2011年12月の記事 (1/1)

2011年が終わって

今年は忘れようにも忘れられない東日本震災が起き、日本全域が取り返しのつかない被害を被った年だった。そして日本のなにもかもが最後の最後までそのことと結びつけられて語られた年だった。

東京電力福島第1と第2の原子力発電所がある双葉郡は、津波による海岸部の破壊と、原発事故からの避難のために壊滅してしまった。その結果、地域の人々は土地、家、家族、友人知人、あるはずだった楽しい生活と時間の全てを喪失した。20キロ圏内30キロ圏内に位置する川内村も全村が避難して村民は福島県内外に散ってしまった。

オープンして3年目をむかえようとしていたひとの駅かわうちも12月末までの閉館を決めて、今に至っている。

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千年に一度といわれる巨大地震に遭ったのは不運としか言いようがない。そして、その後の人災で、招聘せずとも済んだ悲劇を招いた巡り合わせも不運だったと言うしかない。

しかし、地球のどこへ行こうとも爆弾の上で生活しているのとなんら変わりなく、危険な惑星にへばりつく以外の選択肢はないわけで、よしんば今年避けられたとしても来年、あるいは5年後10年後に、もっと大きな地震になって襲って来たに違いない。また、己の保身と快楽のためだけに、より深刻な隘路へ雪崩打って迷い込む救い難い性を背負った驕りやすく無知であり無力な人間。そういったことがはっきりとわかってしまった。

さて人間は、そしてひとの駅かわうちはこれからどうすればいいのだろう?
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代表は逃走犯?

代表が川内村で暮らしたのは中学生までの15年間。高校へ進学するのに村を出て、それから夏休みや冬休みを除いて村を離れたままだ。たったの15年しか居なかったのに、何をそんなにエラそうにまるで川内村の主のように講釈できるのかというご意見もあると思うが、感受性の強い子ども時代の美しい川内村での15年の記憶は、体の細胞ひとつひとつ髪の毛一本一本にまで濃密なイメージとして残っている。鮭が故郷の川に必ず帰ってくる、鳩が何千キロも離れたところから戻るというようなものと通じる、本能的なレベルの生物学的プログラムなのかもしれない。

そんなものだから、川内村へ帰って路傍の石ころを見るだけでも何かの記憶を呼び起こして、その時の思い出が甦る。なんの変哲もないこの場所は、いわなの里の入り口の、代表の同級生の家だったが、ここには強烈な思い出がある。

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同級生の家と道路の間を流れる川は、今は砂で埋まって浅くなってしまったが、昔は大きな石が川底にゴロゴロしていたけっこうな深さだった。夏の水遊び場所のひとつだった。また、夕方には岩魚が川面を飛ぶ虫を捕食しようとしてライズする、釣りの好ポイントでもあった。川の両岸は雑木の林だったが、代表は小学校の時にこの雑木林を燃やしてしまったことがある。
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蛍光ブレスレット

冷蔵庫を掃除していたら、冷凍庫から子どもたちの蛍光ブレスレットが出てきた。きっと川内村の夏祭りで買ったか貰ったかしたのを、冷凍庫に保管してそのままになったんだろう。「冷やしておくと光が長持ちするらしいよ」とかって子どもたちが話をしていたのを思い出した。もう10年以上も前だ。

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そんなに長い間冷蔵庫を掃除しなかったのも驚きだが、時間の経つのが早く感じられるのにも驚く。いつも代表と手をつないで、まわりにまとわりついていた3人の子どもたちは、連休に川内村へ行って、おじいちゃんにお小遣いをもらったり従兄弟たちと遊ぶのを楽しみにしていた。

当然ながら、それぞれ成長して、それぞれの友人や世界をつくり、連休に川内村に行く優先順位はぐんと下がってしまった。まして、今の川内村は復旧の途上だ。

子どもたちの川内村の思い出は、蛍光ブレスレットと同じように冷蔵庫にしまってあるようなものかもかもしれない。何年後かに思い出して、懐かしくなって冷蔵庫から取り出すと、また輝きだす。そういうものかもしれないとも思う。

よしたかさん

今夕のテレビによしたかさんが出ていた。
じつは昨日ブログで紹介した川内村の天然記念物「林の大杉」は、よしたかさん家の庭の一角にある。よしたかさんの家が代々守り続けてきたんだよ。

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今年川内村では米を作ることは自粛しなければならなかった。作っても収穫して食することは禁止されていた。そういう状況で、よしたかさんは来年再来年将来の米作りのために、作っても食べることができない米を作って、放射性物質を測定してみたわけで、テレビ局はそこに注目して取材をしていた。

結果は「不検出」。この農地は汚染されていないことがわかった。来年の川内村の農業の方向性を判断する上で、重要なデータになることだろう。

しかし、よしたかさんは涙を流していた。米を作りながら、食べてやれない。食べずに捨てなければならないことが米の命に対して申し訳ない、と言うのだった。そう話しながら、やはり捨てることになる落ち穂をひとつひとつ拾っていた。

よしたかさんの農業との関わりは、これまでテレビで取り上げられた人たちとまったくちがっていた。多くの人たちがスローガンを口にしプロパガンダに利用されアジテーションを叫ぶ中で、よしたかさんは静かに淡々と農業していた。その胸の内側にあるものを知る由もないが、代表はその姿を見て胸をうたれた。

よしたかさんの作った米は甘くて本当に美味しい。朝炊いたご飯が夕方になっても瑞々しさを保ち艶々していて味が変化しなかった。いつかよしたかさんが「米は可愛がって手をかければかけるほど美味くできるんだよ」と言っていたのを思い出したが、ああいう米は他にはない。よしたかさんの人柄と、決して米作りに恵まれているわけではない川内村の気候の組み合わせでしかできないものなんだろう。来年はまたよしたかさんの米を食べたい。

「田んぼで死にたい」 -よしたかさんの言葉-

川内村の天然記念物

川内村にはふたつの天然記念物と絶滅危惧種の哺乳類一種がいる。
天然記念物で有名な方は、モリアオガエルとその生息地の平伏沼(へぶすぬま)。あまり知られていないのがこの「林の大杉」だ。

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絶滅危惧種の哺乳類っていうのは、代表のことだね。今どき生息数が激減している生物、馬鹿(うましか)です。
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ひとりの同級生が教えてくれた駅伝の楽しみ

マスコミに取り上げられることも少なくなりつつあった震災のことが、また年末になって今年の大きな出来事としてテレビやラジオで取り上げられるようになってきた。心配してくださる方々にはたいへん申し訳ないけれども、代表は震災が商品化され消費されることが辛い。結局、メディアが自分たちの利益のためにやっていることを、被災地ためだとして、まるで餌を与えるがごとくに「被災地に元気と勇気を与えたい」などと放送で流し続けるその無神経さがやるせない。

たとえば18日に宮城県で開催された全日本実業団女子駅伝大会は、そんなテレビ局の下心がみえみえの番組づくりで見る気が起きなかった。

だが、25日の全国高校駅伝の放送はそういう部分が抑えられていたので楽しく見ることができた。高校生たちの走る姿は清々しくて感動した。

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ついでに言うと、駅伝やマラソンの場合には長距離を走った経験があると、より一層楽しむことができる。走者の表情から苦しいのか快調なのか、あるいはその変化を読み取ったり、1キロメートルを何分で走るかとか、風やアップダウンの影響だとかがわかっていると、自分も走っている気になってより楽しめるのだね。

ところで、代表は中学校の3年生の時に駅伝部に加わってしばらく長距離走を練習した経験がある。だからマラソンや駅伝のファンなわけだが、こうして駅伝を見るたびに、あの時に代表が走るきっかけをつくってくれたツカサという同級生のことを感謝の気持ちと一緒に思い出す。
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この週末のこと

約束のない週末。朝、近所のスタバ(STARBUCKS)へ軽トラを転がして行って、コーヒーを飲みながらまとめ物と読書。

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最近、スタバのコーヒーが美味しくないと感じることがある。そうは言ったものの、代表の味覚がおかしいのかもしれないし、実はほんとうに美味しいコーヒーというのを味わったことが無いのに味云々と言うのは気がひけるので、今度、どんなに高価でもいいから「これがコーヒーだぞ!」というのをさがして味わってみようと決心する。

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さびしき正月

今回正月を川内村で迎える人は少ないだろう。
20キロメートル圏内の村民は戻りたくても戻れない。仮設住宅のあるところは川内村よりは暖かいし、生活に必要なものもそっちへ持って行ってしまっているので、何松年始の賄いや親族を迎えてもてなすとするとたいへんな苦労だ。

親父に電話をしたら、親父でさえどうするか悩んでいた。妹のところは、義母に「わざわざ帰ってこなくてもいいど」と言われたとのこと。

そんな状況だから、川内村で正月迎える人は少ないだろうと思うわけだ。

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代表のところも、今回は代表だけになりそうだ。

かわうちの湯 年末年始の営業について

かわうちの湯の年末年始の営業情報をお知らせします。
川内村で年を越される皆さん。かわうちの湯で会いましょう。

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12月30日まで通常営業。

12月31日(土)13:00-18:00

1月1日(日)   
  から     11:00-20:00
1月3日(火)  

1月4日(水)  13:00-20:00

1月5日(木)   
  から     休館
1月8日(日)

1月9日より通常営業。

代表の悩み

ここのところ中途半端な内容ですみませんね。代表はちょっと悩んでいます。来年ひとの駅をどうするかってこと。

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どうにかしたいとは思うんだけど、どうにもならないことがたくさんありすぎて。地元の人たちは元の暮らしを取り戻すことで精いっぱいだろうし、何だかんだ言ったって原発と放射性物質を気持ち悪がって人なんて来ないと思う。代表個人としてはまったく問題ないレベルだと考えているけど、村としては除染するってことだから、汚染されてるって前提だし。除染が終わっても交通が不便でどうしようもないしね。困った。

何も変わっていない

川内村は何も変わっていない。そう見えるんだけどね。代表には。

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しかし、何かが変わってしまったらしい。何なのだろう?

思ひ出

「ひとの駅かわうち掲示板」の写真だ。ほんの一部だけど、ひとの駅に来てくれた人や手伝ってくれた人たち。懐かしいなぁ。

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掲示板にも写真にも、語りつくせないほどの思い出と物語とが詰まっている。掲示板だけでも『戦争と平和』くらいの長編小説が書けるだろうし、写真一枚に『百科事典』くらいのニュースがあったと思う。

忙しかった。
いや、今だって忙しい。忙しいことは忙しいし、それなりに充実もしているんだが、何か足りない。

川内村のパソコン

ずっと川内村のパソコンの具合が悪いまま使っている。具合が悪いと言ってもパソコンに問題があるのではなく、入手したときの設定のままだから使いにくいだけなのだから代表の怠慢がいけないのだ(ヤフオクで入手)。早く直せばいいのに、と自分でもわかっているんだが、ついつい目の前の作業に夢中になってしまう特性なので、いつまでたっても改まらないでいる。それで、いつも興がのったときに再起動がかかってそれまでの作業内容が飛んでしまう。ちょっとした回り道がイヤなばかりに、余計に時間を無駄にするという悪循環を繰り返している。いい加減にしようというわけで、ついに重い腰を上げ、設定変更に取り掛かった。

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問題はふたつだ。
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冬支度終了

冬支度もいよいよ最後の作業。
ワンボックス車と軽トラのタイヤを交換したら今シーズンの冬支度は終了だ。それではまずワンボックス車から始めることにしよう!

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代表は空元気を出してTシャツ一枚でいると思われるかもしれないが、基本的に一年中Tシャツだけなんだよ。そんなんで、なんと先々週には右腕を蚊に刺されてしまった。感激して、「元気な蚊がいるもんだね~」って家族に話したら、「この時期にTシャツでいる人間が異常」と笑われてしまった。

もーっと寒い時には、季節によってTシャツの上にポロシャツかラガージャージかセーターを着て、もっともっと寒い時にはジャンパーを重ねる。日本の冬ならその3枚で充分だ。厚着すると動きにくいしね。

ネジ部やブレーキをチェックしながら、2時間ほどで終了。
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看板を掃除しながら思う

ひとの駅から代表の家にもどる道すがら、看板を拭き掃除しながら降りてきた。半年の間風雨に晒されると、遠目には何もなく見えるが、近づくと汚れやカビが付着しているのがわかる。

【写真:JA双葉川内支店前のひとの駅かわうち看板】
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そのまま放っておくと、この汚れに汚れが重なって黒ずんで、やがて拭いても落ちなくなってしまう。村内の看板や標識はほとんどはそうなってしまって、布製の幟は退色してボロボロのまま、選挙のポスターも放置状態のため、人が少ないのと相俟って廃墟感がいや増す。

ほんとうに復興や活性を望んでいるなら、進んでそういうものをメンテナンスしたり片付けたりする人がいてもいいと思うのだが、上から下まで損得や責任の打算だけでしか動けなくなっている。金になることはやるが、そうでないものとか、面倒なことはやらない。それは、被災地の人ばかりではなく、日本人全部なんだけどね。

代表には、復興の責任を押し付け合って自ら行動することを厭った結果、国全体が衰退していく日本の未来が見えてしまう。

花門で打ち合わせ

する今日は会社の帰りに上板橋のマンスールさんの居酒屋花門へ。マンスールさんが来年の3.11に計画しているチャリティー展の打ち合せと、鶴田松盛さんとの忘年会だ。

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代表が持ってきたのは川内村の大工のシゲルさんに処分を頼まれた液状ご飯。あらかた代表ひとりで片づけてしまってほとんど残っていない残りの処分を鶴田松盛さんにお願いしたわけだね。このやっかいな処分だけは、頼むとみんな嬉しそうな顔をするね。周りは迷惑みたいだが(笑)。詳細につきましてはまた改めて。

冬支度その4

冷え込んだ日曜日の朝。救い出された作品と埼玉のワンボックス車用のスタッドレスタイヤを積んで川内村を出発だ。

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冬支度その3

川内村の大工シゲルさんのところへ顔を出す。ちょうどコンクリートミキサーの壊れたエンジンを、代替品のモーターに付け替えているところだった。

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3.11の地震で壊れた屋根の修理依頼が多くなってきたということだ。セメントを手でこねていては間に合わないために古いコンクリートミキサーの出番になったとのこと。代表も少し修理を手伝う(邪魔をする)。精密機械の設計者の代表から見ると、ずいぶんと大らかな造りでシンプルだが、それがためにこんなふうにユーザーがアレンジして使えて便利なんだね。

マンスールさんが来年の3.11に合わせて予定しているチャリティー展の、作品の額装の検討に適当な木っ端をもらっておいとまする。
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冬支度その2

代表が小学生の頃の運動会の種目には、自転車の車輪のリムを小太鼓のバチくらいの細い棒で押しながら中腰になって走る競技があったのだが、最近の運動会ではあまり見る事がなくなってしまった。

【写真:リムころがし(ネット上より借用)】
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こんなのがどうして運動会の種目だったかは、やってみるとわかるけどホイールのリムの凹んだところに棒をあてて押しながら前に転がすのが不安定で難しくてまさにスポーツなのと、その様子と必ず起こるハプニングが楽しくて笑えたからだね。
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鬼怒川温泉で同級会

昨日はブログをサボってしまい、すみませんでした。栃木県の鬼怒川温泉一泊のプチ同級会に参加していました。

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参加は10人。川内村から新潟から神奈川から千葉から都内から、よく10人も集まったものだ。
会うのが中学卒業以来というのが3人いた。顔や姿や頭髪は年齢なりに変わったけど、人柄は変わっていない。ほんとうに懐かしくて楽しかった。

宴会の後でカラオケに行き、代表は15年ぶりに長淵剛の「乾杯」を歌った。完敗だったが、もうこの歳になると羞恥心は枯れているので恥ずかしくなかった。

この次に会えるのはいつだろうか。また同級会があるときには必ず参加したいと思った。

ところで、今回集まった同級生の最大公約数的なところを整理してみると、
■現在の家庭は不幸だと考えている。
■結婚は打算でした。燃えるような恋をして結婚したかった。
■友だちは少なく、ペット(犬や猫)や観葉植物が友だちだ。
■女性陣はだいたいJ君かM君に片思いしていた。
■ひとの駅のTシャツをプレゼントするために、SサイズとMサイズをメインに持って行ったのだが、ほぼ全員がLサイズ以上の体格になっていた。
■老眼でカラオケのメニューが読めない。
■おしっこが近い、乃至は漏れる、切れない。
というようなことだった。人間は55年も齢を重ねると、こんなになってしまう。

それらを聞いて、何年か前にテレビで見た替え歌を思い出して、ぜったいにうけると思ったので、次回の同級会のカラオケで歌うためにアレンジを加えてメモっておくことにする。
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冬支度その1

今日はひとの駅かわうちの水道をチェックしに行った。

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いつもお世話になっている川内村の日昇設備さんが、水道の元栓を閉めて水抜きをしてくれていたので、凍結していなかった。代表は水道栓が開いているか確認して、簡易水洗のタンクの水を抜いた。春まで使えないが、これで凍結防止は完璧だ。SOFAも冬眠に入ったようで、ぐっすり眠っていた。

ところで、取材でかわうちの湯に来ていた福島のテレビ局の記者は、SOFAの作者熊谷貴明さんの東京芸大大学院時代の同級生ホコイさんだったよ!そういえばSOFAを運ぶトラックの中で熊谷さんがそんなことを話していたっけ。ホコイさんは2010年の芸大卒展・修了展のときに代表と話をしていたらしい。代表にはこういうことがたくさん起きるね。SOFAもビックリしているんじゃないかな。

毎年行っている東京芸大の卒展・修了展ももうすぐだ。
積極的にプロモーションできる状況ではないので、今回はどうしようか迷っていたが、ホコイさんに会って行くことに決めた。2011年度の卒展・修了展と新しい出会いとを、しっかり心に刻んでおきたいと思う。

川内村に着きました

車が車だけに郡山経由の峠越えなしのルートを選んだが、心配したよりも降雪は少なく、午後には溶けて道路には残っていなかった。

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東北自動車道から左(会津方面)を見ると真黒な雪雲。
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去年の今頃

去年の今頃はスタッフとボランティアのみなさんとで忘年会をしたんだった。

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懐かしいなぁ。もう何十年も前のことのような感じがする。

決して全部が順調だったわけではなく、不安や問題もたくさんあったけれども、今の状態と比べたらまだ千倍も恵まれていた。またこうして集まれるのはいつになるだろう・・・。

今週末は川内村

12月に入ったから川内村はいつ雪が積もってもおかしくない。初旬にドカッとくることは滅多にないが、数センチ降っては溶けるというのを繰り返し、例年年末以降になるとまとまった積雪がある。

【写真は去年の今頃の川内村】
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今週末はスポーツタイプのホンダS2000で川内村まで行って、軽トラックのホンダアクティに乗り替えて来なくてはならないんだが、雪に降られるんじゃないかと思ってびくびくしている。こうなることはわかっているから11月中に冬支度を終わらせておけばいいのに、なぜか必ずこの時期に限って、なんだかんだと大きいのから小さいのやら、良いこともそうでないことも想定外の出来事が連続して起こるために、川内村へ行くタイミングが遅れてしまう。
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代表キャップが新品になった

以前紹介したことがある代表の七つ道具のひとつのキャップ。
まったく同じキャップを、ネイビィとベージュと色違いでふたつ持って交互にかぶって大切にしていたのだが、両方とも生地が劣化して薄くなって、引っ張ると破れそうなくらいになってしまった。生産は中止されているために同じキャップは二度と手に入らない。

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騙し騙し使ってきたが、もう限界だ。これ以上使うと付喪神(つくもがみ)が宿って、代表はキャップに操られてキョンシーみたいになってしまうかもしれない。
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2杯の甘酒

珍しく家内が甘酒をつくった。

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この季節、代表のお袋がよくつくってくれたのを思い出して懐かしく飲んだ。酒粕を温めながら溶かした簡単なものだが美味しいよね。田舎の冬の夜の飲み物っていう感じだ。

そういえば、前回、ギャラリー木楽を訪ねたときに、きい子さんが甘酒をご馳走してくれて、写真に撮っておいたのを思い出した。
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オートバイのこと

昨日はブログを休んでしまいまして失礼しました。
大切な用件がいくつかたまっていましたので、昨日から今日にかけて集中して片付けました。

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ところで、代表はオートバイを通してずいぶんいろいろなことを学んだが、作家丸山健二のオートバイについてのエッセイに、自分が書いたんじゃないかと錯覚するほどぴったりの文章があるので、今回はそのまま紹介させていただきます。
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それぞれの同級会

前回川内村へ帰った11月中旬のこと。
たまたま親父も郡山市の仮設住宅から帰っていて、掃除なんかをしていた。ずいぶん顔色も良くなって、体の動きにもメリハリがもどっていた。

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避難所暮らしも苦に感じなくなったのだろうか。生活の変化をいい刺激にして楽しんでいるようにも見えた。遠く離れて一緒にいられない親不孝な息子としては、こうして親父が元気でいてくれるのが一番ありがたい。
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スクーター修理終了!

一昨日は早起きしてキャブレターをオーバーホール。そして今日は仕事帰りにマンスールさんのところへ寄ってキャブレターを組み付けた。

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これまで様々なトラブルが発生して、修理しても修理してもトラブルが再発。代表は悩んだ。ガソリンになってキャブレターやエンジンの中を回る夢まで見た。

キャブレターを取り付けて、点火プラグも新しくしてイグニッションボタンを押すと「ブルンッ」とエンジンが始動。いや~、ようやくなおったよ。
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