2015年03月の記事 (1/1)

ライフ

 親父が乗っているアクティバンの床が腐ってきたので、、新しい車を買わないといけないんだが、タケシさん家の庭にナンバーを外したままのライフ(ホンダの軽自動車)が置いてあるというので、使わないのなら譲ってもらおうかという話になり、親父と一緒にたずねた。

 タケシさんの息子さんの車で、もう使わないはずだけどいちおう確認してみると言って、埼玉に避難している息子さんに電話してくれた。そうしたら、息子さんが避難先で使う予定でいるという返事だった。

 タケシさんは気の毒なくらいにしょげてしまった。息子さんが避難先でまたライフに乗るということは、しばらく埼玉で暮らす、川内村に戻らない、ということを意味したからだ。申し訳ないことをしてしまった。

 親父の車はまたさがすとして、お詫びということではないけど、息子さんがいつ引き取りに来てもすぐに走り出せるように、代表がばっちり整備してあげた。バッテリーも充電、タイヤに空気を入れ、洗車もしてピカピカにしておいた。

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 いいじゃないの。川内村じゃなくたって。元気で暮らしていれば。ライフという名前は、まさに息子さんにぴったりだよね。
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ひとの駅かわうち案内板

 28日の続き。

 福島県庁で設置してくれた4ヶ所の案内板は、代表が直接頼んで設置してもらったのではなかった。川内村の入り口がわからない人がいるけれども、土地の所有者がいろいろで案内板を設置することが難しいという困り事が、県庁の役人にまで伝わって、県側が自主的に作って設置してくれたのだった。だから、道路標識として規制があるのか、色が白地の反射板に青文字だし、付いていた場所というのは、なんと、福島県の道路標識のポールだった。

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 今は使われていない川内村の施設の案内板を利用させてもらうのでさえ調整がたいへんだったのに、県庁が自主判断で一交流施設の案内板を作って設置してくれるなんてことは、本来有り得ないようなことだったろうと想像する。代表は初めて青い案内板を目にしたときにとても感激した。粋なことをするなと思って。県庁にも熱いハートを持った人たちがいるんだと思った。また、ひとの駅かわうちに、エリート役人に気にしてもらえるくらいの物語性を入れることができたんだという手応えも感じた。

 あとは、10年、20年と、続けるだけだったんだけどねー。そうしたら新しい伝説になるはずだったんだが。いや。もう考えても仕方がない。県庁製の案内板は川内村の存在を知らしめてくれてくれた。それが伝説。それで充分だ。福島県庁の関係者のみなさん、ほんとうにありがとうございました。

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 親父に手伝ってもらって、青い案内板を外した。この案内板は決してこのままにしない。とりあえず今は代表が保管して、必ずもう一度光を当てることを誓います。

本日の代表

5:30 起床。

7:00 メールなどのチェック。

7:15 バイク仲間のハタノさんと近所のスタバで待ち合わせてモーニングコーヒー。

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 ~8:40 諸々情報交換

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9:00 ハタノさんクラシックカーのイベントへ向かう。代表は団地の草取り及び班会議。
 ~10:30

10:45 スポーツクラブで泳ぐ
 ~11:45

12:00 東洋大学へ行き、上武大学との練習試合を観戦しながら昼食
 ~12:45

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13:00 団地の理事会
 ~17:00

17:15 スポーツクラブで運動する
 ~18:30

19:00 夕食&メールなど

20:00 写真整理とブログ更新
 ~21:00

21:30 疲労のためか前後不覚に陥る。就寝。

ひとの駅かわうち案内板(書きかけ)

 今朝は尋常でなく体がだるくて、いつもの時間に起きられなかった。熱があるのか、体の節々が痛んだ。ああ、代表もついに病魔に犯されたのか、と思った。丘の上の家の窓から、遠くを見つめながらコホンコホンと弱い咳をする時が来たのかと、ちょっと悲しくなった。

 でも、どうして病気になったんだろう?心当たりがないが、振り返ってみた。思い当たるふしはなかった。昨日もいつも通りの生活をしただけである。会社の帰りに少し時間があったので、半年振りにゴルフ練習場に行っただけである。

 あ、それか!?ただの疲労と筋肉痛だね。それにしてもダルかった。たった250球でこんなになるとは情けない(^_^;)。鍛え直さないといけない。


  ひとの駅かわうちの案内板は全部で13ヶ所に設置してあった。ひとの駅で設置したのが9ヶ所。福島県で設置してくれたのが4ヶ所。

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 最初はこんなに増やすつもりはなかったんだが、実際に活動を開始すると、道に迷ってひとの駅まで辿り着けなかったとか、川内村の入り口さえわからないというような人もけっこうな数いた。それで、迷いやすい分岐だとか引き返してしまうポイントを聞いて、そういうところに設置した結果、13ヶ所にもなったのであった。

親父またやってる

 親父がまた土木工事してる。代表の家と親父の家をつなぐ坂をいじっている。これで何回目だろうか。5回か、6回か。もっとか。

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 段々にしたり、坂にしてみたり。同じ石ころを何度も並べ替えてきた。石ころをいじるのが目的だから代表がやめてくれって言っても無駄なんだが、そうは言っても坂だと滑って登りにくいから「段々にしてくんちぇ」と訴えてみた。案の定「坂の方がいいんだ!」と言い張って譲らない。いつもはここいらで引くんだが、このときは言い分を知りたくなって「なんで?」と聞いてみた。

 親父が話すには、登り下りで、階段の場合はつま先を上げ下げして段差を越えないといけないが、坂だったらズルズルと足を引きずってもなんとか行けっぺ、ということだった。親父のヒザがあんまり上がらなくなってきているみたいなんだね。いちおう理屈は通っている。

 あまりやさしいところがない親父だったが、一度だけ、小学生の代表がコタツで眠ってしまったときに、抱き上げて離れ(代表の子ども部屋は離れになっていた)まで運んでくれたことがあった。じつは、眠ったふりをしていただけだったので、けっこう体が大きい方だった代表が、目を覚まさないようにとそーっと持ち上げられるのを感じながら、親父もこういうことをやるんだなー、と思ったのだったが、代表を軽々と抱き上げたあの力持ちの親父も、今はヒザが上げるに難儀するほどに老いた。小さくなった。

 動けるうちに好きなだけ好きなように石ころを並べてくれていいよ。いつかは代表が親父を抱き上げる。やっぱりそのときはくるのかな、と思ったりもする。

役場打合せなど

 昨夜は、一杯ひっかけて写真の整理などをやっていたら眠くなってサボってしまった。今宵は呑まないで頑張ります。

 代表と役場とで決めた計画では、今年度末できっちりひとの駅を終わらせる予定だったんだが、ここに来て役場内で話が通っていなかったり検討の遅れなんかというのが出てきて、最後の肝心な詰めのところなのに、進めることができなくなっていた。

 重々わかっていてもついつい愚痴ってしまうが、役所という組織は、決められたことはやれるが、前例が無いことに取り組むのがほんとうに苦手だ。法律や条例、前例に基づかない判断とか決定というのが基本的にできない構造だし、公正性を求められる立場上、本来一番に考慮してほしい個人の感情とか都合というもの、それらを外して事案を処理するようになっている。どんだけやんちゃな人間でも長く役人として勤めれば役人タイプにならざるを得ないし、役人として優秀な人ほど堅物なのである。代表の職場にも、役人だったら出世しただろうなー、と思うのが何人かいる。

 それは理解するが、代表としての立場上、硬直化した見解をそのまま「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。それで、復興課長と一緒に村長のところに行って、直接現状報告をして、「ひとの駅が築いてきた人のつながりが必ず将来川内村の財産になる。そのために、このことで関係者に迷惑がかかるような終わり方をしてはならない。」と訴えてきた。

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 代表の気持ちは伝わったと思う。そのまま進めるようにとのことだったので、代表はまたちょっと元気がでた。

 ついでといっては何なんだが、最近あまり村人の消息とか川内村の状況について書かなかったが、書かなかったというか、書けなくなったというか、書きたくなくなったというのか、自分の気持ちが定まらないのだが、他に書く人もいないみたいだし、みんなが川内村に帰ってあまりの変化にびっくりしても気の毒だから、代表の感想なども混ぜてちょっとだけその辺のことを紹介しておこう。

 まず、美味しいカレーを食べさせてくれたあのカフェ・ダノニーさんのこと。山の幸直売所とならんで川内村のムードメーカー的な存在だったが・・・
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川内村から戻りました

 無事戻って参りました。

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 3月も末だというのに雪がちらつき、風が強くて冷たい中、代表は洟を垂らしながら動き回って疲労困憊。でも、星がきれいだった。やっぱり川内村はいいわ。

白日会展へ行く

 国立新美術館で開催されている白日会展へ行ってきた。

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 同じ場所で開催されているルーブル美術館展はたいへんな混雑だったが、白日会展の方は人が少なく、ゆっくりみることができた。ルーブル美術館展に負けないくらい素晴らしいのに。代表は3回も廻った。

 それぞれの作品の完成度が高く、どの作品もいくら見ても見飽きるということがない。

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 ところが、1回目にじっくり観たはずなのに、2回目に廻ったときに「あれ、この作品、観たっけ?」というのがあった。そして2回目にたっぷり観たはずなのに、3回目に廻ったときに「あれ、この作品、あったたっけ?」というのがあった。

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 名作であっても、自分の心に響かなければ印象に残らないのだった。やはり作品を観るというのは、作家の世界を想像するのと同時に、実は自分を見つめることなんだなと思った。

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 白日会展。おすすめです。

ひとの駅のメール不通のお知らせ

 ほんとうにつながらないNTTの電話サービス。3ヶ月もの間ちょこちょこかけてたんだが、ようやくつながった。

 ひとの駅のメールアドレスを解約しました。以下のアドレスは使えなくなりました。

 「 hitonoeki.kawauchi@navy.plala.or.jp 」

 関係のみなさんとは連絡取り合えるようにしてあるので、ご迷惑がかかることはないと思っていますが、ご不明点ありましたらお電話かCメールをください。着信が確認でき次第こちらから連絡します。

 打合せその他で23日、24日は川内村へ行ってきます。その間ブログは休みます。

老化現象

 代表は、「すごい」という言葉を使うのにすごい抵抗を感じるのであまり使わないのだが、ある会社の社長の退任インタビュー記事1ページの中に、インタビュアーと合わせて「すごい」が7回も使われていたのを読んですごいと思った。

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内訳は、
①「〈すごく〉大変な状況」
②「〈ものすごい〉工夫」
③「力強さを〈すごく〉感じた」
④「〈すごい〉チャレンジ」←インタビュアー
⑤「〈ものすごい〉技術力」
⑥「〈ものすごく〉いろいろなチャンス」
⑦「事業がひろがっているのは本当に〈凄い〉こと」

 「すごい」は「素晴らしい」に置き換えられる感じで、ポジティヴなニュアンスで使われている。

 しかし、すごく【凄く】の意味を調べてみると、
非常に気味が悪い。ぞっとするほど恐ろしい。びっくりするほど程度がはなはだしい。ということなのであった。本来はネガティヴなことの形容に使われるものなのであろう。

 適当に、さっきの7回のすごいと置き換えてみる。

①「〈非常に気味が悪い〉大変な状況」
②「〈ぞっとするほど恐ろしい〉工夫」
③「力強さを〈びっくりするほど程度がはなはだしく〉感じた」
④「〈非常に気味が悪い〉チャレンジ」←インタビュアー
⑤「〈ぞっとするほど恐ろしい〉技術力」
⑥「〈びっくりするほど程度がはなはだしい〉いろいろなチャンス」
⑦「事業がひろがっているのは本当に〈非常に気味が悪い〉こと」

 となって、まるで正反対のイメージになってしまう。

 この社長もインタビュアーもそういう意味で言ったんじゃないだろうけど、正しくはそうなってしまうからしかたがない。そもそも使い方として「すごく」が正しく「すごい」という言い方はまちがいらしい。

 自分の支離滅裂な文章を棚に上げてだが、言葉なんて表面的なことはどうでもいいことなんだが、最近、そういいうことが気になって気になってしかたがない。こういうのが歳を取ったということなのかな。もしかしてこの会社も老化現象なのか。

春になったらクルマの燃費は良くなる?悪くなる?

 答えは「良くなる」だった。

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 クルマの燃費というのは、冬期にいちばん良くなるだろうと代表は考えていたが、まちがいだった。暖かくなるほど良くなる。
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送別会

 本日は同僚二人の送別会だった。ひとりは6メートル先へ。もうひとりは6千キロメートル離れた国へ。

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 代表の職場はほんとうに異動が多いんだよ。代表も今までに10回以上異動している。ただし、代表の場合は半径1キロメートル以内で納まってきたけどね。あと何回動くのかなー。

花粉症は治る

 今年、ついに代表の花粉症が消えた。たまにタラっと鼻水が出るとか、目をこするとちょっとかゆくなるとか、その程度のことはある。が、それ以外はなんともない。薬のお世話にもなっていない。あれだけひどかったのに。これは完治というべきだろう。

 何が花粉症に効果があったのか?あれしか考えられない。そう。米のとぎ汁乳酸菌液だ。あれは効くよ。

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 春って、こんなに心地よい季節だったんだねー。

川内村の新聞社

 ネット上ではゴミ売り新聞なんて呼ばれたりもしている読売新聞が、2014年6~12月の半年間に60万部(6%)以上も販売部数を減らしたらしい。朝日新聞が44万部(5.9%)、毎日新聞が5万部(1.5%)、日本経済新聞が2万5千部(1%)それぞれ減らしたということなので、新聞はあと10年くらいでなくなるのかもしれない。

 代表が週末の早朝に利用する近所のファミレスでは、サービスで、各テーブルに「読みトクキャンペーン」という、一週間無料で購読できることを知らせるシールが貼ってある読売新聞が置いてあって、持ち帰ってもいいのだが、代表は持ち帰らない。ほとんど読みもしない。だって面白くないもの。みんなもそう感じているから販売部数が減ったんだろうなー、と思う。

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 前に書いたっけ?

 信じられないかもしれないけど、あんな小さな川内村にかつて新聞社があったんだよ。双葉タイムス社といって、社主は代表の祖母の二番目の夫だった人で、このあたりの人間関係は複雑なので省略するけど、〇〇おんつぁと呼ばれていた。代表も〇〇おんつぁと呼んでいた。当時もう60前後になっていたと思う。社員はなく社主ひとりだけの極小新聞社だった。

 〇〇おんつぁは、川内村の毛戸地区の裕福な地主の家に生まれた。東京の私学に行って、帰省するときは富岡駅に5,6人の使用人が出迎えるくらいの坊ちゃんだったんだが、親父さんが博打で全財産をすってしまった。一転極貧になった〇〇おんつぁは、川内村の小学校の教師になった。が、甘やかされて育ったので放縦な生活がやめられず、職場放棄してあちこちに女をつくって子供を産ませるとかやりたい放題やって首になり、落ちぶれて、祖母の実家の離れの、県道399号線に沿って流れる小川の傍の、6畳ほどの日当たりの悪い、ちゃぶ台ひとつだけの部屋に居候して住みついていた。そこで、双葉タイムスという、A3サイズくらいのわら半紙1枚のガリ版刷りの新聞を発行して生活していたのだった。

 信じてもらえないだろうけど、代表は双葉タイムス社の営業と集金担当だったことがある。小学校3年から4年にかけての頃だ。そうやって〇〇おんつぁを、つまりジャーナリストという人種を観察していた。一体どういう子どもだったんだろうなー、代表って。

 そんな経験があるもので、新聞という媒体のいやらしい部分や、売文で暮らしを立てることの悲哀、矛盾というものが少しだけわかる。新聞は社会の木鐸を装いながら、金を稼ぐためなら嘘でも悪口でも何でも書く。金儲けの手段だから。読売新聞でも日経新聞でも同じなので、開いてみるといいよ。全部記者クラブでもらった同じ記事で、あとは広告。社説さえも洗脳宣伝広告だから。下心がストレートで恥らいというものがない。それだけ読者を馬鹿にしているのだろうね。

 思い出すなぁ。双葉タイムス社にはよく借金取りが来たが、〇〇おんつぁは「明日集金したら払う。」「村長選挙になったら大金が入る。」とか言いつくろって逃げて、代表が集金してくると、その金を持ってすぐに遊びに行った。わざわざ平まで行って、酒を飲んだりパチンコをやったりして、必ずスッテンテンになって帰ってきた。そんなことを繰り返して、代表が高校生になった頃に性病が脳に転移して死んだ。そのときに川内村の新聞社も無くなった。

 代表は集金が嫌いだった。ふつう子どもがお使いにいけば「えらいねー」とほめられるもんだが、露骨にイヤな顔をされた。どうも〇〇おんつぁのやりかたというのは、契約もしていない家に無理やり新聞を置いてきて、後で集金するというものだったみたいだ。代表もそれを感じてイヤだったが、一軒集金できると10円もらえたので、我慢した。代表も卑しかったのだね。読売新聞や〇〇おんつぁのことは言えない。

幽霊の正体

 Kトラの左のドアの音が一体どこから出ているのか、今日は徹底的につきとめることにした。手でドンドンと叩いて振動を加え、凸凹を走ったのと同じような状態にして音の発生源を見つけようとしてみる。

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 そして、ついにわかったその原因。代表のブログ最大級の写真数で詳しく報告します。
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ささやくKトラ

 代表のKトラは、ドアの内張りを外して走っている。写真だと悲惨な感じだが、代表的には楽しい。

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 なぜこうなったのかというと、まだドア周辺からの音が消えないからで、走行中に音が出たらその場所を特定しようとしているため。ほんとうに小さなテテテテテという、囁くような、プラスチックが振動するような軽い音が出る。

 絞り込んだ末にだいたいの場所がわかった。ウィンドウガラスが出入りする部分のドア側のフランジを、強く押すか引っ張るかすると音が消える。しかし、そのあたりに音がするようなものがない。フランジそのものが振動しているわけでもない。わからない。どこなんだろう?

アルファ・ロメオ4C

 代表が今もっとも気になるクルマ。アルファ・ロメオ4C。

アルファ4C

 エンジン出力250PSで、軽い材料を使い且つ装備を絞って重量を1トン前後で作ったというのが売りなんだが、なんといっても一番の魅力はデザインだ。アルファ・ロメオのデザインは好みではないんだが、それでもぶるっとくる。どこを切りとってもスポーティ。各部品も全体としても、作りやすさや使いやすさといった機能、美しさ新しさ、それらが妥協なく合理的な形になっている。しかも、その中に遊びが感じられる。見事だ。

 所沢に1台あるという情報が入ったので見に行ってきた。
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ひとの駅の電気停止

 本日でひとの駅の電気を断ちました。完全に。あの灯りはもう見られない。

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 ついにカテーテルまで外したって感じ。これまでは復活させることを前提としていたので、電気や電話を一時的に停止したり再開したりということを繰り返してきたが、今回のは解約。東北電力とNTTによってメーターや接続機械がすべて取り外される。近いうちに看板類も撤去する予定。

 こういう終わり方でよかったのかなーという気持ちがある。セレモニー的なことをやって、お礼の気持ちを伝えた上で引導を渡したかったなーと。しかし、できないものはいくら考えてもしょうがないので、そういうことは代表の中でたっぷりやることにして。

 ただ、ひとの駅かわうちのまま解体されるのはなんとも忍びないので、最初からなんにもなかったみたいに魂を抜いてやって、ただの廃校としてやってもらうようにしたいと思った。それが、ひとの駅の消え方としていちばんいい気がした。

Kトラいじり

 代表は機械をさわっているときがいちばん落ち着く(笑)。

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 先月、中学の同級会で郡山に行ったとき、新しくしたKトラで始めて高速を長時間走った。その時にまたビビリ音が出た。万全に対策したつもりだったんだが、いつも出るわけじゃないのに時々出たりとか、大きな段差を乗り越えたときに出るのがあることがわかった。もう、一回気になり出すと気になって気になって。またも音対策です。
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面白き ことも無き世を 面白く・・・東京藝大卒業・終了作品展(また書きかけ)

 この記事も書きかけのままだった。(-"・)>

 他にも「芸術で復興は可能か?」とか『吉田調書(東電の方)』が書きかけなっている。深い問題を考えるにはかなりの紙数と余裕が必要だが、時間と筆力がない。機がくるのを待つしかない・・・。

 では、つづき。

 それにしても、どうして東京藝大卒業・終了作品はこうも面白く、たくさんの人たちが鑑賞しに来るんだろう。

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 コギト。代表の頭に浮かんだ言葉。
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スポーツクラブで汗

 今日もスポーツクラブで汗を流してきた。

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 帰りしな先輩に会った。原発被災地の町長が東電に要望書を渡したことなどが話題になった後、今度一杯飲もうということになった。ちょっと躊躇する気持ちもあったが、学校の先輩の誘いは断れない。楽しみに待とう。

スポーツクラブ通い3年目に突入 続きのつづき

 中断したままになっていました。忘れないうちに書いておかないと。

 おさらい。
代表は学校と寮生活で強烈な個性群に出会って、個性というのは一種の病気だと考えるようになった。以来、どんな個性でも、また、それらが惹き起こす理不尽な事件なども抵抗なく受け入れられるようになった。それから40年後、どういうわけか、スポーツクラブで見かけた人(後に学校の先輩だとわかる)に自殺を図った友だちの面影が重なって見えた・・・。

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 自分のタブーを踏んでしまった感じだが、開き直るわけではないが、現実はタブーばっかりだろう。代表だけでなく、みんな同じ類の経験があるはずだ。それを隠したり曖昧にしたりソフトにしている。そんな自分で自分を騙すようなことをしてはいけない。人の迷惑になるほど正直すぎるのもいけないと思うけどね。

 それで、話のつづき。
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軽トラの燃費、その他

 3月1日から常磐自動車道路の富岡ICと浪江ICも開通し、これで全線つながった。常磐道のみで仙台まで行ける。

 四倉SAで確認した情報によると、今まで下り側にはパーキングしかなかったんだが、テント店が出て、軽い食事ができるようになるらしい。そのテント店をやるのがオオウチさんだということだった。オオウチさん、ついに四倉SAに帰ってくるんだね(もう帰ってきてるはず)。

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 よかったよかった。この次川内村へ行くときは、ぜひとも寄ってオオウチさんに再会したい。そして、鍋を味わいたいと思う。

 高速道路を走った時の燃費は良くなるはずだと思っていたが、軽トラはひじょうに悪い。いつものスピード(時速100~110km)だと1リットルで10kmくらいしか走らなかった。エンジンの回転数が5千も回っているから当たり前か。ほとんどS2000と変わらない。時速90km前後で巡航して1リットル15kmで、全工程の平均が16kmだった。

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 こんなもんだね。家内を乗せるとさらに1kmくらい燃費が悪くなった。燃費向上のためには乗せない方がいいが、そういうわけにもいかない。

 役場に行ったとき、タダシ君が寄ってきて「代表、チタンのシフトノブは夏熱いですよ。」と言ったが、タダシ君、大丈夫。S2000で実証済みだよ。一回ジュっと熱くなるだけで、すぐに汗で冷えるから。のべつ熱いプラスチックのシフトノブよりはるかに快適だ。今度試させてあげよう。

 それから、高速で大きな段差を乗り越えたときにビビリ音が出た。ドアの内部と荷台からだ。あと、シートの背中からもキュッキュッという音がした。原因を見つけて対策しないといけない。

代表の3月の予定

 連絡することがあったため、ひとの駅の事務局だった斎藤昭蔵さんに、しばらくぶりに電話した。

 震災後の新しい拠点となった三春の木楽は、現在はギャラリーはやめて木工教室だけやっているということだった。ギャラリーを切り盛りしていた奥さんのきい子さんは外に働きに出ているという話。昭蔵さんが話してくれた理由というのは「お客さんが来なくなったから」とのことだった。その変化に代表は驚いた。あんなに賑やかだったのに。

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 昭蔵さんが川内村に移ったばかりの頃、商売がうまくいかなかったとき、よく「三春にしておけば・・・」と話した。ほんとうは三春でやりたかったということを、三春だったら郡山に近いから人が沢山来てくれるということを、盛んに口にした。

 昭蔵さんが言った通り、震災がきっかけだったとはいえ、活動の拠点を川内村から念願の三春に移した頃は順調だった。さすが昭蔵さんだなーと思った。地元の人たちが大勢集まって盛り上げ役になっていたし、川内村時代のお客さんが避難先から来てくれていた。

 が、どうしたわけか営業方針が変わっていった。昭蔵さんが木工制作に充てる時間を優先しつつ効率よく利益を上げるというような方向になった。だんだん営業日が少なくなって、それもしょっちゅう変えられた。いちばん大きな変化は個展を受け入れなくなったことだろう。準備がたいへんな割に関係するお客さんが少ない、というのがその理由だったようだ。

 当然作家さんは木楽に行かなくなってしまった。ユニークなギャラリーだった木楽は、なんだか骨董屋そのもののようになってしまったと代表は感じていた。客層が変わって以前のお客さんの足が遠のいて、期待した木工や骨董のお客さんは増えなかった、ということではないのかな。昭蔵さんの口端には「東電の責任」という意味のことがのぼることがあったので、代表が想像するほど単純なものではないのかもしれないが。

 昭蔵さんは、川内村に来て商売がうまくいかなかったときには「三春にすればよかった」と言った。川内村に来る前は「おれが川内村にお客を連れて行くから大丈夫だ」と話していたのだった。昭蔵さんと奥さんの才分を持ってすれば、場所はどこであってもうまい商売ができたろうと思うが、昭蔵さんの宿命なのかな。商売がある程度うまくいくと、自分がやりたいことを優先してしまうところがあるように思う。例えは悪いが、金をつかむと賭場に走ってしまうギャンブラーの姿と重なる。才能がある人は、天分の反面としてのネガの部分も強く表れてしまうと言うことなのかもしれない。

 代表の3月の予定です。
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