2012年10月の記事 (1/1)

ひとの駅の除染

 22日から始まったひとの駅かわうちの除染が順調に進んでいる。校舎の回りはこんなにすっきりして、SOFAもうれしいのだろう。微笑んでいるみたいだ。

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 裏側もこの通り。震災前よりもきれいになって、窓からひとの声が聞こえてきそうな感じさえする。

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 これから側溝の泥の除去と洗浄、地面を剥ぎ土の入れ替えが行われる。除染が終わったら、次は設備の補修の番だ。そして、再開の条件が整う日を待つ。その日もそう遠くないだろう。もう少しだ。
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井出正人著『満天星』より その10 -山村川内の幕末史 幕末騒憂のかわうち その1-

 代表もまた満点星の世界と交錯していた。本日登場する上川内村の名主だった秋元家というのがお袋方の本家になる。そして、高校時代には平城跡のすぐ近くに住んでいた。城跡の裏側の磐城女子高(現在の磐城桜が丘高校)の、そのすぐ裏側の「ひつじ荘」というアパートに一年ほどお世話になった。毎日、平城跡という意識もなく、堀のそばの日当たりの悪いジメジメした道を平駅まで行き、そこからバスに乗って鹿島街道沿いにある学校まで通ったのだった。

 もし、今平城が残っていたとしたら、平駅の裏側にこんな感じに見えるらしい。

【写真:平城再現イメージ <ネット上より借用>】
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 あの当時、代表も山村川内の幕末史の、複雑な綾の中の結び目のひとつなんだと教えてくれる人がいたら、この風景を見る目もまた変わったものになっていたと思う。だが、閉ざされた阿武隈山地の狭隘な隠れ里から地方都市にひとりで飛び出した代表には、そんなことを諭してくれる知己はなく、過去に思いを馳せている余裕もなかった。毎日毎日、価値観がガラガラと音を立てて壊れていくような強烈な体験の連続に興奮し、歓喜し、傷つきもして、かろうじて自分を保っていた。あれが代表にとっての幕末だったと言えるかもしれない。

 本日は『満天星』から山村川内の幕末史の第8回目。慶応四年、六月に入って西軍が東進してきてから、七月十四日夕刻に平城から上川内村に落ち延びてきた安藤正信が長福寺に入るまで、そして、平藩の数百人が正信公の後を追って川内村に入ってきた十六日までの村始まって以来の騒動の様子を、正人氏がダイナミックにリポートします。
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ヘビの抜け殻の効用

 9月23日のブログで代表の屋根裏にヘビの抜け殻があったのを話題にしたが、あの抜け殻でパウチッコをつくってみた。こんなことして遊んでいる暇があるんだったら他にもっとやるべきことがあるんだが、抜け殻が風化し始めたのであせってやった。なんか、特産にできそうな仕上がりじゃないですか?趣味が悪い?

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 笑いなさんな。これを財布に入れておくと本当にお金がたまる。
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262歳の少年

 双葉郡美術協会長の鶴田松盛さん(右)が、週末に木楽に泊って双葉郡美術展に立ち合うとのお話だったので、土曜日夜、木楽に鶴田さんを訪ねて、ひとの駅事務局の齋藤昭蔵さん(左)と、たまたま遊びに見えた三春町の蕎麦屋さん(左から二人目)も交えて、四人合わせて262歳で一杯やった。

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10月27日の川内村

 今朝の川内村です。

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 4区の除染は、川前寄りから始まって今千翁川の近く(写真)まで来たところ。紅葉はご覧の状況なので見頃まであと一週間から10日といった感じ。

 3区の除染は、JAの周辺が終わりこれから町分の中心部に移るところでした。代表の家の除染は11月中旬以降になりそうだ。

井出正人著『満天星』より その9 -山村川内の幕末史 ぱんぱん爺ちゃん-

 朝晩冷えるようになって代表の通勤路の街路樹が赤く色づいて来た。しかし、川越の紅葉は川内村の紅葉とは比べようもない。もちろん、川内村の紅葉が何倍も鮮やかだ。代表は、もう一度、川内村の紅葉のいちばんのピークのときに立ち合いたいと思う。徐々に色づいていって、冷え込んだ朝に、まさに燃えるようにという言葉通り一斉に紅葉する。山が燃える。あの瞬間にどうしてもまた出会いたい。さわさわと音立てて落ちる葉吹雪を両手で受けたい。

 例年よりも遅れていると言われている福島の紅葉だが、寒さが増せばとうぜん加速する。このところの冷え込みでどれだけ進んだか。明日の川内村行が楽しみだ。

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本日は、井出正人著『満天星』から、正人氏の祖父ぱんぱん爺ちゃんの幕末史です。
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井出正人著『満天星』より その8 -山村川内の幕末史 正信の手記-

 満天星の重要な舞台になった長福寺も除染の真っ最中。寺の前の道から見上げても樹木に隠れて本堂をのぞむことはできなかったが、現在はこんな感じだ。これでは隠れ家にならないね。根はそのまま残っているから、来春は新しい芽が出て、いずれまた若木が蔽うだろう。

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 今回は、父親や祖父から伝え聞いた幕末の川内村を書き記した正信氏について、正人氏が回想します。
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美大生のフリーマガジン PARTNER

 絵が上手な人が羨ましいと思う。風景や頭に浮かぶイメージを、そのままスラスラ絵にできたら気持ちがいいだろうなぁと思う。それは文章や音楽の才能についても言える。

 じつは代表も子供時代は「絵がうまい」と言われていた。記憶がないときから描くことが好きだったらしく、祖母の実家の旅館の白い壁に木炭で落書きした大きな自動車の絵は、旅館が建て替えられるまでずいぶん長い間そのまま残されていた。上手だったからではなくて、あまりに大きすぎて消すのが面倒なだけだったのかもしれないけどね(笑)。

 美大生のフリーマガジン PARTNER のNO.023号が届いた。

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 このマガジンがあることは東京芸大の先生に教えてもらった。興味を感じた代表は、不躾にも編集長に連絡し、編集部を訪ねた。そのときに、新しいPARTNERが発刊されたら送っていただけるようにとお願いしてきたのだった。

 今号の特集は「きれい」についてだ。途中の飾りは通り越して、ストレートに的を突いたテーマ設定がまたいい。

 PARTNERにはいつも代表が美術で知りたいこととか疑問に思っていることで溢れているので、手にするたびに宝物が見つかったみたいに感激するのだが、最新号もまた広告まで含めた全部がセンス良くデザインされて素晴らしかった。その中で、絵が描くのが好きだったけれどもエンジニアになった代表のような人間にビッタリの、写実画家の諏訪敦氏へのインタビュー記事があった。作家の思考の深部切りこみながら、画を志す者との分かれ道がどの辺りにあったかのヒントが示されている。

 さわりのところを少しだけ紹介させていただきます。
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川内村から花便り

 昨日は用事で帰宅が遅くなり、ブログを休みました。失礼しました。

 いま川内村では色とりどりの秋の花々が咲いてきれいだ。花の写真といっしょに情報をお伝えします。

【写真:長福寺の前】
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 かわうちの湯は10月27日(土)臨時休業とのこと。28日(日)の定休日はそのままなので、今週末の代表は風呂なしだ(泣)。
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突風が吹く

 なんだかおかしな夢ばっかりの夜だった。いやな胸騒がする中で寝汗をびっしょりかいた。熱はなく、風邪をひいたわけでもなく、飲み過ぎたわけでもない。原因に心当たりはなかった。どこかで藁人形が打ちつけられたのかな?なんて思いながら起きた。カーテンを開けたら、穏やかな良い天気だった。すでに寝汗は乾き、夢のことは忘れていた。

 軽く朝食をとって、ひとの駅かわうちへ出発した。片づけものがあったからだが、向かう途中から風が強くなってきた。倒れた物置を眺めている人がいた。どうしたんだろう?と不思議に思いながら校庭に入った。

 「あれ?なんかいつもと違う。」と思って引き返すと・・・入り口のボードが倒れてしまっていた。

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 どうも、ボードの根元が腐っていたところに、夜から明け方にかけてひとの駅の周辺で突風が吹いたためらしい。代表が来る朝に倒れるとは、これまで耐えていて、代表を見て力尽きたのかな?なんて、ひとりくすぐったがったが、それどころではない、けが人がなくてほんとうによかった。

 やはり、代表の寝汗と倒れたボードの関係が気になる。代表は、このことを予知して寝汗をかいたのだろうか?それとも無関係なのだろうか?その謎を解くカギは夢の中味だが、それが、ぽっこり忘れて何にも思い出せない。たぶん無関係だとは思う。

ひとの駅かわうちの除染2

 本日はひとの駅かわうちの除染の打ち合わせの日。代表は人を待たせるのは失礼だという考えなので、相手が誰であれ、たいていは待ち合わせ場所に先に行っている。今朝も待ち合わせ時間の30分前に到着。一番乗りかと思ったが、すでに二人、東電環境エンジニアリングの担当と放射線量測定担当の方が到着していた。負けた。

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 経営者レベルはどうかわからないが、現場レベルの皆さんは仕事熱心で真面目な人ばかりだ。
そのあと、役場の除染担当と地元の業者が到着し、ひとの駅側は、三春町から事務局の斎藤さん、地元行政区の遠藤区長が時間通りに合流。除染作業内容の確認に入った。

 除染の目安は、基本的に年間2ミリシーベルト以下、つまり、毎時0.23マイクロシーベルト以下にすることだ。震災前の被爆基準と同じだから相当ハードルが高い。
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ひとの駅かわうちの除染

 川内村に来ています。

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 明朝、ひとの駅かわうちの除染に関する打ち合わせがあるので。
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■井出正人著『満天星』より その7 -山村川内の幕末史 惣兵衛の口伝 その2-

 短い惣兵衛の口伝。いわば山村川内の幕末史が凝縮されている部分だ。

『 井出正人著『満天星』より その7 -山村川内の幕末史 惣兵衛の口伝 その2-

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 当日はむされるような暑い日だった。
昼下りけが人や婦女子、老人達落人が棒にすがり、肩を寄せ合うようにして三々五々、足をひきずりながら我が家に入ってきた。平のお姫様が亡くなったといいう。驚き大急ぎで栄仙医師を呼び診て頂くが如何ともし難し。

 当夜は十数名が我が家と隣の幸七宅(後裔者、猪狩心六)へ泊る、粥を煮て振舞ふ。長福寺へ通報し寛洲和尚と平の藩士数名来て頂きお経をあげお通夜をする。本当に哀しい夜だった。

 明けて十七日、裏山の墓地に埋葬し、自然石を墓とし、香花を供へ、供養する。皆様方は数日我が家に泊る。 』

 史実のみが淡々と語られているのだが、一節だけ惣兵衛の気持ちが述べられている。それは「本当に哀しい夜」というところだ。井出家の人々は、この惣兵衛の篤い情を代々引き継ぐのだった。

代表はノーベル賞候補?

 先日、代表のアクティトラックのエンジンオイルの自由研究について書いたが、実は代表のもう2台の車はもっと進んだというか、ヤバイというか、とにかく、実験中なのだ。秘密なので詳しくは話せないが、簡単に言うと、オイルフィルターのフィルターを無くした、みたいな、そうしたらどうなるか、みたいな、まあ、そのような試みにチャレンジしているわけだ。先週末に同級生を乗せる予定だったワンボックスカーのエンジンオイルはもう4年も入れっぱなしだった。

 しかし、代表ひとりが乗るなら命がけでもいいけど、同級生をモルモットにするわけにはいかない。アクティトラックのエンジンオイルを見てちょっと感じることがあった代表は、ワンボックスカーのエンジンオイルを交換してから同級会に行くことにした。今回は自分でやる時間が無かったため、近くのオートバッXに持ち込んだ。

 「これはヤバイ!どぶ水ですよ!こんなエンジンオイルを見るのはめったにないです。」と、オートバッXのメカニックは言った。たしかに真黒なエンジンオイルが出てきた。

         エリシオンオイル交換

 しかし、代表からしてみると、色が黒くなっただけで粘性を失っているわけではない。ふつうはキラキラと出てくる金属粉も皆無。エンジン音だって、隣の駐車場の軽自動車よりもはるかに静かだ。色だけで判断するのは早計だ。エンジンオイルは正常に機能している。実験は成功だ。そう確信した。

 あとは、このレベルのエンジンオイルの機能がどうなのかの確認が必要だ。それで問題がなかったら、次はどうやって黒い色の元になっているカーボンを除去するか、だな。うまく行ったら世界中の車のエンジンオイルが節約できるし、オイルフィルターの材料の杉パルプが要らなくなるから地球規模では相当なエコ対策になる。代表はノーベル賞がもらえるかもしれないよ。

 それにしても、オートバッXのスタッフのサービスは素晴らしかった。

井出正人著『満天星』より その6 -山村川内の幕末史 雨情哀情-

 13日に代表が裏磐梯で同級生と会っていたころ、天皇皇后両陛下が川内村をご訪問されていた。

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 福島第一原発から至近距離にある川内村に、わたしたちと同じお姿で立たれたわけだから、村人たちは驚いただろう。同時に、大きな自信にもなっただろうと思う。役場職員の皆さんも苦労が報われたことだろう。お二人がそのようにされただけで、村の人たちの顔がとても穏やかになっていた。代表は夜、ホテルのテレビでこの様子を見てジ~ンときた。これで潮目が変わったと感じた。

 今日はお待ちかね井出正人著『満天星』から、逃避行で落命した安藤正信公の姫の碑建立の経緯について、井出正人氏の語りをどうぞ。
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ほんとうの空2

 先週末。代表は、ワンボックスカーで裏磐梯に向かった。今回の足がバイクやS2000じゃなかったのは、日曜日にミニ同級生の女子(といっても当然57才)たちを乗せて移動するためだ。

 午後一時前後に裏磐梯に着いていればよかったので、渋滞の遅れ分なんかを大雑把に考えて、朝8時に川越を出発した。急ぐ旅でもなし、ゆっくりしたペースで車を走らせた。河川敷のゴルフ場の緑や川のさざなみを眺めるともなく眺めたり、追い越して行くバイクの車種やナンバーを見て行先を想像してみたり、東京駅からバスで向かう女子たちと携帯メールを交わしたりしながら。

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 東北自動車道路は予想した通りの大渋滞で、岩槻ICに入る手前から羽生を抜けるまで2時間もかかった。佐野SAから先は順調に流れたが、女子たちが乗ったバスはまだ久喜で渋滞にはまっていた。午後一時の到着予定が大幅に遅れるとみた代表は、さらにペースを落として景色を見、バックミラーに映る車やバイクの車種を当てて遊びながら目的地を目指した。稀に見る秋晴れ。遠い山並がサファイヤのように美しかった。

 ここで何度か書いたように、大震災以降、代表は自分の人生を悔いなく生きると決めた。死に急いでいるように、結果を求めて先ばかり急いでいたそれまでの人生にピリオドを打ち、とにかく、一瞬一瞬を全身全霊で感じ、全感覚で反応し、全細胞に記憶することにした。とくに人との出会いにおいて、いつでもそれが最後と覚悟して心残りがないように。もちろん、時間の都合やその他の理由で限界はあるが、可能な限りそうしたいと思った。この同級会と呼ぶにはごくささやかな集まりにも、そのような思いで参加させてもらったのだったし、参加したみんなが同じ思いだったと思う。

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 そうしてきたにもかかわらず、代表が少しためらったために、ひとつ苦い悔いが残ってしまったことがあった。代表が会おうとしていた矢先に、同級生のひとりが事故死してしまったのだ。
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ほんとうの空

 代表は、「この上の空がほんとうの空」と智恵子抄で高村光太郎が詠んだ安達太良山に登ってきました。

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 ほんとうの空。ほんとうの・・・何があったのかは、明日のブログで。

いよいよ始まるひとの駅かわうちの除染

ひとの駅かわうちの除染が始まるので「現場で打合せをしたい」と役場から連絡があった。

 自治体である川内村の除染担当は20キロメートル圏の外だが、作業はずいぶん遅れている。最優先で川内村に帰る子供さんがいる家が終わった。それから、全部で8つある行政区のうちの7区、6区、5区、1区、4区と進んできて、もうすぐ1区と4区が終わるあたりなんだが、代表の家は3区の真ん中くらいの位置だが、最初の除染予定の8月からすでに11月上旬にずれている。

 川内村でも20キロメートル圏内の除染は国(環境庁)が担当だが、これも相当遅れている。どちらも年内に終わらせようとして急ピッチだ。明日は天皇陛下がいらっしゃる。受け入れでてんやわんやだろう。 

 この紅葉はひとの駅のシンボルのひとつ。一時枯れかけたことがあったが持ち直した。切らないで残したい。

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 明日は、裏磐梯で一泊のミニ同級会がありますのでブロクは休みます。

 それでは、良い週末を!

代表の自由研究・・・トライポロジー(摩擦学)

 ごく一部の人だけに好評の、ときどき代表の自己満足について書く車や技術に関する話題です。

 この前のエンジンオイルとフィルターの実験に対して、「5万キロメートルもオイル交換しないのはマズイのでは!?」とか、いろいろなご意見があった。こういうところに書いていながら無責任といえば無責任だが、これはあくまで代表の趣味の話なので、良識あるみなさんは決してマネをしないでくださいネ。自分でトライする場合は自己責任でお願いします。

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 とお断りしてから、自由研究の続きです(笑)。
まず、エンジン内のオイルとフィルターの特性と役割について簡単におさらいしてみよう。
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柏秀樹ライディングスクール川内村ラウンド報告 その2(終わり)

 トレーニングを楽しんだ後、むかし、メジャーなオフロードバイクレース『カブトムシエンデューロ』が行われていた隣町の山までミニツーリングした。ちょうどそのときに台風の影響で空をおおっていた厚い雲が切れて光がさーっと射した。

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 吉兆かも。
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柏秀樹ライディングスクール川内村ラウンド報告 その1

 バイクジャーナリストの柏秀樹さんと代表とは、バイクブームが華やかなりし1980年代にお互いの仕事を通じて知り合った。そのあたりのことを詳しく書くと長くなってしまうので端折るが、バイクという素晴らしい乗り物と行動的なライダーとまだまだ自然が残る阿武隈地域とを結んで、バイクツーリングのメッカのような場にしたいという希望が代表にはあった。その考えに、バイクの安全性と楽しさを伝えるためのスクールのトレーニングフィールドを求めていた柏さんの情熱とがシンクロして、2010年3月に初めて川内村を案内することになったのだった。

 その後二回、テスト的にグルメや民泊と抱き合わせてライディングスクール川内村ラウンドを開催していただいた。お互いに良い感触をつかんむことができて「本格的に!」と話し合っていたところで東日本大震災が起きた。

あれからもう二年が過ぎた。代表を飲み会に誘ってなぐさめてくれたり、川内村に様子を見にきてくれたりの、その間のスクールのみなさんとのことも書くと長くなってしまうのでこれも端折るが、まさか再びここで会える日が来るとは思わなかった。

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 良かった。ほんとうに良かった。「横浜」「湘南」「八王子」「練馬」などのナンバーを見ると、ぐっとこみ上げてくるものがあった。
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柏秀樹ライディングスクール川内村ラウンド終了

 日曜日から今日朝にかけて、柏秀樹ライディングスクールの川内村ラウンドが行われました。川内村の自然の中のコースを使ったスクールと、山荘に一泊しての親睦会。楽しく充実した二日間でした。

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 代表は遊び過ぎて疲れ気味です(笑)。なので、詳しくは明日報告します。

本日の川内村は雨

 11時間も爆睡しました。

昨夜から雨が強くなり、今朝も雨。代表の携帯電話の温度計で測った気温は18℃。

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 寒いというほどではないが、外で遊ぶには厳しい天気。

雑談

 眠い。まだ夜7時なのに。かすかな虫の声と、さっき降った雨のしずくが時折トタン屋根に落ちる音だけが聞こえる。川内村は涼しくて静かでいい。今夜は早く寝よう。

 いよいよ明朝、次女と家内が隣国へ出発する。次女に「気をつけてね」ってメールしたら
「は~い( ´ ▽ ` )ノありがとう☆」
って返信が来た。カワイイなぁ。それだけです。

 代表の方は、川内村で柏秀樹さんのバイクスクールのガイドだ。前回のスクールからもう2年だものなぁ。長かったよ。何にもないけど、今のそのままの川内村を見てもらって、伝えてもらいたいと思う。

 双葉郡美術協会長の鶴田松盛が筋肉痛(本人談)のため一週間くらい静養されるという連絡が届いた。会場のセッティングが満足するまで何度もダメ出しをしてやり直したとおっしゃっていたし、きっと郡美展の準備で気が張っていたのが、オープンできたので疲れがいっぺんに出たのでしょう。「出来うる最高の出来栄え」と鶴田さんがおっしゃってあられるからには相当なレベルのはず。楽しみだ。

 代表の家の水道水の放射線量を測ってもらった。

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 結果は「ND(検出できず)」。山の沢の湧水なのに放射性物質が無いなんて、改めて奇跡中の奇跡だと思った。守られた。それ以外に説明できない。

 かわうちの湯の工事が延期になったそうだ。年末年始まで営業して、その後工事に入ることになったらしい。今年1月から、やるぞやるぞという話が延び延びになっていたが、今度こそ本当みたいだ。工事期間は6カ月かかるということなので、来年前半は観光にならないだろう。除染も復旧もだいぶ遅れているようだし、川内村の本格始動は再来年あたりからかな?あせらないでいいでしょう。

 明日と明後日は村民号という川内村民の親睦イベントのため、村民のほとんどは不在です。とある公民館にものすごい量の酒が用意してあった(笑)。今年は岩手県方面へ行くらしい。村民号があることがわからなかった村民もいるらしい。住所が避難先のまま村に戻っていると案内が届かない。盛り上がるのかな?荒れんのかな?わかんないけど、どっちにしても酒の席でのコミュニケーションだから激しいものになるんじゃないでしょうか。

 尚、明日は、外泊予定のためブログは休みます。

アクティトラックのエンジンから異音

 ひと月くらい前から、アクティトラックのエンジンを始動させるときに「キュー」っという音がでるようになった。エンジンがかかってからも音は消えないで、走っているうちにだんだん小さくなっていく。そのまま川内村において埼玉に引き揚げ、一週間後か二週間後にエンジンをかけると再現する。

 代表の経験から推測すると、この音は金属の回転部分にフリクションがあるときに出るものだ。アイドリングで音がするということは、エンジンの心臓部に異常があるということになる。クランクだったら大ごとだ。

 もしもクランクにだとしたら、クランク軸か軸受のメタルかのどちらかが傷つくとか、ゴミが噛みこんだかくらいしか考えられない。エンジンオイルがきちんと流れていればそういうことは起きない。いつもエンジンオイルの汚れと量をしつこいくらいにチェックして、減ったら補充しているからありえないはずなんだが。

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 待てよ。代表はある秘密兵器をつかった実験を続けていて、もう5万キロメートルもオイル交換をしていない。そのために何かが起きているのかもしれない。心配になってエンジンオイルを抜いてみた。
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アートがテーマのマンガ「GOKUSAI」登場

 電車の中吊り広告を見て気になったキャッチコピーがあったので、久々に320円をはたいてコミックなんぞを買ってみた。10月27日発売の「週刊ヤングジャンプ」44号。すこしいやらしい内容のため家には持ち帰れなくて、車の中で読んだ。

 代表が気になったキャッチコピーは『描け。世界と己自身を。彩れ。日常と心の中を。世界は想像以上に「アート」だ。』というもので、漫画のタイトルは「GOKUSAI」という。「GOKUSAI」とはたぶん「極彩」のことことだろうと思う。

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 主人公の名前は空波丈(からば・じょう)。珍しい苗字だ。苗字には興味がある代表も初めてだ。
『アートとは』『美とは』『価値とは』『自己に問い』『生きるために』なんて思わせぶりなワードまでちりばめてあって、もしかしたらこの漫画は、『芸術とガラクタの違いって何?』や『芸術家と職人の境目って?』や『アーティストはどうして自身の作品について解説しないのか?』とかの代表の疑問に答えてくれるかもしれない。そう思ったのだった。

 代表は興奮をおさえてページをめくった。
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第16回 双葉郡美術展のこと その2

 今、双葉郡でイベントを開催するのはたいへんだ。住人は避難先へ散り散りバラバラになってしまっているし、郡内の施設のほとんどを復旧事業が優先的に使っているために、場所さえない。それに、なんといったってまだ被災者自身が「イベントで盛り上がりたい」という気持ちになれていない。やるべきことができていないのに、お囃子だけ賑やかでも踊る気分になれない、というのが本当のところだ。まだまだ時間が必要なんだ。

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 そのような状況下で、第16回双葉郡美術展が郡外で開催されるというのは、関係者にとっては残念な部分もあるのかもしれないが、開催できたこと自体が本来あり得ないような話であって、短期間でここまで漕ぎつけた双葉郡美術協会長の鶴田松盛さんの情熱と行動力には驚きと畏敬の念を禁じ得ない。鶴田さんは77歳なのだ。

 こうまでして、鶴田さんが郡美展を開催することにしたのは、なによりもまず会員の無事を確認したいということだった。その上で、第16回を最後にするべきかどうかを判断しなければならないとおっしゃっていた。全員無事ならいいが、連絡がとれない会員もいる。連絡がとれても、震災のショックから美術に取り組めなくなった人もいる。心や体を病んでいる人もいることだろう。また、今現在は元気でも、これから5年間10年と仮設住宅での生活が続けば、老齢化も重なって、状況はさらに厳しくなっていく。鶴田さんご自身も老いから逃れることはできない。そういうわけで、会員ひとりひとりと顔を合わせて、心と体の状態を観て、それぞれの持てる時間と希望とを重ね合せて決断されるということだ。招待を含めて20名集まらなかったら中止するとのお話だったが、なんと38名もの出展があった。お便りでの連絡を含めると全員参加に近い。いい結果につながってほしいと思う。

 この第16回双葉郡美術展は、福島県の片隅で開催されるささやかな美術展だが、双葉郡の未来がかかった特別な美術展だ。代表は10月14日に行く予定です。

 みなさんもお近くにおいでの際にはお寄りいただけたらと思います。詳細は次の通りです。
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第16回 双葉郡美術展のこと

 「2日から4日 木楽に行ってきます」

鶴田松盛さんからたった一行だけのメールが届いた。いよいよ第16回双葉郡美術展が三春町で始まるのだな、と代表は思った。

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 50名近い双葉郡美術協会の会員の中で、現在、自宅に戻れたのは鶴田松盛さんただひとりだけである。そのような状況で、はたしてこれから美術展を続けることができるのか。協会長の鶴田松盛さんは、どのような想いで美術展を開催することにされたのか。その苦悩と苦労を知る代表は、軽々にそのことに触れることができない。

 しかし、最後になってしまうかもしれない双葉郡美術展のことは、だれかが記しておかなければならない。それは、たぶん代表しかいない。とてもむずかしい話なんだが、あした、紹介したいと思う。

代表の10月の予定

 楽しそうな作品(かな?)だよね。ご覧になった方は多いんじゃないだろうか。

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 郡山市と双葉町を結ぶ国道288号線の、三春町と船引町の間の道沿いにあるんだね。コンクリート製でペンキで着色してある。何なんだろうね?どなたがなんの目的で作って展示(?)していらっしゃるんだろうか?ご存じの方、代表にも教えてください。

 代表の10月の予定です。
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