2011年05月の記事 (1/1)

民主党政権の終わり

政治のことはあまり話題にしたくないのだけれども、福島県の人たちにお願いしたいことがあるので・・・。

政権維持のために震災と原発事故を利用して復興を遅らせ被害を拡大していた民主党政権は、ついに今週、自民党と公明党が内閣不信任案を提出することが決まって、最後のときを迎えることになったようだ。

     【写真:ネット上より拝借】
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常磐道の関本パーキングが好き

代表は田舎育ちで地面がたっぷりある環境で育ったもんだから、狭いところが苦手。都内のマッチ棒のような建物は見ただけで息苦しくなってしまう。できることならああいうペンシルビルには入りたくないと思う。
だったら軽トラも狭いんじゃないの?と言われそうだけど、これはこれで必要充分な広さと大きさで、自分の体にあつらえたようにぴったりマッチする。だけど駐車スペースは充分に広くないとだめだ。ワガママだねぇ(笑)。

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それで、代表が川内村へ行くときに必ず休憩する常磐道の関本パーキングの指定席はここだ。大型トラックに囲まれて、カワイイでしょ?駐車スペースはこれくらいないと田舎の人間にはストレスになる。代表だけかな?

関本パーキングを利用するもうひとつの理由は、ファミリーマート店内にドトールコーヒーの自動販売機があること。

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たった120円で、美味しいコーヒーが味わえるこの自動販売機はほんとうにスグレものだと思う。早朝の気持ちのいい冷気の中で、温かいコーヒーをゆっくり飲んで、眠気が覚めたら出発。

あぶくまロマンチック街道はどうなる?

川内村・田村市・都路町・葛尾村・浪江町・飯舘村を縦断する国道399号線を「あぶくまロマンチック街道」と呼ぶようになったのは2004年だったかな、2005年だったかな?

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本家本元のロマンティック街道はドイツにある古道だ。
ローマへの巡礼の道としてローマ人たちによって作られた道をロマンティック街道と呼んでいるわけだが、なぜか「ロマンチック」という言葉が、日本では恋人たちの語らいのようなイメージを与えるようだ。それを利用して観光化しようとした長野県小諸市から軽井沢町、群馬県草津町、沼田市を経て栃木県日光市までの「日本ロマンチック街道」という道路があるが、代表はここを走ったときにいわゆる「ロマンチック」は一瞬も感じなかった。あぶくまロマンチック街道も、これらを真似たということはないだろうけど、同じような違和感を感じてはいる。
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急にヒマ

明日(28日)は、避難中の鶴田先生の引っ越しのお手伝いをする予定だったが、小さい荷物は運び終えて、冷蔵庫や洗濯機など日本赤十字から支給される大物はまだ届かないということで、手伝いはいらなくなったと連絡があった。
明後日(29日)は、いわき市医師美術協会の薗田巌さんと事務局の齋藤さん夫妻とで、小諸高原美術館で待ち合わせて個展の下見と打ち合わせをする予定が、齋藤さんの都合が悪くなって延期することになった。
そんなんで急に暇になっちゃったよ。

           【写真:下川内館山のカフェ・ダノニーさんの看板】
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だれもいない川内村へ行って、酒でも呑みながらカエルと合唱にギターで伴奏してあげようかとも考えたが、この週末は台風が近づいて天気が大荒れみたいだから、きっと合唱も中止だろう。もしも台風が福島原発を直撃した場合、4号機建屋が倒壊する危険性があるという噂が流れている。それも心配なので川内行きは止めることにした。

震災で手つかずになっていた2010年度の実績報告のまとめにかかることにしようか。3月10日で終わっている帳簿を開くのは気が重いが、いつかはやらなければならないことだから。

上川内の諏訪神社

子どもの時に繰り返し見る夢ってないですか?

代表が繰り返し見た夢は、まず、どこかで遊んでいて足を踏み外し穴に落ちる。穴は暗くて狭くて長い。その中を延々落ちていく。息ができないくらいの苦しさに耐えながら落ちていると、最後に明るい空間にスポッと出る。そこはいつもこの諏訪神社なのだった。

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代表は神社の階段に胸がつくような感じで田んぼに向かって飛んでいく。高く飛ぼうと思って体を反らせるのだが地面すれすれから上昇できない。上がろう上がろうともがいているうちに汗をかいて目が覚めた。

代表はこの夢が怖くて怖くて、なんとか見ないですむようにしたいと思っていた。ある夜、夢に入った瞬間に、組んだ足が外れたのに気付いた。そう。足を組んだまま眠って、その足がガタッと外れることがこの夢を見るきっかけになっていたことを発見したわけだ。それから足を組まないで寝るようしにたらこの夢を見ることはなくなった。

神主の息子が同級生だったから、神社は遊び場のひとつだった。境内から見える秋の収穫前の黄金色の田んぼの風景は素晴らしく、その田んぼもまた遊び場だった。

地震で倒れた燈篭はまだそのままだが、来年の秋には燈篭も立って黄金色の田んぼを見渡すことができるだろと思う。

スカンポ食う?

子どもの頃よく食ったよなー、スカンポ。学名はイタドリと呼ぶらしい。田んぼの土手や川の岸にたくさん生えていた。

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ちょうど今頃が食べごろで、これ以上大きくなると固くて筋っぽくなって噛めなくなってしまう。味はスッパイ。代表は久しぶりに口に入れて噛みしめてみた。「・・・・・・。」こんなに不味かったっけ?(笑)。あのころはいつも腹減らしていたからスカンポでもご馳走だった。食えると思えるものは何でも口に入れたっけ。ツツジの花は上品な酸っぱさで美味かった。ドクダミの複雑な味わいも好きだったし、さがりんこ、さくらんぼ、すぐり、桑の実、山イチゴ、グミ・・・何でも食えた。里山は代表の果樹園だった。蟻や蜂の子も食った。サッカリンや歯磨き粉までめたし、醤油をコップ飲んだり絵具をなめる奴もいたなぁ。放射能とどっちが体に悪いんだろ?とにかく空腹だった。

梅が元気だ

ハチロー君の梅の木がしっかりと実をつけている。枝を落としたから日光がまんべんなく当たって元気だ。木の勢いが去年と全然ちがう。

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去年たくさんつくった完熟梅ジャムが好評でほとんどあげちゃったから、代表は少ししか食べられなかった。今年は自分の分も作りたい。それと、カリカリ梅と梅干にも挑戦してみたいなぁ。それらの基本をマスターしたら、代表のオリジナル作品を開発したいと考えている。いまはアイディアを温めているところで、まだ秘密。

「梅は日本中にあるありふれた食材ですから、特産品にするのはむずかしいですよ」と言った、霞が関方面に出向中のワタナベ君よ。うんとンマイのを作って食わせてやるから待ってなよ(笑)。

リクエストにおこたえして

リクエストにおこたえして車やバイク関係の話題のつづき。←だれもリクエストしてないって・笑

とにかく帰れなくなったらたいへんだから、日曜日は4時に起きてすぐに作業の続きを開始。なんとか9時までに走れる状態にできた。安堵してパンとコーヒーで遅い朝食。そうしている間に雨が落ちてきた。間一髪セーフ。後片付けをして11時過ぎに埼玉へ出発。常磐道はものすごい豪雨で、ちょうどよいシャワーテストになった。水漏れなし!いい仕事をしたね、自分。

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そんなんで、疲れてしまってぼーっとして。夕方から幻覚が見えるようになったので寝てしまいました。

川内村の一日

さあ、やるぞ!とは言ったものの、朝、大工のシゲルさんと会って1時間ほど立ち話をする。3月11日以降、人に会うときは「これが最後かもしれない」と思って、悔いが残らないようにとことん話をするようにしているので、みなさんはご迷惑かもしれないが話は長引くのだ。このときの話は「生きててよかった」「放射線量がどんだけだろうが、ここで生きていくぞ」と、そんなこと。そういうことで、車の屋根の交換作業は大幅に遅れた。昼までにここまで。とりあえずシートと内装は外せた。

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昼過ぎに郡山市に避難中の妹が尋ねてきた。先週末に腰痛で入院した親父のパジャマを取りにきて、ついでにその他諸々の雑用をすませに。ほんとうは長男である代表がやらなくてはならないことなのだか、放蕩息子の代表は川内村に残らないで好きなことをやって、とことん親不孝だ。田舎のことはまかせっきりで妹にはほんとうに申し訳ないと思っている。1時間半ほどよもやま話をして、妹は帰っていった。

その後、またシゲルさんが訪ねてきた。またとことん話し込んで、修理を今日中に終わらせるのは絶望的になった(笑)。
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速報 今朝の川内村

現在時朝9時。川内村は快晴。気温25度。微風。
放射線(ガンマ線)量0.45マイクロシーベルト。

風がそよぐ音。鳥のさえずり。遠くに草刈機の音もする。
極めて快適。

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写真の場所は下川内の館山。諏訪神社方角を見たところ。
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守られた川内村

川内村の我が家。
今ここにこうしていられることが信じられない。いくつもの偶然と不思議が重なってここに立っている。

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昔風のパン屋を見つけた

代表の商場は埼玉県の朝霞市にある。川越市から片道27キロメートルをその日の気分で車やバイクや電車で通勤している。朝霞市の手前に志木市というところがあり、この周辺の道路がまた込み入っていて信号は多いしでとっても走りにくいのだ。さらに小中学校の通学時間帯になると、学校周辺の道路が通学専用になってとんでもなく渋滞する。なので代表は7時30分前には志木市を通り抜けるようにしている。

その道沿いに廃業したパン屋らしき店舗があるのはずっとわかっていた。今日用事があって少し早めに帰ったら、なんとこのパン屋、営業していた。川内村にあったパン屋の『みよし屋』と同じ。昔懐かしいすべて手作りのパン屋だった。

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秘密の花園

あぶくまロマンチック街道と呼ぶ国道399号を川内村役場から都路方面へ行くと、代表の家のちょっと手前の天然記念物『林の大杉』があるあたりに、一面に芝桜が植えられたAおばさんの畑がある。今が一番きれいに咲いている。Aおばさんはもう何十年も、こうやって道行く人を楽しませてくれている。でも、心なしか今年の芝桜は寂し気に見える。

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教えてあげる。じつは、この芝桜の中に美味しいイチゴの畑があったんだよ。
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虫の話題が多くて申し訳ない・・・

人が少ないのでついつい虫の話ばっかりになってしまうが、川内村の家に行くたびに、家のどこかで越冬したと思われるおびただしい数のカメムシやてんとう虫、蜂などが飛び交い、死骸が床に転がっている。

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家に着いたらまず窓を開け放って虫を追い出し、死骸を掃除機で片付けるのが最初にやることだが、次に行くとまたまた同じことになっている。代表の家ではいったいどんだけの虫が冬を越していたんだろうか?ぜったい千匹じゃきかない。
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兆し

ユーミンの歌の♪ソーダ水の中を貨物船が通ぉるぅ~♪というのからは、湘南方面のオシャレな店で、白いワンピースを着た女性がストローを指で弄びながらソーダ水を呑んでいる風景が思いうかぶ。昔、この歌を聴いた代表は湘南に憧れて、サーフボードを積んで出かけたが、海がドブ臭いのに辟易して、そのまま銚子の犬吠埼まで行って体を洗ったことがあった。

どうでもいいけど、そんな歌を思い出したのは、少し残っていた液状ご飯を入れたグラスに外の景色が映ったからだ。

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昨年ひとの駅で開催した『浜通り四人展』の作家さんのひとり、いわき市医師美術協会の薗田巌さんから連絡があった。今、長野県に避難しながら小諸市や軽井沢の病院で診察しているとのこと。小諸市に『小諸高原美術館』というのがあるらしいのだが、薗田巌さんのお話によると長野県という地が、福島県とアイヌ文化を共通のバックボーンにするのと、『小諸高原美術館』の所蔵作品とゆかりの作家さんのルーツが福島につながっているらしい。そうしたらもう運命的なものを感じて、そういうことを伝えられるようなイベントのイメージが湧いたらしい。同じく郡山市に避難してすっかり落ち込んでいる、ひとの駅の事務局の齋藤昭蔵さんを誘って元気づけたいとも考えているみたいだ。福島から小諸までは遠いが、近いうちに『小諸高原美術館』に集まって薗田さんの話を聞くことにした。

鶴田松盛先生は、7月に北海道中札内文化創造センターで行われる『第8回北の大地ビエンナーレ』に岬めぐりと野宿を楽しみながら車で行くっておっしゃっていたし。少しずつ動き始めたなぁと感じながら、ちょっと早い液状晩ご飯で酔った。

5月14日の川内村

また朝早くに川越を出発して川内村に向かったのだが、常磐道と国道399号線にやけにタヌキの死骸が多かった。10匹以上はあった。それだけ車の通行が多くなったということかもしれないが、それにしても今日は犠牲になったタヌキが多かった。暖かくなってカエルを食べに出てきて轢かれたのか?人間の数が少なくて、こんな生き物たちの様さえわびしい。

最も交通量の多かった富岡町へ通じる道路は、『ゆふね』のところで通行止めになっていた。

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この先はタヌキも安心して餌を獲れるだろうが、異常で異様な雰囲気だ。
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バイク整備で自分に酔う

注文しておいたバイクのクラッチレバーとウィンカーレンズが入荷したので組み付けた。

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友人で川内村の大工のシゲルさんのバイクの部品が壊れたので、代表のバイクの部品を外してシゲルさんに届けたのだったが、シゲルさんのバイクそのものももともとは代表が乗っていたものだ。代表はこのバイクが好きで一時は3台も持っていた。シゲルさんともうひとりの友だちから頼まれて譲ったんだ。

このホンダSL230の良いところは、スピードは出ないが景色を楽しみながらトコトコ走れること。山の中でも大丈夫。代表のようなライフスタイルにちょうど合っているバイクなのだ。でも、もう販売していないモデルだから大切に乗らないといずれ部品も手に入らなくなる。なのでシゲルさんも大事大事に乗っているわけだ。
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ヤギの恩返し

代表は今週末は川内村へ行く予定です。このタイヤを片付けてこないと。

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昨日のブログを思いついたときにすごい発見だと思って興奮したが、きょう読み返してみるとそうでもなかった。ラブレターは夜に書いちゃいけないと言われているのと同じパターンだ。ほんとうはきちんと下書きをして、しばらくおいてもう一度読み返し手直ししてからアップするのが常識だと思うけど、代表は非常識な人間だ(笑)。余裕もないし、鮮度というのも大事にしたいし、それらひっくるめて味というものだとも思うので、このまま続けます。

しかし、東北いじめと勘ぐりたくなる被災地の復旧支援遅れと、川内村などの原発事故被災地が受けている意地悪政治は事実だ。また、そういう部分をわざと伝えない中央のマスメディアも同じ穴のムジナだ。それに対して代表は川内村に声援を贈ることしかできないけれども、精一杯大声を出していきたい。代表にとっても川内村は自身の体の一部だ。到底他のもの(場所)に代えることはできない。

それから今日、柏秀樹ライディングスクールの柏秀樹さんと事務局の魚屋(うおや)さん、スクールの皆さんから川内村へ義捐金をいただきました。皆さんどうもありがとうございました。これも心強い応援だ。元気がでます。川内村が戻ったら代表からたっぷり百倍返しでお礼させていただきます。川内村には『鶴の恩返し』ならぬ『ヤギの恩返し』という伝説(?)があるんです。

川内村遠藤雄幸村長の胸中を思う

昨日の川内村内の警戒区域に住んでいた人たちが一時帰宅したことを伝えるテレビのニュースで、遠藤雄幸村長が声をつまらせながら「自分の家に防護服を着て帰らなければならない。異常な光景だ。こんな状況に誰がしたのか。政府は、すべての責任を現地の市町村に押し付けてくる。村民がかわいそうだ。一日も早く、元の生活に戻りたい」等、コメントしている映像をみて、ひとつはっきりわかったことがあった。

【悔しさをにじませる川内村の遠藤雄幸村長
                (共同通信より)】
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それは、政府、東電、マスメディア、その他震災を材料に飯の種にしている人たちにとって川内村はただの対象だが、遠藤雄幸村長と川内村民にとっては自分の体の一部だということだ。これはもう決定的に違うと思った。
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川内村から20km圏一時帰宅が始まる

きょう、川内村の警戒区域に家のある人たちが、他の市町村に先駆けて一時帰宅した。

JNNニュース『警戒区域の一時帰宅、川内村から始まる』

         【写真:産経ニュースより】
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4月21日に唐突にという感じで、原発20キロメートル圏内が警戒区域になり、立ち入りが禁止されてしまった。ひとの駅のスタッフや作家さんにも自宅行けなくなった方が多数いらっしゃるのだが、帰宅されただろうか。
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代表がアンチ読売になったわけ

連休中にタイヤの交換をしてくれるカーショップへ行った。どのカーショップでもガソリンスタンドでもタイヤ交換をしてくれる。しかし、タイヤを持ち込んで交換してもらうと、なぜか料金が2倍になるので、その弱みにつけこんだあこぎなやりかたに納得できない代表は、ちょっと遠いけど、タイヤ交換だけでもきちんと受けてくれるカーショップに頼んでいる。
渋滞する道なので、早朝に家を出てカーショップの近くまで行って、ファミリーレストランで朝食をとりながらショップが開くまで待つことにした。

すると、そのファミリーレストランのテーブルに読売新聞の朝刊がおいてあった。まわりのテーブルを見ると、すべてのテーブルに一部ずつおいてある。

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それは購読者を増やそうとした読売新聞のサービスらしかった。ここまでやらなければならなくなるくらい売れ行きが落ちてきたのだろうか。読売新聞含め、アンチ読売グループの代表はミョーに納得した。
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オフビレでオフタイム

川越市の入間大橋の下、入間川と荒川の間の河川敷にオフビレことオフロードビレッジという小さなモトクロスコースがある。ここでジャパン・ベテランズ・モトクロス・チャンピオンシップが開催され、出場する友だちに誘われて行ってきた。

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レースを見るのは久しぶりだ。
代表が若いころにはこんな感じのコースがあちこちにあって、週末どこかで必ずレースがあった。中でも桶川のコースは有名で、月に一回から二回サンデーレースという名の草レースが行われていたが、草レースとはいえ参加台数は500台を越えていたと思う。代表もホンダCR80に乗ってサンデーレースを楽しんでいた。そんなコースの多くが地元の反対や運営費の負担が大きくなって維持できずに閉鎖になってしまった。今関東で残っているのはオフビレ含めて数えるほどだ。
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軽トラで寝て寝ぼける

車の中で寝るのは、意外とむずかしいものだ。寝る場所がちょっとでも傾いていたり凸凹があるとなかなか眠れない。運転席で寝る場合には、シートを倒しても完全に水平にはならないし、フルフラットシートといってシートを全部倒したらベッドのようになるタイプの車でも、凸凹があって、それが気になって眠れない。でも心底疲れたときにはそうも言っていられない。先日、代表は眠くて眠くてどうしようもなくなって、関本パーキングエリアに軽トラを停めて運転席で横になってみた。

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運転席と助手席の間にあるサイドブレーキのレバーとシートベルトのストライカーが背中にあたって痛い。サイドブレーキは、車が動き出さないようにギアを1速に入れてレバーを戻して下げて、シートベルトのストライカーはある程度回転するから下側へまわすと、背中が痛くなくて半身を横にすることができるのがわかった。それで、仰向けになって腰をエビのように曲げて、靴をぬいで足をあげてサイドウィンドウに立てると、少しくらいは仮眠できそうな体勢がとれた。そのまま20分ほど横になって、「さあ行こうか」と起き上がってエンジンをかけ、クラッチペダルをはなしたらドーンとギヤがつながって、危うく前の縁石にぶつかるところだった。眠っていなかったつもりだったのに、寝ぼけていた。

若いころ、スキーやサーフィンの帰りに、疲れに疲れて、よく車を停めてうとうとしたものだった。駐車しているトラックの前に車を止めて寝ると、目を開けたとたんにトラックが向かってきたように見えて、あわててハンドルを回したこともあったし、高速道路のサービスエリアで、車のドアを開けて涼しい空気を入れながら足をドアの外に出して寝ていて、「さあ行くぞ」と出発したら、靴をはいてなかったなんてこともあったなぁ。小学校の時には、学校から帰ってから眠ってしまい、起きたら夕方だったのだが朝と勘違いして、夕御飯を食べてそのままランドセルを背負って学校へ行ったこともあった。なんだか代表の人生はずーっと夢を見て、ずーっと寝ぼけている気もした。

木村隆一さんの作品運び出しの日

どんな分野においても、専門性を極めた人だけがわかる世界がある。
たとえば代表は、設計の仕事を30年以上もやっているので、図面を見ただけで、その図面を書いた人の経験とか思想がわかる。そればかりか性格までも図面から読み取ることができたりもする。作品搬出のために川内村を訪れた木村隆一さんと会ってすぐにお互いに同じ人種だということがわかった。

  【作品を下ろす日本選抜美術家協会理事の木村隆一さん(右)と鶴田松盛先生】
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美術の世界でも音楽の世界でも建築の世界でも、職人の世界は同じだと思うが、その道に真剣に打ち込んできた者だけに通じる感性の世界だ。大手ゼネコンで数々の大型プロジェクトの責任者として修羅場をくぐった木村隆一さんのお話は、人情味があり迫力に溢れかつ理論的で、とても興味深かった。一芸に秀でる者は多芸に通ずということわざがあるが、一流の作家さんは多才だ。木村隆一さんも、すでに引退された仕事も、作家活動も、スポーツもなんでもこなす。そして、肉体精神ともにお若くて、代表のほうがへばってしまって情けなかったくらいだ(笑)。
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お客さん!?

たまたま木村隆一さんの作品を搬出した(詳細は明日に報告)4月30日に、お客さんがひとりみえたというか、迷い込んだというか・・・。ドライブしていてひとの駅の看板が目にとまったので来てみたといういわき市の方だったが、これもなにかの巡り合わせか、3月11日の地震からはじめてのお客さんだ。もちろん入館料はサービス。

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福島ではまだ震災のただ中であり復興の雰囲気はない。県内のローカルテレビでは、震災情報が一日中テロップで流れている。地方紙も多くの紙面を割いている。

いわき市でも未だに多くの方々が避難中で、また避難民を受け入れてもおり、まだまだ震災中だ。それでも、市役所がある平を中心にしたエリアは、原発事故対応の補給基地になっていることなどもあり、徐々に賑わいをとりもどりつつある。

川内村は半径20キロメートルの避難区域が半分で30キロメートルの緊急避難準備地域が残り半分で、村としては全村避難という決定をしているが、4月末の時点で緊急避難準備地域の180人以上の方が自宅に戻っているという話だ。連休中に連絡をとった避難中の知り合いでも近いうちに戻ろうと計画している方もいる。作物を作ることはできないし仕事があるわけでもないが、避難所暮らしよりは我が家のほうがずっといいのだ。代表は川内村役場の決定は評価し尊重する。しかし、村民が個人の責任で村に戻って守るのはよいことだと思っている。

復興は少しずつ、個人レベルからはじまっているようだ。震災の絶望から再びよみがえってきた個々の力を殺いではいけないと思う。

一時帰宅トライアル

いやー、きのうはブログをさぼってしまいました。夜8時をすぎたころから意識が朦朧として、9時になったのは覚えていましたが、それ以降記憶がありません。朝まで爆睡でした。朝8時にすっきりと目覚め、確認したいことがあって二週間ぶりに川内村役場の井出課長さんに電話したら「一時帰宅のトライアル(予行練習)で、今川内さはいったとごだ」と声が返ってきた。

         【取材陣の質問に答える川内村役場井出寿一総務課長】
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本日は、トライアルに参加する国や県、各市町村の関係者が郡山のビッグパレットに集まり、バスに分乗して川内村のかわうちの湯の駐車場で防護服に身を固めて大熊町へ一時帰宅。その後かわうちの湯にもどってスクリーニングや洗浄を実施するという段取りで問題点を洗い出したということだ。
井出課長さんはじめ役場の職員のみなさんの多くは、震災から一日も休んでいないらしい。毎日が異常事態だし、川内村の人たちはわがままな人が多いから、国や東電との板挟みで気がやすまることがないだろう。ほんとうにお疲れ様です。
来年のBon Danceは必ずやろう!

再び福島から埼玉へ

川内村で二日間動き回っていたら、昨年末から患っていたアレルギーからくる気管支炎の調子が良くなって、咳きこまなくて深呼吸ができるようになったなった。とにかくここ数年、花粉や黄砂で埃っぽい季節になると喉や気管支をやられる。今回もずっと背中に寒気が残って寝汗をかく状態が続き、肺に力がない感じで、話しても笑っても怒っても最後はゲホゲホと咳きこんで終わるような状態だった。川内村は空気がいいのと体を動かして新陳代謝が活発になったのだろうか。ころっと水銀のような痰がでて、そのあとからずいぶん楽になった。

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もう少し川内村にいて完治させたかったのだが、ショップに注文していたパーツを引き取ったりタイヤの交換するために埼玉へもどらなければならない。代表の軽トラに積んだタイヤは10本。ワンボックス車の夏用タイヤが4本。軽トラのスペアホイールが4本。スポーツタイプのスペアホイールが2本。いろいろ持ちすぎだなぁと思う。

気管支炎が良くなって、歌も歌えるようになったので、久しぶりに歌を口ずさんだ。マイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーやブルース・スプリンスティーンやレイ・チャールズになって『WE ARE THE WORLD』を歌った。