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四谷コタンで中牟田俊男さんのライブを聴く

 ずーっと行きたいと思っていた海援隊のメンバー、代表が好きな『俺の人生真ん中あたり』を歌っている中牟田俊男さんのライブ。行こうとすると何か予定が入るということが続いていたが、先日ようやく行けた。場所は四谷のコタンというライブハウス。

 なかなか見つからなくて四谷の一丁目周辺を30分くらいウロウロした。ついにコタン発見!

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 店内には客が二人。代表が三人目だった。他にはライブハウスのオーナーらしき男性と、従業員らしき女性の方。合わせて5人だけしかいない。ちょっと緊張する。
 店は広くない。マンスールさんの居酒屋『花門』の1.5倍くらい。『花門』の長さ方向を真ん中から二つに切って幅を広くなるようにドッキングした感じ(わかる?)。要するに、代表の川内村の家の玄関部分くらいかな(余計わからないよね?)。二人立って目一杯くらいのステージに客席が30人分くらいの、たいへん失礼だが、キレイさも『花門』と同じくらいの、昔風の喫茶店と考えてもらえばいいと思う。

 代表が入ったのが18時50分。ライブ開始は19時。この夜は中牟田俊男さんの他に二人のミュージシャンも出演するとのことだったが、まだミュージシャンの姿はなかった。代表は、入場料と缶ビール代合わせて3000円あまり支払って、缶ビールをチビチビ飲みながら待った。

 代表の他の二人の客は、代表と同じくらいの年齢の、ひとりは近所のおじさん風。もうひとりはうらやましいほどの長髪にテカテカ光るスーツを着たミュージシャン風(あとで、地方から出張で出てきた、昔バンドをやっていたビジネスマンだとわかる)。うわー、中牟田俊男さんのライブに観客たった三人かよー。贅沢だなー、と嬉しくなる。

 すると、おじさん風の人が席を立ってトイレの方に消えた。しばらくして頭にバンダナを巻いて現れ、ステージのイスに座ってギターを弾き始めた。なんと、客だと思っていたおじさんは、この日の最初のミュージシャンの田村安志さんであった。ミュージシャンひとりに客が二人になった。

 田村安志さんの歌は、昭和を感じさせる懐かしい詩と、さだまさし的なやさしいメロディの、とても素直なフォークソングだった。もちろん、代表は初めて聴く曲ばかりだったが、すんなり楽しめた。ギターの腕前は、代表の全盛時代と同じくらいかな?いや、冗談です(笑)。

 田村安志さんのライブの中盤で、今度は、代表と同じくらいかちょっと若いかな?くらいのカップルが入ってきて席に着いた。まさか出演者じゃ・・・と思っていたら、男性はライブ二番手の風太郎さんだったのである。風太郎さんのステージのときには、田村安志さんも客席に座ってビールなんか飲み始めたので、ミュージシャンひとりに客4人になった。貸切のスペシャルライブみたいなもんだ。めちゃくちゃ贅沢だわ。

 風太郎さんの詩はメッセージ性が強くて代表的には共感した。メロディの方はというと、ブルースをベースに様々な音楽要素が混ざった感じ。これもまた良かった。

 ただ、生意気ながら、田村安志さんにしても風太郎さんにしても、メジャーとの違いは何なんだろうと考えると、曲や雰囲気はすごく良いんだけど、聴衆を引き寄せられるかどうかの差だけだと思う。ご本人は、曲に入り込んでいる感じだけど、聴く側はそこまでいけない。自分は酔わずに聴く側を酔わせる。そういう演技ができるかどうかだと思うけど、どうだろう?

 さて、お二人のライブが終わったのが21時前。まだ中牟田俊男さんは姿を現す気配がない。かっきり21時。どやどやと6人の男女が相前後して入ってきた。中牟田俊男さんか!?いや、ちがった。

 その中にいた若いお兄ちゃんは中牟田俊男さんの付き人らしく、ステージで楽器のセットを始めた。マイクと譜面スタンドが二つセットされた。中牟田俊男さん以外にもうひとりミュージシャンがいるらしい。まさか、武田鉄也だったりしてね。

 他の5人は、中牟田俊男の追っかけ的なファンだった。心得たもので、中牟田俊男さんのライブの時間に合わせてやってきたらしい。なおかつ、お互い顔見知りで「どーもどーも」なんて挨拶を交わしていた。

 21時を10分ほど回った頃、中牟田俊男さんがトイレ側のドアの方から現れた!コタンのオーナーは、風太郎さんとベトナムコーヒーの話に夢中で中牟田俊男さんが現れたことに気づかず、行く手を塞いでいる。中牟田俊男さんはステージに行けなくてもじもじしている。客席と楽屋裏とステージがごちゃ混ぜだ。代表の1メートル前に困っている中牟田俊男さんがいる。んー、ライブだ。

 初めて会った中牟田俊男さんは、すでに初老、であった。そりゃそうだ。もう62歳。白髪で、頬のあたりとか、尻の肉付きの具合とか、代表の周りの62歳よりは老成して見える。体は、小柄。細い首と薄い胸。歌えるのかな?と心配になるほどだった。彼が海援隊をつくってからもう40年が経過している。

 しかし、まぎれもなくプロフェッショナルだった。ジャン!という最初のひと掻きで一瞬にして中牟田俊男さんの世界に染めてしまった。

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 正確に弾かれる音。リズム。豊かな声量。あふれる抒情。揺さぶる詩魂。それらの曼荼羅。中牟田俊男さんは、代表が思っていた通りの歌人であった。若いお兄ちゃんは中牟田俊男さんの息子さんだそうで、リードギターを弾いていた。親子だからか声質が似ており、ハーモニーが美しかった。アンコールを含めて一時間余り。代表と、客席に回った風太郎さんを含めた、えーと何人だっけ?客は、歌とトークに酔った。
 
 10時半にすべてのプログラムが終了。それからファンの皆さんは、中牟田俊男さんを囲んで酒を飲むらしかったが、代表は早く帰らないとバスが無くなってしまうので、心残りだったがひとりだけコタンを後にした。『俺の人生真ん中あたり』を口ずさみながら。いい夜だった。

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