代表の盆休み・・・その1

 連休前、たくさんの人たちから遊びのお誘いがあったんだが、全部お断りさせてもらった。今年のお盆はひとの駅の後始末に集中したかったからだ。昼間はひとの駅で作業をやって夜はゆっくりと本を読むと。そうすることにした。それでも、初日と最終日は埼玉にいるはずだからと思って、岡本雄司さんとの食事と、京都に住むM君の東京出張に合わせた飲み会だけは入れた。それで、こんな感じの計画になったのだった。

8月9日(土) 岡本雄司さんと会う (川越市)
8月10日(日) ひとの駅関係 (川内村)
8月11日(月)     ↑    
8月12日(火)     ↑
8月13日(水)     ↑
8月14日(木)     ↑
8月15日(金)     ↑  (夜、復興祭)

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8月16日(土)     ↑
8月17日(日) プチ同級会 (東京・上野)

 細かい内容まで決めていなかったが、代表の目論見ではこれならだいたいひとの駅関係の区切りがつくところまで行けるはずであった。ところが実際は・・・
8月9日(土)
午前中に団地の仕事が入って最初から予定が狂った。旧理事のT氏から連絡があり、先週入れ替えた事務所のコンピューターのハードディスクの設定をやることになったからだ。ほんとうは田舎での一週間分の食料や片付けに必要な資材を調達するつもりだった。とりあえず9時から11時30分までの間でできるところまでやって、時間がかかる膨大なデータの移動はT氏にお盆休み中にやってもらうように頼んだ。

12時30分。川越のロジャース近くのインド料理屋びんでぃで岡本雄司さんとランチ。これは予定通り。

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いつも岡本さんと会うときにびんでぃにするのは、料理が美味しいし、二人ともインドが好きだからだ。ほんとうはうーたんも参加するはずだったんだが、大雨だというのに猪苗代で行われるバイクレースイベントの方が気になったらしくてそっちへ行った。元気だ。

岡本さんは川越の大学で教えながら制作を続けている。写真の絵本は最近の岡本さんの版画の作品『くるまにのって』。

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震災前の代表は、絵画にしても音楽にしても文章にしても映像にしても、べつに過剰な表現を拒むものではなかった。いやむしろ好んでいたところさえもあったが、あれ以来、虚飾や無駄を受け付けなくなった。ごちゃごちゃしていて疲れるし、外側だけを良く見せようとする心根をあさましく思うようになった。

たとえば、高校球児がテレビカメラの前で媚びたり、実況アナウンサーがプロレスみたいに叫んだりすることなんか気分が悪くなってダメだ。ちょうど世の中の流れがそういう方向になってきた時期と震災とが重なったのかもしれないが、今そういうものが溢れているため代表はすべてがつまらないのである。

最近はシンプルなもの、ストレートなものが好ましいと考えるようになった。「余分なものを取り払っていくとこういう表現になる」と岡本さんは話していたが、岡本さんは先を行っていて、代表はようやく追いつくことができたのかもしれないと思った。

岡本さんとひとの駅をやめることになったいきさつなどについて話をして、まだ連絡がとれない作家さんへのコンタクトなどをお願いした。

15時に帰宅。すぐに役場との打合せで使う資料をまとめにとりかかる。あんまりやりたくないが、行政との打合せではとにかく文章なり物なり証拠を残さないとだめだから嫌々ながらもやる。そうまでしても読まれないことも多いし、読んだにしても忘れてくれるし、それでも彼らの責任にはならないようになっているから「なんでやるの?」と問われたら答えに詰まるんだが、まったく無駄になるというわけではない。ポイントと責任者を記した紙を渡しておくことは問題を拡散させないためにとても大事なことだし、自衛にもなる。

というわけで、ある程度目途がついたら残りは川内村へ行ってからやろうと思ったが、移動で集中力が途切れるのがもったいないので完成するまで川越にいて続けることにした。

8月10日(日)
 15時。資料が完成。プリンターの色がおかしくて写真の色が出なかったが、直す時間がないもんで、とりあえず色がおかしいままプリントして、データでも渡すことにする。エプソンのインクジェットプリンターはトラブルばっかりだ。インクの値段は高いし。次はキャノンにしようと思った。

 次女からiPhoneが頻繁にフリーズするので販売店に連れて行ってくれと頼まれたのでヤマダ電機へ行った。OSのバージョンの更新が機械のタイプとマッチしていないという説明だったが、マックはよくフリーズするよねぇ。フリーズしたら強制終了というのも変わらない。

 21時30分、川内村へ出発。1時30分川内村到着。

8月11日(月) 
ずっと雨が降り続いている。9時に役場へ行き10時過ぎまで副村長のテーブルの前で復興対策課長、同係長、総務課財務係長と打ち合せ。もう終わったような反応に「やっぱりなー」と思う。役所ばかりでなく世の中すべからくこんなものだから今更驚かないが、あまりにドライだ。だから村人が着いてこないんじゃないか?始めるのに5年かかったんだから終わるときにも同じ年月が必要なんだよと力説して、作家さんの意向を確認した結果などを報告。また、作品の保管場所の確保、県庁や振興局への報告、補助金で購入したものとか備品の処理の仕方について依頼や提案をした。年度内に決着するのは難しく、イメージ通りには行かないかもしれないという予感がしてきた。復興祭とBonDanceが別開催だと聞かされて、これには驚いた。そのあたりが今の川内村の問題点なんだろうと思った。

JAへ行って立て替えた修繕費を引き出す。こんなことまでして村のためにやるバカは代表で最後だろうと思った。

川内村の書家堀本さんに電話。12日朝7時から作品を引取っていただくことにする。田村光太郎さんの作品を運ぼうと思っていたのだが、雨が止まないため明日に変更。同級生たちにメールする。M君の東京出張に合わせた宴会の参加者などについて。

親父がテレビを持ってくる。先月、親父が見ていた古いテレビが壊れたというので、代表のテレビをつけてやったのだったが、古い方を修理したから使えというわけだった。どうせ見ないからいらないって言ったんだが、わざわざ修理に8千円かけたんだから見ろと言ってきかない。実は代表の家はいつのころからか電波が入らなくなっていた。しかたなく川内村の電気工事屋で友人の久君に連絡して調べてもらった。

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各分岐ポイントの電波の強さをチェックすると、代表の家と親父の家の間で切れていることがわかった。久君の話だと、除染作業の時に電線を切ったままにして放置したのがけっこうあったらしい。あまりテレビを観ていなかったので定かでないが、そういえばその頃から映らなくなった気もする。新しく電線を張ったら直った。やっぱり除染で線が切れたのだろう。一番喜んだのは親父だ。

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「あとで時間があるときにきちんと配線すっから、とりあえずこれで観でで」と言って久君は避難先の湯本に帰って行った。

8月12日(火)
雨。夜、宇都宮に住んでいる会社の先輩からメールが入っていた。爆睡していて気づかなかったが、福島方面にツーリングに行くので、代表の家に寄りたいという内容だった。

みなさん、自分にとって連絡をくれるタイミングが最悪という人っていません?世の中にはというか代表にはというか、お互い何の下心もないんだがどういうわけかそうなってしまう友だちっていうのが何人かいる。なぜかその先輩もそういう人なのだった。

堀本さんの家に7時に行っていないといけないので、堀本さんはとっても時間に厳しい人で、約束した時間の5分前に行っていないとチクリとやられる。10分前でも時間ピッタリでもいけない。5分前。だから代表は、堀本さん家のすぐ近くまで行って、そこで待機して丁度5分前に着くようにしている。

とっても余裕がなかったんだが、早朝だし先輩だしなので、状況を丁寧に説明してお断りさせていただきたいという内容の返信をしておいて、さて堀本さんの家に向かおうかと準備を開始したところに電話が鳴った。先輩からだ。

「やーやー、やぎさわ君。わかりました。よくわかりました。オッケーです。いや、実はね。前から被災地を巡りたいと思っていてね、バイクで行こうとしたら、雨でしょ。それでね、車でね、あのN1ね。ホンダのN1。買ったのね。話したっけ?N1買ったって・・・」。代表は「あのー、先輩、今とっても急いでるんですけど・・・」と天を仰ぎながら十字を切った。幸い、それから3分ほどで先輩の雑談を振りほどくことができた。

7時5分前に堀本さん家に到着。案の定、堀本さんは自分の軽トラのエンジンをかけて待っていた。が、しかし、雨が強くなってきたので、代表からお盆中どこかでの撤収を提案した。堀本さんはやる気満々だったが、作品が濡れたりしたら取り返しがつかない。では明日7時から、と指示があったため、雨が降らないことを祈ってそうすることにした。

弟から「14日から16日まで家族で帰省します」とメールが入った。予定がどんどんくるっていく。

雨が降っていた午前に新盆回り。今年のお盆は新盆が多かった。上川内で20軒近くあったんじゃないだろうか。

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代表が親しくお付き合いさせていただいた人では3人。ヒサトさんとハチロー君。そして、大工の友人茂さんのお袋さん。近所ではターコおばさん、タケシあんにゃ、同級生J君のお袋さんも亡くなっている。ハチロー君家で焼香中に、元復興課長のジュイチさんのお袋さんがこの日に亡くなったことも知る。やっぱり震災のダメージが効いていると代表は思う。

夜、J君から「一緒に飲まないか」とメールが来たので、一升瓶を抱えて訪ねて行って二人で空けた。

8月13日(水)
少し雨がぱらついていたが、作品が濡れるほどではなかったので堀本さんの作品引取り決行。やっと作品をお返しすることができ、3年半保管した作品のダメージも最小ということで堀本さんにも納得していただくことができた。ほっとした。

堀本さんは、3年半の間に、とくにこの1年で目に見えて元気が無くなったように思える。

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代表の親父より3つ4つ若いはずだが、足があまり上がらなくなって、ちょっと引きずるように歩いている。お茶を一杯飲む少しの時間に2回も小便に立った。堀本さんの自慢の田んぼの、その土手は砂漠みたいに茶褐色だ。草刈りする体力がなくなって除草剤を使ったからだ。毎晩字を書いてはいるらしいが、もう大きな作品を書く体力は無いとおっしゃっていた。いつまでもお元気でいていただきたい。ほんとうに震災のダメージが徐々に様々な形で噴出している。

それからひとの駅へ行って、田村光太郎さんの作品をチェックして、展示用の枠を分解した。

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田村さんの作品は日本画で、畳4畳の大きさがある。日本画はひじょうにデリケートで、表面が弱く日光で褪色するので、事務局の斎藤さんが体育館に襖を立てて、光が当たらないようにそこに画の面を当てるように置いた。したがって褪色のレベルは最小だと思う。が、わずかに擦れやチッピングのようなものが見られる。画の面に手で触れて確認するわけにはいかないので、いつか田村さんに確認していただくことにして、今回はその状態のまま保護材で包んでおくことにした。

展示用の枠が小さいネジで結合してあったため、代表のドライバーは合わなくて、船引町のコメリに調達に行った。保護材が足りなくなったりして、この日はコメリとの間を3往復もした。それだけで4時間も費やしてしまったよ(泣)。

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その夜は近所の同級生のシンイチ君が遊びに来たので一緒に飲んだ。

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そのとき、義弟のとっち君から電話がかかってきた。
「あんちゃんが忙しそうで言えながったんだげんちょも、じつは明日、ゴルフ場を予約してたんだ」と遠慮しいしい話すのだった。ゴルフクラブもなんにも用意して来なかったよ、というと、「あらしのではどうだべ?」という。たしかに余裕はなかったけれども、結局なんだかんだ毎晩飲んでるし、ここで「あんちゃんを喜ばしたい」というとっち君の気持ちに応えられないようでは人ではないと思い、14日はゴルフに行くことにした。

明日につづく
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コメント

ひとの駅の後片付けの様子を見ると、一人でやれるような仕事量ではない。作業者の応援を必要とするのは当たり前の事であり、町役場でも予算と人手の援助をすべきだと痛感する。会社の仕事をしながら、埼玉と川内の遠距離の中、しかも休日だけしか動けない、と言う3重苦の条件からして、八木澤さんにだけに、後片付けの責務を押し付けるのは、筋が通らない。そもそも、ひとの駅を閉館すると決めたのは、町当局ではないか。閉館は八木澤さんから持ち掛けたものではないのだから。
ご心配ありがとうございます。
わたしの気持ちは「代表の盆休み」シリーズで書きました。

基本的に役場は、住民から要望があったことが村の利益にかなうかどうかとか、法令に従っているかを照らすとか、上位機関からの指令をこなすとかだけで、自分たちで何かを企画して推進する機能はありません。調整機能もありません。

ひとの駅についても、私たちが使いたいというから学校を提供しただけというスタンスで、ドライですがそれは間違っていません。その上補助まで出してくれたわけで、代表としてはたいへん感謝しています。

また、学校を壊すという提案は、役場からではなく学校がある地区からです。役場は村民の要望として検討しているだけです。

しかし、今の川内村は、時間をかけて魅力づくりブランドづくりをするよりも、規模が大きくて派手で即効性がある事業の方向に流れる傾向があるのは事実です。前者がひとの駅やBonDanceで、後者が復興祭とも言えます。

どっちが正しいのかはわかりません。ただ、もうわたし個人としては覚悟ができたので不安はありません。

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