2012年04月の記事 (1/1)

言葉を忘れたような

きょうの予定はたったひとつ。外出する家内から「子どもとノコに飯をあげてね」と頼まれただけ。
天気は最高。いっちょ片付けでもやろうかと思い、運動靴と通勤靴をまとめて洗って干した。日向ぼっこするネコたちも気持ちよさそうだ。

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ヒマだと頭はいろんなことを考える。
震災と原発事故で最悪の結末まで考えていた代表は、あれから一分一秒を大切に生きられるようになった。人と会うときには、それが最後だという思いで話をきくようになったし、言葉を深く考えるようになった。欺瞞や軽薄さは聞き流せなくなってしまった。自分が発する言葉には慎重になった。というか、言葉を忘れたという感覚に近い。

ブログに書けない善いことと悪いことがたくさんあった。書いておいた方がいいかなと思うときもあるが、自分の中にその気持ちを抑える何かがある。まだほんとうの意味がわかっていない迷いがある。

おなじような気持ちになっている人多いんじゃないかな。
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友人が結婚

友人が結婚した。会社の同僚で同じ福島県鮫川村出身。

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鮫川村というのは、エンデューロとかアクロバットなどのバイクイベントで有名なところだ。埼玉から常磐道を走って湯本インターで下りてから30分で行ける。埼玉から2時間ちょっとだから関東圏と行ってもいいくらいだ。川内村は湯本インターからさらに1時間半はかかる。友人は川内村に来るたびに「遠いな~」といっていた。

やっぱり関東から川内村へ行くには常磐道がつかえないと不便だ。川内村だけでなく富岡町以北の復興には常磐道の再開がなければ無理だ。情報によると、7広野と富岡間が再開できるように働きかけているらしい。順調にいけば月くらいに再開できるかもしれないとのことだ。そうなれば川内村も南相馬も加速度的に復興が進むと思う。友人もまた川内村に遊びにきてくれるだろう。奥さんと一緒に。

ずいぶんたくさんの結婚式に招かれて門出を祝ってきたが、みんな素敵なカップルだった。結婚っていいね。


第66回 職美展

「パッチワークはぎれ」代表の中島幸子先生から「第66回職美展」の開催案内状が届きました。

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今年で66回というと、川内村の盆野球大会と同じだね。盆野球大会も今年で66回だそうだ。なにかにつけて川内村と結びつける無理やりな代表だが、川内村と中島幸子先生との縁を感じる。

代表は平日に行って国立西洋美術館と国立科学博物館と東京国立博物館も見て来る予定です。
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小沢一郎無罪判決

会社から家に帰ったら家内が「小沢一郎が無罪だったのね。あの顔でねぇ~」といっていた。
オイオイ、顔でそういうことを判断しちゃいけないだろうといいたかったが、話が長くなってしまうので「ふ~ん」と返事してやめた。テレビの悪意ある反小沢報道は効果をあげているのだろう。家内が話題にするくらいだから。やっぱり今日はこれを取り上げないわけにはいかないだろう。

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ここのところ川内村の村長選挙、自分の仕事、成人病検診と、いろいろ気がかりなことや忙しいことが重なってしまって、ここしばらく代表は落ち着かなくて気もそぞろだったが、じつは、もっとも気になっていたのが小沢一郎が虚偽記載の共謀罪に問われていたこの裁判だった。これは明らかな国策起訴だから有罪にまちがいないと思っていたのだが、結果は無罪判決だった。いい方向へ外れて逆に拍子抜けした。

しかし、いくら判決文を読んでも、代表の読解力ではトーンは有罪としか受け取れない。つまり、国策でぜったいに有罪にしなければならなかったものを、せいぜい突っ張りながら苦し紛れに無罪にしたとしか見えない。

つまりこの判決の意味するものは、これ以上の裁判は司法側の暗部の露呈を隠すために逃げを打ったという、裁判所都合の判決らしい。司法官僚が「負けました」という敗北宣言に等しい。小沢一郎の完勝だった。それにしても残念だ。ここまで司法側を追い詰められるのは小沢一郎以外いないので、ここは有罪にしてもらって、もっともっともっと徹底的にやってもらったほうが日本のためになるんじゃなかったかと思う。したがって、検察審査会の指定弁護士にはぜひ控訴してほしいと思う。

民主党の執行部もおかしい。能力のある党員が無罪になったのに喜んでいない。ほんとうに不可解な政党だ。自民党とその他の野党はまた説明責任を求めて行くといっているが、そうすればするほど支持率を下げていく。これまで説明責任をはたした政治家はひとりもいない。求める側がわかろうとしないので無駄なのだ。こんなことをしていても給料がもらえる国会議員はほんとうにお気楽な商売だと思う。いずれ選挙で淘汰されるわけだから、今のうち好きにしてもらえばいい。

村長選挙では遠藤雄幸氏が当選し、仕事も一段落し、成人病検診も終わり、小沢一郎も無罪になったので、代表の気持ちは一気に五月晴れになった。松木けんこう議員もうれし涙を流していた。

残るは石川智裕衆議院議員と元秘書2名の冤罪を晴らすことだ。自分の財布の中の金をいつどう使おうが期ずれなんていう罪にはならないと、会計学の権威筑波大学の弥永真生教授が公判で証言している。それ以前に、収賄で逮捕しておきながら、その根拠は水谷建設社長の偽証だった。やるにことかいて途中で期ズレに訴因変更するという無効な手を使っている。もともと事件なんてなかったわけだ。はっきりするのも時間の問題だろう。

それにしても小沢一郎はすごい政治家だ。検察と、最高裁を中心とする官僚連合と、党内の反小沢派と、野党の全部と、マスコミ、アメリカとを全部敵に回して、総がかりで潰されにかかったのに耐えたわけだ。
一切ブレずに小沢一郎を支持し続けた岩手県民もたいしたものだ。うーん、まったくすごい。

前にも書いたように、悪い奴がはびこり正しい者が損をするような社会ではいけないのだ。代表も同じ立場に立たされたことがあるので、自分自身のことでなくてもそういうことは許せない。小沢一郎氏が復権して政治と言葉に信頼を取りもどしてもらいたい。

SL230湘南ロードへ

昨日のブログは日本語まちがいや情報に不足がありましたので修正しました。代表の情報で連休の計画を立てる方は再読をお願いします。

古新聞になりますが、川内村の大工シゲルさんのバイク、ホンダSL230をトオルさんに届けました。

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今ごろ避難先の湘南方面を走っているはずです。

帰還後の川内村・・・川内村村長選挙は遠藤雄幸氏3選

ふしぎなものでここぞという時にかぎっていろんなことが集中します。昨日は仕事と雑用で忙しくてブログと連絡をサボってしまいました。すみませんでした。

さて、22日に投開票が行われた川内村の村長選挙は、帰村の決断をした現職の遠藤雄幸氏(57)が1433票を獲得して当選した。

【3月24日に帰村し役場の前でTV局の取材を受ける遠藤雄幸村長】
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投票総数は2045票で有効投票数は1955票。帰れない人の立場にたった元中学校教頭の猪狩健寿氏(65)は443票、西日本への全村移住の必要性を主張した元村議の西山千嘉子氏(63)は79票だったということだ。

今回の選挙の位置づけは、震災にともなう避難後の、それから、4月1日の帰村を判断してから初の村長選挙であり、震災対応の評価とこれからの方向性の賛否を問うものであった。つまりこの選挙結果は、これまでの実績と帰村判断を評価していることを示している。川内村民は、人を批判せず反対意見も排除しない実直な遠藤雄幸氏を選び、平和的に協力しあって再生にとりくむ意思表示をした、と代表は思う。したがって、代表も一緒にやっていくぞと、気持ちを新たにしたのだった。
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マンスールさんTVに出演

マンスールさんがTV東京に出演しました。

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家族愛に泣かされちゃいました。

山の幸直売所

懐かしさ。寂しさ。不安。などなど。
やっぱりこの前に立つといろいろな思いが湧いてくる。川内村の山の幸直売所の掲示板は去年の3月11日のままだ。開催中のイベント紹介。木村隆一さんの個展。古代文字展の予告。色あせたポスターが時間の経過を物語っている。ここに活気がもどるのはいつになるだろうか?

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明日は川内村長選挙の投票日だ。落ち着いて考えるのはそれから。今は気がかりでなんにも手に付かない。

川内村の冬風はすごかった

昨年の12月13日から冬眠していた代表の愛車、ホンダS2000をようやく起こした。4ヶ月ぶりだ。

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一年のうち8ヶ月しか乗らない計算だから、こんなに贅沢というか無駄なクルマを、リッチでもないのにお粥をすするながら金と手間ヒマかけて乗りつづけることにどんな大義名分があるんだろう?と自分でも思う。あるなら言ってみろと自分に問うてみても合理的な説明はできない。このクルマを所有する喜びは言葉で表現できるような類のものではないんだ。
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松の憂鬱

この冬は寒かった。雪も多かった。代表の家の松の木も雪で倒れてしまったのだが、不思議と川内村のあちこちで松の木だけが倒れている。

役場の横の松の木もこんなになった。

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川内村だけでもないみたいだ。それを放射能のせいだと推測している方がいるらしい。

去年の8月に、東日本大震災で津波に流された岩手県陸前高田市の名勝「高田松原」の松を、「大文字 」で知られる京都の伝統行事「五山送り火」で燃やす薪として使用する計画が、放射能汚染を懸念する声が寄せられたため中止になったことがあったが、倒れてからも反原発の道具にされて可哀想な松の木だ。これでは成仏できないだろう。

寿司『川泰』開店間近!

川泰さんはもともと川内村で寿司店をやっていたのだが、5,6年前に富岡町に引っ越して、富岡インターの近くで息子さんの打つラーメンも一緒に食べられる店を開いて繁盛していた。代表も家族も大ファンで、よく買い物の帰りなんかに富岡の店へも寄った。

川内村にもどって店を再開するという噂をきいたので挨拶に行った。

【写真:3月24日の除染作業中の川泰】
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除染業者から請け負った食事づくりのために開店が遅れていたらしいが、その仕事はきりのいいところで断って、開店準備を再開するという話だった。

そのときに「たくさん仕入れちゃったから食べてちょうだい」と、串揚げや冷凍の食材をたくさんいただいた。日曜日にバイク仲間が川内村に来てくれたときに代表の家で食べてもらった昼飯の串揚げは、じつはこの串揚げだったんだね。

川泰さんの開店はゴールデンウィーク前後になる予定とのこと。
開店日が決まりましたらお知らせしますので、川内村へおいでのさいにはぜひご利用ください。
電話番号は以前と同じ「0240(38)2388」です。

川内村は村長選挙の最中

いやーすみません。川内村は村長選挙でした。
昨日のブログで帰還後の川内村のことを全て書くと宣言したのですが、公職選挙法というなんでもかんでも選挙違反にできる法律がありまして、代表のブログに書いたことでも候補者の方々にご迷惑がかかる可能性があります。よって、慎重を期して予定していた記事は22日の投票が終わってからとさせてください。期待させておいてたいへん申し訳ありません。宣言だけの記事だったのに拍手が4つもついちゃって(笑)。

ところで、イラン人俳優画家コルドバッチェ・マンスールさんのテレビ出演情報です。

・テレビ局 : TV東京
・放送日  : 4月22日(日)
・放送時間 : 20:54~90分
・番組名  : 日曜ビッグバラエティ 『 家族大好き 父ちゃんは外国人SP 』

マンスールさんからの連絡によりますと「カットできないくらいひとの駅かわうちTシャツを着てました」とのことです。お時間がありましたらご覧ください。

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写真は代表の同級生がつくったオリジナルマンスール作品&写真集です。
あと一週間くらいしたら花門で見られるかも・・・

帰還後の川内村・・・そろそろまとめを

川内村が帰還してからの伝えたいことがありすぎちゃって、このまま続けてもテーメ毎に区切って書いていても終わらない気がしてきた。

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長文になりますが、明日まとめて全部書いてしまおうと思います。

帰還後の川内村・・・バイク仲間来る

震災があってから、作品の避難や運び出しに作家さんたちがひとの駅に訪ねてきたことはあったが、お客さんが来てくれたのは今回が初めてだと思う。

記念すべき最初のお客さんは2010年の柏ライディングスクールに参加したバイク仲間4人だ。

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かれらには帰還後の川内村はどうみえたのだろうか?
仲間のひとりからのメールです。
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帰還後の川内村・・・バイク仲間も心配している

バイクに乗るのにいい季節になった。

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明日は川内村が帰還してはじめて、バイク仲間が様子を見にくることになっている。さて、復興中の川内村は村外のひとたちの目にどんなふうに映るんだろうか?

帰還後の川内村・・・バス運行開始

4月からふたつのバス路線が新設になり運行が開始された。

ひとつは「古道」「常葉」を経由して「船引駅」と結ぶ福島交通株式会社の路線で往復3便。
もうひとつは「神俣(かんまた)」を経由して「小野新町」と結ぶ新常磐交通株式会社の路線で往復2便となっている。川内村の発着場はどちらも「ゆふね」です。

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時刻表は各バス会社のホームページで確認してください。
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帰還後の川内村・・・食事はできる?

帰村してから一週間あまり。勢いよく復興がはじまったわけだが、代表がイメージしていたような姿とはちょっとちがっていた。また、立ち入りができなかったエリアのさびれぐあいは想像以上だった。

おいしいカレーを食べさせてくれた川内村のカフェ&レストラン・ダノニーさんは旧第二小学校の土手が崩れて店舗が下敷きになって半壊したのだが、まだ再開の予定はないようだ。

【写真:ダノニーのカレー また食べたい・・・】
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岩魚の刺身が絶品の馬場さんの店も閉まったままだし、タケシさんのコンビニ・モンペリは土日が休みになっている。いわなの郷にいたっては第3セクター経営のために除染作業員の食事優先で一般営業はしていない。

その他にも食堂や雑貨店があることはあるが、代表がみて歩いたかぎり営業している日もあれば休みの日もあるという感じで不安定。いまのところ村内のサービス・観光施設をたばねる川内村観光協会からそれらの営業に関する情報の発信もない。まだそこまで手が回らないのだろう。

残念だがいま週末の川内村で確実に温かい食事にありつくことはできないみたいだ。
もうすこしお待ちください。

帰還後の川内村・・・新しい境界

立ち入り禁止区域の境界がどこになったのかを確かめるために、福島県道36号線(小野富岡線)を富岡方面に向かった。川内村と富岡町の境がそのまま禁止区域の境界になったとしたら、毛戸から流れる小川が富岡川に合流するところになるはず。それなら幹夫さんやトオルさんの家がある毛戸地区へも抜けられる。毛戸地区が活動エリアにできるかどうかはひとの駅を再開するにあたってすごく大事なポイントだ。

えー!!
境界はだいぶ手前だった。

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五枚沢の先。リョウヘイ君の家の前だ。すぐその先に同級生の家がみえるがそこまで行くことさえできない。これではどん詰まり。きた道を引き返さないといけない。夜、たまたまかわうちの湯で復興対策課の井出課長といっしょになり理由をきいてみた。
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帰還後の川内村・・・ゴールドラッシュか

静かだった村は一変して騒々しくなった。メインストリートを車やダンプがひっきりなしに行き来して、村全体が工事現場になったような雰囲気だ。じっさい工事現場なのだが、これでは鉱脈が尽きれば寂れるだけのゴールドラッシュだと代表は思った。

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一攫千金をねらう荒くれ男たちが、血の臭いに集まるサメのように群がり、ところかまわず地面を掘り返す。現金をつかんだらこんな場所には用はねえ。稼げるだけ稼いで、汚すだけ汚しておさらばだ。後のことなんて知ったこっちゃねえよ。

ちょっとオーバーだが、そんな声でもきこえてきそうな雰囲気だ。
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帰還後の川内村・・・まずは用事のかたづけなど

川内村役場でなつかしい面々と久し振りのあいさつを交わして、復興対策課の井出課長と横田係長から役場の新体制と復興関係情報などについてきいたあと、代表は大工のシゲルさんの家に向かった。

すると、シゲルさんの家と木戸川をはさんだ向かい側で、川内村の避難区域の人たちのための仮設住宅の建設が進められているのがみえた。

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仮設住宅とはいうもののとても広くてしっかりした作りで立派な建物だ。それもそのはず、ここに住む村民ができるだけ自宅と同じ暮らしができるように配慮されているのと、仮設住宅の役割を終えた後には村営住宅としての転用を考えているためとのことだった。今後アパートタイプの仮設住宅も計画されているという。

ほとんどの工事関係者は毎日村外から通っているとのことだ。
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帰還後の川内村

いやー、忙しかった。復帰後の川内村の行ってまいりました。伝えたいことが大量にあります。いちどで書ききれないので、じぶんの頭の中も整理しつつ、何回かにわけてお伝えします。

帰還以来、視察や取材が毎日のようにあるらしい。
この日(7日)も東京から要人がくるという情報をキャッチした代表は、朝から役場の駐車場に張りこんだ。すると9時前。SPに護衛された要人がチャーターしたバスからおりてきた。

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この人は!
オウンゴールの名人、自○党のT垣総裁ではないのか!?ふつうにしていればとっくに民主党を倒し政界再編で与党になっていたかもしれないのに、なにかいったりやったりするたびにポイントを落としていくあのT垣総裁だと思う。充分でない陣容で、こういう要人対応が毎日のようにあるから役場はたいへんだ。復興や除染に集中したいところだろうが、これも役場の大切な仕事だ。
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チャリティー展の売上を川内村に届けました

きょう、「コルドバッチェ・マンスール チャリティー展」の売り上げを、マンスールさんのメッセージを添えて川内村の遠藤雄幸村長に届けました。

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チャリティー展を企画開催いただいたマンスールさんと双葉郡美術協会長の鶴田松盛さん。ご協力いただいた多くの方々。ご来場いただいたみなさん。作品をご購入いただいたみなさん。どうもありがとうございました。

川内村は、一刻もはやくみなさんにおいでいただけるように復興に全力で取り組みます。

川内村役場に電話する

川内村役場の帰還にあわせて送ったメールになかなか返信がこないもんだからそうとうばたばたしてるんだと思う。メールの中味というのは、ひとの駅再開準備のための補助金を支給してもらう手続きを開始したい、という連絡だったんだが。

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まあ、まだそれどころじゃないだろうとも思っていた。
2日と3日は地区懇談会(8地区ある)の予定になっていたし、議会も招集しなければいけないだろうし、セレモニーあり取材あり、除染も進めなくてはならないし新学期も始まる。おまけに村長選挙が近いときている。ひとの駅に手が回るようになるのはどうしたってその先の話だろうと。

しかし、過去には「わすれていただけで連絡できなかったわけじゃない。レスポンスがないときは何回も連絡をよこせ。」といって叱られたことがあった。あまり反応がおそいときには、わすれたり見落としている可能性もあるのでもう一回催促するか電話するかしておかないといけない。

前おきが長くなったが、つまり帰還した役場に代表ははじめて電話をしてみたわけだ。
呼び出し音一回で「ハイ!川内村役場です!」という男性職員のきびきびした声がかえってきた。

おお!あたりまえに電話がつながったよ。あたりまえじゃない時間が一年以上つづいたからかえって不思議な感じがした。役場がもどったことをあらためて実感しつつ新設なった復興対策課の井出課長につないでもらう。

いつもの井出課長のはつらつとした声が聞こえてきた。
「どーもどーも。メール?!わりぃ。いそがしくてみるヒマねがったわ。いまがら除染にいがねっかなんねがら、5分だげだらだいじょぶだ!」
一緒にまわりでワァーワァーやっているらしき声が聞こえてくる。ふつうは静かな役場内なのに、想像した以上にいそがしそうであわただしい感じだ。

井出課長の話・・・
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川内村の放射線量計

4月1日の帰村に先だって学校や医療施設、バス便の開通など様々な受け入れ体制が整えられた。行政が準備したサービスは震災前よりもずっと手厚くなっている。

主な施設や各行政区毎に放射線量計も設置された。これはその中の1台で、JA川内支店の前の公衆トイレのところに設置された放射線量計。

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これがこの地域の新しいシンボルになるんだろう。
気になる値は・・・
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薪まるけ

この冬は寒かったのでたくさんの薪を消費した。
代表の使う薪は家の軒下に積んでおいて、家の中から窓を開けてヒョイと取ってストーブにくべるのだが、この冬だけで半分くらいは燃やしたと思う。

ところが、先週帰ったらまた新たな薪が窓も開けられないくらい山のように積まれていた。

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雪で倒れた松の木が親父に薪にされてしまっていたんだね。どなたか欲しい人がいたら軽トラで届けますよ(笑)。

富岡町の帰還を願う

ここが川内村から都会への玄関口だった。
この夜の森駅の駅舎が懐かしい方は多いんじゃないだろうか。夜の森駅はよく利用したので代表もすごく懐かしい。

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写真は同僚のハタイさんからもらった。2009年のゴールデンウィークに川内村に遊びにきた帰りに撮影したものらしい。ほんとうによく写しておいてくれたよ。
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代表の4月の予定

昨日はマンスールさんのチャリティー展の後片付けをしてから、上板橋のマンスールさんの居酒屋花門に集まってお疲れさん会をしました。代表は焼酎をボトル一本くらいは飲んだと思う。だいぶ酔っぱらって、今日一日ボーっとしていた。でも二日酔いにはならなかった。楽しい打ち上げでした。

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4月の代表の予定です。

川内村は、4月1日から、警戒区域に指定されていた15世帯の居住制限区域と、145世帯の避難指示解除準備区域に再編された。これまで立ち入りできなかったエリアは、まだ宿泊はできないそうだが出入りは自由になったらしい。なるべく早く川内村へ行って、自分の目と足で確認したいと思う。
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