ザ・ラヂオカセッツのライブを聴きに郡山に行く(前篇)

 考えさせられることが多い旅だった。旅っていったって軽トラで長女と二人、郡山を日帰りしただけだが、今の閉塞気味の代表の心境に、新たな展望を見出すためにセットされたように感じた時間でもあった。痛めた左膝はも悪化しなくてすんだし。

 唐突だが、正直な話我が家では父親の存在が軽んじられている。家族にとって代表が尊敬できない人間ということもあるが、一番の原因は家内が代表を尊敬していないからだ。それが子どもにもうつる。しかし、代表さえ我慢すれば平和が保たれることなので、それでもまあいいかなと思って耐えている。

 なのに、どういうわけか、家内にしても3人の子どもたちにしても、代表と二人きりのときは、別人みたいに素直になるのである。ふだん聞かないことを聞いてきたり、話さないことを話したりする。だから、代表と二人になりたがるときは大事な話があるときのサインなのだ。

 長女が、郡山のまねきの湯で行われる好きなグループのライブに連れて行ってほしいと頼んできたときも、代表はそういうサインだと受け取った。その日はひとの駅のボンネットバスを運び出す予定が入っていたので一度断ったんだが、先方の都合で1週間遅れたのでつきあえることになったのだった。

 朝7時川越を出発。冬を思わせるような、窓ガラスが凍るくらい寒い朝だった。

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 川越から郡山までは意外と遠い。感覚的には川内村まで行くのとあまりかわらない。長女が作ったおにぎりを食べながら、岩槻インターから東北自動車道にのり、途中上河内サービスエリアでトイレ休憩して郡山南インターで降りた。そこから、郡山に避難している、ビッグパレットの近くの妹家族のところへ寄った。ふぶきくんがしばらく乗っていたスクーターを引き取るためだ。

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 (次男の)ふぶきくんは去年神奈川に移ってしまい、車も買ってもらったので、スクーターに乗ることが少なくなってしまった。そうしている間に代表の次女が免許を取って車やバイクに興味を持ち始めて、スクーターに乗ってみたいと言い出した。だもんで、とりあえず一回引き取らせてもらうことにした。

 これがそのスクーター。ホンダのDio-Z4という。

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 スホンダとして初めて50ccのスクーターにFI(フューエルインジェクション〈燃料噴射〉)を搭載したモデル。ガソリン1リットルで50キロメートル以上も走る経済車だ。しかもキビキビと。だれが開発したのか、ほんとうにいいバイクなんだよ。だれが開発したのかなー。だれかなー。

 しばらく放置してあったためバッテリーが上がってしまったりタイヤの空気が抜けてしまっていたが、外観部品の劣化がほとんどないし、機能部品の動きもスムーズ。ちょっと掃除するくらいで新車と変わらないくらいになるだろう。さすがホンダ。さすが日本製だ。だれが開発したのかなー。

 Dio-Z4を軽トラに積んでから、お邪魔してお茶をご馳走になりながら1時間ほど歓談。郡山に避難してから2年くらいは家族全員一緒にいた。(長男の)あらしくんも結婚に備えて新居を構えたので、今は妹夫婦とつなみちゃんと末っ子のらいきくんの4人暮らし。高3のつなみちゃんは地元郡山の短大へ進学が決まり、中3のらいきくんも地元の高校へ進学することにしたので、少なくともあと3年は郡山で暮らすことになるんだろう。川内村は無くならないから大丈夫だ。

 義弟のとっちくんが、はっさくがBonDanceで歌った『ふるさと』をコピーしておいてくれた。画像つきのDVDもあった。

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 驚いたことにらいきくんがバンドを始めてその映像もおさめられているということで、家に帰って見たら、体操着を着た坊主頭の5人グループだった。中学校の文化祭だろうか、体育館のステージみたいなところでドラムを叩いているらいきくんの姿がほほえましかった。いずれあらしくんに負けない『ふるさと』をつくるだろうと思った。

 12時においとまして郡山駅の裏側方面にあるまねきの湯に向かう。駅前の風景を見て長女は「懐かしい」と言った。

 後篇につづく
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