四倉PAのテント店

 常磐道の四倉PAで食事ができるのは上り線側だけ。下り線にはトイレだけしかない。川内村へ帰るときは当然下り線を走っていくわけなので上り線側は利用できないんだが、そっちにはテント店があって、四倉産の美味しい海産物を食べさせてくれたので、どうしても食べたくなった時は、高速道路を走って横切って上り線側に行った。テント店主の大内さんは、代表の姿を見つけると「コラー!そこ来ちゃダメだってゆってっぺー!」と怒った。いつもちょっとおまけしてくれる、代表より三つ四つ年上の友だちだった。もらった毛ガニにしゃぶりついて唇を腫らしたことなどを思い出すが、震災以降は会えていない。店内の方に聞いても消息がわからなかった。

 もしかしてもどってたりすっかなーとか思って、大内さんに教えてもらった裏道を真面目に通って上り線側の方に行ってみた。

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 テント店があった。 
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 だが、別の人だった。親父のお土産にアンコウの唐揚げを買いながら「大内さんはもどっていないんですか?」と聞いた。「うちらは常盤高速開通イベントのために初めて来たんで、ここらのことは知らないです。」ということだったが、つづけて「ついさっき、前にここでテント店を出していたっていうお客さんが来てたよ。」と話してくれた。大内さんだ!

 また会えるかもしれない。代表は大内さんの「コラー!」という声を遠くに聞きながら、海鮮ラーメンを食べた。

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コメント

隠れた英雄
四倉のPAは震災直後暫くしていったんですが、そのときすでにお掃除のおばちゃんがそこで仕事をしていたんでびっくりしました。
勇気のある人だなと。
原発にも近く、自衛隊の走行車両や警察車両が駐車していて物々しい雰囲気になっているし、周辺の住民も放射線を恐れて殆ど避難していた時期です。

ものに動じない人がいるもんですね。
生活のためという事もあるかもしれませんが、度胸の据わった人だと感心しました。
きっと頑張っていたんだと思いますよ。
でも、そういう気持ちが報われなかったところがありました。
川内村でもわたしが好きだったところはほとんど無くなってしまいました。

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