夢だったという結末

 代表は手塚治虫の作品が大好きなマンガ少年だった。漫画家になりたかった。小遣いでGペンとかケント紙とかを買って、2ページくらい描いては挫折するということを何回も繰り返した。マンガを描くには才能と情熱がいる。誰も考えたことがないストーリーを考え、個性的な登場人物を生みだして描き分けるっていうのは簡単にできるものではない。子どもだって真剣に漫画家になりたかったら努力をつづけるんだろうけど、代表にはその一本気さがなかった。で、あきらめた。

 漫画家になる夢を見ていたときに熟読した参考書というのが、手塚治虫の『マンガの描き方』の元になった月刊漫画雑誌の付録だった。

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  これは手塚治虫の技術ばかりか哲学が凝縮された傑作本で、代表にとってマンガよりも面白かった。その本の中の、「じつは夢だったという結末にしてはいけない」という部分にいたく納得したことを思い出す。
 そう思って他のマンガを読むと「夢だった」作品がじつに多かった。いや、実際に夢を見ていたわけではないんだが、作者の独りよがり、作者だけしか知りえないこじつけを最後にもってきて、読者の共感が得られないまま強引に終わりにするという、そういうものがけっこうあったのだった。マンガばかりではない。テレビドラマにもあった。文学にもそういうのがあった。推理小説なんてたいていそういうカラクリになっていた。だから代表は推理小説が嫌いだったりする。

 しかし、手塚治虫にはあれだけ多作ながらそういうのがひとつもない。すべてきれいに完結している。この人はすごいなーと思うのである。また、漫画家になれなくて良かったなーと思うのである。代表はただの一作だって手塚治虫を超えられない。まちがって漫画家になっていたりしたら大恥をかいていた。

 ところで突然だが、ひとの駅は被災者の仮設住宅になった。ボロボロだった内外装も新しい材料で化粧直しされて、各教室がコタツのある和室になったりフローリングの洋室になったり、それぞれ教室の持ち味を活かしながら特色ある居室になった。代表が「ほーっ」と感嘆の声をだしたくらい見事な変身振りだ。しかもたったの2週間で。

 「役場もなかなかやるじゃないか。これならみんな納得だろう。代表も納得だ。」なんて、少し寂しさも感じながらひとの駅を眺めていたところで目が覚めた。夢だった。

 こういうことをやってはいけないと手塚治虫は教えてくれたのである。

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 それにしてもリアルな夢だったなー。なんであんな夢を見たんだろうか。予知夢かな?
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コメント

実に面白かったです。

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