2011年02月の記事 (1/1)

中島幸子先生の30周年記念パーティへ行く

きのうは、中島幸子先生と、先生のパッチワーク教室「パッチワークはぎれ」の活動30周年記念パーティだった。天気が良くって、スギ花粉の飛散が最高潮だったので、今年もついに代表の花粉症が発症。涙と鼻みずとクシャミの三重苦の中、スギ花粉の海を泳ぐようにして、東武東上線の成増駅で降り、バスに乗りついで会場のホテルに向かった。

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着いたのが開始時間の15分前ということもあって、控え室ではたくさんの出席者のみなさんが、30周年を振り返るパネルを見ながら挨拶したり歓談したりしていた。
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醤油選びは大事

きょうは作家さんを川内村へご案内する予定だったのだが延期になり、時間ができたのでホームページのリニューアルを開始した。ところが、バックアップしていたHTMLデータが、アップデートしたテンプレートとぜんぜんマッチしない。テンプレートの設定が変わっている。HTMLの使えるところだけ貼って、あとはひとつひとつ構築し直さないとだめみたいだ。んー、次から次と問題が出てきて、なかなかうまくいかない。

ところで、話は変わるが、写真は、福井県高浜町の千成屋さんから届いたたいへん美味しい醤油。

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この醤油に出会ったのは、10年ほど前。砂浜をきれいにする装置を開発するために各地の海岸を回ってテストを繰り返していた、そんなときに、福井県の高浜町がテストを受け入れてくれることになり、当時の町長さんを訪ねたのだが、町長さんの家は千成屋という屋号の醸造元だった。ごあいさつついでに一ケース買って帰って味わってみたところ、それまで使っていた醤油とまったく次元のちがうその美味しさに感激して、それからずっと町長さんの醤油を使い続けている。

ご興味あらばぜひお試しいただきたい。
薫風のように香りたち、たまり醤油に近いほのかな甘さと豊かな風味が、たとえば刺身とか山芋のすったのとか、卵かけご飯とかソバとか、醤油だけをちょいとつけて味わうときには、この醤油が絶妙な脇役を演じて、素材の味をひきだしてくれる。どんなに料理が美味しくても、醤油ひとつで料理の味を壊してしまう場合がある。だから醤油選びは大事だ。
ケースで注文すると値段もリーズナブルですよ。

京都で学んだこと

昔、オートバイのレースを仕事にしていたころ、『童夢-零』で70-80年代のスーパーカーブームを牽引したコンストラクター「童夢」のエンジニア奥明栄さんと知り合い、その縁で彼のプロジェクトを手伝ったことがあった。

              【童夢-零】
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ホームページリニューアルのためご迷惑をおかけしています

ホームページに一部まちがいがありましたのでお知らせします。

4月1日より開催予定の「ひとの駅かわうち五人展」の作家名「坊城名海」は、正しくは「坊城妙海」でした。
お詫び申し上げます。ホームページが復帰し次第訂正します。

ひとの駅かわうち代表 八木澤勝一

川内村の風景・・・役場

川内村の役場は、上川内村の早渡(はやわた)という場所にあって、富岡町の方から下川内を通って行くと、中学校の横の辺栗(へんぐり)の急なカーブを抜けた先、直線の終わりの左手にある。

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ここには役場を隠すようにして杉林があったのだが、この前行ったときには伐採されていて、役場が見通せるようになっていた。役場へ渡る橋が新しく架け代えられるらしいから、杉林を切ったのはその関係だろうと思う。

役場の裏にはかわうちの湯とあれこれ市場があるし、近くにコミュニティーセンターやグランドもあるから、村の経済の中心は町分からここらへんに移っている。役場のまわりの風景は、これからどんどん変わっていくんじゃないだろうか。

代表の予定

一ヶ月の予定です。

2月26日(土):作家さん案内予定(川内村)
2月27日(日):中島幸子先生パッチワーク活動30周年記念パーティ(東京・練馬)

3月5日(土):『SOFA』受入れ準備(川内村)
3月6日(日):ハチロー君の梅林剪定(川内村)

3月12日(土):ホームページリニューアル作業(川越市)
3月13日(日):『SOFA』撤去&搬送(東京・上野公園)

3月19日(土):ホームページリニューアル作業(川越市)
3月20日(日):5右衛門UPPERSEライブを見に行く(川越市)

3月26日(土):打合せ等(川内村)
3月27日(日):同上(川内村)

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春待人

春の訪れを待ち焦がれているといったら、この人。木工家で、かつ、ひとの駅かわうち事務局長の齋藤昭藏だろう。

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人々が動き出すときにむけて準備に余念がない。今、かれの頭の中はお客様を感動させたいという想いと、そのためのアイディアでいっぱいなのだ。
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川内中学校の校歌を歌う

やっとパソコンのトラブル原因がわかり対策も絞れたことで、ようやく気分もおちついてきた。いろんなことが頻発して、やりたいことが思い通り進まないのは歯がゆいが、それが人生というものだろうと思う。あせったところでやれることも与えられている時間も限られているから、あせらずにどんなことでも楽しんでじっくり味わう気持ちで、ひとつひとつしっかり片付けていきたいと、改めて心に決める。

こんなとき、代表は草野心平さんの詩を読んで一息いれる。心平さんの詩は温かいコーヒーのように全身にしみて、心と体をリラックスさせてくれる。

詩人の多くが、自身の内面を向いて、自分のために言葉をつなげている傾向が強いように思うが、心平さんの場合は、自己を超越して絶対的な何かの代弁者のように、源流の湧き水のごとき透明質の言葉で一語一語諄々と語りかける。そんな心平さんの言葉に触れたときに代表は、自分に原初的な感覚と力が蘇えるのを感じる。そこが、同じ詩人であっても草野心平と草野心平以外とではまったく違うところだ。詩人としての使命感と覚悟が違うからだ、なんて考えながらぺらぺらと詩集をめくったところで、代表が通った中学校の校歌は心平さんが作詞したことを思い出した。
ここにその下書きの写真がある。

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パソコンと格闘する日々

土日はずっとパソコンに張り付いていたが、ここ一ヶ月パソコンと格闘して、NECのパソコンのトラブル原因は、どうもハードディスクではなくてマザーボードのようだということと、代表が使っているホームページ作成ソフトは、2台のパソコンを使った更新はできないことがわかった。

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看板が見えないよ~

ひとの駅かわうちから役場の方へ向かって九十九折の道を下って行くと、下りきったところで景色がパッとひらけて、右側にダノニーさんの看板が見える。
えっ?!看板が見えない・・・。

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工事のプレハブと看板が邪魔して、ダノニーさんの看板が見えなくなってしまっている。少しだけずらしてダノニーさんの看板が見えるようにしてくれればよかったのになぁ。
ダノニーさんのお客様は川内村のお客様。そういう配慮がとても大切なんです。

川内村の風景・・・上川内町分

川内村の中の上川内というのは、川内村を南北で半分にした北側で、この町分(まちぶん)はいわば上川内の銀座にあたるところ。村内のいちばん大きな集落で、活気がある場所だ。いや、昔は活気があった、というべきだろう。

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人口が七千人を越えていた代表が小学生の頃にくらべると、人口が三千人になった今では、建物はそれほど減ってはいないがすいぶんさびしくなってしまった。かつてはこの通りに郵便局があり、ガソリンスタンドがあり、床屋があり、電気店も時計店もバイク屋もあった。クリスマスになるとケーキが並ぶパン屋まであったのに、残念なことに、もうそのなかで続いている店はない。
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川内村の寒さ

「寒がったがい?」と代表は聞いた。
「寒いなんてもんじゃねぇべよ」と、昭蔵さんは答えた。

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代表が住んでいる埼玉でも相当寒かったんだから、川内村が寒くなかったわけはない。それでもわざわざ聞いたのは、ふたりから「寒い」と聞きたかったからだ。代表も意地が悪いね~。ふたりとも元気でした。
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川内村の液状ご飯のこと

代表の目の前にあるのは、ご飯が液状になったものである。

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これは、炊いた米に米麹や酒粕等に残る酵母などの微生物が、勝手に繁殖してできてしまう困った液体なのだが、もし個人で意図的に繁殖すると、なぜか酒税法違反になる。
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パソコン設定

こういうことは集中してやらないといつまでも進まないものです。もとのNECパソコンがいつダウンするかヒヤヒヤしながら、騙し騙し、一日かかって、インターネットで情報を確認したりサポートを受けたりデータをコピーしたり。

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なんとかメールとブログ更新まではできるようになりました。しかし、なぜかホームページの更新はできない。それを含めて残りは今週末の休みの日にやることにして、明日からまたブログで情報を発信していきます。

川内村から その2

カフェ・ダノニーさんへ行く。昨日来の雪で綿帽子をかぶっていた。

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4月から始まる個展のポスター掲示をお願いして、昼食にカレーセットを食べる。
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川内村から

本日の川内村は、午後2時頃から雪が降り始めて夕方5時で10センチメートル、21時現在では15~20センチメートルの積雪。少し重い、湿った春の雪だ。まだ降っているから、明日の朝までには30センチメートルくらい積もるのではないだろうか。

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まず、川内村用のパソコン不調は回復しました。川内村から確認がてら状況報告します。
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パソコンのメンテナンス実施します

パソコンをメンテナンスをするため、3~4日くらいブログを休みます。
メールでの連絡もできなくなります。

よろしくお願いします。

祝中島幸子先生活動30周年

パッチワーク作家の中島幸子さんが主宰する“パッチワークサークルはぎれ”が発足30年を迎え、そのお祝いのパーティが2月27日に催される。代表も出席して、サークルのみなさんといっしょにお祝いさせていただきたいと思っている。

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             【中島幸子先生】

中島幸子先生は、いちばん最初にひとの駅かわうちギャラリーを利用いただいた作家さんだ。
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北帰行

本日は仕事のため大宮から新幹線で北へ向かう。

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北へ向かった民族の多くは滅び、軍隊は敗北し続けた歴史があり、北へ向かうことは死に向かうという暗喩が存在する。代表の場合には北へ向かう時には「帰郷だ」という明るい気持ちになって、南に向かう時には「旅立ち」の眉をあげる感じになる。今住んでいるところが埼玉で、生まれ育ったのが福島だからそうなのかなと思うけど、みんなはどうなんだろうか。原始的な代表にだけ伝書鳩のような帰巣の喜びがあるんだろうか。
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かわうちの湯はオアシス

今週末はひさしぶりに川内村へ行く予定だ。丸々二ヶ月ぶりだ。こんなに長く空けることができるのも、事務局の斉藤さん夫妻が現場で頑張ってくれるからだ。またすべての方のお名前をご紹介することはできないが、ひとの駅は、多くのすばらしき人たちに恵まれている。おかげさまで他にはないようなユニークな拠点に育ちつつある。ひとの駅かわうちの運営そのものがクリエーション、新しい価値を創造していると思う。

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今回は、川内村に着いたらそのままひとの駅に直行して、斉藤さん夫妻とたっぷり話をしたい。山のように話題がある。それから家に行って、ストーブをばんばん焚いて家を暖めて、家が暖まったら、かわうちの湯に入って体を温めたい。

そういえばかわうちの湯は、もとは「天山の湯」だった。もちろん天山の湯の天山は天山文庫の天山で、天山文庫の天山は中国の天山山脈の天山だ。たしかどこかに同じ名称の施設があることがわかって、名前を変えたのだった。

心平さんにとって、天山山脈は大きなロマンだった。東洋と西洋を結ぶ歴史の道シルクロードの象徴として見て、強く熱く憧れていた。

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だから心平さんが実際に天山山脈を目の当たりにしたときには、感動のあまり表現することを放棄するほどだったそうだ。村人が心平文庫と呼んでいた山荘を、心平さんが天山文庫と命名したのは、都会と田舎を結ぶ道の天山山脈という位置づけだったのではなかったかと思う。そんな心平さんの想いがわかる気がするから、代表の中ではかわうちの湯は今でも天山の湯だ。代表のオアシスだ。

文通

この週末はパソコンのトラブル対応に追われています。膨大な量のデータをバックアップしています。中でもメールの量がすごいことになっているために、これを整理しながら保存するのがたいへんです。バイクレースのギャロップ関係のやりとり、川内村の人たちとのやりとり、役場や相双振興局、作家さんたち、ボランティア、友人、その他多数の方々との間の連絡で数えることができません。個人としていちばん多いのは美術スタッフのうーたんとモーターサイクルジャーナリストニシマキさん。よくもまあこれだけやりとりしたもんだと我事ながら感心しました。

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代表は、田舎の物置に、これまでだれにも内緒にしていた(親父だけは知っている)秘密の段ボール箱がひとつある。じつは中には高校時代に文通していた方からいただいた手紙が入っている。一晩かけて書いた手紙は、いわき市からその娘のところまで3日かかって届く。彼女も同じインターバルで手紙を書くので、だいたい2週間に一通の割合で手紙が届く。それが待ち遠しくてしょうがなかった。一日千秋とはそういうことを言うのだろうと思ったが、それが3年間続いて、たまりたまって段ボール一箱になったわけです。もちろん、その時の文通相手と今の家内とは別人です。

メールだったらCD一枚にできるが、手紙はそうはいきません。それに、彼女が一字一字書いたと思うと・・・とてもとても燃やしたりすることもできません。しばらくは秘密のまま物置に置いておくしかないですが、ボケたり、死ぬまでにはなんとかしなければ。

あの時代に比べたら、便利な世の中になったものです。メールと携帯電話は、人間がテレパシーを持ったようなものですね。コミュニケーションの速度も量も密度も文通とは比べようもない。あの時代にメールと携帯電話があったら、代表の人生もまた違ったものになっていたことは間違いないでしょう。

写真は、文の内容とは関係なく、一昨年ハチロー君からいただいた古代米の濁酒です。色美しく味絶品。

代表の文章は??がない

パソコンのトラブルで、データのバックアップをしながら改めて自分のブログを読み返してみて、つくづく味気ない文章だよなぁと、あきれた。エンジニアという仕事の影響は少なくないだろうが、単語をつないだだけの技術レポートのようだ。その単語というのも単純なボキャブラリィばかりで、およそ深みとか余韻とか滋味というものが感じられない。行間はブツブツとナタで切ったようだし。

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ちょこっと言い訳をさせていただくと・・・
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東京芸大卒展・修了展へ行く

パソコンは暫定的な処置をして、とりあえずブログとホームページの更新とメールはできるようになりました。近いうちにもう少し手直しをして環境を整備する予定です。

さて、1月30日の日曜日に、代表にとって四度目となる東京藝術大学の卒展・修了展へ行ったのだが、毎回この卒展・修了展は、芸術を志す若い人たちの純粋さが伝わって感動する。

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