川越発 川内村経由 上板橋行

 川越の自宅をKトラで出たのは3時半(朝の)。川内村到着が8時。Kトラでチンタラ走るとやっぱり4時間半かかる。時速80kmだからねー。今回の川内村行きは、預かっている鶴田松盛さんの作品のひとつを広野町のご自宅に届ける約束になっていたから。広野町で新しくなった病院に展示することになったらしい。

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 作品が引き取られていくのはホッとする反面、寂しさもある。この気持ちをうまく説明することができない。
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くさかった1?

 臭かった。もとい。草刈った。

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 駐車場と畑を結ぶ小路の草を刈った。歩くところの草が廻りより元気に生えてくるから見ててね。一週間でわかります。

超ラッキー

 近所のスタバに行った。先月来たときにコーヒー一杯が無料になるアンケート付レシートが当たっていたので、それを利用して注文したら、出てきたレシートがまたアンケート付きだった。店員が「こんなこと初めてです!」って驚いていた。代表はついてるねー。
 
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 代表の人生、波乱万丈いろいろあったが、とにかく運だけは良かった。運だけでやれてきた気さえする。

 スタバのアンケート付レシートの連続当選が、最後のラッキーなのか、何か新しいいいことの兆しなのか。怖さと楽しみと半々だ。

めざせノーベル賞

 土日の作業で草取りが9割方終わった。残りの1割は畑の周りの部分。余裕があるときにやればいいだろう。 そういっている間に草だらけになってしまうんだが(笑)。

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 畑をやりはじめて一年目は、毎日毎日新しい発見があって面白かった。二年目の今年は、ちょっとマンネリ手抜き気味。そういう状況であっても畑は新しい姿を見せてくれる。だから退屈することはない。

 今回あれっ!?と思ったのはミニトマトの実り具合。ほったらかしなのに実の数が去年よりも多いんだよ。

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 去年は苗を20本も植えて、マニュアル通りに、枝を整えたりしながら徒長枝を几帳面に摘んでていねいにていねいに育てた。その結果、充分な収穫があってひと夏食べつづけることができたんだが、あんまり実を付けない苗もが半分くらいあった。

 ところが、手抜きの今年の方が去年よりも豊作だ。8本植えた苗すべて鈴生りだ。手入れが良く肥料もたっぷり与えられている周りの皆さんの畑のミニトマトと比較してみても、代表のミニトマトの方がいい感じに見える。味も良い(失礼だが)。どうしてなんだろうね?不思議だねー。

 思うに、前から考えていることだけど、人間と一緒で、逆境に置かれた方が強く育つってことじゃないかな。自分で何もしなくてもいたせりつくせり全部やってもらったら甘えちゃうだろうし、厳しい環境下に置かれて生きようと思ったらたくましくなるしかないだろう。 畑周辺にはそういう現象が多いんだよ。

 例えば、畑と駐車場をつなぐ小路だが、真ん中の人が歩くところが両脇の部分に比べて色が濃いのががわかるかな。伸びも速い。

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 踏みつけられていない草より毎日踏まれている草の方が元気なのは常識的にはおかしい。が、現実として、ある程度ストレスがあった方が生物は強く育つってことだと考える以外答がない。

 なんとかそれらを証明できないものかね。どんなストレスをどれだけ与えたらいいのかを作物別に整理できたらノーベル賞ものだと思うよ。

心の命ずるまま

 不耕起栽培って、ただのずぼら農業のことじゃない?今の代表の畑が不耕起栽培に近いと思う。

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 お袋が病気で向こう岸へ渡ってしまったのは52歳。そのときに代表はお袋が生きた歳までを仮の寿命と思うことにし、それ以上生きられたら儲かったとしようと決めた。仮の寿命から今年でちょうど10年長生きした。だからだいぶ儲かった。

 後悔はなく、その時その時で充実していた。が、今振り返ると30年は短かった。あっという間に過ぎた。ここが寿命といわれたら、素直に「わかりました」とはいえない。まだまだやりたいことが残っている。

 たぶんあと10年くらいだろうと思う。元気で痛いところもなく動くことができ、バイクに乗れるのは。次の10年があるとしたらおまけのおまけだが、やり残し対して十分とはいえない。仮の寿命からのおまけの10年とは重さもちがう。正真正銘これっきりの、最終最期に与えられた褒美の時間。一秒も無駄にはしたくない。

 だから、代表は、今から先の10年は、自分がやりたいことをやるためだけに使うことに決めた。無駄なことや余計なもの、形式だけのことは全部削いで、きれいさっぱり捨て去って、ただ心の命ずるがままに、シンプルに生きることにしたい。

ミント水

 悲しいことに、今、代表の畑で元気がいいのはミントと紫蘇だけだ。ハーブ系はたくましいね。雑草に負けていない。

 砂漠の民がミントティーに砂糖をたっぷり入れて飲んでいるシーンをどこかで見たことがあったので、きっとミントには暑さに負けない成分を含んでいるんだろうと思い、ペットボトルに水とミントを入れて飲んでみた。

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 少し青臭いけどうまいね。とってもさっぱりする。しかも、よく眠れる。ミントには安眠作用があるらしい。 それで暑さでの疲労が回復するのかな。

 スポーツクラブで汗を流したあと、何で水分を補給するか、いろいろ試したがぴったり合うものがなかった。ただの水ではなかなか渇き感が無くならない。お茶はカフェインのせいで眠れなくなる。ポカリ系は甘味料が口に残って気持ちがわるいし、炭酸水はなんだか体にいい感じがしない。ビールをくーっとやるのが渇きも癒えて気分がいいんだが、朝がちょっとつらい。市販の麦茶はあまり好きじゃない。

 ミント水はいい。冷蔵庫で冷やしておいたのをコップ一杯飲むと渇きと暑さとがすーっとおさまってくれる。いいものを見つけた。

ウソばかり

 本日で地獄の作業は終わり。キツかった。昼過ぎから畑仕事だが、炎天下でやることになるからまたキツい。それだけで土日がつぶれてしまう。

 そんなことで、今夏の代表の畑は荒れてしまった。草はぼうぼう。収穫も追いつかない。ガセネタも多くてポイントを外しているから無駄な作業になっていることが多い。時間がない容量が悪いの悪循環に陥ってしまっている。なんとかしないといけない。

 例えば、夜盗虫の親である蛾を捕まえてしまえばいいという話で、ペットボトルを加工したこんなもの。蛾が好むらしい焼酎と酢と砂糖を混ぜた誘引液を作って畑にぶら下げてみたが。

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 たしかに入る1匹とか2匹くらいは。でも半日で誘引液が蒸発してあとは効果なし。農業にはそのような問題と対策情報とが溢れているが、確かなものはひとつもない。本当に。なんとかしないといけない。

地獄のロード

 阪神は他の球団よりも優勝することがむずかしい。夏の高校野球全国大会のためにホームグランドが使えないハンディがあるからだ。精神的体力的に疲労がピークになっている時期にアウェイでの試合を続けないといけない。死のロードと呼ばれる。もうすぐ死のロードが始まる。

 代表は団地の植栽作業を地獄のロードと呼んでいる。5月から7月までの丸2か月、毎週水曜土日の3日間、9時から午前中の作業がつづく。代表の場合には仕事があるので土日だけだが、一番若いためにきつい作業をやらせられるので、また、なまじ機械のことを知っていたりするもんで作業後の手入れもやらないといけないから、疲れる。植栽作業だけで一日が終わってしまって他のことができない。暑いし、代表の疲労とあせりはピーク。自分から入ったボランティアだったのに、正直なところ今では後悔。

 今年の地獄のロードも今日で終了。の予定だったんだが、剪定が遅れているとのことで明日もやることになった。うわーだ。阪神の苦しさがよく理解できる。

 作業の開始前にストレッチ。

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 体育学校の先生だった人が指導してくれる。
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尽きない話

 ちょうど一週間前、代表とバイク仲間は花門に集まった。年に何回かの不定例会だ。

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 バイクが好きというところだけが共通点で、それ以外は仕事も年齢も考え方も乗っているバイクもバラバラ。しかしながら、バイクが好きというところを何回集まって何時間話しても、話が尽きるということがない。だからまた集まらないといけない。

背信?

 ホンダのバイクが好きで、ずっとホンダばっかり乗ってきたんだが、デザインがとんがり過ぎたり、重かったり、馬力が大き過ぎたり、足が地面に届かなかったりとかで、悲しいことに、ついに、ホンダには代表が乗りたいと思う、トコトコ走れるバイクが存在しなくなってしまった。ホンダばかりでなく、そういうコンセプトのバイクは、他のメーカーにも少なくなった。人も社会においても、そういう余裕がなくなったからだろう。

 今、代表の使い方にマッチするバイクは、世界でたった一台しかない。モデル名セロー250。メーカーはヤマハだ。

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 ちょうど代表が社会人になった頃、ホンダとヤマハは激しく戦っていた。世にいうHY戦争というやつで、1979年から1983年かけて、ヤマハの社長が血を吐いて倒れるまで、激しい商品開発競争と販売合戦をした。

 その時代を知っていて、なおかつホンダが好きな代表は、やっぱりヤマハのバイクに乗ることには後ろめたさを感じていた。

 しかし、当時は到底考えられなかったことだが、今度ホンダがヤマハの原付スクーターをOEMすることになったのである。時代は変わった。真の意味でHY戦争は終わり、両社の創業者である本田宗一郎と川上源一が固い友情で結ばれていた時にもどって、再びホンダとヤマハは仲良しになったのである。だからもう代表がヤマハに乗っても許されるだろうと思うよ。