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HAPPY BIRTHDAY TO ME

 今日は代表の誕生日。昭和30年生まれだから、歳は、ひとつふたつみっつ、えーと、たくさんたくさんになった。家族からのプレゼントは恒例のカップヌードル。当番の日の昼飯にしよう。

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 20代の頃までは破滅的な生き方をしていたので、とても40まで生きていられないだろうと思った。30代の後半になった時は、お袋が生きた歳まで生きられたら充分だと思った。あれからもう10年も風邪のひとつもひかないで長生きできた。出来過ぎ恵まれ過ぎの人生だった。だからこれからは一日一日おまけのつもりで、毎日が最後の日のつもりで、有難く大事に燃焼させていきたいと思う。
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ピーマンなぜ赤い

 サボテンに「君のトゲは痛いから嫌だよ。」と語り続けるとトゲが無くなってしまうらしい。本当の話だよ。嘘だと思うなら試してみ。

 代表の畑で採れたピーマンは、これまで見たことがないくらい鮮やかな赤い色になったが、これは、やっぱりあれだろうか、代表がずっと「君のお尻はキュートでi色っぽいね。」とささやき続けたからだろうか。

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 代表の畑はもう食べられるものが無くなった。茗荷と雑草の中で見つけたピーマンだけだ。

それぞれのスタイル

 立正大学野球部のグランドは小さな林を隔ててすぐ隣なので、代表が圃場で作業しているときに練習の声が聞こえる。時々、学校に行く前に、途中のコンビニで買ったコーヒーを飲みながら練習を見たりしている。立正大は東洋大とライバル関係にあるんだが、こんなことをしていると立正大も応援したくなってくる。

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 一日中観察できたわけではないので自信がないが、おそらく立正大野球部と東洋大野球部の練習内容はほとんど違う。準備運動のやり方からして違う。グランドの整備や掃除の仕方も違う。グランドでの姿まで違う。東洋大はユニフォームを着るが、立正大はバラバラで、練習によってはTシャツ短パン姿もある。東洋大は練習メニューに添って全員まとまって動いている感じだが、立正大はいくつかのパートとか各個人レベルで練習している感じで、音楽を流したりしていることもある。同じ大学野球なんだがスタイルがまったく違う。面白いね。

デシャブ

 今日で期末試験が終わった。100点満点で50点未満だと赤点(追試)。出来たのも出来なかったものもあるが、代表は学生時代以来の緊張感を目一杯楽しんだ。面白かった。

 ところで、試験の日の朝は、通学路にあるスターバックスに寄って、コーヒーを飲みながら勉強した。スターバックスはレシートにクーポンが付いている当たりがあって、アンケートに答えるとコーヒー1杯無料になるサービスがあるんだが、滅多に当たることはないけど当たった。しかも2日続けて。

 左のサービス券が5日の朝ので右が昨日の。

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 店員が驚いていた。サービス券が出ることさえ稀なことなのに、2日続けて出たもんだからね。試験勉強を頑張ったご褒美だろう。

 実は代表、前にも同じ経験をしたことがあった。ここに書いたかどうか忘れたけど、近所のスターバックスで、やっぱり2日続けてサービス券を当てた。つくづくついている人間だなと思う。

 さあ。テストも終わったことだし、後半も予定が詰まっていて忙しいが、とりあえず土曜の一日はスタバでコーヒーでも飲みながらゆっくりしたい。

スコールPart2

 一ヶ月あった夏休みも今日で終わり。明日からまた実習と講義と当番の日々が始まる。代表の夏休みは、中盤までは溜まった用事を済ませ、それから4日連続の当番があった後にようやく休みになったが、昨日がまた当番だったので、実質は10日ほどの夏休みだった。

 休みになってからは、朝明るくなり始めたら畑に行って草取りなどをやり、8時過ぎに切り上げて朝食をとり、期末試験のための勉強をしながら掃除や洗濯などをして過ごし、夕方か夜にスポーツクラブで汗を流すという日を過ごしてきた。おかげで実習で蓄積した疲れがスッキリ取れた(昨日の当番で幾分疲れてしまったが)。

 その、勉強メインの夏休み後半の中で、唯一の用事というか約束というのがナカノ君との飲み会だった。駐在先の米国から一時帰国するというので、昔の職場の仲間のカメちゃんとタッキーとハタイも集まって、川越の割烹で一席設けた。落雷で電車が遅れるほど激しいスコールに見舞われて濡れちゃったのは想定外だったが、歓迎のスコール(乾杯)は、5人体をマイナスイオンで満たし各段に爽やかだった。

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 ナカノ君からのお土産。
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放任でも作物は育つ?

 今現在の代表の畑の状況。

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 右手奥が里芋。葉を虫に食われて痛々しくも見えるが、かまってやれないわりに良く育ってくれた。

 左手前にも里芋があるが、これは植えたのではなく、冬期に保存していたのが残って芽を出したものである。一度トウモロコシの種を蒔いたときに、畝を黒いビニールシートでマルチングしたのにもかかわらず、ビニールシートを押し上げて生きていて、トウモロコシの収穫後マルチを外してから短期間でここまで成長した。虫に食われてもいない。おそらくすべての生き物に当てはまることだと思うんだが、甘やかして育てるよりも程々のストレスを与えた方がどういうわけなのか強い。

 例えばネギの場合...
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スコール

 客人があったので冷たいビールで乾杯!

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 客人といっても身内だが。酒が入れば話も弾む。

遠投20メートル

 26日に練習試合があるので、代表はひとり近くの公園グランドで練習をしていた。夏休みで帰省している学生が多いため大学には練習できるほどメンバーが集まらない。ひとりで練習するしかない。代表はまだ遠投20メートル、50メートル走8秒オーバーレベル。せめて遠投は30メートル超、50メートル走8秒フラットくらいにしておかないと練習でさえお荷物状態だ。

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 暑い日の昼下がりのこととて、グランドには代表と体操着を着て屈伸したりしている老人とたった二人しかいない。貸し切りだ。サンダルを脱いで裸足になると、立っていることができないくらい土が熱かったため、代表はバックネットの影のところを選んで壁投げを開始した。

 すると、屈伸していた老人に「キャッチボールやりますか!」と声を掛けられた。思わぬ展開に返答に困っていると、愛用車らしい自転車のカゴから手品みたいにヒョイっとグローブとボールを取り出した。驚いた。

 老人の軽やかなフォームから放られたボールは、美しい回転の伸びのある速球だったので更に驚いた。軟球なのに手の平で捕球すると痛いくらいだった。農大のチームメイトに硬式野球経験者が何人かいるが、彼らの投げるボールと遜色ない。この老人は一体何者なのか? 

 老人は70歳前後に見えたが、高校時代には甲子園に行けるレベルのチームで投手をやっていたことがあったそうで、今は還暦野球チームで投手をやっている、と話した。当然の流れとして代表も誘われたが、遠投20メートル、50メートル走8秒オーバーでは通用しないことはわかっている。それに、もうこれ以上やることを増やすことは無理なので、この老人のような人たちと泥だらけになって野球ができたらどんなにか楽しいだろうと思ったが、断った。

 20分くらいキャッチボールを続けて、代表が疲れてきた様子を見てとると、老人は距離を縮めて終了の合図を送ってきた。代表も近づいて終わりにした。汗だくになり、汗の粒がグランドの土にポタポタ落ちた。が、楽しかった。

 老人は「もっと中指を使った方が安定しますよ」とアドバイスしてくれた。代表の球はシュート回転するために右方向に逸れがちになるのは自分でもわかっていた。

 なぜそうなるかもわかっていた。ボールにかけた人差し指と中指の2本の内、人差し指だけでボールを押しているからだ。長い中指で最後まで押した方がボールが真っ直ぐ安定して強くもなるのだが、その反力が肩にくる。代表は小学校の時に肩を壊している影響で今でも中指を使った投球はできないのであった。さすがピッチャー。ズバリ代表の弱点を指摘した。

 代表も時々試してはみるんだが、まだ肩にピリッと痛みが走る。治っていない。だから人差し指を使い肘だけで投げることになり、そういうわけでどうしてもボールが右方向に逸れ、遠投20メートルなのだ。

 20メートルなんて遠投とは言わない。30メートルでも同じだが、それでも野球がやりたい。ピッチング練習をする老人の横で、30メートルを目指し肩の痛みを我慢して中指を使った投球練習を始めた代表なのだった。

毎日ヤクルト飲んでる

 今晩、ヤクルトスワローズの原樹理投手がジャイアンツを相手に7-0で完封勝利をおさめた。めでたい。

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 実力からしたらそれくらいとっくにやっている投手なんだが、打者の故障者が続出してヤクルトスワローズが打てなくなったために時間がかかってしまった。ツキもなかった。これからはヤクルトを引っ張って行ってもらいたい。

カラスの勝手

 親父は自分勝手な人間で、自分に都合が良いように考え自分が好きなように生きることしかできない。この世界は親父のためにあり、他人の理屈は一切受け入れることはしない。それが親父の強さの源である。

 こういう人格というのは、親父が育った茨城県の大子町とか暮らした川内村という狭い社会内において形成された部分もあるにはあるだろうが、大部分は持って生まれた性格だろう。持って生まれたものだから、世界観がぶっ壊れるような経験でもしない限り変われない。親父がこの世に生を受けて80有余年。その間に様々な大きな出来事があったはずなんだが、不幸にして親父の我を破壊するまでには至らなかった。従って、今ここにこうして自分勝手なままの親父が存在している。

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 しかし、さすがの親父ももうダメだろうと思ったことが何度かあった。
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