2013年03月の記事 (1/1)

足跡

 寒かった冬の間ひとの駅を訪ねる人もなく、校庭には写真を撮るためにウロウロした代表の足跡だけだ。

13033101.jpg

 さあて、これからどんな画を描こうか。わくわくする。
スポンサーサイト

零戦のエンジン音を聞きに行く

 オリジナルのままで飛行可能なたった一機の零戦。それがアメリカで保存されているのだが、今、イベントで所沢航空記念館で展示されている。その零戦のエンジン始動会があったので行ってきた。

13033001.jpg

 木曜日から日曜日までの4日間。一日に3回。一回10分間だけだが、各回、応募者多数の中から抽選に当選した600人と少数の招待者だけが、70数年前にアジア各地の空に響いたであろう音を聞くことができる。

 零戦のエンジンの音は、これまでにテレビや映画で聞いたものとはちがうものだった。
[ 続きを読む » ]

先週末の川内村で・・・後編の続編

 ぐずぐずしていたら「先週末の川内村で」が「先々週の川内村で」になってしまう。はやく書き終えないと・・・。

 日曜日の朝、大工のシゲルさんのところへ行ってみた。ひとの駅の修繕の相談と情報交換のためだ。

13032901.jpg

 村内の土建業や建築業は休みがないくらいに忙しいらしい。しかし、なかなか弾みがつかないんだという。自分の中に閉じ籠ってしまった人もひとりやふたりではない話だ。

 またかと思って、自死を選んだ人、病に倒れた人、見切りをつけて他の土地へ移った人なんかをざっと数えてみると、最近だけでも少ない数ではない。復興事業で経済的に沸いても、それが即心の高揚につながらない。なぜなんだろう?という話しになった。

 川内村が平成24年2月に川内村民を対象に「帰村しない理由」についてアンケートを実施したところ以下のようになったという。

1. 放射能被害が怖いから・・・201人(19.35%)
2. 医療環境に不安があるから・・・161人(15.50%)
3. 生活環境(商店や福祉)に不安があるから・・・135人(12.99%)
4. 家に戻っても仕事が無いから・・・125人(12.03%)
5. 子供が避難先で通学しているから・・・110人(10.59%)
6. 農作物が栽培できないから・・・85人(8.18%)
7. 警戒区域となっていることから・・・64人(6.16%)
8. 仕事が避難先で見つかったから・・・62人(5.97%)
9. その他・・・96人(9.2%)         〈合計1,039人、複数回答可〉

 こういった結果を受けて、川内村は対策を打ってきた。除染をして医療体制を整えてコンビニをテコ入れして企業を誘致して作付できるようにして道を補修してと、文句をつけようがないくらいやっている。そうしたら帰村する人は増えないといけない。けれども、あるところから頭打ちで増えていないらしい。除染がまだ完全に終わっていないということはあるが、その人201人を引いても帰る人が少ない。つまり帰りたくない理由が外にあるんだろうという話だ。

 それは、ずーっと突き詰めていくと、結局、単純な話、震災前の川内村の生活よりも今の避難先での生活の方が良いからだ。川内村を飛び出したいと思っていたのに、いろいろな事情でそうできなかった人たちが、たまたま震災で叶うことになったので、そういう人たちにとっては震災はピンチじゃなくてチャンスだったんだろうと。それはあると代表も思った。代表自身も川内村がイヤで40年前に飛び出したわけだからね。

 それらのこともまた変えられないこととして受け止めて、進んでいくしかないんだろうなと思った。

先週末の川内村で・・・後編

 昭蔵さんは才能に溢れる優れた木工作家だ。素晴らしい作品を無尽蔵に創造し、やすらぎの空間を創出することができる。しかし、それが街づくりとなると昭蔵さんの得意領域を超える。たぶん大きくて複雑すぎて全体のイメージが湧かないと思う。

 人にはそれぞれ得手不得手というものがある。大工は家を建てるのは得意だが、家をたくさん集めたものだからといって街づくりまではできないものだ。

 今は言わば街を造る段階。昭蔵さんたちの出番は街ができた後ということだろう。まず、昭蔵さんたちが不安なくもどって商売ができる状態にすることが先決だ。今すぐと言われると困るが、数年後にはできると思う。

 木楽を辞し、途中のイオンドールのかっぱ寿司で親父へ寿司を買った。親父に届けてかわうちの湯へ。

13032801.jpg

 ああ、いつ来てもいいなぁ、かわうちの湯は。温かい湯の中で体を伸ばす快ち良さ。出会った人たちとの交流。ここで代表はどれだけ英気を養ったことか。

 かわうちの湯の改修工事は4月からの予定だったが、また遅れているそうだ。まだしばらく利用できるらしい。と言っても今回はそんなには遅れないと思うので、確証はないけど4月中くらいは入れるんじゃないだろうか。ただし、工事の開始が遅れれば当然完成もその分遅れるので、お盆あたりに再オープンするっていうのは無いみたいです。

 また明日につづく

先週末の川内村で・・・中篇

 午後から三春町の斎藤昭蔵さんのところへ行った。
親類の方が体調を崩されるなどしてたいへんだったらしく、今回は会えないだろうと半ばあきらめていたのだが、昼前に「午後に三春にもどっから」と電話があったのだった。

 いやほんとに木楽にはいつ来ても驚かされる。またしてもレイアウトが一変。前回訪れたときとはまったく別の木楽になっていた。昭蔵さんにしか創れない『昭蔵ワールド』。独自の佇まいは不変だ。

13032701.jpg

 残念ながら代表の拙い表現力ではこの素晴らしさを伝えられない。
[ 続きを読む » ]

緊急相談です

 昨日の続きを書く予定でしたが、通さんのSL230(下写真)にトラブルが発生したため、予定を変更してバイク仲間のみなさんにお知らせ&相談です。

13032601.jpg

 通さんが本日常磐高速道路の高萩付近の上り坂を東京方面に向かって走行中、クラッチが滑って走行できなくなったそうです。

 幸いインターの手前付近だったため、高速を降りて、最寄りのバイク店に持ちこんであずけ、通さんは高速バスで避難先の神奈川へ戻ったとのことでした。

 通さんがこのSL230に乗り始めたのは去年の4月でしたが、時々クラッチが滑るようだという話は通さんから聞いていました。しかし、まだ5000キロも走っていない新車同然で状態は良いし、レースにも使ったことはないので、一応整備マニュアルなどを見てもらいながら、まさかそんなはずはないですよ、と話していました。

 しかし、実際滑っていたということですね。失敗です。たいへん申し訳ないことをしました。

 ところで、わたし個人的にはこのエンジンのクラッチが滑ったという話は聞いたことがないのですが、もし何か情報を知っている方がおられたらコメントいただけないでしょうか?よろしくお願いします。

 会社の友だちにも聞いてみよう・・・。

先週末の川内村で・・・前篇

 今年は風が強いのとスギ花粉の飛散量が多いこととが重なって、花粉症の人たちの苦しみは例年以上のようだ。去年までなんともなかったのに今年から発症したという人も多く、代表のまわりにもたくさんいる。・・・苦しみは例年以上みたいだって、ひどい花粉症の代表がまるで他人事みたいな書き方なんだが、じつは今年の代表は、花粉症が完治まではいかないまでもすごく症状が軽い。相変わらず目は充血し痒いものの我慢できないレベルではないし、驚きなのは鼻水とクシャミがほとんど出ないこと。喉の痛みもない。先週土曜日の川内村の強風の中でいろいろやっていてこれくらいですんでいるってことは、良い方向に行っていると思ってまちがいないと思う。

13032501.jpg

 一体どうしたんだろう?代表にはわからない。加齢なんかで体質が変わって、重症の花粉症が突然治ってしまう例もないことはないらしい。代表も年寄りになったってことだろうか?もしそうだとしたらあまり喜んでもいられない。
[ 続きを読む » ]

初絞り

 白濁液をいただきました。ありがたやありがたや。

13032401.jpg

 ちょっと味見してみた。んー!甘露!!なんという上品な甘さなんだろう。桃源郷に湧く不死の泉の如く。これはひとりで呑むのはもったいない。誰かと呑むときまでとっておくことにする。

 実は代表、スポーツクラブに通うようになってから晩酌を止めていたのだった。久し振りに呑んだらけっこう効くね。一気にグタッっとなってしまった。すでに意識が朦朧となっている。今晩は熟睡だと思う。

川内村はいい

 やっぱり川内村はいいワ。自分の故郷だからだね。

13032301.jpg

 朝4時半に川越の家を出て、気が付いたら宵闇だった。また明朝から打ち合わせがあり、約束があるために夕方には川越に戻っていないといけない。なので、帰ってから報告します。
 

川内村行

 本職の方は片付きました。4日ぶりにスポーツクラブにも行って汗を流してきました。

13032201.jpg

 明日は川内村へ行く予定です。一ヶ月以上行っていないので、はたしてどうなっているか?楽しみでもありますが、ちょっと不安もあります。

川内村史より 川内村の民話『嘘つきの本』

 代表は不器用でひとつのことしかできない。ところが、今、人事異動とか仕事の棚卸とか息子の学校のこととかが重なって、気持ちの切り替えが追いつかなくて困っている。中でも本業は疎かにできないので、すみませんが会社関係が決着する21日(木)までブログを休ませていただきます。

 さて、本日の川内村の民話は『嘘つきの本』というお話です。他の民話も同じで、どこかで耳にしたような話とか、題名からだいたい想像できてしまいそうな内容だ。しかし、それでわかったような気になって、読まないでしまってはもったいない。昔の川内弁で、一話一話それぞれの語り部から直接話し聞かされるように味わえるのがこの川内村史の民話の秀逸なところ。

 それでは、狐や狸が村人を化かし、そこかしこに仙人みたいなじっちや山姥みたいなばっぱがいた、川内村の昔にワープしてください。

          13031801.jpg

『 川内村の民話「嘘つきの本」

 嘘つきの先生があったんだと。んじゃから正月休みに、若い者が五人ぐらいして行ったんだとナ。
[ 続きを読む » ]

醤油6本分

 これといって用事っていうのはなかったのだが、息子が中学を卒業できたので、卒業式や謝恩会なんかがあって、また、高校の制服を注文しなければならなかったりして何かと慌ただしかった。これで代表の子どもたちは全員病気もせずグレもしないで義務教育を終えたということで、ひとつの区切りを感じる。ほっとする部分もあるが、だんだん自分から離れて独り立ちしていってしまう寂しさもある。もっともっと一緒に遊んでおけばよかったかったなぁと思う。

 注文しておいた千成屋さんの醤油が届いた。

13031701.jpg

 これも小さな区切り。代表ん家はこの千成醤油しか使わないので、千成醤油の消費量イコール生活した時間だ。また醤油6本分、家族一緒に生きたんだなーと思う。

 

代表の運動着

 スポーツウェアもずいぶん進化しているね。30年以上前に買った代表の海パンツはもう骨董品。田舎の海で遊ぶ分にはなんら違和感がなかったんだが、近所のスポーツクラブでは、ひとりだけ昭和の風俗をまとっていた感じで浮いているのがわかった。

13031601.jpg

 第一海パンという呼び方が消滅している。いわゆる海パンだったものは、今はサーフパンツと呼ぶらしい。素材もデザインも昔と全然ちがう。

  水泳競技用のパンツの呼称はもっと激しく変化していて「フィットネス〇〇」「スパッツ」「ボックス」「ブーン」とかになっている。こういうネーミングのセンスに代表はついていけない。代表は海パンでも良かったんだが、家族が恥ずかしいから着ないでくれというので、しかたなく最近のやつを購入した。

 これが代表の新しい水着。
[ 続きを読む » ]

いい酒だった

 代表はめったに宴会に出席しない。理由は、「乾杯!」って言って、あとは酔っぱいの愚痴を聞くだけの宴会というのは空しいだけだからね。

 しかし、ヤル気と情熱のある人の呑み会には必ず参加させてもらう。情熱に年齢も部署も関係ないからね。

 いや~、今宵も善き酒であった。

13031501.jpg

 この呑み会が入ったこともあり、用事ができたことも仕事が忙しくなったこともあって、今週末の川内村行は来週末に延期させていただきました。

川越大勝軒のラーメンを食う

 大勝軒といえばつけ麺の元祖。山岸さんという方が創業した本店は東池袋にあるんだが、じつは代表の会社の近所にも暖簾分けした支店があった。3年の間に3回ほど食べに行って、4回目に行こうとしたら閉店していた。なるほどなーと思った。あまり人気が無くて、代表もほんとうに美味しいのかどうか判断できないでいて、「よしっ、これで結論をだそう!」と思って行ったら閉店になっていたということで、やっぱり期待するほど美味しくなかったんだろうと思う。山岸さんという方は苦労人で優しい方で、弟子になりたいという人間は拒まないらしいので、それなりに頑張っていればそういう店でも受け入れるみたいだね。

 ところで、川越税務署に通っているうちに、税務署の近くに「川越大勝軒」の看板を見つけたので行ってみた。

13031401.jpg

 ほんとに税務署から近い。歩いて3分。こんなところに大勝軒があるとは知らなかった。
[ 続きを読む » ]

税務署にリベンジ

 別に、きちんと収入額を申告して税金を収めればいいだけの話なんだが、家内のアルバイト代のオーバー分がごくわずかなもので悔しくて、誤魔化せないかとか勘弁してもらいないかという下心があるもんで、リベンジなんていうスタンスになってしまう。

 しかし、代表は観念した。再度川越税務署へ行って、頭を垂れて正直に確定申告して、追徴分を納付して参りました。しかし、確定申告の期限が15日までなので税務署は前回よりもさらにすごい大混雑。

13031301.jpg

 代表は8時30分に税務署に到着したのだが、駐車場の空き待ちで1時間。税務署の中に入ってから受付けまで30分も並ばされた。それから、税務署員に教えてもらいながらパソコンで申請するのに1時間。結局11時過ぎまでかかった。これで代表は確定申告のプロになった。自営業のみなさんは毎年たいへんですね。

川内村史より 川内村の民話『千匹鼡(せんびきネズミ)』

 代表が子どもの頃は、家の中にネズミがたくさんいた。食べ物を出しっぱなしにして置いたらまちがいなく食われるから、ネズミが入れないような木箱に入れて保管したもんだ。夜になるとゴソゴソと天井裏でネズミの運動会の音がした。ネコイラズで捕まえて保健所へ持っていくとお金がもらえたなぁ。いくらもらえたかは忘れた。

 最近はネズミの被害にあうことは少なくなったが、避難した空き家にはネズミが入って被害があるという話だ。代表も、玄関に牧草の種が入った袋を保管しておいて見事にやられたことがあった。ネズミは袋を食い破って中に入り、手当たり次第に食い散らかして小便も大便も一緒くただった。

 それがネズミの習性みたいだから、今回紹介するような行儀の良いネズミはいないだろうし、今どきこんなのどかな民話をずっと聞いている子どもがいたらそっちの方が心配になってしまう。そんなほのぼのとした空間が、つい近年まで川内村にあったんだということだね。

 それでは千匹ネズミのお話の始まりです。

『 ある家さ大きな土蔵があったと。

              13031201.jpg
[ 続きを読む » ]

3月11日

 今日は何の日か?それくらい代表だって知っている。今日は、埼玉県の公立高校の合格発表日だ。受験生の愚息は、無事に川越市の某公立高校に合格できたとのことです。これで、代表の子どもたち3人は全員同じ高校。とても安く上がったんだが、これにはひと騒動あったっていう話はまた改めてします。

 おととい、受験が終わってから毎日パソコンでゲームばかりやっていた息子のところへ同級生から「早くテレビを見ろ!」と連絡があったとのことで、あわてて部屋からとび出してきた。何事が起きたのかと、息子の兄貴分のつもりでいる猫まで心配して出てきた。テレビに猪苗代湖ズが出演して『I love you & I need you ふくしま』を歌っていたのだった。

13031101.jpg

 週末に数多かった震災特番の一場面らしかったが、同級生は、息子の田舎が福島だと知っていて聴かせたかったんだろうと思う。息子は最後まで聴いていたが、何をどう感じたかはわからない。代表は「歌と演奏が1年前より上手くなったな」と思った。

 今日で震災から2年が経ち、各地の被災地で追悼行事が行われ、昼休みに、会社の食堂に設置されたテレビからも避難民が涙する映像が流れていたが、画面を見上げる人は少なかった。毎年、終戦記念日に見せられる報道と同じような倦怠ムードが漂いはじめている感じがした。被災した方たちの悲しみを癒すことは誰もできないという現実に直面している時に、そういった映像を流す無神経さへの反感があったかもしれない。そのうえで、利用される人たちを見続けるのもまた辛いと、そういう心理じゃないかと思う。

 しかし、代表とて無力だ。亡くなった方々のご冥福を祈り、失ったものの無念さを慮ることしかできない。生あることに感謝し、自分にできることを精一杯やっていくしかない。ひとの駅を再開するべくひたすら歩を進めるだけだ。

『多摩美術大学 環境デザイン学科卒業・修了制作展』へ行く 後半

 すこしドキドキしながら、初めての『多摩美術大学 環境デザイン学科卒業・修了制作展』会場に足を踏み入れると、そこには、すっかり大人っぽくなった、環境デザイナーとして巣立とうとしているマイちゃんがいた。

13031001.jpg

 いやー、懐かしい。前回会ったのはいつだったろう。マイちゃんが中学生くらいまでは、毎年一緒に川内村で夏休みを過ごしたのだった。
[ 続きを読む » ]

『多摩美術大学 環境デザイン学科卒業・修了制作展』へ行く 前半

 こんなに穏やかな日というのがあるだろうか。天気快晴。風もなく、用事もなく。ただこの日を楽しめばいいだけの一日。代表は、家内と長女と一緒に、今春多摩美の環境デザイン学科を卒業する姪のマイちゃんの制作展へ行った。

 場所は原宿駅前のクエスト。原宿と言えば明治神宮。少し早めに出て明治神宮にお参り。

13030902.jpg

 表参道はすごい人出だが、この日の明治神宮境内は観光客も少なめでシンとしていた。原宿の喧騒と隔絶された神話の世界。日本人としてDNAに記憶された何かを感じるね。

 明治神宮には、日本国歌『君が代』の歌詞の中にある「さざれ石の巌」がある。バラバラだった石が、長い年月かかって固まって岩になったのが「さざれ石の巌」だ。明治神宮の一番奥の国旗掲揚塔の下にある。
[ 続きを読む » ]

本日の晩ご飯は・・・

 他のことを書こうと思っていたのだが、長女がつくった今日の晩ご飯があまりに可笑しかったので。

13030801.jpg

 明日、長女も一緒に姪のマイちゃんの卒業制作展を見に行くことになった。

緊張が走る家の中

 今晩、長女(写真左)が遊びに来るっていうんで子供たちの間に緊張が走っている。長女は超自己チューだからだ。「明日仕事が休みになったから中学時代の同級生と一杯飲んでから来る」ので、到着は夜中になるらしい。

13032702.jpg

 そういうところからして自己チューだが、非難する次女(写真右)だって気が強くて手がつけられないし、長男(写真中)は呑気すぎて話にならない。代表に似てやさしくてキリっとした子供がひとりもがいない。みんなどこかの誰かの生まれ変わりだと思う。

 なお、写真は10年前のものです。

川内村史より 川内村の民話『鶏の市』

『 むかしは、百姓の家はどこでもそうだったけど、物すごく大きかった。住まいの用材はどこから伐採してきてもかまわないきまりだったから、尺物の柱を使って、村人が集まって家を建てたそうだ。

          13030601.jpg

 農作業をやるニワ土間も、相当広かった。冬の農閑期には、ひまな連中がそんなニワに集まって、鶏の市をやった。おれが知っているころは、ゴスケじっちが、せり主だった。それが一番いい位置に座布団を敷いてすわり、ニワの中さ臼を逆さにして出しておく。そのぐるりには10人か20人くらい集まって、一週間に一回くらい鶏のせりをやった。

 一人二匹くらいカマスに入れて持ってくる。それを臼の上にあげてせるわけだ。10銭くらいからせりはじまる。みんな自慢の鶏を持ってくる。名古屋コーチン、プリモスだとか、軍鶏、ちゃぼまでも持ってくる。一番肉のあるよい鶏は、とっておいてせりが終わりになると、みんなして料理して食う。

 おれは、そのころ五、六歳だったけど、起きてみていると、「寝ろ、餓鬼は早く寝ろ」なんて叱られたが、いや寝てなどいられるもんでない。あるとき泰二さげのじっちがプリモス持って来たが、それを料って濁酒飲んで一晩騒いでいた。いやむかしは面白かったな。

 冬には仕事ないので、おれの若いころまで、飴(あん)会というのをやった。阿弥陀くじつくって、いくらかのカネを集めて、晒餡を買ってきた。買いにいくのは、阿弥陀で一番もうかった奴だ。それに砂糖も入れて、うちの母が煮てくれた。餅などはないがそれをすすって騒いだりしたこともあった。(町分 井出正人)』

第59回「二本松の菊人形」開催のご案内

 財団法人二本松菊栄会会長さんから第59回「二本松の菊人形」の案内状が届いた。面識はないと思うんだが、去年安達太良山に登った時どこかでお会いしたっけかな?せっかくご案内いただいたので、本日のブログのネタにさせていただきます。

13030501.jpg

 パンフレットが3枚入っていた。一枚は「大山忠作美術館」。二枚目は「二本松桜めぐり」。そして三枚目が「第59回菊の祭典・二本松の菊人形(10月12日~11月17日)」。

 二本松の菊人形は超有名なイベントだから知っていたが、大山忠作美術館と二本松の桜のことは初めて知った。福島の桜と言ったら三春の滝桜の名前が真っ先に出てくるけど、なんと二本松周辺に良い姿の桜が43本もあるとのことだ。大山忠作美術館もだが、福島の観光スポットは会津だけじゃない。まだまだ代表が知らない名所がたくさんあるね。代表もぜひ一度二本松を巡ってみたいと思う。

『第67回職美展』のお知らせ

     『第67回職美展』開催のお知らせです。

     13030402.jpg

     期間:5月12日(日)-5月19日(日)
     場所:東京都美術館
     その他詳しいことは『第67回職美展』のホームページでご確認ください。
[ 続きを読む » ]

『八重の桜』を見た

スポーツクラブに通い始めて3週間目。腰痛は完璧に治った。重症化する前のタイミングで運動を始めたのが良かったと思う。代表はこういうときには第六感が働く。筋力や持久力を付けたことよりも、運動で血行が良くなったのが一番効果があった感じがする。意識しないで済むというのは気分がいいものだ。これを継続すればもう腰痛に悩まされることはないと思う。来週からゴルフの練習を再開だ。

 ところで代表は、年をとってひねくれてきたせいか、テレビやラジオがつまらなくなってしまってあまり見ない。見るのは会社の食堂のテレビで昼飯の時に流されるNHKの昼のニュースくらいだったのだが、スポーツクラブのサウナにテレビが備え付けてあって、いつもNHK総合がつけっぱなしになっているために、いやでも見えてしまうことになった。今日の夕方は『八重の桜』の再放送をやっていた。

13030301.jpg

 どうなんだろう?面白いの?『八重の桜』。代表には演技過剰で人間がアニメを演じているように見えてなんだか気恥ずかしかった。それにどこが大河なのか。登場人物は偉い人ばっかりだから、ほんとうは言葉や立ち居振る舞いに人間性っていうのが自ずと滲むと思うのだが、役者の表情にも言葉にも哲学とか懊悩というものが無くて軽い感じがした。最近の大河ドラマってこんななの?

 また、登場人物と一緒に演じる役者の名前のフリップが出るけど、あれは関係ないんじゃないだろうか。よく意味がわからない。役者の話す会津弁も会津弁らしくなくておかしいし、西田敏行の会津弁もちょっとちがう。それから、会津弁を話す人たちは間が抜けたような演出になっているのも、東北人は間抜けだみたいに受け取れてちょっと腹立たしかった。

 けど、ドラマや映画や小説などの作品は、ドキュメンタリーとは違うんだから、そこのところ、つまり意図的に作られた部分も含めて「いやいや、ほーではねえ」とか「天下のNHKもダメだなー」なんて言いながら楽しむものなのだろうね。福島県人とすれば多少気になる勘違いや演出はあるにしても、『八重の桜』を見て会津を訪れる人たちが増えて、福島の復興のためになればそれで充分だろう。ついでに川内村や海の方まで足をのばしていただけるとありがたいね。

今年も花粉症

 今日は風が強くて埃っぽかったので、ついに症状がでてしまった。

13030201.jpg

 代表が花粉症だというのがはじめてわかったのは、福島から出てきて最初に住んだ横浜でだった。鼻血がドーっと出て、いくらチリ紙で栓をしても止まらなくて、しょうがないので出るだけ出して、自然に止まるのを待って医者に行った。それまでにもこういうことが毎年1、2回あった。このとき医者に「アレルギーですね」と診断されたのだった。体に欠陥があると言われたような感じがして、かなりショックだった。あれから、「花粉症」という言葉をよく聞くようになった。

 子供の時から、春先になると鼻が詰まって眠れなかった。時々鼻血も出た。そういうときは、あまり効き目はなかったが鼻にメンタムを塗ってもらった。四人兄弟の中でそんな症状が出るのは代表だけだった。痛いとか痒いとかということではなかったし、花粉症なんていう言葉も無かった時代なので、アレルギーという自覚はなかったんだが、あれが花粉症だったんだね。

 いつもの年は花粉症の症状が出る前、1月末くらいから薬物を飲み始めるのだが今年はすっかり忘れていた。症状が出てからだと、薬を飲んでも効くまでに一週間くらいかかるのでその間が辛い。鼻水とクシャミと涙と鼻血が出て、顔がむくむ。薬を飲むと体の感覚が鈍感になる感じ。花粉に対してだけでなくて、触覚も鈍くなり皮膚が硬くなる感じがし、味覚も鈍くなり、いつも眠気が抜けない。それはイヤなんだが、飲まないと一日中鼻水とクシャミと涙と鼻血だ。

 花粉症がないひとがうらやましい。花粉症を根治する方法ってないもんだろうか。煙草を吸っていた4、5年は症状が軽かった。なんかありそうな気がする。

代表の3月の予定

 本日は確定申告のため税務署へ。代表はサラリーマンだから会社全部済んでしまうので、ほんとうは確定申告なんてする必要はないんだが、家内がアルバイトでチョンボしたためにやらざるをえなくなった。

13030101.jpg

 期日が近いせいなのかものすごい混雑。駐車場を空くのを待つこと10分、中で行列に並ぶこと20分。あげくに用意する書類が足りないと指摘されて再度出直すことになった。面倒だ。脱税したらどうなるんだろうか?

 代表の3月の予定です。
[ 続きを読む » ]