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2019年04月の記事 (1/1)

ぼかし肥料仕込み

 ぼかし肥料というのは、有機質肥料と微生物資材を混合したものに水を加えて醗酵させたアミノ酸態肥料のことで、有機の野菜栽培をやっていて自分でぼかし肥料を作ったことがない人は少ないだろうと思う。有機農業の基本中の基本である。醗酵する時に熱が出て、最高温度を50度前後で抑えるようにしなければならない。60度以上になったら養分の少ないスカスカの肥料になってしまう。

 ぼかし肥料には、窒素リン酸カリウムの3大栄養素の他に、糖類、エチルアルコール、ビタミン、ミネラル、有機酸、核酸、酵素、植物ホルモンなどが含まれ、作物はそれらを直接吸収して、葉が自ら合成するアミノ態は自分自身に使うことができるために美味しく日持ちの良いものに育つと言われている。もちろん農大でも自分たちで作って使っていた。

 しかし、原料の中の放線菌・土着菌・乳酸菌・酵母菌・枯草菌などの多種の菌によって醗酵が行われるので、材料の組み合わせと外気温などの条件の違いにより出来上がりは作るたびに違ったものになってしまう。たいへんデリケートで難しかった。だが代表は温度と水分を把握して管理することでだいたい同じレベルのぼかし肥料が作れることを突き止めたのであった。えっへん。

 代表の研究にもぼかし肥料が欠かせないため、とりあえず今手に入る材料で仕込んでみた。材料は「おから」「米糠」「醗酵鶏糞(セイメイファーム)」「穂のか(アイルクリーンテック)」を適量。通常は水を入れて湿らせるんだが、おからの水分で適度な湿り気になったので水は加えなかった(因みに農大では「米糠」「醗酵鶏糞」「籾殻堆肥」「燻炭」「水」で作っていた)。

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 これらを手でよく混ぜて、できれば藁のようなもの、無ければ毛布などをかけて雨が降っても濡れない屋根のある場所で保温しておく。するとだんだんに温度が上がって4~5日後に40度を超える...はずだったが、

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 なんと半日で50度を超える事態になってしまった。しかも、中心部だけ高温で表面はまだヒンヤリ冷えている。これは一体どうしたことか?おからか穂のかのどちらか、あるいは相乗しての活性が原因だと思うが、またひとつ研究材料が増えて喜ばしい。

やるこたある

 畑Bは手がかかる。もうすぐ側溝に水を通すという情報をキャッチしたので、焦って土手の土留めをした。そのままだと土手が削られてブロックが落っこってしまう。ついでに宿場の手直しをした。橋の枕木が沈んで凸凹になってしまったので、土手側に板を敷いて高さが同じになるようにした。農業は作物を育てることだけでなく、そのほかにやるこた山ほどある。

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 ところで、この側溝は田んぼに水を入れるためにあるんだが、いつでも自由に水を通せるわけではないらしい。水利組合という田んぼの所有者の集まりがあって、その中の話し合いで通したり止めたりが決められるということだ。だから「自分はこの時期に水を止めて田んぼを乾かしたい」と思っても、全体のやり方に従うしかない。代表は来年ここで田んぼを借りて有機稲作に挑戦する予定なんだが、みんなと同じやり方にするか、みんなを代表に合わせてもらうか。みんなと同じやり方にするしかないんだろうね。

死んだふり

 畑Bに4日前に50本植えたさつま芋(紅あずま)が今こんな。

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 苗を1日2日日陰に置いてわざと萎れさせて植えるのでこういう状態になる。しかしさつま芋はめげない。太陽に照らされ1週間過ぎたあたりから中心の葉が元気になって猛烈な勢いで伸びる。この生命力をいただくことで人間も力が出る。さつま芋と人間の関係はうまくいっている。

せっせと液肥仕込み

 深谷のビバホームで買ってきた4つの多目的樽のうち3つは液肥用で、1つは水を運ぶために使う。場所は畑A、Bと川内村の畑(以降畑Cと呼ぶことにする)。畑AとCは水場が近いが畑Bは遠い。しかもそれは住宅地を流れてくる川なので水の素性も怪しい。従って4つ目は畑Bへの水運搬専用タンクにすることにした。Kトラに積んだ状態で団地の水道で樽に水を入れて運び、バケツで液肥の樽に移す。面倒だが他に良い方法が無い。道具もどんどん増えて行くが仕方がない。

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 今後の原料の安定的な入手性を考慮して、畑Bの液肥の材料はおからと醗酵鶏糞にすることにした。おからは近くの豆腐屋で安く売ってもらえ、醗酵鶏糞の方は引き取りにさえ行けば花園町の養鶏場がいくらでも無料で分けてくれる。原料が何だろうができる液肥に大差はないと聞いている。

 早速仕込んでみた。

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 おから25リットルと醗酵鶏糞20リットルと水110リットルのみ。あとは放っておくだけ。今の時期だったら3週間前後でできるはず。こりゃ簡単でいいね。

 「栄養周期理論」+「有機資材」+「液肥」+?+?=健康的な有機野菜?
スッキリ説明できないのが自分でももどかしいが、代表の農作業を通してだんだんに新農法の概要が明らかになっていくと思います。

多目的樽は深谷のビバホームにしか無い

 寄居町の畑友だちから、「液肥を作るのに手ごろな樽が深谷のビバホームにあった」という情報が入ったので買いに行った。川越から30キロメートル以上距離があるが、熊谷の農大まで片道25キロメートルを通学していたし、資材調達で花園あたりまでは行っているので、その辺りはもう遠いという感じはしなくなった。日常の行動範囲だ。

 多目的樽はその名の通りいろいろな使い方ができそうなので130リットルのを4つ買った。ひとつ930円(税抜き)とは安い!

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 ついでにアメリカンレーキと計量バケツ(10リットル)とプラスチック製のテミも買った。アメリカンレーキはカインズホームより2000円も安かった。

 各ホームセンターとか、同じホームセンターでも店によって扱っている商品や価格がずいぶん違うものなんだね。多目的樽は川越のビバホームとか鶴ヶ島のカインズホームには無かった。

 これで液肥の原料と容器が全て揃ったから明日は仕込んでみたい。全ては野菜の喜びのために。

液肥作り

 液肥というのは液体肥料の略語で、化学肥料を水に溶かしたものから人糞を原料にした下肥から様々なものがある。下肥は一番効くそうだが、現在の日本では人糞を肥料にすることが禁止されているため特例を除いて使えない。

 代表が作ろうとしているのは米糠や鶏糞野菜屑等を原料にしたもの。とにかく有機物を水の中で嫌気性醗酵させればいいので何が材料でもできるし、できる液肥はみんな似たようなものだ。

 使いやすい液肥を作るのにどんな設備でどんなやり方をすればいいかやってみないとわからないので、予備段階として100リットルのたらいを畑Aの隅に置いて、醗酵鶏糞やら野菜屑やら除草した青草などを入れてみた。

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 たった一日で早くもブクブク泡が出始めて、ハエとかハチとかがわんさか飛んできてしゃぶりついていた。良い感じで腐敗が進んでいる。これがドロドロになって沈んだら、上澄み液が液肥として使える。出来上がるまでだいたいひと月くらいかかると思う。

 液肥の特徴は、水の中に肥料分が溶けた状態のためかけたらすぐに効かせられる。雨が降って溶けるまで待たせないといけない固形の肥料だとこうはいかない。代表がトライしようとしている栄養周期理論は、野菜が栄養を必要とする時にピンポイントでやって初めて効果が出せるので、まずこの液肥がうまく行くかどうかがカギになる。

 代表の構想が成立した暁には、虫食いだとか育ちが悪いだとかの有機野菜の欠点が無くせるはず。肥満体質に産んだものを害虫も見向きもしない栄養失調状態の可愛そうな野菜に育てるのでなく、欲する栄養を存分に吸収した、害虫に負けない栄養たっぷりの健康優良作物にできるはず。代表は毎日埼玉の片隅の畑に立ってそうゆー夢を見ている。

バッファローズ優勝か!?

 最下位オリックスの救世主になるか。代表の近所の大学野球部出身の中川君が、24日のソフトバンク戦で初スタメンを果たし、勝利に繋がるヒットを放った。

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【スポニチWeb版より借用】
 
 代表は知り合いでもなく彼が一年の時から練習風景を眺めてきたというだけなんだが、活躍はうれしい。大学時代からバッティングが素晴らしく、一年生からレギュラーだったが、それ故にDHとしての起用が多く、実戦で守備(二塁)につくようになったのは三年になってからだった。だから初めてのプロの試合で三塁での起用と聞いて心配したが問題なくこなした。さすがだ。

 オリックスは若くイキのいい選手が揃った。あとはイチローがアメリカから戻ってコーチか監督になればリーグ制覇も夢ではないと思う。

こまめな仕事ぶり

 代表が現在使用している耕耘のための機械は、ホンダの4馬力の耕運機パンチエックス1台とイセキの20馬力のトラクター1台きりである。これで約100坪の畑Aと200坪の畑B、150坪の川内村の畑(以降畑Cと呼ぶことにする)を耕している。

 トラクターは畑Bに付属しているものなんだが、200坪程度を耕耘するとかえって畑を荒らすようなもので、はっきり言ってこの程度の農地ならパンチエックス1台で十分だ。しかも、良くない土はトラクターで砕いても細かくなるのは一時的ですぐに固まってしまう。高性能のトラクターでうんと深く耕耘している人がいるが、どれだけ掘り返しても無駄だと思う。土をフカフカにするには微生物の住処や食料となる腐植を入れてるのが最も効果がある。微生物の力を借りるのが一番だ。

 だから代表にはもうこれ以上耕耘する機械は不要なんだが、川内村の山荘のS氏の耕運機を引き取ることになった。ホンダのこまめというモデル。

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 エンジン排気量も力もパンチエックスの半分程度。硬い土を砕くには非力だが、軟らかい土に肥料を混ぜ込むといったことはできる。当面は畑C用として使って、今後川内村の畑や田んぼについてはこれ1台で対応したいと思う。

 代表の場合は研究と実験が主目的のため、あまり規模を拡大する予定はないんだが、意欲ある農民みたいに見えてしまうのかこういう話が増えて来た。嬉しくないことはないが、これ以上色々増やすと本業になってしまう。理性で押さえてあくまで趣味の範囲に留めておきたい。

アッピア街道修復

 代表が密かにアッピア街道と呼んでいる畑Bに繋がる農道。その道に真っ直ぐに置いたはずのブロックがずれて凸凹になっていた。アッピャーだ。

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 誰だ、こんな嫌がらせをする奴は!と頭に来ていたんだが、犯人は自分だった。ブロックを置いた面が全体的に左側に傾斜していることとブロックの下が凸凹なために、Kトラが通るたびにブロックが動き、だんだん左側に落ちてしまっていた。恥ずかしい。

 丸二日かけてきっちり水平にやり直した。

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 宿場の方も日々細かな調整をやって、なんとか一回で方向転換が可能なレベルになった。

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 欲を言えば手前側にもう少しブロックを追加すると気を使わないで済むんだが、田んぼだからできない。もうこれくらいにして本来の農作業に移ろうと思う。

 犬の散歩やジョギングでここを通る人たちから「頑張りますねー」とか「すごいですねー」とか「プロの方ですか?」とか言われまんざらでもないが、一番嬉しいのは、代表に刺激されて周りの農家の人たちが農道や農地の整備をやり始めたこと。だから短期間にずいぶんこの辺の雰囲気が変わった。いいことだ。

燻炭節2

 ♪真夜中から 燻炭焼いて 悪魔のように土づくり

 Kトラ一杯分の燻炭を焼くのに8時間かかる。だから、午前中に畑に燻炭を撒いて耕作まで終わらせるためには、朝方には燻炭が焼けていないといけない。そうすると、燻炭を焼き始めるのは朝っぱらどころか真夜中だ。暗闇の中籾殻に横たわって燻炭節を歌いながら夜が明けるのを待つ。代表にはこの作業は苦痛ではない。相当に楽しい。3時過ぎにはもう雉が啼く。

 日が出る頃にはこうなる。

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 なんてことはない簡単な作業に見えるだろうけど、こういう風に美しい富士山型に斑無くきちっと焼き上げるにはかなりコツが要るんだよ。毎度毎度自慢話で申し訳ないが、これらの技術と理論では日本で代表が一番だと思う。農大で3ヶ月間燻炭焼きに熱中して極めたからね。

 これくらいになったら中心の燻炭機を引っ張り出してしまい、あとはかき混ぜながら残りを焼いた方がいい。そのままにしておくと火が出て燃えてしまうことがある。
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驚き桃の木山プルーンの木

 プルーンの花が咲いた。白くて小さくて可憐な花だ。

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 プルーンの花って枝の先じゃなくて幹に近い所に付けるんだね。そうすると、そこから先の枝は切ってしまってもいいような気もするが、実を大きくする時に枝の葉っぱが作る糖分が効くのかもしれない。今年はこのままにしておいて様子を見ようと思う。

 ところで、遊び半分で剪定した枝を15本程挿し木したところ、なんと活着率100パーセントだった。

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 多分まだ根は生えてきていない。にもかかわらず何本かには花まで咲いていて、この先実が大きくなったらその細い幹で育てられんのかよ、と突っ込みを入れたくなるような不自然さだ。

 葡萄(巨峰)の枝も40本挿し木したが、そちらも全て活着。実はこれらにも栄養周期理論に沿ったある処理をしてあった。ホルモン剤は使っていない。

 栄養周期理論は発展途上の手法だし、代表もまだよく理解していないのでこの理屈をうまく伝えることができないが、いくつかの欠点を解決できれば現在の農法を変えてしまうくらいの可能性を秘めていることだけは間違いない。今そのことに気づいているのは地球上で代表だけだと思う。

里芋を植えた

 川越に戻り、畑Bに里芋を播種して一息ついた。

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 畑Bは実験用に借りたんだが、土の状態が良くなくてまだ実験ができる段階ではない。しかし、ただ土作りだけやっているのはもったいないから、土作りをしながら実験準備的な栽培をやってみることにした。

 まず種芋((土垂)を二タイプ用意した。ひとつは何も処理をしないもの。もうひとつは飽和石灰水に20時間浸漬したもの。

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 こうすると勢い良く発芽して病気にも強くなるらしい。里芋はウィルス症にかかっている場合が多く、発症すると発育が悪くなって収穫も少ない。飽和石灰水浸漬処理が効くかなーと思って。

 それと、今回は栄養周期理論に従って元肥をやらないで育ててみることにした。栄養周期理論によれば、発芽までは種の栄養分で育つので元肥は不要ということになっている。人間で言うと母乳で育つ時期。その段階で多量の養分が周りにあると、乳児期の作物は養分を過剰に吸収してしまって肥満体質に育ってしまうらしい。人間も野菜も同じだと栄養周期理論は説いている。

 だが、それではそれぞれの作物にいつどんな肥料をどれくらいの量与えるかという具体的なデータまでは示されていない。研究途上だったのかそ、れとも資料が戦争で焼失してしまったのか、とにかく詳しい情報が手に入らないのである。

 畑Bで実験ができるようになったら、その辺りのデータを積み上げて裏付けを取って、みんなにも面白さがわかるように書いて行きたい。

川内村で

 川内村に行ってきた。冬の態勢から春に向けての支度とか、川内村で農業をやるための資材の調達手の段取りとか、諸々イメージを固めるために。

 ハチロー君の梅林は満開を過ぎたあたり。まだ適正な剪定ができていないが、花の数と色は今年の豊作を予感させる。

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新農法

 せっかく作った燻炭は風であらかた飛んじまった。またやり直し。

 今代表が影響を受けている栽培技術がある。あの巨峰を作った農学者大井上康博士が提唱した、栄養周期理論という農法がそれ。

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 栄養周期理論というのは「作物の発育の段階や育ち方に応じて適切な栄養状態に導くという考え方(日本巨峰会 ホームページより抜粋)」で、状況に応じた施肥技術によって多収穫高品質になる優れた手法なんだが、なぜか農業界においては異端扱いされていてこの農法を実践している人は少ない。だが、代表としては、これまでの家庭菜園での失敗とうまくできた時の経験がこの理論がピッタリ重なり、直感的に「これだ!」と思った。生物における各成長段階で必要な栄養素とその役割や意味について人間と重ね合わせて書いてあるところも納得できる。

 ただ、代表がこの二冊を読む限いくつかの問題があるように思える。それは、化学肥料の単肥を前提としていることや、肥効時期がピンポイントであること、多量の肥量を使うらしいがその作物別施肥量が明確でないことなど。大井上康博士がいない今それえらを確認する手立てはない。しかし、代表はこの農法でやってみたいと考えている。しかも有機肥料で。

 栄養周期理論+有機肥料=???

 そんな農法があるのか、また可能なのかわからないが、とりあえず試みてみたいと思っている。

燻炭節

♪朝っぱらから 燻炭焼いて 悪魔のように土づくり
 カラスと争い 野菜を育て おいらいつも実験まみれ
 なのに一晩中 ゴロンゴロンと お空じゃお月さん
 上の方からじゃ 見えないのかな おいらの悩みなんて
 連れてとくれよ 銀の雲に乗せ 永久の楽園へ
 河を渡り 御心の胸で この悩みを解き放ち
 おいらも一日中 ゴロンゴロンと やってみたいんだ~♪

 「 That lucky old the sun 」のパクリだ。That lucky old the sunを聴くならレイチャールズがいいと思う。

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 畑Bの土が良くなくて、とても実験ができるような状態ではない。代表にはあまり時間が無いので焦る。早く土づくりの下地を整えないといけないのだが、ここに来て雨が降ったり風が強かったりで作業が思うように進まず、ゴルフに行くどころの話ではなくなった。

 今日も雨だから、降る前に土壌改良に使う燻炭を作っておこうと考えて、朝2時に起きて焼き始めた。たぶん燻炭焼きの技術は日本で代表がNO.1だと思うが、その自慢話はまたの機会にするとして、籾殻の上に横たわって夜空を眺めていると、気持ちが良くなってうつらうつらした。それで、燻炭節が浮かんだ。

 4時過ぎ、まだ半分も焼けていないのに、ブルーシートを叩く雨音がしだして、少しの間に本降りになってしまった。これじゃ生焼けだ。農作業の難しいところはこういう天気との折り合いだ。

宿場完成もUターンならず

 また野田でひと山千円の枕木を調達してきた結果、代表が宿場と称する農道から畑Bに架ける橋はこれだけ広くなった。さあ、ではやってみよう。

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 左の方から農道をブブーっと走って来て、橋の所でハンドルを目一杯右に切って、農道に対してKトラが直角になった場所で停車させたらこうなった。

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 前輪が土手に載せたブロックを越えて脱輪してしまい、あとちょっとでドアの下をガリガリやってしまうところだった。危なかった。

 更に、ここからバックしながらハンドルを左に切って今来た方向へKトラを向けようとすると、後輪が右下の側溝に落ちそうになった。それを防ぐためにまた橋を上って下りながら向きを変えたいと思うと、橋からはみ出しそうになる。側溝に落ちず橋からはみ出ずKトラが完全に逆向きになるまでの上って下りての回数は4回になった。これは疲れる。いくらなんでも小回りできなさ過ぎだろう。

 要は、この状態での方向転換は無理だという話である。そして、対策の方向性としては、これ以上橋を広げても無駄だということである。考えられる手はひとつしかない。農道を広げることだ。しかし、それは不可能である。苦肉の案として宿場付近だけ側溝を埋めるという案があることはあるが、田んぼに水が流せなくなるから論外。さてどうするか?四国の農家の人の悩みが今は良くわかる。
 

東京の川内

 川内中学校の同級生に誘われて初めて国立新美術館に創元展を観に行った。

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 数えてみればこれまでに日展、国際美術大賞展、双葉郡美術協会展、いわき医師美術協会展、いわき美術協会展、白日会展、東京藝術大学や武蔵野美術大学多摩美術大学の卒業作品展、職美展、ワイエスを始めとする多数の個展を見てきた。どれも素晴らしかった。が、作品展全体としてみた時に、代表としてはこの創元展が一番自分にカッチリ嵌った。

 例えば、文学に詩から随筆短編長編まで多様な表現があるように、美術作品にも作家のイメージがそのまま形になったものから、観る側に伝えるために緻密な組み立てを企てたり表現技術を駆使したものまで多様な階層がある。創元展は、作品から展示まで理詰めであり、その構成の意図がよくわかるような気がした。感性もあるが知性が勝っている感じというか、ひとりよがりでない、共感を得るためのテクニックと努力がある。音楽で言うならラップとピンク・フロイドの差。そういった作為は芸術としてつまらないという人もいるだろう。しかし、代表はそこが気に入った。白日会展もそういう雰囲気があったが創元展は型として徹底している。非常に良かった。ぜひ来年も行きたい。

 芸術鑑賞の痺れはアルコールで麻痺させるに限る。表参道に流れて行って新潟館でミニ同級会になった。

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 ここだけ東京の中の新潟の隣の福島の川内村だった。

畑友だちスティーブ・マックィーン

 朝畑Bに行ったらスティーブ・マックィーンが生えていてこう言った。

 「やっぱりバイクはよ、涙が横に流れるのが気持ちいいよな!」

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 「そ、そうなの?」
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代表の4月の予定

 畑に続く街道が開通。敷石を100枚程敷いた。

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 代表につられて周りの人たちも作業道や土手を整備するようになったため随分環境が良くなりつつある。いい傾向だ。

 しかし、敷石を80枚使った宿場の方は計画通りに進んでいなくて、まだUターンができない。Uターンするためには進行方向に対して一回直角にならないといけないのだが、ここまでやってもまだ脱輪しそうになる。不安だ。

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 この代表の乗っているタイプのホンダアクティトラックが発売された時に、四国の高知県だか愛媛だかの農家の方が、ホンダの苦情打ち上げ窓口に、毎日毎日「小回りが効かなくて田んぼの畦道が曲がれないから改良してくれ!」と書き込んでいたが、あの時は「他の軽トラを使えばいいだけじゃないか。しつこい親父だ。」と思ったが、今はその人の気持ちが良くわかる。結局、ホンダは次のモデルのホイールベースを短くしたんだが、あれは絶対に親父さんの執念が変えさせたんだと思う。代表もホイールベースが短いKトラにするしかないのか?

 さて、新しい畑(以降古い畑を畑A、新しい畑を畑Bと呼ぶことにする)の方だが、初めて耕運機を入れて耕してみたが、土がとんでもなく硬い。耕運機が跳ねてしまうくらい。有機物を入れずに化学肥料だけを使い続けるとこうなってしまう。

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 土壌分析した数値の上では正常な範囲にあったんだが、EC(電気伝導度)やCEC(塩基置換容量)の測定では健康状態まで把握できないといことだろう。この化学肥料中毒の土を代表の手で更生してやるしかないが、普通にやったらどうしたって3年はかかってしまう。代表にそんな余裕は無いので1年でトライしてみたい。

 代表の4月の予定です。
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中村受司さん作品返却

 代表は、いわき市湯本の中村受司さんの作品20点程を川内村の自宅で預かっていた。今回の川内行の目的のひとつは、その作品を中村受司さんに返却することだった。昨秋にそのご依頼があったのだったが、時間が取れなくて農大を卒業するまで待ってもらっていた。

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 預かってから9年間。この時を迎えるまでに「引き取りたい」「置いてほしい」というお話しの繰り返しが何回かあった。もちろん中村受司さんご本人はいつも引き取って側に置きたいとい気持ちだっただろう。やはりご家族の反対が大きかったようだ。作品が被爆して放射能汚染されていると思われていたからだ。今現在でも双葉郡の全ての物(人間も含め)が汚染されていると考えて恐れている方は少なくない。それがどう解決されたか代表には知る由もないが、中村受司さんももう90近いお歳なので、判断できるうちに何とかしておきたいという気持ちが強くなって引き取りを決断させたのだろうと想像する。代表としても良かったと思う。

 川内村は風が強くて、大きな作品が煽られてしまって、Kトラへの積み込みが大変だったがなんとかやれた。

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 中村受司さんと内郷のいわき市総合保健福祉センターで待ち合わせて、確認のために放射線量を測定してもらった後、無地ご自宅に届け終えた。保管中の割れや剥離もほとんど無かったということで、代表もホッとした。ひとつ肩の荷が降りた。

 そこで富岡町から避難中の田中隆さんに会った。
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