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川越発 川内村経由 上板橋行

 川越の自宅をKトラで出たのは3時半(朝の)。川内村到着が8時。Kトラでチンタラ走るとやっぱり4時間半かかる。時速80kmだからねー。今回の川内村行きは、預かっている鶴田松盛さんの作品のひとつを広野町のご自宅に届ける約束になっていたから。広野町で新しくなった病院に展示することになったらしい。

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 作品が引き取られていくのはホッとする反面、寂しさもある。この気持ちをうまく説明することができない。
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くさかった1?

 臭かった。もとい。草刈った。

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 駐車場と畑を結ぶ小路の草を刈った。歩くところの草が廻りより元気に生えてくるから見ててね。一週間でわかります。

超ラッキー

 近所のスタバに行った。先月来たときにコーヒー一杯が無料になるアンケート付レシートが当たっていたので、それを利用して注文したら、出てきたレシートがまたアンケート付きだった。店員が「こんなこと初めてです!」って驚いていた。代表はついてるねー。
 
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 代表の人生、波乱万丈いろいろあったが、とにかく運だけは良かった。運だけでやれてきた気さえする。

 スタバのアンケート付レシートの連続当選が、最後のラッキーなのか、何か新しいいいことの兆しなのか。怖さと楽しみと半々だ。

めざせノーベル賞

 土日の作業で草取りが9割方終わった。残りの1割は畑の周りの部分。余裕があるときにやればいいだろう。 そういっている間に草だらけになってしまうんだが(笑)。

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 畑をやりはじめて一年目は、毎日毎日新しい発見があって面白かった。二年目の今年は、ちょっとマンネリ手抜き気味。そういう状況であっても畑は新しい姿を見せてくれる。だから退屈することはない。

 今回あれっ!?と思ったのはミニトマトの実り具合。ほったらかしなのに実の数が去年よりも多いんだよ。

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 去年は苗を20本も植えて、マニュアル通りに、枝を整えたりしながら徒長枝を几帳面に摘んでていねいにていねいに育てた。その結果、充分な収穫があってひと夏食べつづけることができたんだが、あんまり実を付けない苗もが半分くらいあった。

 ところが、手抜きの今年の方が去年よりも豊作だ。8本植えた苗すべて鈴生りだ。手入れが良く肥料もたっぷり与えられている周りの皆さんの畑のミニトマトと比較してみても、代表のミニトマトの方がいい感じに見える。味も良い(失礼だが)。どうしてなんだろうね?不思議だねー。

 思うに、前から考えていることだけど、人間と一緒で、逆境に置かれた方が強く育つってことじゃないかな。自分で何もしなくてもいたせりつくせり全部やってもらったら甘えちゃうだろうし、厳しい環境下に置かれて生きようと思ったらたくましくなるしかないだろう。 畑周辺にはそういう現象が多いんだよ。

 例えば、畑と駐車場をつなぐ小路だが、真ん中の人が歩くところが両脇の部分に比べて色が濃いのががわかるかな。伸びも速い。

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 踏みつけられていない草より毎日踏まれている草の方が元気なのは常識的にはおかしい。が、現実として、ある程度ストレスがあった方が生物は強く育つってことだと考える以外答がない。

 なんとかそれらを証明できないものかね。どんなストレスをどれだけ与えたらいいのかを作物別に整理できたらノーベル賞ものだと思うよ。

心の命ずるまま

 不耕起栽培って、ただのずぼら農業のことじゃない?今の代表の畑が不耕起栽培に近いと思う。

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 お袋が病気で向こう岸へ渡ってしまったのは52歳。そのときに代表はお袋が生きた歳までを仮の寿命と思うことにし、それ以上生きられたら儲かったとしようと決めた。仮の寿命から今年でちょうど10年長生きした。だからだいぶ儲かった。

 後悔はなく、その時その時で充実していた。が、今振り返ると30年は短かった。あっという間に過ぎた。ここが寿命といわれたら、素直に「わかりました」とはいえない。まだまだやりたいことが残っている。

 たぶんあと10年くらいだろうと思う。元気で痛いところもなく動くことができ、バイクに乗れるのは。次の10年があるとしたらおまけのおまけだが、やり残し対して十分とはいえない。仮の寿命からのおまけの10年とは重さもちがう。正真正銘これっきりの、最終最期に与えられた褒美の時間。一秒も無駄にはしたくない。

 だから、代表は、今から先の10年は、自分がやりたいことをやるためだけに使うことに決めた。無駄なことや余計なもの、形式だけのことは全部削いで、きれいさっぱり捨て去って、ただ心の命ずるがままに、シンプルに生きることにしたい。

ミント水

 悲しいことに、今、代表の畑で元気がいいのはミントと紫蘇だけだ。ハーブ系はたくましいね。雑草に負けていない。

 砂漠の民がミントティーに砂糖をたっぷり入れて飲んでいるシーンをどこかで見たことがあったので、きっとミントには暑さに負けない成分を含んでいるんだろうと思い、ペットボトルに水とミントを入れて飲んでみた。

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 少し青臭いけどうまいね。とってもさっぱりする。しかも、よく眠れる。ミントには安眠作用があるらしい。 それで暑さでの疲労が回復するのかな。

 スポーツクラブで汗を流したあと、何で水分を補給するか、いろいろ試したがぴったり合うものがなかった。ただの水ではなかなか渇き感が無くならない。お茶はカフェインのせいで眠れなくなる。ポカリ系は甘味料が口に残って気持ちがわるいし、炭酸水はなんだか体にいい感じがしない。ビールをくーっとやるのが渇きも癒えて気分がいいんだが、朝がちょっとつらい。市販の麦茶はあまり好きじゃない。

 ミント水はいい。冷蔵庫で冷やしておいたのをコップ一杯飲むと渇きと暑さとがすーっとおさまってくれる。いいものを見つけた。

ウソばかり

 本日で地獄の作業は終わり。キツかった。昼過ぎから畑仕事だが、炎天下でやることになるからまたキツい。それだけで土日がつぶれてしまう。

 そんなことで、今夏の代表の畑は荒れてしまった。草はぼうぼう。収穫も追いつかない。ガセネタも多くてポイントを外しているから無駄な作業になっていることが多い。時間がない容量が悪いの悪循環に陥ってしまっている。なんとかしないといけない。

 例えば、夜盗虫の親である蛾を捕まえてしまえばいいという話で、ペットボトルを加工したこんなもの。蛾が好むらしい焼酎と酢と砂糖を混ぜた誘引液を作って畑にぶら下げてみたが。

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 たしかに入る1匹とか2匹くらいは。でも半日で誘引液が蒸発してあとは効果なし。農業にはそのような問題と対策情報とが溢れているが、確かなものはひとつもない。本当に。なんとかしないといけない。

地獄のロード

 阪神は他の球団よりも優勝することがむずかしい。夏の高校野球全国大会のためにホームグランドが使えないハンディがあるからだ。精神的体力的に疲労がピークになっている時期にアウェイでの試合を続けないといけない。死のロードと呼ばれる。もうすぐ死のロードが始まる。

 代表は団地の植栽作業を地獄のロードと呼んでいる。5月から7月までの丸2か月、毎週水曜土日の3日間、9時から午前中の作業がつづく。代表の場合には仕事があるので土日だけだが、一番若いためにきつい作業をやらせられるので、また、なまじ機械のことを知っていたりするもんで作業後の手入れもやらないといけないから、疲れる。植栽作業だけで一日が終わってしまって他のことができない。暑いし、代表の疲労とあせりはピーク。自分から入ったボランティアだったのに、正直なところ今では後悔。

 今年の地獄のロードも今日で終了。の予定だったんだが、剪定が遅れているとのことで明日もやることになった。うわーだ。阪神の苦しさがよく理解できる。

 作業の開始前にストレッチ。

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 体育学校の先生だった人が指導してくれる。
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尽きない話

 ちょうど一週間前、代表とバイク仲間は花門に集まった。年に何回かの不定例会だ。

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 バイクが好きというところだけが共通点で、それ以外は仕事も年齢も考え方も乗っているバイクもバラバラ。しかしながら、バイクが好きというところを何回集まって何時間話しても、話が尽きるということがない。だからまた集まらないといけない。

背信?

 ホンダのバイクが好きで、ずっとホンダばっかり乗ってきたんだが、デザインがとんがり過ぎたり、重かったり、馬力が大き過ぎたり、足が地面に届かなかったりとかで、悲しいことに、ついに、ホンダには代表が乗りたいと思う、トコトコ走れるバイクが存在しなくなってしまった。ホンダばかりでなく、そういうコンセプトのバイクは、他のメーカーにも少なくなった。人も社会においても、そういう余裕がなくなったからだろう。

 今、代表の使い方にマッチするバイクは、世界でたった一台しかない。モデル名セロー250。メーカーはヤマハだ。

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 ちょうど代表が社会人になった頃、ホンダとヤマハは激しく戦っていた。世にいうHY戦争というやつで、1979年から1983年かけて、ヤマハの社長が血を吐いて倒れるまで、激しい商品開発競争と販売合戦をした。

 その時代を知っていて、なおかつホンダが好きな代表は、やっぱりヤマハのバイクに乗ることには後ろめたさを感じていた。

 しかし、当時は到底考えられなかったことだが、今度ホンダがヤマハの原付スクーターをOEMすることになったのである。時代は変わった。真の意味でHY戦争は終わり、両社の創業者である本田宗一郎と川上源一が固い友情で結ばれていた時にもどって、再びホンダとヤマハは仲良しになったのである。だからもう代表がヤマハに乗っても許されるだろうと思うよ。

悲惨な畑

 天気がわるかったり用事があったりして一週間以上行けなかった畑。この時期にそれだけ放置したらどんなになるかだいたい想像がつくので、畑に行くのが怖かった。案の定、悲惨な状態になっていたよ。

 雑草が畑中に繁茂して、トウモロコシはハクビシンにやられて全滅。

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 野菜だって植物とはいえ生き物。片手間では育てられないね。

元気だけど

 代表は元気だが、近頃ブログが書けない。

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 人生の大事な節目を迎え、やることが多すぎて時間が足りない。7月中旬には一息つける予定。

夏至は冬の始まり

 日が短くなったねー(笑)。今日は夏至から一日目。昨日雨になることは天気予報でわかっていたから、夏至を感じておきたかった代表は、昨日の朝早く起きて、通勤途中にあるコンビニの駐車場まで行って、温かいコーヒーをすすりながら、夜明けの光を味わった。爽やかなミントの味がしたよ。

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 何でもそうだが、ピークが来た瞬間に衰退は始まる。組織も幸せも、絶頂の輝きを放ったその時を境に陰り始めるものだ。だから夏至は冬至へのスタート地点になってしまう。今日から風船が萎むように日が短くなり、夜明けと夕暮れは暗さと冷たさを増す。

 代表も62歳。すでに黄昏流なんだが、ならば自分の絶頂期はいつで、どのあたりから下降したのだったか?と考える。だが、そういう ポイントがあったという自覚がない。体力的にも気持ち的にもはっきり「あー衰えたなー」と感じた記憶がない。多少は冬至に向かったことがあったかもしれないが、すぐに夏至に転じた感じだ。 だから明るくなる一方。鈍感なのかもしれない。

サル出現!?

 屋根の上にいるのはサルか?まさか親父じゃ!?

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 やっぱり親父だったよ。

 屋根から落ちて大怪我をしたのは2年前のちょうど今頃で、反省したはずだったが、性懲りもなくまた上がってる。反省だけならサルでもできるというフレーズがあったが、親父も反省だけはするが、生まれついての性分は変えられない。今度落ちたら最後だと本人もわかっているはず。放っておくしかない。

三角点という道標

 一夜明けて土曜日は三角点までハイキングした。

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 三角点は、高塚山平伏沼と並んで、代表にとっては川内村三山といってもいい名山のひとつ。下川内と上川内の中間点にあるので基本的にどこからでも昇れるんだが、整備された林道はいわなの郷の奥にある一本だけ。あとは獣道だ。いわなの郷から三角点までゆっくり歩いて1時間くらいだから、距離にして3、4kmくらい。軽いハイキングにちょうどいい。
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星になった同級生

 ハイキングの後は代表ん家で、今は日が長いから夕陽を浴びながら宴会を開始。宮城県南部に住んでいるケンジ君も合流して、総勢9人になった。にぎやかだったよ。

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 M君とケンジ君は同じ卓球部。二人とも陸上部では棒高跳びをやっていた(当時の双葉郡で正式な陸上部があった中学校は少なく、陸上大会が近づくと運動部から選手がかき集められて臨時で陸上部を結成した)。 一方、代表とケンジ君はプロレスが趣味で、休み時間になると少し発達障害がある同級生を教室の後ろのスペースに連れ出しては技を教えていた。代表たちの年代は障害がある生徒も同じ教室で学んだため各クラスに2、3人はそういう生徒がいた。

 K君もそんな中のひとりで「代表とケンジ君はよくK君とプロレスしてたよねー」なんて話題になったんだが、せっちゃんの話しでは、そのK君の名前が広報のおくやみ欄にあったというのである。
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へーぶーすー

 平伏沼(へぶすぬま)にも行った。

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 高塚山の登山口駐車場から平伏沼~滝根町間林道へのルートができたので、今は車で簡単に行ける。

  代表が子どもの頃は4区方面からの細い登山道を、あけびやブドウを採って食べながら一時間ほどかかけて登った。沼周辺は見晴らしの良い高原状になっていたから、M君と走り回ったり、所々露出していた大きな花崗岩に名前を付けたりして遊んだ。高校生のときにはキャンプもした。

 高塚山と同じくここも景色が変わってしまって、キャンプした場所はちっともわからない。平伏沼も岩もキャンプした場所も動いていないんだが、記憶の方が消えてしまった。みんなの記憶をつなげると少し思い出せそうになるが、それぞれ相当ぼやけているもので、いくら重ねたところで霞んだままだ。天女を包む羽衣のように霞んでなびく幾層もの淡い思い出。しかし天女の体は見えない。その上に、今日また新しい単衣を重ねることになった。

「モリアオガエルの卵がある!」
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ペラペラ石でぺらぺらと

 中学の同級生と高塚山に登ってきた。

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 どうだんつつじが咲く頃に川内村に帰るから、そのときに代表も帰っていたら一緒に酒を飲みたい。京都に住んでいる同級生のM君からそう連絡があったのは、3月だったか4月のことだったか、忘れたが、ゴールデンウィークに帰ったときに同級生で山ガールのせっちゃん家に遊びに行ってそのことを話したら、「どうだんつつじといえば高塚山。高塚山のどうだんつつじが満開になるのはどうだん祭の一週間前よ!」とのことで、M君の帰省を8日と9日にしてもらって、いつものメンバーにも声をかけた。そうしたら関東周辺などから7人も集まった。 M君を入れて8人で高塚山に登ってどうだんつつじを見てきた。

 当日は数日続いたすっきりしない天気から一転して好天。神様に祝福されていることを感じながら、代表たちは少年少女のようにはしゃぎ、ハイキングとどうだんつつじとぺらぺらととりとめのないおしゃべりを楽しんだ。

 しかし、震災後の川内村の変化も激しいものがあったが、自然も変わるもんだね。代表の目の高さだったどうだんつつじの花は、今では見上げないといけなくなった。ペラペラ石から見る景色も記憶とちがって、昔は遥か下の方まで見渡せて、富岡の海まで見えたのに、もう木の陰に隠れるようになってしまっていた。高塚山の樹木はみんな大きくなっていた。代表たちもこんなに育ったんだから、木だって育つだろう。長い時間が過ぎていた。

日曜まで休みます

 用事があるため、日曜日までブログを休みます。
                           代表

じゃがいもが豊作だ

 さて、わりと順調にきていた代表の畑。ここのところ植物の成長スピードに圧され気味になってきた。今年の作業が始まってから3ヶ月しか経っていないというのに、すでに負けてしまった感がある。キュウリの棚づくりも間に合わず、頑張って草を除いても、次から次に生えてくる。そのまま一週間放って置いたら前よりも高くなってしまう。やっぱり植物のエネルギーは素晴らしいなーと実感する今日この頃だ。

 じゃが芋を収穫した。たくさんとれた。

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 20個の種芋を二つに切って40箇所に植えたところ、全部で50キロあまりの収穫になった。去年は不作だったけど今年は上出来だ。肥料をたっぷりやったのが良かったと思う。一箇所あたりハンドスコップで2杯ずつやった。芋類に効果が高いという豚糞を使ったのも良かったと思う。植える前、米糠を鋤きこんだのも効いているかもしれない。いろいろいっぺんに試したもんで、結局何が効果があったのかわからなくなった。

 肥料の置き方も畝毎に変えていた。種芋に対して円状に肥料を置いたところが数が多目で大きさも揃っている気がする。来年はもっと差がはっきりわかるようなやり方を考えて比較してみたい。

 じゃが芋は美味しいから虫も付くが、ネギを一緒に植えると虫除けになるという、いわゆるコンパニオンプランツを使うという手法を試してみたんだが、これはダメだった。夜盗虫に食われてしまったのがあった。茎も食われた。つまり、ネギはじゃが芋の虫除けの効果がないということ。これだけははっきりした。

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 偶然ニラの畝に落ちた南瓜の種が芽を出し、ふつうはすぐにウリバエに葉を食われてしまうんだが、無傷のまま育った。2個落ちて2個共同じだったから確かだ。ネギよりもニラの方が虫除け効果がありそうなので、来年はネギをやめてニラを試すつもり。他の作物にも試してみたいと思って、今、ニラを増殖中。畑全体にニラを植えておいて、種を蒔く直前にそのまますき込むのもいいかも知れない。来年はじゃが芋だけでなく全部の野菜を豊作にしたい。

いつかくる日

 代表は只今再雇用の2年目。65歳の誕生日まで延長可能で、毎年この時期に次の1年をどうするか申請する。勤務態度に問題がなかったらOKが出るんだが、まじめにやっていても仕事に支障があるような病気にかかっていたら却下だ。代表は真面目だし健康体だから希望さえすればすんなりのはずだ。

 しかし、今回は悩んだ。早く新しいことにチャレンジしたい。残された時間は多くない。だが、一体何にチャレンジしようというのか。そしてそのために、いつ会社をやめて、そのあとはどんな生き方になるのか。そういったことどもをひたすら考えていた。明確な答えは出なかった。 ただ、目標と条件だけははっきりさせた。すっきりした。

近所の大学が優勝!

 東都大学野球の春のリーグ戦は、今日の亜細亜大対国学院大戦で亜細亜大が激しい点の取り合いを制して勝ったため、対日本大の試合を待たずに近所の大学の優勝が決まった。6年振りだそうだ。

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 写真が違う?いやいや。一昨年東都の2部から1部に近所の大学を上げた立役者ヤクルトの原樹里君も喜んでいるだろうと思って。彼自身もケガのために約一年苦しんで復活したばかりだったから嬉しさも2倍だろうということで、そのときのスポーツ新聞の写真を使ってみました。

 代表も応援した甲斐があった。といっても、ただ土日に練習風景を眺めながら弁当食べてるだけだけどね。それだけなのに、選手たちと友だちのような気がしてくるから不思議だ。

 次は6月5日から日本一をかけての大学野球選手権。決勝まで進んで上武大と当たれば面白い。上武大の監督は近所の大学出身で現監督の教え子。同じタイプの野球でどっちも負けず嫌い。時々練習試合を見てはいるんだが、毎度緊迫したいい勝負になっている。ぜひ公式戦で、全日本の決勝の場で決着をつけてもらいたい。

近所の大学が優勝?

 東都大学野球の春のリーグ戦は、明日の一勝一敗で迎えた亜細亜大対国学院大戦で、亜細亜大が勝てば近所の大学の優勝が決まる。国学院大が勝利した場合は、次の東洋大対日本大の試合で東洋大が勝ち点を上げれば優勝。勝ち点が上げられなかったら国学院代の優勝となる。

 大事な一戦を控え、近所の大学ではさぞかし熱の入った練習をしているだろうと思って、会社の帰りにグランドに寄ってみたが、すでに午後の練習は終わってしまっていて、自主練習のふたりのボールを打つ音だけピシーピシーと響いていた。

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 そのうちに、ライトフェンスを越えて代表の足元に硬球が転がってきた。練習用のボールは傷だらけ。

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 こんな凸凹球をここまで飛ばすのかと驚いた。

 強い者のプレーは美しい。プレーだけでなく強い者は立ち居振る舞いが美しい。無駄のない合理的な動きが美しく、そういうふうに体を動かせる者が強いのである。野球はチームプレーだから、プレーが美しい者が多いところが強い。これはアマもプロも同じだ。

 近所の大学のプレーはリーグ中で最も美しいと思う。監督やコーチが厳しく指導するからだが、明日そのことが証明されると思う。

今日の収穫

 春菊、レタス、縮み菜、ほうれん草、小松菜、チンゲン菜。

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 でかすぎたり育たなかったりでなかなかうまくいかない。

田んぼは合理的

 代表が住む街川越市は、中心部は都会的だが、少し中心を離れればそこには田畑が広がっている。各地にある地方都市の風景とまったく一緒だ。

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 川越の田んぼでも一斉に田植えが始まった。自分で畑をいじるまではわからなかったが、この稲作のやり方というのは実にうまくできていると思う。生物と自然を熟知し巧みに利用している。 まず、この田植えという方法。水を張ったところに苗を植えるところが驚きの知恵だ。いったい誰が考えたんだろう。

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阪神が優勝

 去年、阪神が優勝するといったとき、あり得ないとみんなに笑われた。

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 代表は阪神ファンでもないし本気でそう思っていたわけじゃない。けれども、一度だらけてしまった組織の体質を変えることの難しさを知っているだけに、あえて困難に挑戦しようという金本と掛布の心意気を感じて応援したくなった。阪神が優勝したら、いちばんびっくりするのは代表だ。

いわな とはゆわない

 代表が子どものとき、川内村では「いわな」を「ゆわな」といった。

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 ひと口に福島弁と括られるが、福島県内でも場所によって言葉が全然ちがう。とても奥行きが深くて簡単には語れない。小さな川内村の中でさえ、北の高田島地区は郡山弁、役場を中心とするあたりからは相馬弁の影響が見られる。

 ちなみに、加藤茶や西田敏行が使っているズーズー弁は、標準語を訛らせただけの福島弁風にアレンジした言葉で、福島弁とは別ものである。山形弁が売りのダニエル・カールとか、青森の伊奈かっぺいなども同じだろう。本物の東北弁で話されたら標準語地域の人には半分もわからないと思う。

 川内村に話をもどすが、たとえば、「そうだよね?」というのを、高田島の人たちは「んだばい?」といい、南側では「んだが?」となる。これがいわき市平辺りになるとまた変わって「そうげ?」になる。

 さらに人や相手、場面などによっても微妙に変化し、たとえば「んだばい?」は「ほだばい?」とか「んだべ?」「ほだべ?」「んだがい?」「ほだがい?」「んだっぺ?」「ほだっぺ?」等、ここに書き切れないくらいのバージョンが存在する。福島の言葉というものはとっても豊かなのである。

 代表が話す川内村言葉は相馬弁が最も近い。ほとんど重なる。その相馬弁を整理記録した、えもすずさんの「相馬弁保存会」というサイトがあるんだが、都会の喧騒に飲み込まれて故郷の情景を忘れそうになったとき、代表はここを訪れて懐かしむということをする。Webの中のサライだ。

 そのとき、バージョン違いを思い出して楽しんだりもする。たとえば、「たっぺ」という相馬弁があるが・・・。

たっぺ [tappe] 名 C凍って滑りやすくなっている路面
「たっぺんなってっから気ぃつけでんげ(凍って道路がツルツルになっているから気をつけて行きなさい)」

てな具合で、もちろん川内村でも使うが、バージョン違いとしては、「たっぺ」を2回続けて「たっぺたっぺ」にすれば、ものすごくツルンツルンな状態を表す言葉になって、「道がたっぺたっぺであるがんにぇ(道がツルッツルで歩けない)」といった使い方をする。また、「たっぺらこい」になれば、平たくて滑りやすいものを指す意味になる。全てにこういったバージョンが加わるから、誇張ではなく、世界で最も語彙が多いといわれるイタリア語にも負けていないと代表は思う。


 「いわな」は川内村では「ゆわな」といった。 これは「相馬弁保存会」では取り上げられていない。相馬ではそうはいっていなかったのか。あるいは、まだ記録されていないだけなのか。わからないが、あと、代表が知っているものでは、「たらけづ(むき出しの尻)」とか「ほろすけ(馬鹿者)」とか「ずんむぐり(野糞をすると尻の穴から入り込んで内臓を食べてしまう伝説の蛇)」、「うっちゃばる(ほったらかす、突き放す)」なんてのがあるんだが、これも相馬弁にもあるのかは不明。今度同級生が集まったときに話題にしたいと思う。

畑仕事もスポーツ

 畑仕事はスポーツだ。畑仕事の後は筋肉痛でスポーツクラブに行く気にさえならない。本日も畑で残業だったためスポーツクラブは休みにした。

 ところで、代表が昼飯を食べながら練習風景を眺める近所の大学が、春のリーグ戦で首位に躍り出た。緒戦のカードで二連敗したからダメかと思ったが、それから連勝して、競合も勝ちを伸ばせなかったラッキーも重なった。あとは苦手の日大戦に連勝すれば優勝だが、今年のチームは実力的にはリーグ一だと思うので勝ってくれると思う。

 息子さんを見つめるお父さん。四国から夜行バスで10時間かけて来たとのこと。

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 誇らしいだろう。

祝いと感謝

 今月は長女の誕生日。そのお祝いと、息子の就職が決まったお祝い。それから母の日を前に家内への慰労とを兼ねて、家族5人でブラジル料理を楽しんだ。

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 代表は幸せだ。家族全員健康。家内は家事をよくやってくれる。子どもたちも素直でかつ前向きに育った。不満がないわけではない。家内は美人じゃないし、子どもには秀でたところが少しもない。代表も頼りないだろう。しかし、この5人が家族でいられることの喜びはそれを上回る。それが幸せの感じ方というものだろうと思う。

いろいろあった

 9日(火)。早朝会社に向かう途中のこと。川越橋を過ぎたところで車の単独事故場面に遭遇した。

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 車はひっくり返って激しく壊れ、ウィンドウもひしゃげたような状態ながら、幸いドライバーは無事。這い出して自分で電話していた。

 ちょうど川内村の同級生のせっちゃんから届いた「小さい頃に遊んだいとこが亡くなった。自分が元気でいられるだけで幸せだよね。」というメールを見たばかりで、最近そういう出来事が多くなったこともあって、それらと代表の考えをからめてブログにしたためようかなと思っていたが、次女が就活でパソコンを使うために書けなかった。

 10日(水)。東京は墨田方面のスカイツリーの近くの会社を訪問。

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 面白いネタを仕入れることができたのでブログにしたためようと考えていたのだが、打合せ後に酒が入って盛り上がって帰宅が遅くなった。こういうネタはタイミングを逃すと使えない。

 11日(木)は特別用事はなかった。火事で焼けた菓子屋横丁の、次々に新店舗が建てられる中で最後になった店舗(右側)がようやくできて開店したため、ブログにしたためようと思っていた。

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 ところが、スポーツクラブ(5月から近くのクラブに変えた)へ行って帰ったら23時近くになった。そこから文章を考えて頭を使ったら、冴えてしまって眠れなくなるので断念したものの、結局、気になって熟睡できなかった。

 毎日毎日いろいろあって予定通りいかない。

ゆっくりした

ゴールデンウィークは自分のために時間をつかうと決めた。9日間一度もパソコンを開かなかった。そのためにブログを放置してしまうことになってしまいすみませんでした。

 4月29日、30日は川越で畑仕事。1日には川内村へ行く予定だったが、雨が降って荷物の積み込みができなかったため一日延期。2日から4日までの3日間は川内村に行った。親父の畑に植える葱や里芋、農作業の為の道具や肥料などをKトラに積み、助手席には次女を乗せて。

 親父と代表と次女と3人で畑仕事をしたりした。

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 4日から7日まで再び川越で畑仕事。朝6時から11時半まで畑にいて、そのあと近所の大学で昼飯を食いながら野球の練習を13時くらいまでみて、また畑にもどって16時くらいまでなんだかんだやってから夕方スポーツクラブで汗を流し、そんなだったから夕飯後疲れてぼーっとなってしまい21時過ぎたら眠ってしまった。おかげでゆっくりできました。 いいゴールデンウィークだった。