未分類の記事 (1/66)

夏至は冬の始まり

 日が短くなったねー(笑)。今日は夏至から一日目。昨日雨になることは天気予報でわかっていたから、夏至を感じておきたかった代表は、昨日の朝早く起きて、通勤途中にあるコンビニの駐車場まで行って、温かいコーヒーをすすりながら、夜明けの光を味わった。爽やかなミントの味がしたよ。

17062201.jpg

 何でもそうだが、ピークが来た瞬間に衰退は始まる。組織も幸せも、絶頂の輝きを放ったその時を境に陰り始めるものだ。だから夏至は冬至へのスタート地点になってしまう。今日から風船が萎むように日が短くなり、夜明けと夕暮れは暗さと冷たさを増す。

 代表も62歳。すでに黄昏流なんだが、ならば自分の絶頂期はいつで、どのあたりから下降したのだったか?と考える。だが、そういう ポイントがあったという自覚がない。体力的にも気持ち的にもはっきり「あー衰えたなー」と感じた記憶がない。多少は冬至に向かったことがあったかもしれないが、すぐに夏至に転じた感じだ。 だから明るくなる一方。鈍感なのかもしれない。
スポンサーサイト

サル出現!?

 屋根の上にいるのはサルか?まさか親父じゃ!?

17061701.jpg

 やっぱり親父だったよ。

 屋根から落ちて大怪我をしたのは2年前のちょうど今頃で、反省したはずだったが、性懲りもなくまた上がってる。反省だけならサルでもできるというフレーズがあったが、親父も反省だけはするが、生まれついての性分は変えられない。今度落ちたら最後だと本人もわかっているはず。放っておくしかない。

三角点という道標

 一夜明けて土曜日は三角点までハイキングした。

17061601.jpg

 三角点は、高塚山平伏沼と並んで、代表にとっては川内村三山といってもいい名山のひとつ。下川内と上川内の中間点にあるので基本的にどこからでも昇れるんだが、整備された林道はいわなの郷の奥にある一本だけ。あとは獣道だ。いわなの郷から三角点までゆっくり歩いて1時間くらいだから、距離にして3、4kmくらい。軽いハイキングにちょうどいい。
[ 続きを読む » ]

星になった同級生

 ハイキングの後は代表ん家で、今は日が長いから夕陽を浴びながら宴会を開始。宮城県南部に住んでいるケンジ君も合流して、総勢9人になった。にぎやかだったよ。

17061501.jpg

 M君とケンジ君は同じ卓球部。二人とも陸上部では棒高跳びをやっていた(当時の双葉郡で正式な陸上部があった中学校は少なく、陸上大会が近づくと運動部から選手がかき集められて臨時で陸上部を結成した)。 一方、代表とケンジ君はプロレスが趣味で、休み時間になると少し発達障害がある同級生を教室の後ろのスペースに連れ出しては技を教えていた。代表たちの年代は障害がある生徒も同じ教室で学んだため各クラスに2、3人はそういう生徒がいた。

 K君もそんな中のひとりで「代表とケンジ君はよくK君とプロレスしてたよねー」なんて話題になったんだが、せっちゃんの話しでは、そのK君の名前が広報のおくやみ欄にあったというのである。
[ 続きを読む » ]

へーぶーすー

 平伏沼(へぶすぬま)にも行った。

17061301.jpg

 高塚山の登山口駐車場から平伏沼~滝根町間林道へのルートができたので、今は車で簡単に行ける。

  代表が子どもの頃は4区方面からの細い登山道を、あけびやブドウを採って食べながら一時間ほどかかけて登った。沼周辺は見晴らしの良い高原状になっていたから、M君と走り回ったり、所々露出していた大きな花崗岩に名前を付けたりして遊んだ。高校生のときにはキャンプもした。

 高塚山と同じくここも景色が変わってしまって、キャンプした場所はちっともわからない。平伏沼も岩もキャンプした場所も動いていないんだが、記憶の方が消えてしまった。みんなの記憶をつなげると少し思い出せそうになるが、それぞれ相当ぼやけているもので、いくら重ねたところで霞んだままだ。天女を包む羽衣のように霞んでなびく幾層もの淡い思い出。しかし天女の体は見えない。その上に、今日また新しい単衣を重ねることになった。

「モリアオガエルの卵がある!」
[ 続きを読む » ]

ペラペラ石でぺらぺらと

 中学の同級生と高塚山に登ってきた。

17060612.jpg

 どうだんつつじが咲く頃に川内村に帰るから、そのときに代表も帰っていたら一緒に酒を飲みたい。京都に住んでいる同級生のM君からそう連絡があったのは、3月だったか4月のことだったか、忘れたが、ゴールデンウィークに帰ったときに同級生で山ガールのせっちゃん家に遊びに行ってそのことを話したら、「どうだんつつじといえば高塚山。高塚山のどうだんつつじが満開になるのはどうだん祭の一週間前よ!」とのことで、M君の帰省を8日と9日にしてもらって、いつものメンバーにも声をかけた。そうしたら関東周辺などから7人も集まった。 M君を入れて8人で高塚山に登ってどうだんつつじを見てきた。

 当日は数日続いたすっきりしない天気から一転して好天。神様に祝福されていることを感じながら、代表たちは少年少女のようにはしゃぎ、ハイキングとどうだんつつじとぺらぺらととりとめのないおしゃべりを楽しんだ。

 しかし、震災後の川内村の変化も激しいものがあったが、自然も変わるもんだね。代表の目の高さだったどうだんつつじの花は、今では見上げないといけなくなった。ペラペラ石から見る景色も記憶とちがって、昔は遥か下の方まで見渡せて、富岡の海まで見えたのに、もう木の陰に隠れるようになってしまっていた。高塚山の樹木はみんな大きくなっていた。代表たちもこんなに育ったんだから、木だって育つだろう。長い時間が過ぎていた。

日曜まで休みます

 用事があるため、日曜日までブログを休みます。
                           代表

じゃがいもが豊作だ

 さて、わりと順調にきていた代表の畑。ここのところ植物の成長スピードに圧され気味になってきた。今年の作業が始まってから3ヶ月しか経っていないというのに、すでに負けてしまった感がある。キュウリの棚づくりも間に合わず、頑張って草を除いても、次から次に生えてくる。そのまま一週間放って置いたら前よりも高くなってしまう。やっぱり植物のエネルギーは素晴らしいなーと実感する今日この頃だ。

 じゃが芋を収穫した。たくさんとれた。

17060601.jpg

 20個の種芋を二つに切って40箇所に植えたところ、全部で50キロあまりの収穫になった。去年は不作だったけど今年は上出来だ。肥料をたっぷりやったのが良かったと思う。一箇所あたりハンドスコップで2杯ずつやった。芋類に効果が高いという豚糞を使ったのも良かったと思う。植える前、米糠を鋤きこんだのも効いているかもしれない。いろいろいっぺんに試したもんで、結局何が効果があったのかわからなくなった。

 肥料の置き方も畝毎に変えていた。種芋に対して円状に肥料を置いたところが数が多目で大きさも揃っている気がする。来年はもっと差がはっきりわかるようなやり方を考えて比較してみたい。

 じゃが芋は美味しいから虫も付くが、ネギを一緒に植えると虫除けになるという、いわゆるコンパニオンプランツを使うという手法を試してみたんだが、これはダメだった。夜盗虫に食われてしまったのがあった。茎も食われた。つまり、ネギはじゃが芋の虫除けの効果がないということ。これだけははっきりした。

17060603.jpg

 偶然ニラの畝に落ちた南瓜の種が芽を出し、ふつうはすぐにウリバエに葉を食われてしまうんだが、無傷のまま育った。2個落ちて2個共同じだったから確かだ。ネギよりもニラの方が虫除け効果がありそうなので、来年はネギをやめてニラを試すつもり。他の作物にも試してみたいと思って、今、ニラを増殖中。畑全体にニラを植えておいて、種を蒔く直前にそのまますき込むのもいいかも知れない。来年はじゃが芋だけでなく全部の野菜を豊作にしたい。

いつかくる日

 代表は只今再雇用の2年目。65歳の誕生日まで延長可能で、毎年この時期に次の1年をどうするか申請する。勤務態度に問題がなかったらOKが出るんだが、まじめにやっていても仕事に支障があるような病気にかかっていたら却下だ。代表は真面目だし健康体だから希望さえすればすんなりのはずだ。

 しかし、今回は悩んだ。早く新しいことにチャレンジしたい。残された時間は多くない。だが、一体何にチャレンジしようというのか。そしてそのために、いつ会社をやめて、そのあとはどんな生き方になるのか。そういったことどもをひたすら考えていた。明確な答えは出なかった。 ただ、目標と条件だけははっきりさせた。すっきりした。

近所の大学が優勝!

 東都大学野球の春のリーグ戦は、今日の亜細亜大対国学院大戦で亜細亜大が激しい点の取り合いを制して勝ったため、対日本大の試合を待たずに近所の大学の優勝が決まった。6年振りだそうだ。

17052301.jpg

 写真が違う?いやいや。一昨年東都の2部から1部に近所の大学を上げた立役者ヤクルトの原樹里君も喜んでいるだろうと思って。彼自身もケガのために約一年苦しんで復活したばかりだったから嬉しさも2倍だろうということで、そのときのスポーツ新聞の写真を使ってみました。

 代表も応援した甲斐があった。といっても、ただ土日に練習風景を眺めながら弁当食べてるだけだけどね。それだけなのに、選手たちと友だちのような気がしてくるから不思議だ。

 次は6月5日から日本一をかけての大学野球選手権。決勝まで進んで上武大と当たれば面白い。上武大の監督は近所の大学出身で現監督の教え子。同じタイプの野球でどっちも負けず嫌い。時々練習試合を見てはいるんだが、毎度緊迫したいい勝負になっている。ぜひ公式戦で、全日本の決勝の場で決着をつけてもらいたい。

近所の大学が優勝?

 東都大学野球の春のリーグ戦は、明日の一勝一敗で迎えた亜細亜大対国学院大戦で、亜細亜大が勝てば近所の大学の優勝が決まる。国学院大が勝利した場合は、次の東洋大対日本大の試合で東洋大が勝ち点を上げれば優勝。勝ち点が上げられなかったら国学院代の優勝となる。

 大事な一戦を控え、近所の大学ではさぞかし熱の入った練習をしているだろうと思って、会社の帰りにグランドに寄ってみたが、すでに午後の練習は終わってしまっていて、自主練習のふたりのボールを打つ音だけピシーピシーと響いていた。

17052201.jpg

 そのうちに、ライトフェンスを越えて代表の足元に硬球が転がってきた。練習用のボールは傷だらけ。

17052202.jpg

 こんな凸凹球をここまで飛ばすのかと驚いた。

 強い者のプレーは美しい。プレーだけでなく強い者は立ち居振る舞いが美しい。無駄のない合理的な動きが美しく、そういうふうに体を動かせる者が強いのである。野球はチームプレーだから、プレーが美しい者が多いところが強い。これはアマもプロも同じだ。

 近所の大学のプレーはリーグ中で最も美しいと思う。監督やコーチが厳しく指導するからだが、明日そのことが証明されると思う。

今日の収穫

 春菊、レタス、縮み菜、ほうれん草、小松菜、チンゲン菜。

17051901.jpg

 でかすぎたり育たなかったりでなかなかうまくいかない。

田んぼは合理的

 代表が住む街川越市は、中心部は都会的だが、少し中心を離れればそこには田畑が広がっている。各地にある地方都市の風景とまったく一緒だ。

17051801.jpg

 川越の田んぼでも一斉に田植えが始まった。自分で畑をいじるまではわからなかったが、この稲作のやり方というのは実にうまくできていると思う。生物と自然を熟知し巧みに利用している。 まず、この田植えという方法。水を張ったところに苗を植えるところが驚きの知恵だ。いったい誰が考えたんだろう。

[ 続きを読む » ]

阪神が優勝

 去年、阪神が優勝するといったとき、あり得ないとみんなに笑われた。

17051601.jpg

 代表は阪神ファンでもないし本気でそう思っていたわけじゃない。けれども、一度だらけてしまった組織の体質を変えることの難しさを知っているだけに、あえて困難に挑戦しようという金本と掛布の心意気を感じて応援したくなった。阪神が優勝したら、いちばんびっくりするのは代表だ。

いわな とはゆわない

 代表が子どものとき、川内村では「いわな」を「ゆわな」といった。

17051501.jpg

 ひと口に福島弁と括られるが、福島県内でも場所によって言葉が全然ちがう。とても奥行きが深くて簡単には語れない。小さな川内村の中でさえ、北の高田島地区は郡山弁、役場を中心とするあたりからは相馬弁の影響が見られる。

 ちなみに、加藤茶や西田敏行が使っているズーズー弁は、標準語を訛らせただけの福島弁風にアレンジした言葉で、福島弁とは別ものである。山形弁が売りのダニエル・カールとか、青森の伊奈かっぺいなども同じだろう。本物の東北弁で話されたら標準語地域の人には半分もわからないと思う。

 川内村に話をもどすが、たとえば、「そうだよね?」というのを、高田島の人たちは「んだばい?」といい、南側では「んだが?」となる。これがいわき市平辺りになるとまた変わって「そうげ?」になる。

 さらに人や相手、場面などによっても微妙に変化し、たとえば「んだばい?」は「ほだばい?」とか「んだべ?」「ほだべ?」「んだがい?」「ほだがい?」「んだっぺ?」「ほだっぺ?」等、ここに書き切れないくらいのバージョンが存在する。福島の言葉というものはとっても豊かなのである。

 代表が話す川内村言葉は相馬弁が最も近い。ほとんど重なる。その相馬弁を整理記録した、えもすずさんの「相馬弁保存会」というサイトがあるんだが、都会の喧騒に飲み込まれて故郷の情景を忘れそうになったとき、代表はここを訪れて懐かしむということをする。Webの中のサライだ。

 そのとき、バージョン違いを思い出して楽しんだりもする。たとえば、「たっぺ」という相馬弁があるが・・・。

たっぺ [tappe] 名 C凍って滑りやすくなっている路面
「たっぺんなってっから気ぃつけでんげ(凍って道路がツルツルになっているから気をつけて行きなさい)」

てな具合で、もちろん川内村でも使うが、バージョン違いとしては、「たっぺ」を2回続けて「たっぺたっぺ」にすれば、ものすごくツルンツルンな状態を表す言葉になって、「道がたっぺたっぺであるがんにぇ(道がツルッツルで歩けない)」といった使い方をする。また、「たっぺらこい」になれば、平たくて滑りやすいものを指す意味になる。全てにこういったバージョンが加わるから、誇張ではなく、世界で最も語彙が多いといわれるイタリア語にも負けていないと代表は思う。


 「いわな」は川内村では「ゆわな」といった。 これは「相馬弁保存会」では取り上げられていない。相馬ではそうはいっていなかったのか。あるいは、まだ記録されていないだけなのか。わからないが、あと、代表が知っているものでは、「たらけづ(むき出しの尻)」とか「ほろすけ(馬鹿者)」とか「ずんむぐり(野糞をすると尻の穴から入り込んで内臓を食べてしまう伝説の蛇)」、「うっちゃばる(ほったらかす、突き放す)」なんてのがあるんだが、これも相馬弁にもあるのかは不明。今度同級生が集まったときに話題にしたいと思う。

畑仕事もスポーツ

 畑仕事はスポーツだ。畑仕事の後は筋肉痛でスポーツクラブに行く気にさえならない。本日も畑で残業だったためスポーツクラブは休みにした。

 ところで、代表が昼飯を食べながら練習風景を眺める近所の大学が、春のリーグ戦で首位に躍り出た。緒戦のカードで二連敗したからダメかと思ったが、それから連勝して、競合も勝ちを伸ばせなかったラッキーも重なった。あとは苦手の日大戦に連勝すれば優勝だが、今年のチームは実力的にはリーグ一だと思うので勝ってくれると思う。

 息子さんを見つめるお父さん。四国から夜行バスで10時間かけて来たとのこと。

50170514.jpg

 誇らしいだろう。

祝いと感謝

 今月は長女の誕生日。そのお祝いと、息子の就職が決まったお祝い。それから母の日を前に家内への慰労とを兼ねて、家族5人でブラジル料理を楽しんだ。

17051301.jpg

 代表は幸せだ。家族全員健康。家内は家事をよくやってくれる。子どもたちも素直でかつ前向きに育った。不満がないわけではない。家内は美人じゃないし、子どもには秀でたところが少しもない。代表も頼りないだろう。しかし、この5人が家族でいられることの喜びはそれを上回る。それが幸せの感じ方というものだろうと思う。

いろいろあった

 9日(火)。早朝会社に向かう途中のこと。川越橋を過ぎたところで車の単独事故場面に遭遇した。

17051201.jpg

 車はひっくり返って激しく壊れ、ウィンドウもひしゃげたような状態ながら、幸いドライバーは無事。這い出して自分で電話していた。

 ちょうど川内村の同級生のせっちゃんから届いた「小さい頃に遊んだいとこが亡くなった。自分が元気でいられるだけで幸せだよね。」というメールを見たばかりで、最近そういう出来事が多くなったこともあって、それらと代表の考えをからめてブログにしたためようかなと思っていたが、次女が就活でパソコンを使うために書けなかった。

 10日(水)。東京は墨田方面のスカイツリーの近くの会社を訪問。

17051203.jpg

 面白いネタを仕入れることができたのでブログにしたためようと考えていたのだが、打合せ後に酒が入って盛り上がって帰宅が遅くなった。こういうネタはタイミングを逃すと使えない。

 11日(木)は特別用事はなかった。火事で焼けた菓子屋横丁の、次々に新店舗が建てられる中で最後になった店舗(右側)がようやくできて開店したため、ブログにしたためようと思っていた。

17051202.jpg

 ところが、スポーツクラブ(5月から近くのクラブに変えた)へ行って帰ったら23時近くになった。そこから文章を考えて頭を使ったら、冴えてしまって眠れなくなるので断念したものの、結局、気になって熟睡できなかった。

 毎日毎日いろいろあって予定通りいかない。

ゆっくりした

ゴールデンウィークは自分のために時間をつかうと決めた。9日間一度もパソコンを開かなかった。そのためにブログを放置してしまうことになってしまいすみませんでした。

 4月29日、30日は川越で畑仕事。1日には川内村へ行く予定だったが、雨が降って荷物の積み込みができなかったため一日延期。2日から4日までの3日間は川内村に行った。親父の畑に植える葱や里芋、農作業の為の道具や肥料などをKトラに積み、助手席には次女を乗せて。

 親父と代表と次女と3人で畑仕事をしたりした。

17050801.jpg

 4日から7日まで再び川越で畑仕事。朝6時から11時半まで畑にいて、そのあと近所の大学で昼飯を食いながら野球の練習を13時くらいまでみて、また畑にもどって16時くらいまでなんだかんだやってから夕方スポーツクラブで汗を流し、そんなだったから夕飯後疲れてぼーっとなってしまい21時過ぎたら眠ってしまった。おかげでゆっくりできました。 いいゴールデンウィークだった。

昨日と同じことを今日もしている代表に? 

 机の中の資料を整理していたら、いつ誰にもらったのか忘れたが、こんなメモが出てきた。

『 昨日と同じ仕事を今日もしているきみへ 昭和33年2月 作者不明

うちの子どもがこういうことをいったんだよ。
「お父さんはね、会社の社長になって、偉いかもしれないけど、お父さんの若かった時代は野蛮人の時代だったから、考えることがたくさんあってよかった」と。
そして「俺なんかお父さんにみんなやられちゃったから、考える余地がないしお父さんみたいになれないよ」。そういうことをいうんだ。
ところが、それは大きな間違いなんだ。俺だって子供のころに親父に向かってやっぱり同じことをいったよ。
しかし人間はどんどん進化するんだから、これでいいなんてことはありえないよ。
そういう感じをもっているときが一番怖いんだって思うよ。やる仕事はいくらでもあるんだ。ただ自分が気がつかないだけ。
たしかに前は、なんでも整備せにゃならんかったから、整備する仕事は余計にあったんだが、これからは整備する仕事じゃなくて、それを発見するための仕事がなきゃいけないんだ。これ以上ないということは足踏みしていることなんだね。世の中は進んでいるんだから、それは足踏みでなくて後退だよ。俺が一番恐れているのはそれなんだ。考えても考えても足らんというのが、人間の常識でなくちゃならんのにね。
人間というものは死ぬまで用事があるもんだよ。年寄りは年寄りなりの考えを出すものなんだよ。俺なんかやりっぱなしでさ、ホトトギスのようなもんかしらんけどな。卵を産みっぱなしでほうぼう飛んで廻っているから。そいつをまあみんなが整理してくれたわけだが。
結局は育てたものも、産んでしまったホトトギスも死んでいくんだからな。今後はきみたちがホトトギスにならんきゃならんのだ。新しい時代がきて、新陳代謝してゆくんだからな。
だから、仕事だって一つ終わってもまた次に増えているはずなんだ。みんな仕事は手に一杯もっているはずなんだな。どんな場合でも。もたない人が多かったときには会社はつぶれるっていうこと。手にいっぱい仕事をもって頭を悩ましている人間がいる会社は安泰だよ。だいじょうぶだ。
ただ会社に仕事がないんじゃなくて、その人が仕事を考えないんだよ。それがぼくは恐いんだ。死ぬまで抜けきらんから。気の毒に。
どんなものでも固定化してしまったときがいちばん恐いと思うね、りっぱな会社になった。これでいいというときがね。そのときにはみんなの知恵が止まってしまうことだから。
昔の百年はいまの一年くらいだな。猛烈に早くなってきてますよ。だからいままでより以上にみんなの頭を使ってくれなきゃダメってことだね。』

これが昭和33年に書かれたものだというのにちっとも古くない。現在でも立派に通用するし、今の代表の事を言われてるみたいな気がした。

昔は良かった?

 ゴルフ道具や音楽だけでなく、バイクも昔のモデルの方が良かったということだろうか。最近は古いモデルを専門に扱う雑誌まで出てきた。モトレジェンド誌もその中の一冊。隔月発行だが、今月号は1988年式のNSR250Rを特集している。

17042701.jpg

 もう30年も前のバイクの話だよ。けれども、事実として、このモデルを超えるバイクは出てきていない。人類は30年前をピークに退行しているんじゃないだろうか。

 モトレジェンド誌をぺらぺらめくってみると、どこかで会ったことがあるような人たちが開発メンバーとして紹介されていた。

17042702.jpg

 1980年代以降、新しいものを創造できなかったこの人たちにも、こんなつまらない時代にしてしまった責任があるということだろう。すべての責任は代表たちの世代にある?


ホンマ?

 ホンマ。代表のゴルフ道具は全部本間。本間はホンマにいいよ。20年以上前のモデルだけどね。

17042601.jpg

 最近自分のことが心配になるんだが、代表の持ち物はほとんどこの当時のものばっかりで新しいものがない。クルマもバイクも本も音楽も何もかも、新しいものにまったく魅力を感じられないんだよ。

 例えばこのホンマのゴルフクラブにしたって、次から次に新製品が出てくるんだが、代表の持っているモデルよりもフィーリングがいい商品がひとつもない。ひとつも。打ちやすくはなる。けれども打感の気持ち良さとか、手に感じる振動のみでボールの行方がわかるくらいの繊細さとか。そういうものがない。簡単さと引き換えに気難しさを犠牲にしている。

 そういったことが世の流れというか、すべての道具や情報がそういう方向に行ってしまって、難しさも無いが使いこなしたときの喜びもない薄っぺらな物で溢れてしまった。また、そのことによって人間の機能も衰え、創造性のレベルも全体的に落ちてしまった気がする。

 好奇心をくすぐられるようなものが見当たらない。代表が年を取ったということか。もう新しいものについていけないという話か。あーつまらないつまらない。面白いのは畑だけだ。

春の畑 その2

 代表の頭の中には、作物を立派に育てるにはどうしたらいいのか?そのことしかない。畑に居るだけで楽しくてしょうがない。

 2年目のアスパラガス。

17042501.jpg

 期待以上の成長ぶりだ。来春は美味しい茹でアスパラが食べられるだろう。
[ 続きを読む » ]

春の畑

 畑は楽しい。特に春の畑は。

 プルーンの木を住処にした蜘蛛。

17042401.jpg

 餌になる虫が多いからだろう。
[ 続きを読む » ]

本日の昼飯

 休みの日は畑にいる。朝食前の6時頃から8時くらいまで作業をして、コーヒーショップへ行って朝食を食べ、また畑に行く。昼飯は畑か近所の大学のグランドかどちらかだが、グランドで野球の練習を観ながらというパターンが多い。畑で食べると土埃でご飯がジャリジャリになる。

 今日はうまいラーメンが食べたくなり、鶴ヶ島駅裏のとんちぼにした。

17042201.jpg

 行列に30分並んで席についてから10分待ち。つけ麺800円也。

17042202.jpg

 やっぱりとんちぼのラーメンはうまい。しかし、ここに来ると必ず東日本大震災を思い出してしまう。震災の次の日の日曜の昼飯がここだったからだ。あのとき、池袋方面からの電車が到着するたびに疲れ切った足取りの人たちがゾロゾロと降りてくるのを眺めながら、代表もまだ親父と連絡がつかない不安の中にいた。すると電車から降りてきた一人のおっさんが列の一番前に割り込んだ。ショックと疲労と空腹とで放心しているみたいだった。あの日はみんなそんな感じだったが、まだ原発のトラブルについてはニュースになっていなかった。まあそれからいろいろあった。ここに来るたびに条件反射で思い出す。
[ 続きを読む » ]

畑の状況

 仕事以外の時間のほとんどを畑仕事に費やしているだけあって、今年はほぼ計画通り。種蒔きから発芽まで順調。

 代表の約100坪の畑には、果樹がブルーベリー4本巨峰が2本プルーンが1本植えてある。野菜は昨年植えたネギ、ワケギ、ラッキョウ、ミョウガ、アスパラガス、ノラボウ菜、ニンニク、シソ、ニラがあり、この春種蒔きしたホウレンソウ、小松菜、レタス、ビタミン菜、チンゲン菜、セロリ、キャベツ、オクラ、メロン、スイカ、キュウリ、トウガラシ、オカヒジキ、赤ネギ、ジャガイモが芽を出している。苗を買って植えたナス、キュウリ、シシトウ、ピーマンは無事に活着してすくすく育っている。サツマイモ、里芋、トウモロコシはまだ芽が出ていないが、地面にひび割れができているのでもうすぐ出るだろう。順調だ。

 次女が種を蒔いたダイコンも芽が出た。こちらも順調。

17042101.jpg

 そろそろ間引きしないといけないんだが、就活で忙しくてなかなか畑に行くことができない。日曜日に一緒に間引く予定。

運が上向いてきた

 今日は風が強くて、会社の帰り道にちょっと畑に寄ってから帰ったら、駐車場に停めておいた車のカバーが風に飛ばされたらしく無くなっていた。分厚くて重いやつだからそんなに遠くに飛ばされていないだろうと思って近くを探したが見つからなかった。ガッカリして駐車場に戻ると、大家さんが待っていて「車のカバー拾っておいたよ」と言った。近所の塀にひっかかっていたということだった。最近運が悪いことばっかり続いていたが、これをきっかけに上向いてきた気がした。

 今年のサツマイモはから作ろうと思って種芋を植えた。

17041901.jpg

 サツマイモは強いからまず失敗はない。一か月もあれば丈夫な苗ができるだろうと思う。

川内村で その2

 明日につづくと書いておいて一週間も経ってしまった。やることが多くて(泣)。とくにこの年度の切り替わる前後は忙しかった。仕事と畑とその他の用事が集中した。まだ片付いていない。

 さて、つづきです。ここからは広野町。

 鶴田さんに会うのは昨年末に代表作の里芋を届けたとき以来。里芋ってうまいよね。正月の煮物になる前に全部食べてなくなってしまったということだったので、今年は里芋の畝を少し増やした。正月まで食べられるように大きい芋をたくさん作ってまた届けようと思って。

 話がそれたが、今回の作品展とオープニングパーティは、鶴田さんの誕生会も兼ねたということであった。

17041201.jpg
[ 続きを読む » ]

もうちょっと・・・

 いやー、やることが多くてたいへん。もう少しお待ちください。
                                代表

川内村で その1

 川内村に行ってました。 諸々春仕様への切り替え作業のため。

 金曜日の夜中に軽トラで川越を出発し、川内村に着いたのは土曜日の夜明け前。ほんとうは金曜日の朝早くに出る計画だったんだが、野菜の種蒔きの遅れを挽回したくなり、予定を変更して金曜一日畑仕事をしてからにした。ろくに寝る時間がなかったもんだから川内村に着いたときには足元がふらふらしていた。

 たまにしか帰れないからやることは多い。とりあえず荷物を降ろし、止めていた水道を出して、ストーブを焚いて薬缶を載せ、掃除機で床に散らばった虫やゴミを吸って、コーヒーを一杯淹れて手帳に書いたやるべきことのメモを見る。

 時間が足りない。しかも雨模様の天気。頭の中で並べ替えてみたりするが、終わらせらるのは無理だ。最初からわかっていた気もする。が、来ないわけにもいかない。次いつ来るか考える。その繰り返しだ。仕方ない。時間ないから。マグカップを空にして動き出した。

 まず親父のライフのタイヤを交換。

17041101.jpg

 ホイールとセットで買った中古のスタッドレスタイヤだったんだが、ひび割れが出ていた。来シーズンは新しくしないといけない。親父は「山があるうちは大丈夫だ」という。山が無くなるまで走らないともったいないと。いやいやゴムが劣化して硬くなったから割れるんで、そうなるとタイヤがたわむたびにそこからひび割れが延びてついにパンクする。だから使っちゃいけないんだよと説明するんだが、「パンクするまでは大丈夫だ!」といって聞かない。いったいどこでパンクするつもりなんだよ。

 親父には物質は劣化するという認識がないみたい。工具も農具も一輪車もコードリールも薪も石鹸もタワシも長靴まで庭で野曝しにしておいてみーんな駄目にしてしまう。はいはいわかりました。勝手にやっておくから。

 代表の軽トラのエンジンオイルを交換し、ラジエター液とウィンドウォッシャー液を補充してやって洗車した。そして、水道管のヒーターとサーモスタットを片付け、水をポリタンクに入れて持ち帰る準備をしたりしたらあっという間に昼近くになった。いつものことだが時間が経つのは早く、時計を見るのがほんとうに怖い。

 携帯をチェックしたら同級生のせっちゃんから「美味しいコーヒーを用意したから飲みにきな」とメールが入っていた。代表が川内村に行くって知ってわざわざコーヒーを買っておいてくれたんだねー。ありがとうせっちゃん。飲みたかったけど、「今回は行けません」と、泣く泣く返信。

 インスタントラーメンを食べながら思ったんだが、老化のせいか最近食べたり飲んだりした後に作業するとひどく胸焼けするようになった。潰瘍になりそうなレベル。やっぱり食事の後はしばらく休むべきなんだね。南欧の人たちが食事の後ゆっくり休んだり寝たりするのは怠け者だからだと思っていたけど、理に適っていると思った。

 川内村のいいところは、望まなければ余計なものとの接触を一切絶てるということだ。テレビもラジオも新聞もない。人工的な文字も音も映像も一切見えたり聞こえたりしない。そのことは不便なようだが、ここに来ればわかるが、とても安らげる。世の中必要のないものが多すぎる。

 昼過ぎに雨が上がった。ふた畝ばかり耕してジャガイモを植えた。長女と家内の車の夏用タイヤや、ポリタンクふたつに川内村の水を満タンにして軽トラに積んで広野町に向かった。二ツ沼公園ホールで今日から鶴田松盛さんの作品展が始まっている。代表は夕方5時からのオープニングパーティに参加させてもらうことになっていたのだった。

 明日につづく

帰りました

 川内村に行ってました。
次女が就活でパソコンを使うので、報告は明日からということで。
                                    代表