2014年01月の記事 (1/1)

帰村宣言から2年

 2年前の1月31日は川内村が帰村宣言をした日だ。写真はそれを伝えるTVの映像を撮ったものだ。

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 賛成の人。反対の人。どちらにも決めかねている人。様々だった。そういうところをよくテレビが深刻そうに取り上げていた。早いなぁ。あれからもう2年か。

 ひとの駅かわうちの防災設備の検査を受けるため、31日、2月1日と川内村に行ってきます。したがってブログは休み、メールの返信も2日の夜以降になります。

 ようやく常磐高速の広野~富岡間が再開通したので通ってみたいと思う。

 川内村、寒いだろうなー。
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東京藝大卒業・修了作品展へ行く その4(終わり)

 誤解がないように断っておかないといけない。美大毎に卒業作品の傾向に違いがあるなんてことはほんとうならありえないのである。なぜなら、作品を制作するのは美大ではなく学生だから。美大生の個性は校風や教授の影響を受けて変わるようなものではないだろうし。

【写真 2014年東京藝大卒業・修了作品展より】
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 そういうわけで、美大毎に何らかの傾向を感じるとしたら、それは思い込みなのである。東京藝大にしたって、フェノロサと岡倉天心を奉って、まして日々二人を喜ばせようなどと心がけながら作品を制作している学生はいないと思う。

 そうは言っても、代表は感じるのである。東京藝大卒業・修了作品展にあって武蔵野美大卒業作品展にないもの。また、その逆のもの。そういったものがたしかにあると、そう思うのである。
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東京藝大卒業・修了作品展へ行く その3

 東京藝大卒業・修了作品展へ行くときに東京藝大の成り立ちについて知ることは無意味ではない。

 東京藝大創設者のひとりアーネスト・フランシスコ・フェノロサ。1853年生まれのアメリカ人。

【アーネスト・フランシスコ・フェノロサ】
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 この人がいなかったら藝大どころか日本文化そのものが残っていなかったかもしれない。誇張ではなく、全国の寺の仏像は薪にされて灰になっていただろうと思う。明治は、政府の西欧文明崇拝と神道に権威を与える政策とで、寺の僧侶が神官にさせられるくらいの激動の時代だった。繊細な日本古来の文化はその渦中で消滅していたに違いない。

 その流れを止めたのがフェノロサだった。アメリカにも西欧コンプレックスはあったはずであり、アメリカ人だからこそ見えた西欧文明に侵食される日本国の危機的な姿というものがあったのかもしれない。また、日本文化の衰退に待ったをかけたのが日本人ではなくアメリカ人だったというのも皮肉な話なんだが、アメリカ人の発言ゆえに日本側が受け入れたという日本人の欧米コンプレックス的側面はあったと思う。しかし、フェノロサは実際に行動を起こしたのであり、その動機に一切の打算はなかった。日本の美術を守りたい一心の曇りのないものだった。

 ハーバード大で哲学を学んだあとボストン美術館の絵画学校に入学したフェノロサは、1878年9月25歳のときに東京帝大の求人情報を見て渡日する。来日してすぐに、仏像や浮世絵などの様々な日本美術の美しさに心を奪われ、東京帝大で哲学と経済学を教えながら、古美術品の収集や研究を始めると同時に鑑定法を習得し全国の古寺を巡った。

 やがてフェノロサは、日本人が日本美術を大切にしていないことに衝撃を受ける。日本人が考える芸術は海外の絵画や彫刻であり、日本古来の浮世絵や屏風はゴミ同然の扱いだったらしい。

 ここでフェノロサは、日本美術の保護と復興に立ち上がる。自らの文化を低く評価する日本人にいかに素晴らしいかを説いて回る一方で、文部省にかけ合って美術取調委員となり、学生だった岡倉天心を助手にして、京都や奈良で古美術の調査を開始した。

       【岡倉天心】
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 その当時誕生した長男にはカノーと命名している。もちろん日本の絵師集団狩野派の狩野だ。フェノロサ自身のちにキリスト教を捨てて仏教徒になった。そこまで日本文化と日本美術の虜になっていた。

 そうしているうちに想いはさらに強まる。「浮世絵や仏像など過去の作品ばかり振り返っていてはダメだ。日本人は新しく芸術を生み出すべきだ。」と考えて、1888年、文部省職員になっていた岡倉天心といっしょに日本初の芸術教育機関、東京美術学校(現東京藝大)を設立する。岡倉天心が初代校長となり、フェノロサは副校長に就いて美術史を講義した。ようやく東京藝大が産声をあげたわけだ。

 しかし、東京藝大誕生の最大功労者フェノロサは、1890年に日本政府との契約が満期終了となったため、帰国してボストン美術館東洋美術部長に就任する。それ以降も日本美術の紹介に尽力しつづけたものの、1908年にロンドンで開催された国際会議の滞在中に心臓発作で急死してしまう。享年55歳。戒名は「玄智院明徹諦信居士」。分骨された遺骨が琵琶湖を見渡す三井寺・法明院に埋葬されている。

 以上が東京藝大ができるまでの経緯だ。東京藝大の学生にはフェノロサと岡倉天心の「日本の文化を大事にして、日本人自らの芸術を生み出してほしい」という希望が託されているわけで、藝大に在籍する以上そのことを背負わざるをえないのだと思う。その藝大生に託された願いへの答えが、希望や十字架となって、作品中に落とされたのが見つかることがある。それを探すことは東京藝大卒業・修了作品展だけの楽しみ方だと思う。

つづく

東京藝大卒業・修了作品展へ行く その2

 まず最初に言いたいのは、芸大の皆さんは魅力的だということ。女性は美しく、男性には爽やかな印象の方が多いのである。これはほんとうだ。

【写真 2014年東京藝大卒業・修了作品展より】
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 美しい人が美しい芸術に関心を持つようになるということなのだろうか。あるいは、美しいものに関心を寄せる内に自分も美しくなるということなのだろうか。それとも、自分を美しく見せることができる術を知っているのであろうか。

 代表は、彼らの内面の美しさが自然に表情やしぐさに出てくるのだろうと思っている。なぜ内面が美しいかといえば、作品を制作することはつまり自分の内面を形にすることだから、必然的に良い作品をつくろうとする過程で精神が磨かれるからだと思う。美術は武道や華道と共通するものがあるのかもしれない。思えばムサビの学生さんたちも美しかった。
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東京藝大卒業・修了作品展へ行く

 なぜか東京藝大卒業・修了作品展へ行く日には強い風が吹く。今日も午前中は穏やかだったが午後から冷たい風が吹き付けた。

 いや~、やっぱりこの作品展がいちばん面白い。素晴らしい。

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 何がどう面白くて素晴らしいのか、代表の浅学と拙い言葉では到底伝えられないんだが、恥をしのんでトライしてみようと思う。

ある日の代表・・・1月25日(土)

 6時起床。仕事がある日は起きるのがつらいが休みの日はすんなり起きられる。仕事も嫌いなわけではないいんだが、やっぱり心の奥に仕事は厳しく遊びは楽しいという気持ちがあるんだだろう。

 近所のファミレスへ行く。7時過ぎたらスタバへ。その前だったらガストだ。

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 コーヒーを飲みながら郵便物や資料なんかをチェックしたり、予定を確認したり本を読んだり。この時間がいちばん落ち着く。

 7時30分。ガストを出てスタバヘ。ドライブスルーで子どもたちに頼まれているキャラメルフラペチーノと抹茶フラペチーノを買い、家にもどる。
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余裕がないのだ

 ようやく一週間が終わった感じ。いつもやり残しができてしまってスキっと片付かない。だもんでココロの余裕というものがない。

 今日は三芳町のホンダのパーツセンターに寄って注文しておいたKトラの部品を引き取ってきた。ここは在庫があればすぐに買えるし、在庫がないときは2日で取り寄せてくれる。助かる。

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 Qトラの整備が終わったので、いよいよ本格的にKトラの方の整備開始だ。代表の好みに合わせていろいろとセッティングしないといけない。詳しくはまた改めて報告ということで。明日は東京ドームに『東京国際キルトフェスティバル』を見に行ってきます。明後日は東京芸大だ。忙しい忙しい。

追徴金

 昨夜は雪に変わるような天気予報だったんだが、結局降らなかった。会社が休みになるくらい降ってほしかったのに残念だった。

 川内村役場住民課から代表の携帯電話に税務係のT君の声で「連絡くんちぇ」と留守録メッセージがあった。

 いつも申し訳なく思っているんだが、代表の職場は個人の携帯電話を持ち込むことができないので仕事中は電話を受けられない。仕事専用の携帯電話もあるにはあるものの、番号を知っている人は少ないし、第一組織変更が頻繁にあってしょっちゅう電話番号が変わってしまって受信用としてはあんまり役に立たない。そういうわけで、週日の着信については仕事が終わってから代表から電話をかけなおすことで勘弁してもらっている。代表もボランティアだからやむをえない。休日はOK。

 とにかく何事かと思って今日役場に電話したら、係長から「平成24年度分の固定資産税の納税金額が不足している」と言われた。あらら。ひとの駅の方じゃなかったの(笑)。村税は指定期限内に一括で納税すると少し割引してくれるんだが、納めたときにはすでに特典期限を過ぎていたらしく、その遅延分がなんと60円だったという説明だった。驚いた。

 代表は社会人として真面目な方だから義務は守る。税金はうっかり忘れ以外は毎年正直にきちんきちんと納めている。また記憶容量が限られているため、納付した時点で古くなったアイテムとして脳から消去される。バケツだと思ってもらえばよい。あふれた分は流れて消える。そういう単純な構造だから、記憶に残ってないということはきちんとやったということなんだが、頑張って思い出してみると、たしかあのときは納税通知が届いたのが特典期限を過ぎていた気がする。それは代表の責任ではないので、それども大丈夫ということなんだろうと思ってそのまま納税したような気がする。記憶ちがいかもしれないが、そうだとすれば辻褄が合う。

 しかし、そんなことより驚いたのは、だ。(24年度には納税通知書の発送が遅れたかもしれないくらいに混乱していたであろう)役場が、たかだか60円の未納分を追徴するまでになったってことだ。要はそれくらいまでの通常業務状態にもどったことの証だろう。そっちの方の驚きだった。ついに震災の異常時を乗り切って余裕がでたところまできたのかもしれない。

【写真:帰村した頃の川内村役場】
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 そういうわけで、係長が「振込用紙を送ります」と言うんだが、わざわざ60円のために役場と郵便局と銀行を煩わすのもなんなので断って、どうせ防災設備点検の立会もあるしJAに行く用事もあることだし、代表が直々に行って納税しつつ役場の様子を観察させていただくことにした。1月31日。10円玉を6個握って役場に行きたいと思う。

雪かな?

 埼玉も今晩は雪かな?

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 疲れたので寝まーす。ふー。

笛を吹くQトラ

 また軽トラの話題で恐縮なんだが、代表のQトラは笛を吹く。ラジオの放送のことなんかではない。Qトラ自身が笛を吹く。

 正確に言うと「ヒョ~ヒョ~」と笛のような音を出す。代表がこのQトラを手に入れたときからずっと、きまって時速60kmを超えたあたりから、左側のドアバザー付近でそういう音が聞こえていた。そんなふうに笛を吹くのは代表のQトラだけだ。

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 原因はわかっていた。部品の間の隙間なんかに速い空気の流れができた場合に、ちょうど笛を吹くような按配になって音が出ることがある。「笛吹き現象」といったりもするんだが、代表はトラブルだとは考えないで修理もせずに演奏を楽しんできた。

 でも、他の人にとっては耳障りだろう。なので音が出ないように、ドアバザーを外して、ドアバザーとドアの間の古いゴムをはがし、新しいゴムを隙間ができないようにていねいに貼った。それで音が消えた。60kmを超えても、エンジン音とシューっという風きり音とザーっというタイヤの擦過音しか聞こえない。ちょっとさびしい気もしたが・・・。

 これで、もうQトラにしてやれることはぜんぶやった。あとは待つだけだ。ふたりの工房に届けるその日を。
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武蔵野美術大学の卒業・修了制作展へ行く

 今日は風が冷たかったー。昨日が今日じゃなくてよかった。昨日はまたQトラの整備で、ブレーキの減り具合をチェックしたり、ドアバイザーとドアの間のゴムを交換したり、鳥居とボディの錆に塗装したんだが、もしも今日だったら塗装はできなかった。代表のQトラはいじればいじるほど若さを取り戻し、別れ難くなる。

 本日は武蔵野美術大学の卒業・修了制作展へ行ってみた。代表のところからだと、西武新宿線の新狭山駅まで車で行って、そこから東村山を経由して鷹の台駅まで。トータル1時間くらい。

 電車に乗ったらクロッチがいた。

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 クロッチに会ったのも久しぶりだ。絵本やアニメに出演してから、しばらくして東京国際キルトフェスティバルでパッチワークになったクロッチにばったり出会ったりしたことがあったが、なかなか役に恵まれないみたいで下積みが長いね。でも、元気そうでよかった。お互いに頑張ろう、と声をかけた。
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家族で食事

 代表は中学を卒業して川内村から地方都市に出てしばらくの間、一人で外食することができなかった。恥ずかしかったからだ。バスに乗るときも電話をかけるときもとても緊張した。二十歳の頃にようやくそういうことが人並みにできるようになった。

 3人の子どもたちにはそういう苦労をさせたくないと考えて、赤ん坊のときから人ごみの中に連れ出した。周りの人に申し訳ないと恐縮しつつ、レストランとか喫茶店とか、イベントやパーティーなんかにも連れて行った。その甲斐あって人ごみの中でも物怖じしない、よく出かけよく遊ぶ子どもたちに育った。

 そんなことで代表のところはよく外で食事をする。今晩も近所のレストランにうなぎを食べに行った。

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 メンバーは長女をのぞく4人。長女も誘ったんだが、この日は友だちの誕生日祝いがあって参加できないということだった。彼女もいつも遊びで忙しい。

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東京ビッグサイトへ行く

 有明の東京ビッグサイトへ行って技術の見本市を見てきた。歩き疲れた。

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 技術屋は頑張っているが、久しく世界を一変するような画期的な発明がないなぁ。

 こことか羽田へ行くといつも感じるんだが、モノレールの座席は子どもでも窮屈なくらい狭いし、近隣の食べ物屋が不味くて量が少なくて高い。全てがせこくてなんだかとっても惨めになってしまう。外国からたくさんお客さんがみえるんだからもっと日本のイメージが上がるようなものにしてほしいね。

代表の1月の予定の変更のお知らせ

 こんなに短いタイトルなのに「の」が4つも入ってしまった。ちょっくら1月の予定を変更します。

1月11日(土)車整備、他
1月12日(日)↑

 ここまでは予定通り終了。

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 以下変更します。
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代表の新しい軽トラ その5・・・軽トラから学ぶ資本主義

 こんなところにこんなダイヤルがKトラにはある。Qトラにはない。何に使うかわからないでしょう?代表もわからなかった。

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 これは、ヘッドライトの光軸を下向きに変えるダイヤルなんだって。つまりハイビームの逆。

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 なんでこんなものが付いたかというと・・・
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花門で新年会

 先週、14日に花門に行くぞーって書いたら、バイク仲間が集まってくれた。

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 急きょ新年会。みんな、早くかわうちの湯に入りたいそうです。

2013年最後の夕食

 今年の年末もだれも里帰りしなかったので、代表はひとりで年越しをした。ひとりだし、夕ご飯は電子レンジでチンすれば食べられるやつにレトルトのカレーでもかけて食うかと考えていたとき、時々いわなの郷のイベントを手伝う近所のおじさんが余った岩魚を届けてくれた。ストーブの上で温めて食った。スモークした感じになって絶品だった。

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 酒は、川内村の新米で作った白濁液。友だちにもらった。

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 甘くて強くて懐かしいスパークリングに気持ちよく酔った。思いがけなく2013年の最後の晩餐を飾るにふさわしい食卓になった。

 2014年は常磐道が再開通する(復興課長の専攻情報より一ヶ月遅れたが)し、かわうちの湯も再開する。あとは・・・

代表の新しい軽トラ その4

 代表のQトラはもう少しで10万キロになるが、絶好調だ。塗装にツヤが無くなって、ところどころ錆があるのはしょうがない。なんせ14年も屋外で風雨と紫外線に晒されてきたのだから。

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 しかし、エンジンは滑らかに回り、サスペンションはスムーズに動く。ボディにヨレや軋みは一切ない。まったく丈夫な車だと感心する。代表の人生のほぼ5分の1を共にしてきたもので、体の一部のような感じもする。いい車だ。

 残り少ない時間を惜しむように代表はQトラと過ごし、愛馬の毛づくろいをするように磨いている。Qトラとの別れの日が刻々と近づいている。

 Kトラとの変化点は細かいところまで梶江あげればきりがないので、エアクリーナーの吸い口を紹介し、その後もうひとつ、なぜ車は変化するのか代表の考えを買いて書いて終わりにしたい。
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水道管トラブル

 毎年給湯器が凍結する。きちんと水抜きしているはずなのにどうしてななのかわからなかった。代表が風呂の漏水を対策したことでようやくわかった。水道の本管から給湯器へ分岐するバルブが固着したためリークしていた。リークした水は給湯器周辺を濡らしていたのだが、それは風呂の漏水だとばかり思っていた。

 早速、近所の日昇設備の秋元さんに連絡。大晦日だったのでもう休みだったんだが、すぐに来てくれた。ひとの駅もS氏の山荘も全部面倒をみてもらっている。

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 作業を観察しながら情報交換。避難中に使えなくなった設備に対して東電の補償金が75パーセントまで出るらしいんだが、その分に所得税がかかるらしい。設備は高額なものが多い。新しくせざるを得ないが、結局25パーセントの自己負担と税金で設備を入れ替えたことにしかならなくて、かえって苦しくなっちゃって馬鹿みたいだと話していた。補償金にまで課税するとは、税務署というのはハイエナみたいな役所だね。

 固着したバルブは、ネジまで固まってしまって外せなかったため、カットして水道管から外し、バルブごと新しいものと交換。

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 中を見るとゴミだか錆だかわからないのが堆積してパッキンの形が定かでない状態だった。

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 毎日使って水が流れていればこういうことにはならない。代表のように個人の都合で起こるトラブルは個人の責任だが、使いたくても使えなかったために起きたトラブルに対しては、個人の負担なしで補償されるのが筋だと思った。

代表の新しい軽トラ その3

 ほぼ発売直後のアクティトラック(写真左)と生産中止直前の最終モデル(写真右)とで、その10年の間にどれだけ変化、ないしは進化したんだろうか。いくつか例をあげて比較してみたいが、面倒なので古い方(左)をQトラ(旧の意味)、新しい方(右)をKトラと呼ぶことにする。

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 まずなんといっても一番変化が大きかったのは乗り心地だ。
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代表の新しい軽トラ

 またもや仕事で疲れて脱力状態。だが、なんとか山は越えた。ひとの駅の事業計画もできたし。これでゆっくり軽トラの話ができる。

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 と思ったが、眠くなってきた。こんにゃじょーにゃいれはむにゃむにゃむにゃ・・・なので明日からにします。

代表のキーホルダー

 古い軽トラに新しい軽トラ、S2000にワンボックスに娘の軽自動車のキー。それに川越と川内村の家の鍵やワイン抜きが付いたアーミーナイフなどなど、代表のキーホルダーはひとつには収まり切れずに、バイクのヘルメットホルダー用のワイヤーを加えてこんなでかい鍵束になっている。

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 とても重い。でかすぎてポケットに入らない。困ったことに他のキーが邪魔して肝心要の車に挿せない(笑)。

花門貸切

 代表は昨日から仕事だったんだが、忙しかったもんで暖機しないでいきなり全開にしたら、疲れて思考力がゼロになってブログが書けなかった。じつはそういう疲労感は快感だったりもする。

 ところで、今夜は用事があって会社の帰りにマンスールさんの居酒屋『花門』に軽トラで行った。空いていた。

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 「今晩は空いてるねー」って言ったら「今日は休みだよー」だって。そうだった。うっかりしていた。火曜日は定休日だった。

 「あれ?じゃ、なんで開けてんの?」だよね。12月15日から1月15日までは休みなして開けているんだって。初めて知った。みんな火曜日は定休日だと思っているから、今日は空いていたんだ。それでも、ポツリポツリとお客さんが入るところがすごい。

 て、ことはだ。来週の火曜日は空いているはずだよね。また来週飲みに行くか!

代表の1月の予定

 忘れてた。代表の今月の予定をお知らせしないといけなかった。

 ここまでは・・・

1月1日(水) 正月 (川内村)
1月2日(木) ひとの駅かわうち2014年度事業計画書まとめ、他 (川越)
1月3日(金) ↑
1月4日(土) ↑
1月5日(日) ↑

 ・・・でした。

 今度の休みはゆっくりできると思っていたんだが、結局あまり余裕がなかった。まあ、いつもそんなもんだ。本日は、滅多に外食に付き合ってくれない高3の次女と高1の息子が「カニなら行く」というので家族4人でカニ料理を食べに行った。

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代表感激!

 軽トラの話題ばっかりで恐縮なんだが、これはどうしても書いておかないといけない(←代表の思い込みだけどね)。

 代表の軽トラにずっと気になっていることがあった。加速しようとアクセルを踏んだときにかすかに「チリチリ」という音がエンジンあたりから出るのだった。出ないこともある。何か金属部品がビビっているんだろうとは思っていたけど、車が壊れるとかの致命的な問題とも思えなかったのでずーっとそのままで乗っていた。けれども、この次に乗る人には最高のコンディションで乗ってほしいと思い、何が原因なのか調べて直すことにした。

 代表が困ったときの駆け込み寺。近所のディーラーへ持ち込んだ。

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 いやー、さすがプロフェッショナル。すぐに原因を見つけてくれた。
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川内村で正月

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

 今日からブログを再開します。これまで同様川内村とひとの駅かわうちと代表の情報を伝えて参ります。


 今回の年末年始は代表と親父だけだった。いつでも帰れる川内村になったのでみんな一安心したんだろう。代表はゆっくりできてよかったが親父は少し寂そうだった。

 大晦日の夜、代表は眠いのを我慢して年が変わる寸前に諏訪神社に行き元朝参りをした。

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 今年の正月は雪も降らず寒くもなく穏やかだった。やっぱり神社の空気はいい。清澄な感じがする。
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