面白きことも無き世を面白く・・・東京藝大卒業・終了作品展(書きかけ)

 代表に東京藝大卒業・終了作品展を見るために許された時間は9時半から12時半までのたった3時間しかなく、「それじゃ見てもしょうがない」という気持ちと「それでも見ておかないと後悔するよ」という気持ちが戦い、後者が勝利したため、9時に上野公園に到着した。

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 藝大卒業・終了作品展の日はどういうわけか毎年毎年風が強くて寒い。今年はまた格別風が冷たく強かった。会場のひとつになっている東京都美術館の前にはすでに行列ができていた。9時20分に開門だということだったが、守衛のおじさんが1分前に開けてくれようとするのを職員が「ちょっと待って!」とか言って止めさせ、無線でなにやら話した。

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 どうせそんなのどうでもいいことだろう、自分の存在を示したいだけの下っ端職員め早く開けろ!と思ったが、口には出さなかった。寒い、3時間しかない、という気持ちが代表を焦らせていた。代表は決めていた。今日は誰とも話をしない。立ち止まらない。ただ見るだけ。そうでないと全部見ることは不可能だから。

 そう決心していたのに、(例年のことだが)デザイン科の展示スペースに一歩踏み入れたとたんにもうやられた。作品の迫力。バカバカしさ。楽しさ。素晴らしさ。期待感。そういった諸々の感情が一気に沸騰させられて、のっけから代表の足は固まってしまったのであった。さすが藝大卒業・終了作品展。
 なんじゃ、こりゃ?だ。

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 ひたすら落書きのようなものや工作らしきものが山積みにされている。この写真の10倍はある。丸々1年間寝ないで作り続けたとしか思えない膨大な作品群。これを見るだけでも3時間はかかってしまうような。代表はすくんだ足を無理矢理両手でもってズルズル動かすような気持ちで次の作品に向かった。

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 藝大生の作品は理知的である。理知的でなければ東京藝大に合格はできない。だから、どんなに狂的でも病的な表現であってもそれは装いである。何をしでかすかわからないような恐ろしさというよなものは感じない。狂気にも病気にも理屈がある。芸術としてはそこがダメなんだ!という考えはとっても根強いのである。欠陥である!という人さえいる。

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 しかし、代表はそこがいいと思うのである。ただ「新しい表現」とか「感じろ」とかではなく、作家と鑑賞者とが理屈を語り合えるところがいいと思うのであり、それがまた代表にとっては楽しいのである。

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 なぜこの形なのか。この素材なのか。なぜこの色なのか。なぜ今なのか。なぜこの展示なのか・・・。ほんとうはそれらのすべてに意味があるのである。

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 あー、話をしたい。好奇心でうずうずするが、ここで話せば10分20分すぐに過ぎてしまう。あー、話をしたい。

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 あー、聞いてみたい。聞いてみたい。

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 くそー、みんな楽しそうじゃないか。ああ、仲間に入りたい。仲間に入れてくれー。

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 しかし、今日の代表にはそれが許されないのであった。

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 ひとりひとり話をすることができたらどんなに楽しいだろう。何人友だちができただろう。未練だが、しかたない。全部見る方を優先する。

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  いやー、それにしても、今年は傑作ばかりだ。不思議なことに例年感じる「新しいものを創造しないといけない。」という苦悩の重苦しさはなかった。

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 今年の卒業生は、課題や苦悩を易易と乗り越えて、創造を楽しむ域に達してしまったかに思える。

 とりあえず、ここまで。
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