2014年10月の記事 (1/1)

代表の11月の予定

 ある日。「ただいまー」と家に入ったら、「お帰りー」と息子の声がした。普段は「うぃーす」とか。「お帰りー」の場合でももっとつっけんどんなんだが。こういうときは何か企みがあるはずだぞ、と思って待っていた。

 案の定、ソファーに座って両手を頭の後ろに組んでしばらく上方を見つめていた息子が、意を決したように「お父さん!」と呼びかけてきた。続けて「パソコン買っていい?」と言った。これだったか。

 「だめだよ」と代表。「なんで?」と息子。「朝から晩までずーっとスマホばっかり見てるじゃないか。自転車に乗ってるときも。これでパソコンまでやりだしたら、完全にオタク人間になっちゃうだからだよ。」と言ってやった。

 息子は高校2年生。高校生になるときにスマホを買ってあげたんだが、以来没頭。スマホに取り憑かれたような状態が続いている。長女と次女も、身を守るためと考えて中学生になったときに携帯電話を持たせ、途中からスマホにしたんだが、身の安全どころか親からの連絡を拒否して夢中になった。息子は、娘たちより待たされた分強く影響を受けた感じがする。

 iphoneを開発したスティーブ・ジョブスは自分の子供にはiphoneを使わせなかったというが、若年の成長段階においてスマホという刺激の強いおもちゃを手にしてしまうことがいかに問題が多いかをわかっていたわけだ。

 でも、代表にとっちゃそんなことはどうだっていい。だって、その程度の道具くらい使いこなせないといけないし、スマホごときにのめり込んで人生ダメになるだとしたら、しょせんそこまでの人生、という考えだから。子どもたちを喜怒哀楽うんと揺さぶって育てたから、たぶんそういうふうにはならないだろうという多少の自信もあった。

「わかってるよ。自分でもこのままじゃいけないと思ってる。」と息子。「(おお!)」と代表は思ったが、ここは息子にしっかり話をさせないといけない場面だ。ぐっとこらえた。

「だから、パソコンをやる時間を一日2、3時間に決める。それから、パソコン代とインターネット代は自分のバイト代で出すよ。」

「それじゃ○○チャン(息子の愛称)がかわいそうよ!」と、突然家内が横から口を出した。

 このバカ者が。せっかく息子に自覚が出てきたというのに、そういう女親の甘やかしが台無しにしてしまうのだぞ。家内の奴、次は何を言い出すかとひやひやしていたら、「いや、いいんだよ、お母さん」と、息子が遮った。「自分で出すよ」。母親は超えたらしい。

「よし。そこまで言うんだったら許そう。だけど、ひとつ条件があるぞ。寝ながらスマホをやらないこと。人間は横になったら眠るようにできているからな。夢と現実の区別がつかなくなる。それから、ちゃんと誓約書を書け。○○(次女)が書いたのがあったろう?あれを参考にして。」「お父さん、ありがとう!あんなふざけたのじゃなくて真面目に書くよ。」

 というわけで、数日後に息子の誓約書が出てきた。

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 『誓約書
  ・けいたいの料金を払う。
  ・1日2~3時間までとする。
  ・電気代が急に上がったら、時間をへらして、その月は何割かもしくは増えた分をはらう。
  ・インターネット料金も半分払う。
  ・寝ながらスマホをいじらない。
  ・上のこと以外にも何か悪いことがあれば追加する。』

 払うと気張ったインターネット料金が半分になっている(笑)。勢いで言ったのはいいが、後で自信がなくなったのだろう。でも、まあ、これくらいで充分だろう。

 代表の11月の予定です。
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ボンネットバスのこれからについて

 そろそろ報告しておかないといけない。ひとの駅のボンネットバスは、郡山市の五百目自動車工業というところに引き取られることになった。そこの代表の横田久雄さんの手で再生されることになった。いや、まだ再生できるかどうかわからないんだが、トライしてもらえることになった。

 ひとの駅をたたむことに決まってから、代表は横田久雄さんと話し合いを重ねてきた。併行して、ボンネットバスを運んできた故遠藤隆之さんのご家族のご意向を確認したり、岩城森林管理署に行って富岡営林署の記録を確めたり、内郷の陸運支局へ相談に行ったりした。代表としてできることは全部やったと思う。あとは信じて委ねるだけだ。

 横田久雄さんは趣味で旧車を再生しておられる。たとえば下の写真のバスもレストアされたものだが、このバスの場合は10年かかったそうだ。

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 元は大滝根山の自衛隊のバスで、基地内に放置されていたものらしい。川内村の盆野球大会に自衛隊チームが参加していたころは、きっとこのバスに乗って来たんだろうね。自衛隊のユニフォームの色は濃いグレイだったような気がする。

 ひとの駅のボンネットバスの製造年は自衛隊のバスより更に7年も古い昭和40年。メーカーは日産だけど、実際に製造したのは富士重工業だから、まだゼロ戦を作った技術者が関わっていただろうと代表は思う。遇って話をうかがいたいものだが、関係者の方たちはご存命だろうか。このバスを運転した人。このバスに乗った人。もしいらっしゃるのであれば、聞いておかなくてはいけないことがたくさんある。ほんとうはひとの駅も残すべきだと代表は思うんだが・・・川内村が決めたことだからしょうがない。

 さて、バスを運び出す日は11月22日(土)に決まった。雪が降る前に工場に入れて錆止めをしておきたいという横田久雄さんのご要望でその日になった。カレンダーを見ると仏滅で小雪。たしかに川内村の11月末はもう冬だ。雪が降ったっておかしくない。矢大臣峠にしても滝根の峠でも雪が降ったら越えるのは難儀だから、なんとか好天になってくれることを祈りたい。ボンネットバスを無事に送り出したら代表の冬支度です。

毒の味

 ソテツというパイナップルを大きくしたような樹がある。海浜の岩場などを好んで生えるらしい。よく南国風の観光地にあるアレだ。

 先週、相談があって四倉のいわき森林管理署へ行った折、少し早く着いたので四倉港を散策した。そうしたら四倉港にもあった。

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 こんなところで、まともに津波を受けたというのに生き残っているなんて。しかも、ビッシリと実をつけている。たわわに実るというのはこういう状態を言うんだろうと思った。強い樹だ。代表は感心した。

 黄金色に熟した実はなにやら美味しそうである。

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 だが、食べてはいけない。ソテツの実は有毒なのだ。そう思いながら眺めていた。美味しそうだ。味わってみたいという衝動がどうにもこうにも抑えられなくなった。

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 自慢じゃないがこの代表、死んだスズメバチの針を自分の体に刺してみたくらいのたわけ者である(痛かった)。震災のあと道端の木の実や野いちごを片っ端から食ってみたおろか者である(歯ぐきから血がでた)。何事も自分の体で試して見ないと気が済まない体質なのである。持って生まれたものはいかんともしがたい。

 こんなんで死ぬことはなかろう。ひとつかじってみた。

 うっ・・・
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イタリアから川内村経由東京

 年代物の木箱に入った怪しげな物体。

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 ひんやり冷たくて固く、指に力をこめて押し続けると、じわーっとへこむ。バターみたいである。が、バターにしては相当重い。全部で30キロはあると思う。これなんだ?

答えは・・・
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K2 Bike Travel 川内村・いわきツーリングの報告

 ちょっと興奮気味。気張って書きたい気分だ。こういう時はいつも失敗するけど(笑)。

 オートバイは奇跡の乗り物だ。自転車でさえ倒れないで走れるのが不思議なのに、あんな2個の輪っかをパイプでつないだだけのものが、エンジンを積んで時速100キロ以上で走れてしまう。もしも燃料が通るラインがリークして火でも点いた日には大爆発だし、タイヤがバーストしたら吹っ飛んでしまう。ネジが一本外れても、意地悪なクルマがいて接触させられても結果は同じ。未熟にしろ意図的にであれハンドルを少しだけ片側に寄せたら道路脇に激突してしまうのだし、その動力性能と運動性能を利用して人に当たって致命的なダメージを与える凶器にもなってしまう。なぜそんな危険な乗り物が売られているのか。理解できない。

 例えば、今、オートバイという乗り物が存在しなかったとしよう。どこかの会社なり個人が、新しい移動車両商品としてオートバイを売り出そうとしたならば、どれだけ社会や経済に貢献しようとも絶対に認可されないだろうと思う。セグウェイやバギー車だって公道を走ることができないのに、もっと不安定でもっと高速で走るオートバイを、保守的な公的許認可機関が認可するわけがない。役人というのは、在るものを無くすこともまたできない。オートバイというのは、気がついたらいつの間にか社会に不可欠なものになっていたという偶然と既存権の連鎖で発達してきたもので、本来存在し得ない、奇跡の乗り物なのである。

 ライダーが意識するしないは別にして、オートバイの奇跡と交われた者は幸せだ。

 体と心が、オートバイという精密機械と一体化し超能力が備わった感覚。自在に移動して人や風景に出遇うという人間の本能が満たされる充足感。仲間がいて、言葉を必要とせず鳥の群れのように美しい編隊を形成する一体感。約束した人がいて、その一点に最速でたどりつく喜びなど。オートバイには数え切れないくらいの奇跡と幸福が危険と一緒に詰まっている。

 やっぱり。力を入れて書いたらここまでで疲れてしまった。はやく報告に入ろう。

 土曜の午後3時。代表は、K2 Bike Travelの皆さんとの待ち合わせ場所の富岡インターに軽トラで向かった。

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 今年初めてだろう。文字通り雲ひとつない空。まるで神様に祝福されたような好天だった。
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川内村から帰りました

 川内村から帰ってきました。

 K2 BIKE TRAVEL 川内村ツーリングいわきツーリングも楽しく終了。代表の時計は電池切れのため宴会の時間で止まったままだった。

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 どおりでたくさん酒が飲めると思った(笑)。詳しい報告は明日に。

今週末はK2 BIKE TRAVEL川内村・いわきツーリング

 K2 BIKE TRAVEL川内村・いわきツーリングはいよいよ今週末。天気予報は土日とも快晴。川内村では、最近宿泊可能になったばかりの毛戸地区の、通さんの幹夫さんのお宅に泊めてもらって地元の野菜山菜で宴会予定で、いわきでは、代表のバイク仲間飛田さんが、彼しか知らないとっておきのポイントを案内する予定。これ以上のツーリングはないだろう。ひと言で表現するなら「プレミアム」。代表と通さんの幹夫さんと飛田さんしかできない、他の人は絶対マネができないススーパープレミアムだ。

 代表は、役所との打合せとK2 BIKE TRAVEL受入れのため、明日の朝川内村に向かいます。したがって金曜夜から日曜日までブログを休みます。

 川内村の山荘オーナーS氏からこんな写真が届いた。

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 震災で崩れたままで長らく使えなかった山荘のピザ窯だったが、ようやく修理が終わったとのこと。この窯で焼いたピザはカリカリのアツアツ。ほんとうに美味しいんだよ。来年あたり、山を走って汗をかいて、ビールとワインでピザパーティというのを一回やりたいね。

 では、みなさんもよい週末を!

川内村報告

 川内村パソコン再登場。

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  昨夜、ちょうどブログを書き始めたところで、マイクロソフトからの例の「WINDOWS8.1にアップデート可能です」という横帯が表示された。このアップデートで、苦労して設定した内容をすべて初期化され困らされたことがあるため、やるつもりはない。なので「あとでアップデートする」にチェックを入れようとしたんだが・・・いつもあるボタンがない。いきなりアップデートしか選択できない状態にさせられていた。これを暴力と言わずに何というのだろうか?今週末に打合せやイベントを控えたいちばん大事なタイミングだというのに・・・。怒り心頭で代表がフリーズ。

強制的に電源を落としてもう一度電源ONしてみたら横帯が消えたので、とりあえずブログ更新できない旨のブログだけは書けたものの、また横帯が!うーん。怒りが収まらない。次回からは絶対マイクロソフトはやめると心に誓う。

 どうしよう?バージョンアップすると、またデータとソフトが消えて、日本語キーボードにが使えなかったり写真ビュアーがおかしくなったり電源が面倒だったりYouTubeが見られなくなったりする。その対策をやると丸一日かかってしまう。そんな余裕はない。

 悩んで床についた。と、川内村パソコンがあったことを思い出し、起きて、チェックしてみたらまだメールとインターネッ トができるのを確認できた。時間ができるまで、当面こちらを使うことにします。

 では、遅ればせながら、川内村報告です。
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川内村行きの報告

 書こうと思ったところにWINDOWS8.1の強制インストールが来てしまった。
 はっきり言ってこれは暴力だ!
 また改めて書きます。

花門で

 マンスールさんの居酒屋『花門』へ行って、Sサイズの赤とオレンジのひとの駅Tシャツを届けてきた。

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 バイトさんのユニフォームが足りないらしい。この次はもっとたくさん届けてあげようと思う。みんなひとの駅Tシャツが似合うんだよ。悔しいけど代表よりも似合う。

 マンスールさんが、平和を願うポーズというのを教えてくれるというので、氷水を被らされるのかと思ってたじろいだが、こういうポーズなんだそうだ。

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 マンスールさんはオバマ大統領から習近平国家主席やプーチンさんまで、こうやって一緒にポーズをとって、その写真をFacebookで紹介する予定ということだった。みんな立場の違いを乗り越えて、お互い尊敬しあって、こうやって肩を抱き合える日が来てほしいね。

 オムライスをご馳走になった。

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 3人前はあったと思うが完食。美味しかった。これで明日は仕事バリバリだ。川内村の報告もしないといけない。

川内村からもどりました

 川内村からもどりました。

 川内村はちょうど紅葉が始まったところ。

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 これから一日一日色づいて、たぶん11月1週目あたりがピークになるんじゃないだろうか。オートバイで走るなら、天気が良くてまだ暖かさが残って落葉する前、来週末がベストだと思う。

新製品ニュース『ひとの駅かわうちリュックサック』を発表

 ひとの駅かわうちは、オリジナル新製品『ひとの駅かわうちリュックサック』を開発したと発表した。リュックサックがお菓子でできていて、おしゃれに背負って出かけて、お腹が空いたら食べることができる。5月に発表した『ひとの駅かわうち式補聴器』に続く、ひとの駅かわうちオリジナル商品の第2弾である。

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 というのは冗談です。実はこれ、次女が誕生日プレゼントに友だちからもらったリュックサック。全部お菓子が入った袋で、セロテープでつないであって、かっぱえびせんの袋をめくるとちゃんと中に物が入れられるようになっている。楽しいね。みんなで大笑い。次女ももう19才になりました。こんなことやってる歳じゃないです。毎日大学とバイトと遊びでフル回転です。

 明日と明後日は川内村へ行くためブログは休みです。

 では、皆さんもよい週末を!

K2 BIKE TRAVEL『心温まる出会い! 福島県川内村「民泊」ツーリング』のこと

 今宵は語らせてくんちゃい。焼酎を飲みながら語ります。

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 あれは、1992年のこと。最大瞬間風速90メートルを記録したOMAR台風がグアム島を襲った年の年末の話。職場の忘年会はグアム島だった。あのとき代表は職場の親睦会の幹事長。

 7人の幹事と一緒に、「もしもみんなを乗せた飛行機が落ちたら会社が潰れる!」とか、「会社として海外での忘年会は前例が無い!」とかの理由をあげて大反対する総務関係者を説得して、○百人のグアム島忘年会を実行した。けっこう話題になったもんだった(もちろん社内で)。

 過去に、まだ創業者が現役バリバリだったころ、京都の祇園を借り切って忘年会をやったことがあったらしいが、それがすでに伝説になっていたくらい当時の忘年会はしらけていた。せいぜい池袋で宴会とか、頑張って近県の温泉に一泊してバカ騒ぎする程度。当然面白くないから参加者する人も少なかった。幹事長になった代表は、「おーし、いっちょおれたちが盛り上げてやっか!」となって、グアム島での忘年会を企画したのだった。

 とはいうもののそんなに簡単にできるほど甘いもんではない。会社は大反対だし職場の連中も「そんなことできるわけがない」と本気にしない。自分が見ないことには説得できないというわけで、幹事2人と休日を利用してグアム島に下見に行くことにした。自費で。まー苦労続きだった。

 グアムに到着して、ホテルのフロントに置いてあるガイドブックから信用できそうなツアー会社を選び、担当者を呼んで打合せをした。米国に本社がある大手ツアー会社のグアム島責任者は、熊本出身の日本人だったが、わけを話すと、「そんなバカな人たちがグアムに来たのは初めてだ」という意味のことを言って、ほんとうにあきれたというアメリカ的なジャスチャーをした。ところが、一途な心は岩をも動かす。心意気に感激してくれて、ツアー会社が持っているネットワークの総力をあげてやってやる、と約束してくれた。年末に○百人の宿泊とパーティの受入れというのはかなりむずかしかったみたいである。

 それから、候補のホテルに行ったり、潜水艦とかサンセットクルーズとか射撃とかゴルフとかのツアーを体験したりして、だいたいのイメージはできた。だが、どうしても宴会に適したパーティ会場が見つからなかった。ホテルではつまらないし、レストランは、グアムでは宴会的な使い方が一般的ではなくて貸切にできなかった。

 しかし、代表はパーティ会場にこだわった。ここが最大のポイントだと考えていた。日本とまったくちがう、日常から180度トリップできる別世界。仕事や人間関係をすべて忘れてはじけられる異空間。その年をしめくくる最高のクライマックスをむかえるにふさわしい雰囲気。そういう場所でないといけない。

 万策尽きて、たまたま昼飯に立寄った、ツアー会社の責任者の友人だというグアム大学の教授がサイドビジネスで経営する大きなレストランの一隅で、「こいつらバカなんだよー」くらいのことを、ステーキやロブスターを食いながら話していたら、教授が聞いていて「ほんとうにおかしな人たちだね。よかったらここを使いなよ。」と言ってくれた。あの一言でグアム島忘年会が決定した。

 早速日本に帰って実施に向けて準備を開始した。金曜夜出発で日曜朝帰りの一泊三日から有休使いの7日間までのプランをつくってリスクを分散させたり、例年より多い旅費を積み立ててもらったりした。そうしているうちにOMAR台風が来てグアム旅行そのものが危ぶまれたりもしてツアー会社と頻繁にやり取りし、まるで自分がツアーコンダクターになった感じだった。もちろん、仕事とそれ以外のイベントもやっていたのでそれはそれはたいへんだったんだが、職場の人たちを喜ばせたいの一心でやった。

 感動的だった忘年会のシーンははしょるが、結果は大成功。トラブルも一切なかった。それからしばらく、グアムで忘年会をやったてのはどんな奴だ?と、わざわざ代表を見に(?)来たり話を聞きに来た人もけっこういた。創業者がやった祇園借切忘年会ほどではないけど、あの時のグアム島忘年会が今も語り草になっている。

 それのどこが本日のタイトルと関係あるんだい?という話だが、つながるのである。

 代表は、仕事もけっこうできる方だが、イベントとか宴会の企画をやらせたら右に出る者はいない(と自負している)。発想が大胆かつユニークで、細かいところまで気を配って、最後まで責任を持って推進する。代表のようなちょっとおだてられると調子に乗って自己犠牲で頑張るバカは少ない。だもので、親睦会の幹事長だけでなくて、いろいろなことを任されてきた。そんな代表から見て、代表の職場に代表の跡継ぎ的人材というのはまだ現れない。人を楽しませられる才能というのは勉強してわかることには限界がある。もって生まれた性質的な部分が大事なのである。

 そんな代表が、ただひとりだけ「この人はすごい!」と思ったのが、友人でK2バイクトラベルを(梶浩之さんと一緒に)主宰する魚屋美智代さんなのである(魚屋だが「さかなや」ではなく「うおや」と読む)。

 代表は、ここ15年ほどでたくさんの川内村イベントを受け入れてきて、その中のひとつで魚屋さんと一緒に仕事をしてきたんだが、彼女ほどスムーズに仕事がやれる人はいなかった。

 常に約束どおりに期待以上の仕事をこなす能力と誠実さ。細やかな気配り。個性的な人と人の間にあって、魅力を引き出しつつつなげるしなやかさとタフさ。相手が一升飲めば自分も一升以上付き合い、しかも呑まれないという酒豪ぶり。加えてキュート。尚且つ代表以上にバイクが大好きで、小さなからだでビッグマシンを操る姿には神々しさすら漂う。

 しかし、代表みたいに偉ぶったり自慢したりしない。じつに自然体なのである。たぶん魚屋さんのツーリング企画が日本でいちばん参加者のことを考えて練られていると思う。

 その魚屋さんは、3.11があってからもずーっと、開催困難という状況にもめげずに川内村バイクツーリングを続けてきてくれた。そして、この秋も来てくれる。それが、来る10月25日(土)の魚屋さん渾身の企画『心温まる出会い! 福島県川内村「民泊」ツーリング』です。

 まだ募集中とのことなので、魚屋さん企画のツーリングを楽しんでみたい方、それから、ほんとうに素のままの、川内村の原点の魅力に触れてみたいという方は、ぜひ参加してみてください。きっと後悔はしないはずです。

 代表は、こんなときなもんだからのんびりしているわけにもいかなくて、いつものように付きっ切りでお伴することができないんだが、ポイントポイントで合流させてもらいます。どうぞよろしくお願いします。

 開けて26日は『地元ライダーと巡る「いわき満喫バイク旅」』になります。

 この日、いわき市周辺を案内してくれるのは、これまたサービス精神の塊の代表の友人です。湯元町商工会の役員で、オートバイ仲間で、VRX(青色LED搭載)のオーナーで、地酒にめっぽう詳しく強く、ミュージシャンで・・・いや、もうキリがないないのでやめときますが、多才で熱くてナイスガイの飛田さん(写真右側)です。

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 いわきを走ったことがある人も気づかない、地元ライダーしか知らないシークレットポイントにいざなってくれるはずです。
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ウルトラショートティー

 折れたティーなんて大抵のゴルファーは捨ててしまう。代表は捨てないで、ショートホールでアイアンを打つときに使う。ちょうどいい長さだ。

 アーミーナイフを研いだもんで、切れ味を試すためにティーの先っちょを削って土に挿しやすくした。ウルトラショートティー。カワイイでしょ!?

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 ロングティーを切らしてしまったので買わないといけない。今はゴルフ場へ行く予定はないけど、お盆やこの前みたいに急に誘われたときに行けるようにしておかないといけない。

整備編改め 自己満足日記 その2

 たまたまだったが、台風が来る前にワイパーを交換してあった強い雨風でもバッチリだった。改めて日本のゴム技術はすばらしいと思った。

 それでは、自己満足の続きです。

 スピードメーターケーブルを外す。

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 最近では距離計も電気式が主流になって、こんなふうにケーブルと歯車で機械的にカウントする構造は少数派になってきたんだが、やっぱり機械式はいいねぇ。構造が見えるというのはいい。安心する。なにかトラブルがあってもある程度なら自分でやれるし。プリント基盤とトランジスタの塊では何もできない。
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整備編 その1

 きょうは世間様は祝日なのに代表の会社は出勤日だった。国民の祝日は休むように法律で決めてほしい。これでは祝日の意味がない。それに、ただでさえ団地の仕事が忙しかったのに加え、理事で一番若いもんだから、どんどん役割が増えて呼び出される回数が多くなってきた。自由な時間が益々少なくなった。たいへんにまずい。

 お待たせしました。代表の機械整備シリーズ(待ってないって・笑)。改め、自己満足シリーズ。今回は、代表の愛車S2000のワイパーのラバー交換から紹介しよう。

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 前回交換したのはいつだったのか忘れたが、3年くらい経っているかもしれない。気が付いたらボロボロ。右も左も切れてしまっていた。
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知ってた?

 この前川内村から埼玉に帰るとき、急に朝早く出ることになったもんでガソリンを入れられなかった。そんな時間に給油できるガソリンスタンドはただひとつ。茨城県の友部サービスエリアだけだ。

 S2000のフューエルメーターは途中で給油マークが点灯。

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 だが、代表は慌てなかった。なんでか?なーんでか?それはね。給油マークが点灯してから50km走れることを知ってたからなんだよ。

 給油マークが点灯したのを確認すると同時にトリップAを0にリセット。そこから友部S.A.に到着したときの距離は22.7km。あと約27kmも走れるから余裕。

 この、リザーブに入ってから約50km走れるような設定は、どんな車でもバイクでも一緒で、元々はアメリカの基準からきている。アメリカはだだっ広くて、荒野でガス欠になったら死活問題なので、アメリカでも50km走れば必ず1軒はガソリンスタンドがあることから、リザーブで次のガソリンスタンドまで走れること、というのが基準になった。

 日本はガソリンスタンドが多いから余裕だが、震災後しばらくの間、いわきインターの近くと川内村のタケちゃんのガソリンスタンドの間の50kmには一軒も無かった時期があってヒヤヒヤだった。タケちゃんのスタンドのおかげでずいぶん助かった。

頭使った

 一昨日昨日とブログを休んであることを集中してやった。なにかというと、ボンネットバスを延命させるための諸々の作戦練と書類作成。頭をうんと使う必要があったため、他のことができなかった。

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 これからたくさんの人や機関との調整を重ねなければならない。それに影響する部分もあるのでまだ詳しい内容について報告できないんだが、要は、喪失した戸籍をもう一度取り戻すための曲芸とでもいうのかな。常識的にはそんなことは不可能なんだが、可能性がゼロということではないのでやってみることにした。みんなも応援してください。

 何度かブログで書いたが、ボンネットバスをひとの駅に運んだのは隆之さんだ。だからいわば形見みたいなもんだ。長く屋外で物置として使われていたため運ばれてきたときすでに相当傷んでいたが、いつの日かもう一度走らせたいと隆之さんは話していた。隆之さんのご恩に報いるためにも、自分がやれるだけのことはやっておこうと、代表は決めた。代表が動いてダメだったら誰がやっても不可能だってことだからあきらめてもらうしかないが、願わくば隆之さんにこのバスに降臨してもらって、うまく行くように霊力で後押ししてもらいたい。

 ところで、同級生のノリオ君から6日のブログを読んでということでメールが届いた。ノリオ君の親父さんも営林署で働いていたから、ノリオ君も間接的に川内村の林業の盛衰を見てきたわけだが、彼の話では、このボンネットバスは川内村用ではなかったんじゃないか?ということだった。

 仕事場である山へ行く道は狭くて悪くてとてもバスが入れるような状態ではなかった。だからみんな自転車やオートバイで行くしかなかった。代表の親父もオートバイだった。オートバイで山の入り口まで行って、そこから3、40分歩いて現場に到着という感じだった。したがって、川内村で作業員を運ぶような使われ方はしていなかっただろう、と。ノリオ君も記憶がないと。そうすると、このバスはどこでどんな使われ方をしていたんだろうか。

もう一度走れるようになって、このバスを見て「若い頃乗ったよ」なんて人が現れてくれないかな、と思う。

富岡営林署のバスだった

 ひとの駅に置いてあるボンネットバスには富岡営林署のプレートが貼られている。登録年は昭和40年と記録されているから、代表が10歳の時だ。その頃、こういうバスが新車で、営林署の職員や作業員を乗せて川内村を走っていたわけだ。

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 「富岡」と「営林署」。今となってはどちらも懐かしい響きを持った言葉だ。

 以前も紹介したことがあったが、川内村は「天領」と呼ばれる江戸幕府の直轄地だった。なぜこんな僻地が天領になったのかというと、相馬藩と平藩とが領土争いをしないように緩衝地帯として設けられたからだという。おかげで川内村の人たちは山林を自由に使うことができた。他所に行くとよく目にする「私有地に付き立入り禁止」の看板が無いのは、山林はみんなのものという不文律が川内村にはあるからだと思う。

 大政奉還によって江戸幕府から天領を引き継いだ明治政府は、国有地として立ち入り禁止にした。川内村民にとっては死活問題だったので、明治政府を相手に裁判を起こした。艱難辛苦の末に勝訴。そのほとんどを村有地にできたのであった。しかし、犠牲も大きかった。初代村長は訴訟の先頭に立ったが、結果的に全財産と命を失った。それがあっての川内村なのである。

 太平洋戦争後、多額の裁判費用を賄うためと、建築資材とエネルギー不足に応じた動きとで木材の需要が増え、川内村は原生林を片っ端から伐採して売った。林業従事者が川内村に入ってきて、それに伴って2次産業3次産業も活況を呈して川内村がもっとも賑やな時代を迎えた。映画館が2つもあったんだから。代表の親父もそのときに製紙会社の山の管理人として茨城県から川内村に来た。そういう活気が続いたのが戦後25年くらいまでだったか。

 やがてブームが去って、川内村の林業は衰退した。富岡営林署は大きな組織だったが、無くなってからもう40年くらい経つんじゃないだろうか。ボンネットバスはその時代に連なって多くのことを語りかけているが、この辺でご苦労様と言って眠ってもらった方がいいのか、醜い姿を晒させてでもまだ語り続けてもらった方がいいのか。代表は悩む。

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 「こんな醜い姿を晒したくない。もう楽にさせてくれ。」とバスが言う。泣いて訴えているようにも見える。代表もそうしてやりたいと思う。同時に、本心は残りたいんだというバスの気持ちも感じる。だが、残れというのは醜い姿を晒せということと同じだから、辛さを強いることになる。バスにとってどっちが幸せなのか。

 それをバスに言わせてはいけないんだと思う。代表が腹を決めて、バスに言ってやらないといけないことなのだ。

ある日の代表

 昨日は一日団地の会議。今日は朝から雨で、予定されていた地域の運動会が中止になった。喜んじゃいけないんだが、思いがけず休みになってうれしかった。土方の心境だ。

 朝7時。近所のスタバに開店一番乗り。

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 同級生にメールを打っていたら、川内村の復興の問題点という真面目なテーマだったので、時間がかかって12時になった。スポーツジムへ行って軽く泳いでサウナで汗をかいた後、近所のイタリアンレストランで昼食。酒が飲みたくなり、ついつい昼ワインを楽しんでまったりしてしまう。

 家にもどって酔い覚ましに掃除洗濯をする。それから、同級生に井出勝子先生から預かった手鏡を送る準備をした。はっさくの『ふるさと』をコピーして同封しようと思い、CDを取り出してチェックしたら、いつの間にか少女時代の歌が上書きされてしまっていた。犯人は誰?原因不明。しかたなく。CDは改めてということにして手鏡だけ送った。

 子どもたちはバイトだったり出かけたりで、家内もバイトで遅くなるから夕飯は一人で済ませるように言われていたのを思い出し、ゴルフ練習場→スポーツクラブ→夕食というコールにしようと思いまずゴルフ練習場へ。2時間かけて250球打ち、次はスポーツクラブへ。ストレッチング、ウェイトトレーニング、ランニング、スイミング、サウナとフルコースで汗を流して、夕食はコンビニ弁当を買って食べた。

 それまでに届いたメールに返信したり資料の整理したり打合せの日程調整をしたり風呂を沸かしたりしているうちに息子や家内が帰ってきた。代表の週末が終わった。明日からまた仕事が始まる。休んだ気がした。
 

粗探しが好き

 次女が高校時代3年乗った自転車は中国製で、デザインが気に入って近所のアサヒ自転車で買った。少し前に後ろのタイヤがパンクしたまま走ったためにリムがボコボコになった。修理しようとしたんだが、もう乗らないというので分解してみた。

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 部品ひとつからから実に様々なことがわかる。やっぱり中国製だなーと思った。見えるところはそこそこの仕上げだが、見えないところは手を抜いてある。例えばボルトの材料。ナマクラだしメッキもいい加減。そういう誠実でない部分と技術的レベルが低いものとの集合体だ。中国もいつまでもこの状態のままではないと思うが、現在はそういうレベル。

 ところが、中国製品ばかり馬鹿にできないんだよ。たとえば日本一の大企業ト○タの場合でも、20年前のカローラの見えない部分は徹底してチープだった。ドアの内貼りを外してみると引き千切ったみたいなプレスのバリが残ったドアパネルがむき出しだったものだった。自分たちで「見栄えのト○タ」と定義して、見えるところにはとことんこだわって高く見せるが、見えないところは何をやっても許される。それが技術というものというのがト○タ哲学。さすれば商品を安く提供できるため、結果的にお客のためなんだ、社会正義なんだ、という理屈。たしか10年前の経済誌では、「見栄えのト○タがついに見えるところまで安っぽくしてしまった」とト○タのOBが嘆いていた。企業風土はそうそう変われるものではない。

 どさくさに紛らせてついでにバラしちゃうが、じつはひとの駅にもそういうところがあった。本来校舎の壁の中はモルタルで埋めて耐火構造にしないといけないんだが、中は空っぽだった。そこに廃材と一緒に、モルタルを固定する金網が丸めて捨ててあったから、よもや事を忘れたということではないだろう。

 また、体育館の屋根のトタンは端切れが使われていたために雨漏りがしていたし。あってはならないことだが、現実にそうなっていた。新しいかわうちの湯にもそういうところが見える。粗探しが好き。

 バレなければOK実害が発生しなければOKという狡さは、国民性とか企業風土とかの問題じゃなくて、人間という生物の本質なんだろうと思うよ。ちょっと腹が立つくらいで済んでいればいいけど、損害を被るようになってはたいへんだ。そうならないために、代表は騙しや手抜きを見つける眼を養っている。かえって知らない方が幸せなこともあるけどね。

夢幻

 あれ?ここはどこ?代表が立っている場所は、もしかして、ゴルフ場?

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 ついに幻覚を見るようになってしまったのか。それとも、ほんとうのゴルフ場なのか。スコアはOUT48、IN41だった。ついでにもうハーフ回ったが、疲労のために記憶喪失。なんとも夢か現実かわからない、しかし、気持ちの良い一日だった。

オートバイ仲間と飲み会

 鹿児島にIターンしたオートバイ仲間が上京したのに合わせて飲み会をした。場所はいつものマンスールさんの居酒屋花門。安くて美味しくてヴォリュームとサービス精神たっぷりの店で、自宅から遠い仲間もいるんだがこういう宴会の河岸として世界中で競合する店はない(きっぱり)。

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 オートバイに乗っている人は、オートバイに興味がない人から見たら「ロマンチスト」みたいなイメージがあるのかもしれないけどとんでもない。全部ではないが半数くらいはオートバイという乗り物と人生を天秤にかけてオートバイを選んでしまったようなゴリゴリのエゴイストだ。

 オートバイ命。欲しいオートバイを衝動的に手に入れ、どこかに行きたいとなったら仕事も家も放り出してウォン!とエンジン音を残して走り去ってしまうような、オートバイはコントロールできるが自分はコントロールできない、物欲と快楽欲の権化のような人種なのである。代表の周辺には人間失格といってもいいくらいの人も少なくない。

 だからといって悲壮なのかというと、そうではない。極貧というわけでもないし社会に迷惑をかけているわけでもない。冬の泥川にしゃがみこんで凍るのも忘れて両手の中の小魚をいつまでも玩んでいるみたいな、すべて忘れて興味があることに没頭している5歳児くらいの可愛さ、聞き分けの無さ、憎めなさといったものとまったく同じで、ひと言でいうとしょむない連中なのである。

 ここまで書いて眠くなってしまいました。おやすみなさい。また明日。