別れの儀式

 親父の軽バンがあるのに姿が見えない。ひと言「帰るよ」と声をかけて帰らないとなぜかさびしい。川内村に来るときもさびしく、帰るときもさびしいんだが、もっとさびしくなる。

 「父ちゃーん」と呼んだら「おー」と声がした。声の大きさと方角からして山に入ったのかなと思ったが、軽バンの中だった。寝転がって本を読んでいた。暖かくて気持ちが良いんだろう。

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 「帰っから」という。「もう行ぐのが?」といわれる。ちょっとつらい。「まだすぐ来っから」と答える。「ああ、気いつけで行げ」といわれる。シンプルだが、二人の別れの儀式だ。永遠の別れかもしれないし、またすぐ会えるかもしれない。どっちでもいいように。
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コメント

ブログ読みました。
私も年老いたせいか、涙もろくなってしまいました。
晴耕雨読、お父さんの何時も乍らの、仙人のような生き方、羨ましい限りです。
哀愁
美しき親子愛ですね。
映画の一場面のようです。
この達観、穏やかな時間は、食うためにがむしゃらに働いてきた人間にのみ与えられるご褒美なのかとも思いますが、川内村という自然だから許される自由という気もします。

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