K2 BIKE TRAVEL『心温まる出会い! 福島県川内村「民泊」ツーリング』のこと

 今宵は語らせてくんちゃい。焼酎を飲みながら語ります。

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 あれは、1992年のこと。最大瞬間風速90メートルを記録したOMAR台風がグアム島を襲った年の年末の話。職場の忘年会はグアム島だった。あのとき代表は職場の親睦会の幹事長。

 7人の幹事と一緒に、「もしもみんなを乗せた飛行機が落ちたら会社が潰れる!」とか、「会社として海外での忘年会は前例が無い!」とかの理由をあげて大反対する総務関係者を説得して、○百人のグアム島忘年会を実行した。けっこう話題になったもんだった(もちろん社内で)。

 過去に、まだ創業者が現役バリバリだったころ、京都の祇園を借り切って忘年会をやったことがあったらしいが、それがすでに伝説になっていたくらい当時の忘年会はしらけていた。せいぜい池袋で宴会とか、頑張って近県の温泉に一泊してバカ騒ぎする程度。当然面白くないから参加者する人も少なかった。幹事長になった代表は、「おーし、いっちょおれたちが盛り上げてやっか!」となって、グアム島での忘年会を企画したのだった。

 とはいうもののそんなに簡単にできるほど甘いもんではない。会社は大反対だし職場の連中も「そんなことできるわけがない」と本気にしない。自分が見ないことには説得できないというわけで、幹事2人と休日を利用してグアム島に下見に行くことにした。自費で。まー苦労続きだった。

 グアムに到着して、ホテルのフロントに置いてあるガイドブックから信用できそうなツアー会社を選び、担当者を呼んで打合せをした。米国に本社がある大手ツアー会社のグアム島責任者は、熊本出身の日本人だったが、わけを話すと、「そんなバカな人たちがグアムに来たのは初めてだ」という意味のことを言って、ほんとうにあきれたというアメリカ的なジャスチャーをした。ところが、一途な心は岩をも動かす。心意気に感激してくれて、ツアー会社が持っているネットワークの総力をあげてやってやる、と約束してくれた。年末に○百人の宿泊とパーティの受入れというのはかなりむずかしかったみたいである。

 それから、候補のホテルに行ったり、潜水艦とかサンセットクルーズとか射撃とかゴルフとかのツアーを体験したりして、だいたいのイメージはできた。だが、どうしても宴会に適したパーティ会場が見つからなかった。ホテルではつまらないし、レストランは、グアムでは宴会的な使い方が一般的ではなくて貸切にできなかった。

 しかし、代表はパーティ会場にこだわった。ここが最大のポイントだと考えていた。日本とまったくちがう、日常から180度トリップできる別世界。仕事や人間関係をすべて忘れてはじけられる異空間。その年をしめくくる最高のクライマックスをむかえるにふさわしい雰囲気。そういう場所でないといけない。

 万策尽きて、たまたま昼飯に立寄った、ツアー会社の責任者の友人だというグアム大学の教授がサイドビジネスで経営する大きなレストランの一隅で、「こいつらバカなんだよー」くらいのことを、ステーキやロブスターを食いながら話していたら、教授が聞いていて「ほんとうにおかしな人たちだね。よかったらここを使いなよ。」と言ってくれた。あの一言でグアム島忘年会が決定した。

 早速日本に帰って実施に向けて準備を開始した。金曜夜出発で日曜朝帰りの一泊三日から有休使いの7日間までのプランをつくってリスクを分散させたり、例年より多い旅費を積み立ててもらったりした。そうしているうちにOMAR台風が来てグアム旅行そのものが危ぶまれたりもしてツアー会社と頻繁にやり取りし、まるで自分がツアーコンダクターになった感じだった。もちろん、仕事とそれ以外のイベントもやっていたのでそれはそれはたいへんだったんだが、職場の人たちを喜ばせたいの一心でやった。

 感動的だった忘年会のシーンははしょるが、結果は大成功。トラブルも一切なかった。それからしばらく、グアムで忘年会をやったてのはどんな奴だ?と、わざわざ代表を見に(?)来たり話を聞きに来た人もけっこういた。創業者がやった祇園借切忘年会ほどではないけど、あの時のグアム島忘年会が今も語り草になっている。

 それのどこが本日のタイトルと関係あるんだい?という話だが、つながるのである。

 代表は、仕事もけっこうできる方だが、イベントとか宴会の企画をやらせたら右に出る者はいない(と自負している)。発想が大胆かつユニークで、細かいところまで気を配って、最後まで責任を持って推進する。代表のようなちょっとおだてられると調子に乗って自己犠牲で頑張るバカは少ない。だもので、親睦会の幹事長だけでなくて、いろいろなことを任されてきた。そんな代表から見て、代表の職場に代表の跡継ぎ的人材というのはまだ現れない。人を楽しませられる才能というのは勉強してわかることには限界がある。もって生まれた性質的な部分が大事なのである。

 そんな代表が、ただひとりだけ「この人はすごい!」と思ったのが、友人でK2バイクトラベルを(梶浩之さんと一緒に)主宰する魚屋美智代さんなのである(魚屋だが「さかなや」ではなく「うおや」と読む)。

 代表は、ここ15年ほどでたくさんの川内村イベントを受け入れてきて、その中のひとつで魚屋さんと一緒に仕事をしてきたんだが、彼女ほどスムーズに仕事がやれる人はいなかった。

 常に約束どおりに期待以上の仕事をこなす能力と誠実さ。細やかな気配り。個性的な人と人の間にあって、魅力を引き出しつつつなげるしなやかさとタフさ。相手が一升飲めば自分も一升以上付き合い、しかも呑まれないという酒豪ぶり。加えてキュート。尚且つ代表以上にバイクが大好きで、小さなからだでビッグマシンを操る姿には神々しさすら漂う。

 しかし、代表みたいに偉ぶったり自慢したりしない。じつに自然体なのである。たぶん魚屋さんのツーリング企画が日本でいちばん参加者のことを考えて練られていると思う。

 その魚屋さんは、3.11があってからもずーっと、開催困難という状況にもめげずに川内村バイクツーリングを続けてきてくれた。そして、この秋も来てくれる。それが、来る10月25日(土)の魚屋さん渾身の企画『心温まる出会い! 福島県川内村「民泊」ツーリング』です。

 まだ募集中とのことなので、魚屋さん企画のツーリングを楽しんでみたい方、それから、ほんとうに素のままの、川内村の原点の魅力に触れてみたいという方は、ぜひ参加してみてください。きっと後悔はしないはずです。

 代表は、こんなときなもんだからのんびりしているわけにもいかなくて、いつものように付きっ切りでお伴することができないんだが、ポイントポイントで合流させてもらいます。どうぞよろしくお願いします。

 開けて26日は『地元ライダーと巡る「いわき満喫バイク旅」』になります。

 この日、いわき市周辺を案内してくれるのは、これまたサービス精神の塊の代表の友人です。湯元町商工会の役員で、オートバイ仲間で、VRX(青色LED搭載)のオーナーで、地酒にめっぽう詳しく強く、ミュージシャンで・・・いや、もうキリがないないのでやめときますが、多才で熱くてナイスガイの飛田さん(写真右側)です。

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 いわきを走ったことがある人も気づかない、地元ライダーしか知らないシークレットポイントにいざなってくれるはずです。
 酔った。ぼーっとした頭で代表は考える。
『心温まる出会い! 福島県川内村「民泊」ツーリング』にこめられた魚屋さんの想い、願いとは何だったろうと。

 代表は『出会い』がキーワードだろうと思った。では、出会いとは何なのだろうか?旅という人間の本能に従った行動の到達点か。広大無限の時空間の、一瞬一点での交わりか。求め合うエネルギーのスパークか。出会いとは、一体・・・。

 吉本隆明はこう書いている。

-ぼくは偶然に出遇ふことがらのなかに宿命の影をみつけ出す-

 答えはK2バイクトラベルの中にある、とも読める。
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