2012年07月の記事 (1/1)

川内村の百姓の挑戦

 百姓というと農民の蔑称に聞こえるかもしれないが、本来の意味は、百のことを知る農業技術者のこと。米や食糧の生産をするためには、気象学や天文学などを始めとして、百以上の学問や技術について熟知していることが必要で、昔は、そのような民を尊敬して百姓と呼んだのだ。

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 代表が米を譲ってもらっていた川内村の百姓で、書家でもある堀本さんは、新たな難題に挑戦していた。
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あれこれ市場が再開

 29日、あれこれ市場が再開するというので行ってみた。代表が言ったのは3時頃だったが、オープンに駆けつけたお客さんやメディアのみなさんは帰った後だった。それでも平田町のテントも応援に加わって、さあこれから!という熱気が代表にも伝わってきた。

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スタッフのみなさんもうれしそうで。やっぱり、こういうのがないとね!これでまた川内村の産品が地元で販売できるようになったわけだ。美味しいからどんどん売れて、そのためにどんどん生産して、相乗効果でどんどん賑やかになっていくと思う。

 役場の復興課長さんのお話によると、これから、生活必需品を村内で買えるようにするためにマーケットもできるそうだ。震災前まで、富岡町に行けばたいていの商品が買い揃えられたのだが、現在は船引町か小野新町まで行かないといけない。富岡町より遠くて道も悪い。早くその不便を解消してやりたいということだ。

 それから、アパートと、50室規模のビジネスホテルの建設も計画されている。今川内村に足りないものをつくって、合わせて雇用をもつくりたいということらしい。ビジネスホテルは早くも11月頃のオープン予定だという。
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復旧

 今日、震災から止めていた電気、電話、インターネットを再開した。水道も水が出るのを確認。とりあえず8月末頃までこの状態を維持する予定です。

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 それにしても、ガランとした事務室はさびしい。これからどうやって立て直していくかを考えると、やはり暗い気持ちになってしまう。物理的にも、モチベーション的にも、簡単ではないだろうという気がする。

 校舎の利活用ということだけに割り切れば、なるだけ早く、川内村にもどった人たちを中心に体制を作りなおして再開する選択肢も有りなのかもしれない。だが、それでいつまで続くだろうか。冷静になって考えれば、多くの人たちに支えられて、利用者が少しずつ増えていった震災前に対して、良くなったものは何ひとつない。村と地域の活性化のための活動なのに、今はその村と地域の形が壊れている状況。一時的に盛り上がっても、先は見えている。

 したがって、もう一度トレースするのが良いと思う。何もないところから始め、すべてのものを一から創った、あのメンバーと、同じボランティアのみなさんと、再開を心待ちにしている利用者の方々とで、もう一度やり直すのが一番だし、それしかないと代表は思う。全員がここにもどるには、まだまだ長い時間がかかる。でも、代表がひとの駅の代表である限り、その時を待ちたいと思う。

梅ジャムづくり

川内村も暑い。ちょっと動くと汗が噴き出す。

梅の話題が多くなってしまったが、旬のものだし、それと、サポート事業を申請したときに「梅は日本中にあるので特産品にならない」って振興局から言われ却下された悔しさがある。川内村の美味しい梅が特産品にならないわけがないと代表は考えている。水だって産地によって味が違うし、ちゃんとそれがブランド商品になっているわけだしね。とりあえず自分が納得すところまでやってみたいと思う。

ハチロー君の70本の梅林からとれた梅は、このざるにひとつだけ。今年は実が少なかったのもあるが、タイミングが一週間遅かった。ほとんど熟して落ちてしまっていた。

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充分だ。今年最後の恵みを、梅ジャムにしてありがたくいただくことにしよう。
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梅ジュースもう一杯

 暑い一日。汗をかいたあとの梅ジュースがとっても美味しい。

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 これまで、代表が川内村でつくった梅ジュースを家族は気味悪がってあまり飲まなかったのだが、今回は家族みんなでビンを回しながら面倒を見たので「充分もジュース作りに参加した」っていう意識があるらしい。代表よりもたくさん飲んでいる。出かけるときにも水筒に入れて持っていく。どんなことでも、参加することがポイントみたいだ。

 梅ジュースもう一杯。

代表メモ・・・7月26日

●大工のシゲルさんから電話。
 ひとの駅の屋根(雨漏り)修理が終わったとのこと。

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●柏ライディングスクール事務局よりメール。
 川内村の状況の問い合わせなど。
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「帰れない仲間に勇気を」 福島民報記事より 

福島県の新聞、福島民報7月25日版で、広野町に帰還した鶴田松盛さんが紹介されました。

 福島民報デジタルニュースでご覧下さい。
       
 ■広野町在住・双葉郡美術協会長 鶴田松盛さん(77)
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 また、双葉郡美術協会員に限らず、作品発表会へ友情出展が可能な方は、鶴田松盛さんまでご連絡お願いします。
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代表の母校

川内村立第二小学校。それが代表の母校だ。

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かつて川内村には、一小、二小、三小の三つの小学校があった。児童数の減少に伴ってひとつに併合されて、三つの小学校はぜんぶ廃校になった。一小は取り壊されて諏訪の杜公園になり、三小はひとの駅かわうちとして活用されることになった。

代表が通った二小は・・・
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梅ジュース完成

 梅ジュースを仕込んでからまだ一週間しか経っていないが、ビンの口元まで詰めた梅は萎んで3分の1くらいになって、梅から出たエキスがちょうど半分くらいになった。色は透明に澄んで濁りがない。キレイでしょう?これまででいちばんうまくできた感じがする。

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 ちょっと飲んでみたら、甘酸っぱさが爽やかですごく美味しい。家内もビックリだ。このまま氷を入れたコップに注いで水で割って飲んでもいいだろうし、かき氷やアイスにかけて食べてもいけると思う。酒が好きな人はチューハイにしらいいんじゃないかな。

 今回、作り方で変えてみたのは、梅に穴を開けたり凍らせたりしなかったこと。また、仕込んでから埼玉に運んで、マメにビンを傾けて梅をエキスに浸したこと。想像するに、梅の表皮が破れなかっために、表皮でエキスだけろ過するような感じになったんじゃないだろうか。さらに、頻繁に表皮をエキスで浸したことで、梅の表皮が良い状態のまま保たれてエキスが抽出され、濁らなかったのかもしれない。

 これは商品化したらうけそうだけど、まだ内緒にしてアイディアを温めておこう。

お盆の川内村情報

 川内村では、8月12日から『かわうち復興祭』を開催します。 この期間中は、かわうちの湯が無料解放になる等、村をあげての楽しいイベントが予定されています。

【写真:2010年のBon Danceより】
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 村外のみなさんの参加も大歓迎とのことですので、ぜひ一緒に復興祭を盛り上げてください。
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PEACE君の新曲『Summer Time』

 PEACE君は、鶴田松盛さんのお孫さんで、MC&ラップシンガーです。
このたび、PEACE君自身が作詞作曲した新曲『Summer Time』を7月18日にリリースしました。iTunes と レコチョクで配信されていますので、ラップミュージックが好きな方は、ぜひダウンロードして聞いてみてください。

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 PEACE君のブログでも、音楽業界その他のいろいろな情報をリズム感たっぷりに発信しています。そちらも楽しいですよ。

若いっていいですねー。

第一村人発見

川内村役場の駐車場で第一村人を発見!
ガキデカさんですか?

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いやいや。またまた代表の同級生の登場だ。以前にも紹介したことがあるター坊です。「同級生に見せっから写真撮らせろ!」って言ったら、「わがった!はやぐしろ!」っちゅうことだったんで、そん時に撮った写真をのせます。

この日のター坊は正装して、ちょっと緊張気味だった。なんでかっていうと、交通安全パトロールの出陣式(後方)に参列する直前だったから。中学生で成人映画を観ていたワルが、交通と安全とパトロールかよ。すましちゃって。ずいぶん変るもんだねー。

中学3年の給食の時間に、M本先生の座布団の下に画鋲を置いたのって、ター坊だろ?
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トメじいちゃんの七回忌

 もっとずーっと昔のような気がしていたが、トメじいちゃんが亡くなってからまだ七年だったんだ。
妹の嫁ぎ先のトメじいちゃんは、門屋と呼ばれるみすぼらしい小さな店から商売をはじめて、中堅の運送屋までに育てあげた豪傑だった。でかい夢を持ち、でかいことをやるんだという強靭な意志を持ち続けた人で、発電所を作って電気を売ろうとしたこともあった。そのときに買い込んだ発電機が、まだどこかに残っているはずだ。

 老衰で歩けなくなってからは、コタツに座って、繰り返し同じ話をするようになった。戦争の話。日本で一番大きな炭窯(たぶん)を作った話。働きづくめに働いた話。ほどなく家族は聞き疲れて相手にしなくなったけれども、代表は何回聞いても飽きなかった。それから、話すこともできなくなり、ついに向こう岸へ行ってしまった。

 トメじいちゃんの七回忌に呼ばれた親父が、パソコンで名前を印刷してくれと香典袋を持ってきた。ボールペンなら書けるが、ボールペンでは失礼だろうし、かといって筆は使えなくなってしまった、と言う。手が震えるんだそうだ。

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「心がこもったボールペンの字のほうがいいんでねえのがい?ほれに、四十九日過ぎだったら御仏前だべ?」
「かまねだ。ついでに五枚印刷しておいでくいよ。五枚もあれば・・・」と言って、親父は黙った。

 五枚あったら、なんだと言いたかったのか。親父もトメじいちゃんの歳に近づいている。

「2012年の梅ジュース」

戦中派の、贅沢と無駄が大きらいな親父が「なんだ?まだジャムつぐんのが?ガス代だげだってたいへんだっぺ!」と、言った。

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一昨年の、代表のジャム作りを見ていてのことだろう。梅ジャムを作るときには最低でも2回は梅を煮なければならない。その燃料費の心配をしている。ごもっともで、代表のジャム作りは、経済的合理性から見ると破綻している。埼玉と福島を行ったり来たりしながら、時間と金をかけて作る梅ジュースや梅ジャムは相当高くつく。その辺のマーケットで買ったほうがよっぽど安あがりってもんだ。でも、人生というのはそういうことだけではないのだね。経済や効率よりも大切なことがたくさんあるんだよ。親父。

一昨年、親父にあげたときには黄金色に輝いていた梅ジャムは・・・
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「万延元年のフットボール」から「1973年のピンボール」そして「2011年のカリカリ梅」

 このタイトルにピン!ときた人は、かなりの文学通でしょう。

 「万延元年のフットボール」は、ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎の出世作で、「1973年のピンボール」は、次期ノーベル文学賞候補と目される村上春樹の、「万延元年のフットボール」をパロディにした、初期の代表作。代表も読みはしたけど、読んだと言う事実以外に記憶はない。

 しかし、当人たちにとっては、人生のある時期を小説で総括するという、ひじょうに大事な意味を持った作品というわけだ。代表の作品「2011年のカリカリ梅」も、2011年という年の象徴と総括という意味において、同じ延長上にあるということでタイトルにしてみたわけだね。自分でも無理矢理な感じがしたが、思いついちゃったので(笑)。

 去年、張り切って大量に作ったカリカリ梅は、全部でビン5つ分もあったが、検査の結果、わずかに放射能が残存していることがわかった。

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 もちろん、それくらいの放射性物質がくっつくことは百も承知で、食べてみて自分の体で無害なことを実証しようと思ったのだったが、如何せん失敗作だった。はっきり言って不味くて食べられない。梅の爽やかなスパークが無くて、色も良くない。腐臭はしないのでたぶん腐ってはいないと思うが、カビのようなものが生えている。
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川内村の梅の放射能を測ってみる

 土曜日の明け方。常磐道の茨城県側までは豪雨だったが、福島県に入ったあたりから小降りになり、川内村に到着した7時過ぎにはすっかりあがっていた。天気予報を無視して川内行きを強行して正解だった。パソコンを起動してyahoo!の天気予報の「曇り」を、皮肉を込めて1クリックした。

 早速、ハチロー君の梅畑に行ってみた。

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 昨年の10分の1くらいしか実っていなかったが、梅ジュースにちょうどいい青さだった。大きさも申し分ない。急遽梅ジャム作りの予定を変更して、梅ジュースをつくることにした。
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私の手が語る

 本田宗一郎自身が書いた数少ない本の中に『私の手が語る』というのがある。そこには、ハンマーで叩いて潰してしまったり、指の先を削り取ったりしたおかげで、右と左の人差し指や親指の長さが一センチも違っている、傷だらけの本田宗一郎の手のイラストが載っている。

 あるとき、バイト(工具の一つ)の先が左手の平から手の甲へ突き抜けたことがあったが、オキシフルを傷口に注いだだけで、そのまま仕事を済ませて、夜は飲みにいったという。酒が好きな人だったんだね(笑)。

 『私の手が語る』は、エンジニアという人種の素晴らしさを語る挿話と人生訓が詰まった本だ。特に代表のような人間には共感する内容が多い。『自分は、これまで思いきり生きてきた。とくに過去をふり返ることなく、つねに現在と未来に顔を向けてひた走りに走ってきたといってよい。』なんて述懐する部分は、自分が書いたんじゃないかと錯覚するくらいだ。

 今日は代表の手も語りたがっている。本田宗一郎ほどじゃないけれども、代表の左手も傷跡だらけだ。

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失敗

いや~失敗です。
川内村に帰る準備をしていて、ケガをしてしまいました。

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たいしたことはないですが、ブログを書くのに入力作業がしにくい部分のため、明日川内村から改めて報告します。

今週末の予定

ここんところ週間天気予報がコロコロ変るし、あまり当たらないね。今週末だって、一週間前の予報では曇りだったのに、昨日今日の予報ではまたもや雨模様になった。天気予報と相談しながら週末の予定を組んでいる代表は、週日に晴れて週末に雨が降る最近のパターンがうらめしい。

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さて、今週末に予定している梅ジュース作りと梅ジャム作りは、またもや雨降りのため無理なのか?青梅でつくる梅ジュースは、今年はあきらめるしかないのかな?

とりあえず、川内村に行ってみよう。また雨だったら、家の中の片付けだ。

鶴田松盛さんからの便り その2

広野町にもどられた鶴田松盛さんからのお便りです。
町役場の支援体制や住民の互助組織が充分機能していなくて、お年寄りふたりで苦労されているようです。

『 荒れ放題の庭に咲く花に蝶々が遊びに来ていました。

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今日、窓の網戸全部(34枚)の張替えが完了し、3日ぶりに窓を開け、家の中に風を通しました。風の心地良さをこんなに有難く感じた事はありませんでした。

雨漏りに悩まされています。瓦屋はスケジュール満杯で、今は梅雨と言うのに、晴天を祈るしかありません。

これまで力仕事をして来なかった77歳の私が、壊れかけた駐車場を一人で解体するのは、体力的に無理な事が判り、本日急遽、業者に依頼しました。その前の日に、道路わきの草刈をしていた女房がつまずいて仰向けに転倒し、頭に大きなタンコブをつくってしまい、頭を冷やしてやりながら、歳を考えろ!と諌めたばかりでしたので、自力での駐車場解体は潔くあきらめた次第です。 』

ダイニングテーブルセットを運ぶ その2

川内村から川越に運んだダイニングテーブルセットは、こんなになりました。

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もう、代表の好みなど聞き入れられません。

代表の楽しみは・・・
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ダイニングテーブルセットを運ぶ

ダイニングテーブルセットを川内村から川越まで運んだ。家内と娘が、リビングの模様替えをしたいと言い出したから。

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代表の苦労も知らずに「軽トラに積めるでしょ~」などと軽く言う。しかし、いつも「クルマ持ちすぎ!」と非難され、後ろめたいところがある代表と軽トラは、いいところをみせる絶好のチャンス!とばかりに張り切ったが、すごく疲れた。
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辻まことさんの墓守

川内村の禅寺長福寺に、詩人辻まことさんの墓がある。墓とか、物資的なものに執着がなかった辻まことさんのために、心平さんが拾ってきた石を彫ってもらって墓標にしたのだそうだ。場所は、村の人たちの墓から離れた目だなない位置にある。墓碑銘にしてからが、雨が穿ったように自然な感じで、よく気をつけていないと、何万年もそこにあった石のように見過ごしてしまう。訪ねる人さえない。

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しかし、代表がいつここに来ても、苔と背の低い草が墓を守るように自然な状態に整えられている。この日は、新しいマーガレットがそなえられていた。だれかわからないけれど、どうも辻まことさんの墓を守っている人がおられるらしい。きっと辻まことさんのような方なのだろうと思うが、代表は探さないでおこうと思った。

親父川内村に帰る

代表の親父は、郡山市の仮設住宅を引き払って川内村にもどった。

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去年、村が全村避難したあとも居残っていたが、5月にひどい腰痛を患って動けなくなってしまい、約2ヶ月、船引町の病院に入院治療した。それから一人で残っていることが不安になったらしく、郡山市にできたばかりの仮設住宅に入居した。以降、郡山と川内村を行ったり来たりしながら暮らした。

4月1日に川内村役場が帰還して、村内にも人が増えた。親父も、腰痛の不安もなくなり、体力も回復して、季節も良くなってきたので、もどる決心をしたのだろう。親父がもどってびびっているのは家の周りの植物たちだ。毎日毎日、切られたり抜かれたり植えられたり、場所を移されたり置き忘れられたりが始まっている。
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花門でタッキーの送別会

今日は、ごく親しい仲間で、タイに駐在することになったタッキーの送別会。

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たぶん、日本にもどるのは3年後。そのとき、代表は定年退職していて会社にいない。
タッキー、体に気をつけてな。川内村で待ってるよ。

なお、雨天のため、今週末の川内村行は見合わせることにしました。

鶴田松盛さんからの便り

6月18日から広野町に帰られた鶴田松盛さんからお便りがありました。一部を抜粋して紹介させていただきます。

『 広野町の帰還者は、人口5000人のうち400人です。

雨樋の中に草が生えて、排水できずに、瓦の中に逆流して、ひどい雨漏りが発生していましたので、雨樋を突き破り対応しました。小ぶりの雨では雨漏りはしなくなりました。

家は草木で覆われ、台所が雨漏りの為、ギャラリーは食堂代行、アトリエは物置兼用、の状況です。

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庭の草が伸び放題で、その中に綺麗な草花が咲き乱れているので、草を刈るのも可哀想で、花が終わるのを待つことにしました。
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代表の7月の予定

転勤や異動はサラリーマンの宿命のようなものだ。入社してから定年まで同じ職場で働ける人は少ないんじゃないだろうか。代表の会社も転勤や異動がとっても多い。代表の場合について言うと、これまで33年の会社勤めで、転勤が2回。社内の異動となると、もう数えるのも面倒なくらい。組織変更やなんかで、ほとんど毎年のように名刺が変わっている。

長く代表の活動を手伝ってくれたタッキーが、タイに駐在することになった。今週末は花門でタッキーの送別会です。マンスールさんの料理を腹一杯食べさせてやります。

   【写真:2006年5月 レース後のタッキーと仲間たち -川内村-】   12070401.jpg

代表の7月の予定です。
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川内村のようす 4(おわり)

代表のドタバタをドタバタのまま羅列してしまったが、川内村の現在の様子と、二ヶ月前からの変化が伝わっただろうか。

これまでは、川内村に帰っても会える人は数人で、ほとんど顔ぶれは限られていたが、今回は、ここで書き切れないほどたくさんの人たちに出会えた。子どもたちが遊ぶ姿もあった。

たしかに元通りではない。問題も心配も残る。しかし、震災後の過酷な状況に比べたら、まるで楽園だ。色とりどりの花々が風に揺れて、かつての美しい里山の風景が甦っている。村全体を、光と緑と平穏な時間が包んでいる。未来が見えてきた感じがする。

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代表個人としての震災は、先週末をもって終わりにしようと考えている。

川内村のようす 3

土曜日の朝、少し早起きして、昨日分のブログを更新。

ガサゴソ音がするので外を見ると、家の裏山で、あまり毛色の良くない狸が一匹、草むらの中に虫をさがして食っていた。

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突然、WINDOWSのプログラム更新が割り込み。書き込み途中のデータがパーになる(泣)。更新は夜中に、さらに、更新するときには聞いてくるように設定したはずなのにおかしい。そういえば、パソコンを起動する時に、いちいちインターネット接続プログラムを手動で開かないといけなくなっていた。セキュリティチェックをしたときにリセットされてしまったのかもしれない。設定しなおさないといけないが、後回しにする。

ブログ書き直しは7時に終了。
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川内村のようす 2

雨が多いこの時期にしては、川の水が澄んでいる。もしかして、上流にある養豚場が止めたんだろうか?養鶏場の、鶏糞の匂いもしなくなったし、こんな川内村も良いかな、と思ったりする。

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現在、川内村にもどった村民は約600人。除染の関係者が600人。合計1200人の川内村だ。
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