FC2ブログ

2017年11月の記事 (1/1)

不定期更新のお知らせ

 これから年末にかけていろいろあって慌ただしくなるため、しばらくの間不定期更新になります。
                                        
                                             代表

くっそー

 代表の畑仲間の畑。緑が溢れている。

17112601.jpg

 方や代表の畑。寒々としている。

17112602.jpg

 いろいろ試しているからしょうがないといえばしょうがないんだが、なんだか敗北感濃厚。

 白菜と青梗菜と春菊を恵んでもらった。

17112603.jpg

 くやしいなー。

冬支度

 川内村の代表ん家の裏側はすぐ山だ。木が全部大木になっちゃったから、そろそろ切って、若いのを育てないといけない。掌に載っているのはやまなしとどんぐりだが、毎年夥しい数の実が落ちるのに若木になるのは無い。今度植えてみようと思う。

17112501.jpg

 今年は寒くなるのが早い。いつもの年よりも半月早いが、冬支度にかかることにした。用心に越したことはない。
[ 続きを読む » ]

ひと息

 昨日のブログは気合を入れて書いたので、ちょっと疲れちゃった。今日は一息入れて一杯。

17112301.jpg

 本日の酒は、1999年物の四国の大吟醸。日本酒のドンペリだ。高いし、四国の酒は硬くて重くて好みではないんだが酒屋の主が「お歳暮代わりに安くしてやるから飲んでみろ」というので、これにしてみた。柔らかくていい味だ。古酒はすべからくふくよかになる。

中村享司さんのアトリエで

 画家はどうして画家になるんだろうか。代表は何回も何回も繰り返し考えたが、答えが出なかった。したがって代表の暫定結論としては、絵を描く理由はそれぞれであって、決まった答えはない、ということにしてある。本人でさえわからない場合が少なくないのに代表が答えを出すのは無理だ。画家になったという現実を見るしかないのである。

 画家であれ彫刻家であれ、弱い強いの差はあるにしても、「自分の作品を認めてもらいたい」という気持ちは必ず持っている。無いと言い張る作家もいるが、嘘である。作品を認めてもらいたいという願望が、幼児的であったり純粋であったりあるいは迫力となって作家の内外面に表れると思う。なぜそう思ったのかといえば、技術屋の端くれの代表にも似たところがあるからだ。

 先週末、いわき市湯本に訪ねた画家の中村享司さんは、想像していたとおりに「自分の作品を認めてもらいたい」という気持ちを微塵も隠さない、代表がこれまでに会った作家さんたちの中でもいちばんに子どもっぽい方であった。

 作品が使われた職美展のポスターを手にする中村享司さん
17112002.jpg
[ 続きを読む » ]

常磐湯本の空の下で思ったこと

 川越から川内村まで片道300km余り。Kトラで約5時間。往復10時間。そうそう簡単に行き来できる距離ではないので、行くときは大事な用事を核にしていくつかの用事がまとまめて済ませられるような日を設定する。だからいつもあれしなくちゃこれやらなくちゃという感じになり慌ただしいが、その中でも優先順位があって、一番目と二番目くらいは何があってもいいように時間に余裕をみておく。今回の一番は常磐湯本の画家中村享司さんを訪ねて話を聞くこと。二番目は中学の同級生のせっちゃん家に何人か集まっての宴会。あとの用事はこの次でも間に合うものだった。

 さて、湯本に中村享司さんを訪ねた話だが、どこまで書いたらいいのか悩む。

17112001.jpg

 代表はこの日記の中でたくさんの人のことを書いてきた。作家。川内村の住人。バイク仲間。同級生。家族のことなども。プライバシーが悪用されてしまう現在の社会では、そういうことはやってはいけないのが常識だ。だから大丈夫なの?と思った人も多かっただろうが、代表が少し大目に見てもらえたのは、そのことが金儲けや自己顕示が目的ではなくて、川内村の過疎化対策の応援という面があったからだ。

 代表もそのことを十分自覚していた。だから、ひとの駅かわうちの活動を中止することになって、この日記が連絡とか報告とか代表の消息を伝えたりとかの目的が主になって以降は、家族や同級生は例外として、ほとんど人のことは取り上げていない。

 しかし、必要があって時々古い日記に目を通すことがあったりすると、作家さんや川内村の人たちのことを書いておいてよかったと思うことがある。たぶんあの時書いておかなかったら、今思い出すことはできない話とか出来事が記録として残っている。そして、それらのことが代表のブログだけにしか残っていない。代表のブログの情報にたどりつくことは稀なことだとは思うけれども、必要とする人たちにはつながってきた。その一点において書いておいてよかったなーと思うのである。

 まだひとの駅関係の皆さんとのお付き合いは続いていて、今でもいろいろなことについて知り得る機会があるから、それらのことはこれからも記しておいた方がいい気がしている。川内村の過疎化対策という大義名分は使えなくなったが、ひとの駅を通した縁の延長として。そうすることにする。

土日ブログ休みます

 川内村に行ってくるため、土日ブログ休みます

17111701.jpg

 同級生が何人か集まるので、うまい酒を仕入れました。では、行ってきます。

長生きはしてみるもんだ

 本日のガソリン価格、1リットル131円。また高くなった。

17111601.jpg
 
 代表が就職した1970年代、ガソリンは20世紀で枯渇するだろうといわれていた。だから早くクルマの燃費を良くして、次にガソリンエンジンに代わる動力を開発しろとはっぱをかけられたんだが、ガソリンが20年で枯渇するなんてウソだった。

 たしかに、技術が進歩して、内燃機関の燃費が改善したことでガソリンが延命できたこともあるだろう。しかし、クルマも増えた。トータルのガソリン消費量は増えている。なのに枯渇しないで、無くなるといわれたときから20年も普通に供給されている。価格は少し高くなったが。
 
 あのときガソリンが枯渇するといっていた学者やアナリストたちは、今度は、21世紀に氷河が消える、といっている。ウソつけといいたい。時流に身を任せ、戯言に耳を貸していると騙される。自分で考えないといけない。

思い出

 代表の還暦祝いをやってもらったのは2年前。そのときのプレゼントは赤いボールペンと赤いケース。万年筆も一緒に入れて今も大事に使っている。代表が還暦祝いをやってもらったとき、泣いたでしょうか?泣かなかったでしょうか?(笑)

17111501.jpg

 大事な書物には必ずこのセットを使う。退職願も入学願書もこれで書いた。あのときの嬉し涙がインクだ。

答えは無数

  代表の学生時代の現代国語の教官は生田(いくた)という苗字だった。当時30代前半。いつも白いワイシャツにネクタイ姿。小柄で静かで清潔な印象の方だったが、内部にたぎるマグマをようよう理性で抑えている感は常にあった。実際、「雪が降る寒い夜などは大声を出しながらすっ裸で外に飛び出すこともある」といった類の話を、遠い眼差しでおっしゃることがあった。教師にはそういう人(多面性を持つ人)が多いと代表は思う。

 ある問いに対し答えはひとつではない、という観念は生田教官から教わった。

 生田教官は「例えば、自分の苗字は生田だが、(いくた)じゃないかもしれない」といって、他にどんな読み方ができるか、ひとりずつあげさせた。「しょうだ」「しょうた」「せいた」「せいでん」「うまれた」「うんだ」「いきた」「いきだ」等、学生は面白がって答えた。その結果、訛りまでいれると教室の学生数くらいの呼び方ができたのである。「だから事に対して答えというのはひとつではない。多様な見方ができどれもが真実である。」と国語の教師らしく説いた。

 代表はテストで応用してみた。苦し紛れだが、答えがわからないとき、自分に都合の良い答えを書いて問題の方をボカしてしまうという手口であった。生産工学なんかでは「そういうアプローチも面白いね」なんてことでけっこう高得点をもらったときもあったが、数学ではまったくだめだった。何より現代国語で通用しなかった。魂胆を見透かされていた。

 前置きが長くなったが、本日のひとつめの問題は、このお菓子がなぜ今代表の手の中にあるか?である。いくつの答えがあるんだろうか。

17111401.jpg

「自分で買った」としたならば、こういう商品(いろんな種類を集めて小さな袋に入れたもの)が販売されていなければならないが、あまり見かけたことがない。「拾った」という答えもあるけど、代表は落ちている食べ物は拾わない。「作った」とか「失敬した」とか「しまっていたのが出てきた」とかなんでも答えになるんだが、事実は「もらった」だ。

ふたつめの問題は、これを誰にもらったのか?である。

「家内」「娘」「職場の女性」「同級生」「近所のおばさん」「なにかの景品」「告白とともに・・・」なんてもったいぶっている間に愛想つかされてしまうだろうから急ぐと、くれたのは11月に還暦を迎えた職場の友だち。むろん男。

 先週末に彼のお祝いの飲み会をやったときに、お礼だといって参加者にひとつずつ配ってくれた。一生懸命準備したんだろうね。お菓子を眺めていると、立っていられないくらいべろんべろんに酔って涙でぐしゃぐしゃにした友だちの顔が浮かんでくる。

 さて、みっつめの問題は、代表はこのお菓子を食べることができたでしょうか?食べられなかったでしょうか?たったひとつの菓子袋にたくさんの答えがある。

何もない幸せ

 天気が良くて暖かかったのでバイクで出かけた。

17111201.jpg

 目的地もなく、気の向くままにトコトコと走り続け回り回って、ちょうど神宮大会の試合が始まる時間に近所の大学のグランドに到着。バイクを停め、近くのファミリーマートでコーヒーを買って飲みながら、選手も誰もいないグランドを眺めて応援のつもり。

 なんて素晴らしい一日。バイクってほんとうにいいなぁ。

里芋埋め

 里芋は収穫して時間が経つと干からびてしまうが、親芋に付いた状態で土の中に埋めておくと新鮮なまま保存できるというのをネットで知って、去年はそうやって4月まで美味しく食べることができ、残った芋は種芋に使った。ただし、その方法の難点は掘るのが大変なこと。土の中に埋めておくわけだから、食べるときにはまた掘り返さないといけない。里芋掘りと変わらない。夕食用に1株とか2株分欲しいときにけっこう面倒を感じるんである。

 それで、今年は畑の中に落ち葉を敷いて、その中に里芋を入れて、また落ち葉でサンドイッチするというのをやってみることにした。湿って重い冬の土をいちいち掘り返すことを考えたらはるかに楽ちんになる。だが、もしかすると湿り気がないために干からびてしまうのかもしれない。たぶん行けるだろうと思うんだが、やってみないことにはわからないのでトライしてみることにした。

 今年の里芋。でかくね?

17111102.jpg
[ 続きを読む » ]

ごま完治

 病気療養中だったごまが完治。動物病院の先生から「この病気は長くかかりますよ」って言われていた。短期間で治るのは珍しいことらしい。元々病気とは思えないくらい元気だったが、手が付けられないほど元気になった。

17111001.jpg

 元気になったということは、別れの日が来たということだ。新しい飼い主にも甘えて可愛がってもらいなよ。

来シーズンも東洋大応援

 大学野球シーズンも終わろうとしている。明日から開催される、全国のリーグ戦を勝ち抜いた11大学によるトーナメント、神宮大会が公式戦の最後。時々代表が練習を覗きに行く東洋大は、東都の秋季リーグで優勝したので神宮大会に出場する。代表の声援が効いたと思う。大学の近くの食堂もお祝いの幟を掲げている。

17110902.jpg

 ここでも東洋大が勝ち抜いてくれればいちばんだが、各大学共強いし勝負は時の運。どこが勝ってもいい。1シーズンを通して選手の成長が実感できるのが大学野球応援のいちばん面白いところ素晴らしいところだと思う。

17110901.jpg

 さてさて、東都の秋季リーグ戦の最後に大変なニュースが流れた。東洋大の野球部を46年も指揮してきた高橋監督が交代になるらしい。練習を見ているときにそんな話を耳にしていたが、常にあった話で、どうせまたガセだろうと思っていたが、今回は本当らしい。優勝後のインタビューで本人が公けにした。

 残念だ。代表は監督の怒鳴り声が好きで、自分に説教してくれているんだと思って聞いていたからね。ほとんど毎日練習を見に来ている代表より10歳くらい年配のおじさんの中には、もう何10年もの間監督の言葉を手帳に記録し続けている人もいるが、あのおじさんもがっかりだろう。誰が新しい監督になるんだろうか。

 しかし、それもまた興味深い。監督が代わることによって東洋の野球がどんなふうになっていくのか。このグランドで見ることができるなんて機会は滅多にない。ヤクルトやロッテと同じように東洋大も変化するということだ。来シーズンが待ち遠しくなった。

来シーズンはヤクルトファン

 プロ野球シーズンが終わった。ソフトバンクが日本シリーズを制し、阪神タイガースはセ・リーグで2位となった。代表が応援したおかげだと思う。一年間楽しませてもらった。プロ野球関係者のみなさんありがとう。

17110801.jpg

 さて、来シーズンはどこのチームを応援しよう。別に決まった贔屓はないので、引き続き体質改革に挑戦している阪神を応援したかったが、掛布2軍監督がクビになったのでやめることにした。実は代表は掛布選手が好きだったんだ。
 またつば九郎と原樹理選手がいるヤクルトファンに戻ることにしたいと思う。名ショートだった宮本や広島のコーチだった石井琢朗らが入閣したことでどれくらい変わるのかということも気になるし、なんといっても弱いチームの方が応援のし甲斐がある。当然、パ・リーグは最下位のロッテということで。新任の井口監督の手腕に興味がある。代表はプロ野球の面白さをそういうところに感じている。

よかろう

 寄居カブができた。たくさん種を蒔いたのに収穫はたったこれだけ。大きさもちがい、表面はデコボコ。

17110601.jpg

 だが、よかろう。あれだけ激しい虫の攻撃を受け続けながら、頑張ってここまで漕ぎ着けたなんて奇跡にちかい。寄居カブの頑張りは代表が一番よく知っている。

 ダイコンも育った。これまた生き残ったのは2割くらいで大きさもバラバラ、さらには虫のアタック跡だらけだ。

17110602.jpg

 こちらもよかろう。ダイコンの努力は涙ぐましかった。この厳しい環境下のためにダイコンが変異して人間を参らせるくらいの強い毒性を持ったとしても、代表は食べる。食べてダイコンの努力に報いたい。

 本日の収穫。代表の畑は、ネギとかイモとか、わりに虫に強い野菜しか採れなくなった。葉っぱものが青々とあふれている周りの畑を見るとほんとうにうらやましく、妬ましい。

17110603.jpg

 だが、まあ、よかろう。必ずいつか科学に基づいた新しい栽培法を発明して見返してやるぞ。と思う。

 ひととおり片付いた代表の畑。

17110604.jpg

 あれもこれもとやりたいことを言い出せばきりがない。いい加減さと真剣とバランスが大事だ。この程度でよかろうとしておきたい。

ごま病気療養中

 ごまとしおのうちのごまは、まだ病気が治っていなかったため、残して治療に専念させることにした。ちょっとずつ良くなっている。

17110501.jpg

 元から飼っているきなこ(左)とみーくん(右)とごま。ごまはきなことみーくんを親だと思っているだろうが、3匹の血のつながりはない。それぞれこの家で出会った運命を受け入れているというか、お互いの存在を認め合って暮らしている。

幸せ不幸せ

 畑仕事を終え、午後のひと時をバイクに乗ってスタバに行きコーヒーを飲みながら過ごす。最高の贅沢。幸せだ。

17110401.jpg

 ただ、帰り道で雨に降られてバイク共々濡れる。不幸だ。幸せと不幸せはいつも隣り合わせだ。

僕のオートバイ 僕の畑

 今日は代表と家内の結婚記念日。たぶん30回目か31回目。よくやってこれたと思う。それから、退職願が受理された日となった。ようやっとだ。そして明日は予定がない週末。好きなことができる。

 祝杯だ。

17110301.jpg

 酒は山形の「米の力」。2005年に絞った12年ものだ。うまくないわけがない。人間は酔いたがる生き物だ。酒に酔い、言葉に酔い、音楽に酔う。涙に酔い、孤独に良い、狂気に酔い、酔っている自分に酔う。

 今日のタイトルでピンと来た人はかなりの読書家だと思う。そう。片岡義男の小説『僕のオートバイ 彼女の島』をヒントにしたものなんだね。

 先週までは雨ばっかりで一日じゅう空ばかり見ていたが、明日明後日は久々に晴れる予報なので、代表は、心のままに畑仕事をしてバイクにも乗る、ってのが今週末のメイン・テーマ。その嬉しさをどうにか表現したいと思っていたところに、ふと浮かんだフレーズが『僕のオートバイ 彼女の島』アレンジの「僕のオートバイ彼女の畑」だった。でも、「僕のオートバイ」のところはいいにしても「彼女の畑」にしてしまうと事実じゃないし、ちょっとエッチな感じがすると思って、「僕のオートバイ 僕の畑」にしてみました。よくできたと思う(文章の中にもいくつかタイトルを入れた。自己満足)。

 因みに『僕のオートバイ 彼女の島』は昔(20代)読んだが、何も覚えていない。面白くなかったんだと思う。映画にもなって流行ったし、オートバイという文字に引かれて読んだふりしただけだった。

 代表のこれまでの人生でそういう小説はけっこうあった。少しだけ例をあげると、昔(高校時代)の文通相手はかなりの読書家だったので、彼女に狐狸庵先生とかどくとるマンボウとかサリンジャーなんかの小説を薦められて相当読んだ。が、つまらなくてつまらなくて本当に苦痛だった。でも読んだんだよ。そして「とっても面白かった」って返事を書いた。嫌われたくなかったから。今振り返ってみると、そういうことって無駄にはなっていなかったと思う。耐える訓練にはなったし、半世紀近く経って思い出してこうして利用できる場合だってある。

 ところで、11週末の僕の畑作業だが、玉葱の植え付けとエンドウ豆そら豆の種蒔きだけは終わらせないといけない。昼飯のときはバイクで近所の大学に行って、パンをかじりながら野球の練習を眺めたいと思う。考えると嬉しくて眠れない。

ちょっと一服

 退職願を出そうとしたら、書式がちがうから書き換えてくれって言われた。何か月も前から話してんだから、そういうことは早く言ってほしいよ。それから、「一身上の都合により」の部分を別紙に詳しく書いてくれ、って言われた。そんなこと真に受けて筆を滑らしたらたいへんなことになるに決まっている。書ける訳がない。どこまでも形式的だ。

 気持ちを切り替えるために帰り道にあるショッピンセンターに寄って映画を観た。

17110101.jpg

 それからコーヒーショップで夕飯を食べながら退職願を書き直した。こんなことでは入学願書の方も心配になるが、まあ、そのときは一浪してセンチメンタルジャーニーでもすればいいか。時間があるら大抵のことはできる。