桃源郷

 団地の役員会が長引いて昼ご飯を食べる時間が遅くなってしまった。昼の混雑する時間を過ぎたラーメン店に入って、置いてあった毎日新聞を何気なくパラパラめくってみたら、懐かしい顔が見つかった。川内村の大先輩、小林幹夫さんだ。

14042701.jpg

 幹夫さんの家は、第一原発から20キロメートル圏内の毛戸地区にある。川内村の中では放射線量が高く、かつ除染が国の管轄で遅れていた。それがようやく自宅で宿泊ができるようになったので、幹夫さんも自宅に泊まるんだ、という記事だった。大きな見出しは『切ない桃源郷づくり』になっていたから、ちょっと不安になって読んだ。

 「一年で一番良い季節に自宅に泊まれるようになった。」「みんなが来たくなるように花を咲かせたい」「夢だからね。中国の言葉で桃源郷って言うでしょ。そんな場所にしたいんだ。」という幹夫さんの言葉を紹介しながら、戻る住民が少ないというネガティヴなトーンで記事をまとめていた。

 幹夫さんに電話した。幹夫さんはちっとも悲観などしていなかった。本気で桃源郷をつくろうとしていた。幹夫さんがそうすると話しているんだから、ほんとうに桃源郷になるだろうと思う。新聞は事実をそのまま書いてほしいものだ。

 神奈川に避難しているトオルさんも7月に帰ると話していたから、トオルさんも戻ったら毛戸全体が桃源郷になるかもしれない。二人に受け入れてもらってやっていたツーリングイベントは、震災以降は旅館に泊まってもらったりして続けているんだが、来年の今頃は桃源郷に泊まれるかもしれない。楽しみになってきた。 
スポンサーサイト

コメント

何年前になるか忘れてしまったが、双葉郡美術展を川内村で開催したことがあった。その時の美術展紹介文に、「東北の里山に、川内村という名の桃源郷がある」と言う見出しで、川内村の素晴らしさを書いたことを思い出しました。本気で、桃源郷と思いながら書いたものでした。
希望の光
小林幹夫氏はテレビでも放映され達したね。
そこには郷土の家や村を愛する気持ちがはっきりと見て取れました。
ああいう人がいると、川内の未来にも希望が見えるように思います。

管理者のみに表示

トラックバック