2012年11月の記事 (1/1)

川内村史

 川内村へ向かう途中、常磐道いわき中央インターで下り、ちょっと道草をする。平駅のすぐ近く、紺屋町の古書店平読書クラブへ。

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 この先が飲み屋街のあった田町で、もうここに来ただけで条件反射で切なさが蘇ってくる。たしか代表がバーテンのアルバイトをしたスナック「おけい」はこの辺りだったはずだ。客が5,6人も入れば満席になる小さな店。しかし、そこは人生劇場を学ぶ教室だった。毎晩、ありとあらゆる人種が吹き溜まるように漂着た。酒が入ると気が大きくなる虚言症の人たちや、お金の使い道に困っている医者や実業家、つまらないことを自慢したがるしがないサラリーマン、おけいママの不良仲間など、観察していて飽きるということはなかった。

 おっとっと、つい昔の話がしたくなってしまうが、今日の話題はそっちではなくて、これ。
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ひとの駅かわうちの除染終了

 川内村役場復興課除染係に電話して確認したところ、ひとの駅かわうちの除染作業が予定通りに終わったとのことだ。

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 今週末に放射線量を測定して工程すべてが終了。これでようやく復旧作業にとりかかれる。代表の家の方は、周りの植栽が終了し、あとは庭の土の入れ替えだけとのこと。今週末はS2000の越冬準備作業は無理そうだ。

軽トラの出番

 雪が降って路面が凍結する冬季に、後輪駆動で車高が低いS2000で川内村と埼玉を往復するのはとても無理だから、毎年雪が降る前に4駆の軽トラックホンダアクティに代えてくる。

 川越ナンバー気づいた人は「これで往復してんのが?」ってビックリするけど、軽自動車なれどミッドシップ2シーター4WDでS2000の上を行くスポーツカーだから、ちょっとスピードが遅くなるくらいで、高速道路もフラフラしないでビターッとまっすぐに走れるんだよ。とてもよくできたオールラウンドビークルだ。ストレスは感じない。

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 ところが、今すごく焦っている。
代表の家の除染はこれから表土を剥ぐために、S2000の置き場所がない。田舎だから空き地はたくさんあるんだが、へんなところに置いておくと、そのまま雪に埋もれて移動できなくなってしまう心配がある。いつ雪が降ってくるか毎日ドキドキしている。

井出正人著『満天星』より その15 -山村川内の幕末史 日本で一番長い幕末 川内の暗黒時代-

 暗黒時代とはまた不穏な言葉だが、川内村にとっては言葉通りの試練の時代だった。というのも、幕末の騒乱が終わって、ようやく平和な時代が来たと喜んでいた矢先に、明治政府に村の山林が取り上げられてしまい、山林に立ち入ることさえ禁止されてしまったからだ。これがどれほど大きな事件で、川内村民はどうやって乗り切ったのか。まず土地の引戻しの記録『川内村国有林引戻し運動史』にある明治大学教授圭室文雄氏の序文を紹介しよう。

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『 序

 川内村村史の本巻は主として川内村国有林払下げに関する史料を中心として編集されている。

 畏友佐藤孝徳氏は、本村の国有林払下げ史料については、かなりの年月をかけ、福島県庁はもとより、国の諸機関に残存している資料を渉外され、古くは平内藤藩の史料も詳細に評価しておられる。現在調査可能なかぎりの史料を収集された成果が本巻である。

 この国有林払下げ事件は、その規模においても日本国内で有数なものであり、一つの村が明治政府を相手に争った事件としてもきわめて注目すべき事件であったといえる。

 明治政府は教科書的にいえば、きわめて強固な天皇制国家であった。とても一村規模の民衆の力だけで立ち向かえる相手ではなかったはずである。しかし今回収集された史料によれば福島県の一村がかかんにも明治政府に争いをいどみその成果を得ていることがわかり、驚きである。農民たちのねばり強い戦いを評価して良いと思う。

 イデオロギーや政治力のみで日本の歴史が語られることは多いが、佐藤孝徳氏は豊富な史料をかかげることによって、生きた民衆の生活に即した戦いを実証しておられる。長い年月、佐藤孝徳氏の精力的な調査活動を高く評価したいと思う。

 先祖の人々が取り戻した国有林払下げ運動の成果は民村の共有財産として長く語りつがれていくべきであるし、それを実証するにふさわしい史料集であるといえよう。

 この史料集を推考し、編集の労をとられた方々に深甚の謝意を表したいと思う。

   平成六年三月吉日
                              明治大学教授 圭室文雄 』

 さあ、山村川内幕末史、第二幕のどん帳が上がります。
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井出正人著『満天星』より その14 -山村川内の幕末史 後塵-

 『後塵』というタイトルは意味深である。平城落城に象徴される、騒がしく、また、憂いを残しながら駆け抜けた山村川内の幕末という時代は、恨みきれぬ禍を川内村に置いて行った。かつてない苦難を奥ゆかしく『後塵』と表現した著者の感性は、正に川内村民のものだろうと代表は思う。

 後塵の正体は何だったのか?山村川内の幕末史は、ついに最終章まで来た。

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今度は反抗期の息子と映画を観る

 長女から「観に行け」といわれた『最強の二人』というフランス映画を観たばかりだったんだが、今度は受験を控えた中学3年生の息子と、映画『エヴァンゲリオン劇場版:Q』を見に行きたいとう話になったので、近くのシネプレックスへ行った。

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 息子は明日から期末試験だというのに勉強そっちのけの、親子そろっていい加減な人間だが、息子はもうひとりいい加減な同級生のサトちゃんを誘った。サトちゃんは門限が9時なので、布団の中にぬいぐるみを入れて寝ているように見せかけて家を出てきたらしい。代表と息子は、サトちゃん家から少し離れたところでサトちゃんを車で拾ってシネプレックスに向かった。

 代表はマンガや映画には一家言持っていてちょっとうるさい。最近の3D映画やアニメは同じ傾向なのだが、『エヴァンゲリオン劇場版:Q』もご多分にもれずストーリー性が弱くて映像を見せるための展開という気がした。映画の登場人物の怒りや悲しみが薄っぺらであまり共感できない。ただし、さすがに機械や風景や色の描写技術は素晴らしいと感心した。それだけでも観る価値は充分あった。

 息子たちも真剣に観ていたが、エンディングが中途半端だったようで「この終わり方はねえだろー」と納得がいかない様子だった。憤慨していた。二人で「この次が気になって勉強できねえよな」って、試験が始まる前に敗北宣言をしていた。頼もしい奴らだと思った。

手作りワインを味わう

 赤と白のワインが2本の届いた。大熊町から熱海町へ避難されている鶴田松盛さんのお知り合いの方が、避難先でブドウ園を譲り受ることになって、収穫したブドウで醸造した地ワインだとのこと。いわばワインのどぶろく版だ。もちろんどぶろくとはちがって合法的に醸造販売されている。

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 空きビンを利用したのだろう。赤と白で形がちがう。ラベルもない。
赤は甘くフルーティな味わい。白は辛口。まだ発酵が進んでいて、口の中で炭酸がスパークする。色が濁っているのは生菌が残っているからだ。両方ともアルコール度がリッチで、一口含んだだけでワインとは思えないほどの火照りを感じる。市販のワインとは方向性が180度ちがうが、野性的な力があってものすごくウマイ。

 20数年前、家内と一緒になった時、代表のお袋は重い病気だったので結婚式をあげることができなかった。結婚式のかわりに親しい人を百人呼んでお披露目のパーティだけやった。そのときに、山梨県のブドウ農家に頼んで赤白のオリジナルワインセットをつくって配ったが、あれは好評だった。次回の記念のときにはこのワインでつくりたいと家内と話している。

ひとの駅かわうち修復の予定

 来週でひとの駅かわうちの除染が終わることになっている。そうするといよいよ修復段階だが、あまり時間が無くなったため、今年度中にできるのは痛みの激しいところだけになりそうだ。

 たとえば、こんなところ。

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 校門の根元が、向こう側が透けて見えるほど崩れている。手で押したら倒れそうだ。誰かが下敷きになるようなことがあってはたいへんだから、できるだけ早く修理しておきたい。
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井出正人著『満天星』より その13 -山村川内の幕末史 幕末騒憂のかわうち その2-

 代表は、幕末の頃(1868年))の川内村の人口を300人足らずと推測したが、実際ははるかに多かったようだ。川内村史によると、1747年時点の人口が、上川内村972人、下川内村1047人となっているから、その当時で川内村全体では2019人もいたわけで、百年後の幕末にはもっと増えていただろう。その昔、山間部にありながら、海岸部の富岡や広野同等以上の人口を養える環境があったということになる。

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 山村川内の幕末史もいよいよ終盤。幕府側各藩の侍衆が川内に集結し、川内を決戦場にして官軍と対決か!?という寸前まで緊張が高まるのだったが、一転、安藤正信公の「川内を戦場にしてもせんなし」との判断によって、総勢は、かつては平藩と覇権を争い、今は同じ幕府軍として官軍と対峙することになった相馬藩の地へと向かう。

 その後、相馬藩より村をあげて幕府軍に協力した川内村民に対し、末端の人足馬に到るまで手当が支給されることになったのだった。
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井戸のメンテナンス

 親父に、井戸の蓋に水がかぶらないように溝掘りを頼んでおいたのに、話がうまく伝わらなくて、回りに土を盛っただけだった。これではかえって湧水で蓋が浸ってしまう。しかたがないので自分で溝を掘った。

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 これで大丈夫。あとは時々泥をさらえばいいが、いや~、体中泥だらけになってしまった。こんなところから湧いてくる水がとっても澄んで美味しいというんだから、自然というのは不思議なもんだなぁ。
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元スタッフの死

 隣町から避難していた、ひとの駅かわうちの元スタッフA氏が、数ヶ月前に亡くなっていたという話を聞いたときに、失礼だが、酒の飲み過ぎかトラブル死だと思った。自死だったらしいと聞いて意外な気がしたが、代表には何かのトラブルが原因だっただろうとしか思えない。それだけ酒癖が悪く、親切を押し売りしては金を取るという手口の、地元では有名なトラブルメーカーだった。代表もA氏とA氏の仲間にはずっと困らされていた。

 なぜそのような人が一時的にしてもひとの駅のスタッフになったのかという話だが、それらのことを洗いざらい書こうとすると、これまでの経緯を細かく説明しないと誤解を生むし、プライバシーのこともあるし、まだ関係している人もいるので現段階では難しい。

 ただこれだけは書いておきたい。最初はみんなA氏を信頼し期待していた。

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除染の状況

 ひとの駅かわうちの除染は、いよいよ最終段階に入った。校舎の周りに新しい土が入り、側溝の除染段階まで来た。

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 倒れた看板が撤去されて、その場所には除染で出た廃棄物を詰めた青い袋が仮積みされている。全行程が終わるのは今月末の予定だそうだ。

 ところで、村内全体の除染の方はずいぶん遅れている感じで、雪のシーズンを前にして関係者の焦りが伝わってくる。
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再開2

 通さんと幹夫さんの家は20キロメートル圏内にあるために、行き来は自由だがまだ7自宅に泊ることができない。なので、幹夫さんは、今年の7月に避難先の三郷から川内村の仮設住宅に移って、毎日自宅へ行って片付けをしながらもどれる日を待っている。何時になったらもどれるかというと、除染をして、生活する範囲の放射線量が基準値以下になったときだ。1回目の除染が終わり、これから線量を測定する。通さんの場合は、職場のある茅ケ崎から必要なときに川内村の仮設住宅にもどるという生活をしている。

 通さんと奥さんとは埼玉や川内村で何度も会っていたが、幹夫さんとは、7月に幹夫さんが川内村にもどってからも会えなかった。三人の都合が合う時に集まって酒を飲もうという約束をしていたのだが、ようやくその日が来たというわけだ。前回一緒に酒を飲んでから二年。時間がたつのは早く、そして、待ち遠しかったその日は、うれしく懐かしくも、まるで二年前の飲み会が昨日だったみたいに、あっけない感じでやってきた。通さんも幹夫さんも少しも変わっていなかった。夢があり、情熱的で若い。また来年から、たとえ何十年かかっても夢を叶えようと誓い合った。

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 三人で日本酒一升空けたが、のん兵衛三人にはちょっと足りなかった。

再会

 今日は大切な日。二年振りの再会パーティ。

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 この日のために体調を整えたが、コンディションが良すぎて飲みすぎてしまった。改めて報告します。

井出正人著『満天星』より その12 -山村川内の幕末史 金右衛門の口伝-

 幕末の川内村を彩る井出家の人たちと多くの村民。本日は井出家総本家当主の井出金右衛門の口伝となります。

 物語の中心となった上川内町分の現在の様子です。街道の両側に井出家の後裔の家が並び、遠く、霧の中に見えるのが番太の軍次が山伏と修行をしたという五社山です。代表が中学校の時は、クラブ活動の始まりは五社山山頂までマラソン往復でした。

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 さて、落ち武者が集結するとともに緊張が高まる川内村。その中で、町分のリーダー的な金右衛門の振る舞いどのようなものだったのででしょうか。
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衆議院解散記念?飲み会

 昨夜は、10月7日に川内村に来ていただいた柏秀樹ライディングスクールのみなさんと、マンスールさんの居酒屋花門に集まって、大盛りの美味しい料理を腹一杯食べながら楽しく語らいました。

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 代表は、話のネタに代表謹製金運招来「ヘビの抜け殻パウチッコ」を持参したのですが、これが、イヤがられると思ったのに予想外の大人気で、たくさん引き取ってもらいました。パウチッコの残りはあと4枚だけです。

 盛り上がった飲み会でしたが、それからがたいへんでした。
23時ちょっと前におひらきにして上板橋駅へ行ったところ、なんと東武東上線が事故で全面ストップ。代表を除いては帰る方向が都内方面だったため、とりあえず池袋駅へタクシーで向かうことになって乗り場でお別れして、代表は駅で電車が動くのを待ちました。

 ようやく電車が動き出したのは23時半。動き出してからも各駅でかなりの時間停車し、代表の家がある鶴ヶ島駅に到着したときはすでに午前1時。そこから家まで30分ほどの道のりを歩いて、風呂に入って床についたときには2時になっていました。結局、いちばん家が近かった代表がいちばん帰宅が遅くなったみたいです。そういうことで、ブログは休みました。いや~、代表の帰り道は事件が起こる確率が高い。参りました。

冬支度・・・水ポンプの凍結対策の巻

 また冬支度の時期になった。一年が経つのは早いものだ、とは毎年言っている気がするが、まったく早いもんだ。今回は水ポンプの凍結防止をした。

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 大枚はたいて新品に交換したばっかりだから凍らせるわけにはいかない。
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ここまできた!ひとの駅かわうちの除染

 11月10日時点、ひとの駅かわうちの除染は校庭の表土剥ぎと中庭の草刈りの作業中だ。

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 これが終わったら、新しい土を入れて固め、最後に水管の除染を行って完了の予定。まだ今月一杯くらいはかかるだろう。
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いわき市『あぶくまの会絵画展』へ行く

 今日は、川内村からの帰り道にいわき市へ寄って、いわき市医師美術協会長の薗田巌さんが企画された、いわき市と双葉郡の作家さんの合同による『あぶくまの会絵画展』を観た。

 代表が十代の後半の5年間を過ごしたいわき市は、小さいころから、祖母が営む旅館へ遊びに行ったりしていたので、第二の故郷とも言える街なのだが、苦く切ない思い出ばっかりで、これまでは用事があって行くことはあっても、好んで近づくことはなかった。

 平駅周辺、特に田町から大工町にかけては、繁華街があり朝も昼も夜も下駄を履いてカラコロと闊歩した場所。しかし、賑やかなのはそこまで。すこし南へはずれると昔からの古い家が並び、商業施設はまばらだった。三十数年ぶりに足を踏み入れた平駅前は、当時の景観はまったく残っていなくて美しい文化都市になっていた。代表の思い出とは違う別のいわき市だった。

 『あぶくまの会絵画展』の会場、いわき市文化センターは、田町の南側にあった。管理が行き届いた清潔な建物で、様々な文化イベントが開催されていた。

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 ほんとうに会場はここなんだろうかと、少し心配になりながら近づくと『あぶくまの会絵画展』の案内板があった。
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川内村は紅葉真っ盛り

 今日の川内村の紅葉です。
ここは、県道36号線と千翁川が交わるところ。時間は、朝7時。

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 充分紅いけど、もっと紅くなるはず。あと1日か、2日か、3日か。代表の少年時代に見た、真っ赤な火事のように燃え上がる紅葉に出会うのはなかなか容易ではない。
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バイク最後の日

 バイクはいつ乗っても楽しいが、代表は根性無しなので寒い時期は乗らないことにしている。今週で今年バイクに乗るのは終わりにした。

「 ご苦労さんでした」
感謝の気持ちをこめてヘルメットを洗った。

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 メーカーはArai。トライアル競技用だけど、スピードを出さない代表はこれで充分。カーボン製だから値段はちょっと高めだけどとっても軽くて楽なんだよ。

 それから、エンジンオイルを交換して、バッテリーを外して、フューエルコックをオフにしてキャブレターのチャンバーのガソリンを抜いた。最後に、延び伸びになっていたチェーン交換をした。
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井出正人著『満天星』より その11 -山村川内の幕末史 番太の軍次-

 番太(ばんた)とは、江戸時代に、都市に置ける夜警、浮浪者の取り締まりや拘引、牢獄・刑場などの雑用、処刑などに携わっていた人たちのことである。都市に設けられていた木戸に接した番小屋と呼ばれる粗末な家に住み、非常に身分の低いものとされていた。番太郎(ばんたろう)ともいう。

        【写真:番太のイメージ】
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 川内村は幕領だったが、直接に番所が置かれていなかったことなどにより、町民の居留地が塀で囲まれて行動が制限されていた平藩や相馬藩の領内に比べるとかなり自由に行動することができた。そのために、川内村民の自立心が強くなり、個人で判断し行動する特性を持った村民が多くなったと代表は考えている。

 今回登場する軍次のような孤児が育ち、番太となって村人に信頼されて非常時の警護にあたれたのも川内村だったからといえると思う。城下では、武器になるからという理由で天秤棒を使った物売りさえ許されなかったから、軍次得意のチャンバラ遊びさえできなかっただろうし、軍次の師となった山伏が山中で修行することもままならなかっただろう。

 川内村の番太の軍次が、幕末の梅雨空にさわやかな風を吹かせます。
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『あぶくまの会絵画展』開催

 11月10日からいわき市文化センターで『あぶくまの会絵画展』が開催されます。

日時:11月10日(土)~15日(木)
   9時~18時  最終日13時まで
会場:いわき市文化センター4階 中展示室
    いわき市堂根町1-4
    TEL1246-22-5431

 あぶくまの会というのは、いわき市医師美術協会長の薗田巌さんが、長野に避難中に立ち上げた団体で、第一回あぶくまの会展は2011年7月に小諸高原美術館で開催されました。団体って言っても、まだそのときは薗田さんひとりだけでした。

【写真:第一回阿武隈の会絵画展の薗田巌さん】
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 あぶくまの会設立の目的は、震災で長野に避難した薗田さんが「長野地方と阿武隈地域は縄文時代から交流があった」というインスピレーションを得て、東北から長野までを大きな阿武隈文化圏と捉え、そのつながりやエネルギーを活動の核とするまったく新しい枠組みの提案らしいです。詳しいことは会場で薗田さんに直接聞いていただくのが一番いいと思います。

 今回の『あぶくまの会絵画展』には、いわき市から4人、双葉郡美術協会から4人の作家か参加されます。双葉郡の枠組みが無くなりつつある今、薗田さんのあぶくまの会の役割が重要性を増してくると思われます。

代表は11月11日午前に会場に行く予です。
いわき市に避難されているみなさん、会場で会いしましょう!

琴海倫著『辻まことマジック』を読んで2

 後悔。
少し難しいテーマをとりあげてしまった。うまく着地できないかもしれないけれど、おかしいところは後日直すことにして続けます。

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 長女が、自分が観た映画が面白いから代表にも観ろとすすめたのは、価値観が同じだと考えたからではないと思う。そういう映画にすなおに感動できる父親であってほしいという、期待の方が大きいんじゃないかと思っている。ならば代表はどうするかというと、長女に好かれたいので、よろこんで感動する親父役を演じる。そんで、長女の期待に応えながら自分の希望する方へ導こうとする。親子の間って、そういう攻防があるものじゃない?
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琴海倫著『辻まことマジック』を読んで1

 先週末の代表の休みは充実していた。
家の掃除をし、息子といっしょに自転車のパンクを直し、洗濯機の修理の手配をし、S2000のルーフカバーを製作し、バイクを整備し、防災設備の修理もすすめ、新たにひとの駅を使わせてほしいとやってきた団体幹部と話をした。その間に映画を観て、スタバに半日籠って本を一冊読んだ。

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 今回観た映画は、長女にすすめられたフランス映画『最強の二人』だ。事故で首から下がマヒした貴族階級の男性と、男性の介護に雇われた貧困層の黒人青年の友情物語だ。代表は、意味もない情景描写がだらだらつづくフランス映画があまり好きではないのだが、最近のアメリカやイギリスや日本の映画よりはリアリティがあってずっと良いと思った。アメリカや日本の映画は、安っぽい恋愛物か、アニメかアニメ的な演技の3D画像が主流になってしまって、どれもつまらなくなった。皮肉にも、フランス映画が他国から遅れているために、映画の素の良さが残っている感じがした。

 長女も『最強の二人』のような大人っぽい映画が理解できる年代になったんだなという感慨と、どうして代表にすすめたのかな?という疑問とが残ったところで、琴海倫さんの『辻まことマジック』を読んだわけだ。
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整髪

 去年、代表の愛車S2000の屋根を交換した時、雨に濡れないようにバイクのカバーを改造して急ごしらえしたカバーだが、屋根が汚れなくれ劣化もしないスグレモノなので、気に入ってあれからずーっと使い続けている。当然、保護している側でのカバーは汚れて劣化するわけなので、作り立てのときには、ポマードで真ん中から整髪したようにビシッと決まっていたのに、今ではボロボロになってザンバラ髪のアルシンドみたいになっちゃった。

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 とほほ・・・。
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親心

 今日は予定通り息子の自転車のパンク修理をした。

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 自分の中学時代を振り返ってみればわかるが、親父と中学3年生の反抗期の息子とが何かを一緒にやるのは容易なことではない。それは息子が独り立ちし、親が子離れするための普遍のプロセスだ。

 しかし、なんとかして自転車のパンクくらいできるようにしてやりたいと思う代表は、抵抗する息子をおだてたりエサで釣ったりして修理を手伝わせることに成功した。息子は親父と一緒にいるのが嫌なだけだから、楽しいパンク修理にすぐに夢中になった。
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雑学

 代表は、ここ10年ほど、だいたい平均で月に2回くらいの割合で埼玉の川越市から週末に川内村へ行っているわけだが、今年は7月からだとすでに14回、9月末からだと六週連続で福島へ行っている。また今週末に行くと、更に5週連続になってしまう。なので、今週はひと休みしてゆっくりします。

【写真:代表の家の天窓から差し込む光】
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 とは言うものの、休みの日の掃除は代表の役目だし、頼まれている息子の自転車のパンクと壊れた洗濯機の修理をやらないといけないし、日曜日は打合せが入っちゃったしで、あわただしさはあんまり変わらないね。川内村の紅葉は、明日明後日がピークだろうなぁ。体がふたつほしい。

 ところで、『満天星』その10で、著者の井出正人氏が、川内村の様子を「騒然」「上へ下への大騒ぎ」「大騒ぎ」「てんやわんやの大騒動」と何度も何度も書き、「両庄屋にとっては連日身の縮むような、命のすり切れるような」とか「安三郎の妻が狐付になり脇差にておどし咽を切ったので死去」したとか言って、オーバーじゃないのと思うかも知れないが、当時の平藩領と川内村の情勢を考えると、安藤正信公と高々二百人足らずの家臣が川内村に来たことがどれだけ大事件だったかがわかる。
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代表の11月の予定

 10月中旬に裏磐梯でミニ同級会をした帰りに、みんなで三春町の木楽で開催中の『双葉郡美術展』に行ったのだが、そこで中学時代の先生に卒業以来42年ぶりに再会した。じつは、先生は双葉郡美術協会の会員で、作品を出展されていたのだった。イガグリ頭やおかっぱ頭の生意気盛りのガキと、かたや今が花盛りピチピチの才媛教師とが半世紀ちかい時を経てまみえたわけなので、お互いわずかに残る面影が頼りの可笑しくも感動的な再会だった。

 そんなことがあって、先日、先生手作りの2013年カレンダーが届いた。12の素敵な押し花の作品で12ヶ月がつづられている。ご病気をされて左手足がご不自由なため、作品もカレンダーも右手だけで制作されたものだ。

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 1月のページは、ちょうど2011年3月11日に完成し、教室においたまま震災に遭ってしまった作品とのことだ。今年になってようやく先生の元にもどったのだそうだ。この作品を見ることは、すなわち震災を顧みることとおなじ。まだ避難中の先生も、代表を含む双葉郡の人たちも、鎮まった気持ちでこの作品を手にとれる状況になったことを素直に喜びたい。このカレンダーと一緒に迎える来年は、今年よりももっと良い年になると思う。

代表の11月の予定です。
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