本物の暮らしにはそんなに余裕はない。簡単に土地から離れられない。離れるということは、ほとんど過去を捨てるに等しいから。

 新しい拠点の新しい仲間たちというのはどういう人たちでどういうことを語るのだろうか。ちょっと興味がある。

 若久旅館があったところ。若久旅館は解体されて、新しい大きな建物を建築中。

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 住宅にしては大きいので、もしかすると新しい若久旅館なのかもしれない。

 若久旅館は川内村でも1、2を争う大きな老舗旅館だった。代表たちの最初の同級会の会場もここだった。あまり商売に熱心じゃなかったのか、震災直前には営業してなかったような気もするが・・・、たぶん代表の勘違いだろう。

 しかし、新しい若久旅館だとしたら、これからの川内村は飲食業や旅館業はいいと思うよ。まだ需要に対して施設の数がぜんぜん足りていない。新しいきれいな施設と若久旅館の実績を持ってすれば鉄壁だろう。小松屋さんとサービスを競ってくれたらいいねー。

 松崎輪業と文房具屋のはとやの間には何があったんだっけ?もう記憶が定かでないが、そこにも新しい建物を建築中。

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 改装なのかな?もう一年以上いじっているような気がするがまだできない。

 一見食堂のようなアピアランスなのでそういう施設かなと思っていたが、中に「コドモエナジー」というプレートが掲げてあるのが見えたからきっと川内村に進出した会社コドモエナジーの何かなのであろう。窓が多くて食堂のように見えるということは営業所とか展示場のようなものになる感じだ。

 明るいコドモエナジーの建物と戸を閉めたままの松崎輪業とはとやとが対照的だ。バラック的な急作りの新しい建築物の躍進と、人気がなさそうな退色した昭和の家屋とのコントラスト。これが今の川内村。この地域のひとつの特色といえる。

 農協の倉庫もこんな建物に変わった。

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 正面に入り口らしきものが無いが、これも新しい倉庫なんだろうか?倉庫の前の駐車場が代表たちがバイクツーリングイベントをやるときの集合場所だったんだが、ここを知っているメンバーは外観が変わったので戸惑うかもしれない。

 役場に通じる道も変わった。

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 前の道も残ってはいるが、メインストリートは、役場の前を通らないで後ろ側へ突っ切る橋と道とになるみたいだ。

 役場の裏側は、マラソン大会で走った道や、よく遠足の中継点になった高台や、稲刈り授業の田んぼとかがあったんだが、これで昔の記憶につながるものはなくなった。五社山はそのままだが、そのうち削られてしまう心配がないでもない。

 旧川内高校の校庭から勝工務店あたりまでの木戸川の西岸に、除染関係者の宿舎や仮設住宅が建てられたのは何度かブログに書いたが、今、ちょうど木戸川を挟んだ反対側にけっこう大きな団地ができつつある。これも仮設住宅なのかな?

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ちょうどこの写真の場所。写真を撮っておいてよかったよ。

 川内小学校の今年の卒業生はたった一人だったんだよと村長が話していたが、それだけこどもを持つ若い世代が少ないということだが、この住宅にそういった人たちが住むようになるといいんだけどね。

 この10倍くらいあるけど、残りはまた改めて紹介することにして、今回はこれくらいにしておこう。
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